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宿屋の次の狙いは、いつもルカとマルレインがおつかいに行っているパン屋さんだった。
「おい、待ていそこのオヤジ!なんでついてきておるのだ?宿におるのではなかったのか!」 「いやあ、子供にお菓子を渡すのはその家の主人の役目であって、一応客である私がやるべきではないと思ってね。オバケちゃんクッキーは彼に子供に渡すようにと言って預けたので、私は晴れて自由の身となったわけだよ。」 「だからと言ってついて来なくてもいいだろーが、このこのこの!」 「うーんでーもねー、せっかくのオバケちゃんのお祭りだというのに一人で見て回るのもどうかと思ってね。ふふふー、せっかくだからともに楽しもうじゃないか、ルカ君!ほら、人数は多いほうが楽しいだろう?」 確かにその仮装の格好のまま彼が一人で村を歩いたら、一歩間違えれば変質者に見えなくもない。ウサギ耳をつけた髪の毛ボンバーの白衣のヒゲオヤジ(歯を見せて笑いっぱなし)が子供に混じってうろつく様子はあまりにも不気味すぎる。しかも一匹のオバケが漂っているかのような不気味さではなく、一人の変質者が徘徊しているかのような不気味さである。そういえば母にも変質者には気をつけろ、と言われたが、仲間が変質者である場合はどうすればいいのか。 「ふん、別に余は面白くないぞ。お前は反応しなくてもよいことにいちいち反応しそうだからな。ついてくるつもりなら、寄り道せず真っ直ぐ歩けよ。」 「おおっ!あの赤と黄のストライプの袖に黄緑の服、そして大きなボタン・・・・あの仮装はもしかして、スノーマンかな?でも確かそのオバケは雪原の方にしかいなかったはず・・・・は、そ、そうか!私の図鑑を読んでくれたのだね!?そうなのだね!いやー嬉しいなあ!」 「ええい全く、早速ごちゃごちゃ言いおって・・・・!・・・・おいコラ、さっさと歩けっ!」 スタンが苛立ったようにキスリングに対して腕を振り回したが、誰よりもマイペースを貫く彼のことである。スタンが何を言っても無駄だろう。こうなることはもちろん予想していたが、やはりキスリングはあちこちの子供によるオバケの仮装に目を奪われており、しかもそれを一々メモしているからまた歩みが遅い。来年は彼がオバケ用の仮装衣装でも作って販売し始めるのではないかさえ思ったが、ルカの予想では、来年はオバケではなくゾンビや悪魔などの童話に出てくるお化けの仮装が人気になると見ているのだ。妹のアニーがその流行の最先端。もし本当にそうだったら、オバケ好きのキスリングにとってはショックなことだろう。 「なんだかいい匂い、しない?」 マルレインがくんくんと嗅ぐ。ウサギのような仕草だったので、一瞬その姿と相まって可愛らしく見えた。一瞬でもそのような考えが浮かんだ自分に、ルカは少し恥ずかしくなる。 「「Trick or treat?」」 「お菓子をくれなければ火だるまの上に八つ裂きにするぞコラ!」 スタンが言った後、中から勝手に開くと思っていた扉の奥から、「どーぞ入ってらっしゃーい」という声が聞こえた。スタンのセリフに動揺の欠片も無い。 「あ、おにーちゃん!見てよこれー、おばさんがくれたんだよ。ちょーおいしそうでしょ?あたしこれ大好きなんだよねー。」 そう言われて見せられたのは、ベースボールに使われるボールぐらいの大きさの、球体型をしたクッキーのような硬い焼き菓子だった。表面には色とりどりの木の実が練り込まれており、まるでモミの木に飾る綺麗な球の飾りを連想させる。粉砂糖がまぶされているそれは、見た目もお洒落で食べてももちろんおいしい、最近パン屋で新作として発売されたお菓子だった。 「カラーボールだ!」 「ほら、ルカ。ちゃんとあんたたちの分もあるよ、遠慮なく持っていきな!」 カウンターの上に3人分、どどんと置かれた様々な焼き菓子の山。どれもこれも、そこの大きな石窯で焼かれたものだろう。そのこんがり焼かれた狐色は、思わず恍惚のため息が出た。そのお菓子たちこんなにもがおいしそうなのは、パン菓子作りの腕前によるものだけではなく、この村の子供たちに対するおかみの愛情も詰まっているおかげでもあるのだろう。 「フハハハハ!余のためにこれほどの貢物を用意しておくとは、良い心掛けだ!うむうむ、余が褒めて遣わすぞ。クックック、魔王である余の支配下たる村の者にも、やっと余に対する畏敬の念が生まれてきたということか。」 「別にそれは全然どうでもいいんだけどね、これがあたしの仕事だから。こーでもしないと、お腹を空かせた小悪魔ちゃんたちはお家に帰ってくれないんだよ。」 あはは、と冗談交じりで言うおかみに、いつの間にか追いついて中に入っていたキスリングがなにか納得している。 「なるほど、つまりそのお菓子たちには魔除けの意味もあるということかな?私はてっきり『魂を盗む』という行為になぞらえて『お菓子を盗む』というものに変化したのかと思っていたが・・・・子供がオバケを演じるためだけではなく、本物のオバケにもあげることで満足させて上手く村から追い出した、という起源説も考えられると。」 「魔除けだとぅ!?このババァ、まさかこの大魔王たる余にエサをやっているつもりなのか!許せん、やっぱり火だるまに八つ裂きにしてくれるわ!」 「悪戯をするつもりなんなら、あんたにあげたその菓子は返してもらおうかい!」 「う。・・・・・・・・い、いや、やっぱりやめておこう。ちっ、ありがたく思え。」 キスリングの考察に怒り出したと思ったスタンが、おかみの一喝によりすぐに鎮火した。スタンだって魔王としてのプライドはもちろんあるが、せっかくこれほどおいしそうなお菓子を大量に手に入れることができたというのに、それらを再び手放すというのはやはりもったいないと判断したのだろう。別にスタンほどの魔力があれば悪戯(と言う名の放火)をした上でお菓子も持ち帰ることもできるだろうが、おかみの気迫の前では何も考えることができなかったようである。 ルカが笑いを噛み殺しながら店を出ると、ばったりジュリアと遭遇した。 「お、あれはいつぞやの小娘ではないか。あの人間の心の中の悪の塊をまるで具現化したような・・・・」 スタンの言葉はさすがに言いすぎだろうと思うが、実際彼女には散々頭を抱えらせられた記憶があるので否定はできなかった。スタンが喜ぶような腹黒い性格をしている彼女だが、しかしその性格も殊更に演じているわけではないところが、また難しい少女なのである。 「あ、ルカ君。・・・・とマルレインさん。こんばんは、良い夜ね。パン屋のおばさんからお菓子、もらってきたの?」 「うん。ジュリアもこれから?」 「ええ、そうよ。・・・・で。この人は誰なの?」 大人びた口調で物事を淡々と言うジュリアは、どうやらまだ少しルカのことを引きずっているらしく、ルカの女の子の友達(ガールフレンドとも言える)であるマルレインのことはあまり良い目では見ていないらしい。そのせいかマルレインは何となく居心地悪そうにしていたが、何故居心地が悪いのか彼女自身はわかっていなかった。しかし、ジュリアの方はもうずっと以前に諦めがついていて、新しい道を歩むために彼女は今、新しい恋人候補者を探している最中である。 「どーもどーもお嬢さん、オバケといえばこの私、安居楽業・移山倒海・神色自若の45歳グッテン・キスリングだよ。ところで、君のその仮装はルーミル平原に生息しているカラスのオバケかい?目玉を模したその髪留めがとてもチャーミングだね!」 「・・・・どうも・・・・。・・・・・・・・・・・・こういうお付き合いをしてるのね、ルカ君って。ふーん、ずいぶんと変な趣味になっちゃったのね。」 「い、いや・・・・あの、なんのことだか・・・・」 明らかに引いている様子で、間違った方向に勘違いするジュリア。スタンに影を乗っ取られたルカの時といい、マルレイン王女の時といい、思い込みの素質が彼女にはあるのだろうか。しかしさすがに変人として見られたくはなかったので、ルカは慌てて友人としてお付き合いしているキスリングに関してフォローする言葉を探した。正直、かなり気まずい。マルレインは何か言いたそうだったが何も言えず、スタンは何か言いたかったようだが何も言わず、ウサギ耳のキスリングのみがぺらぺらと喋っているのでどうしようもなかった。 「なんか見覚えがあるヤツがいたと思えば・・・・なんだ、スタンのアニキじゃないッスか!お嬢と先生とルカも。奇遇ッスね!」 そういえば彼は、本気で走っているときとテンションが最高潮に高いときはいつも、風のように速いのだった。その筋肉質で重そうな体の一体どこから、そのようなスピードが出てくるのだろう。その図体を支えているにしては細すぎるような足が、彼の俊足を生み出しているのだろうか。牛のオバケであるくせに足が速いなんて、なんだか矛盾している。 「やあビッグブル君、相変わらずだね!でも、小さな子供がたくさんいる村の中を全速力で走るのはどうかと思うよ?少年少女に思いがけず体当たりしてどこか草むらへ勢いよく飛ばしてしまわないように気をつけたまえ。」 「ウッス、心がけるッス先生!」 キスリングの珍しく冷静な注意に、ビッグブルは妙なハイテンションで熱く応答した。 「キサマ・・・・ちゃっかり食い物を集めておって・・・・しかも余よりもたくさん。大体キサマ、歳はいくつだ?」 「そんなん覚えてないッスよー、でも甘い物ならオレ大得意ッスから!」 「そういう問題じゃないっつの。どこまで単細胞なのだ、その上どこまで食い意地が張っとるのだ・・・・。」 「いやーまあそれは置いといて・・・・それにしてもアニキたちも祭り、参加してたんスねぇ。・・・・っとあれ、そこの女の子は?お嬢のお友達ッスか?」 「え・・・・あの、その・・・・ええと。」 ちなみにお嬢、というのはマルレインに対する呼び名である。 「あなたって、意外にお友達がいるのね。」 「まあ、実際はみんな勝手についてきただけなんだけど・・・・。」 「・・・・あーあ、そうやってどんどん私から離れていくんだから。昔は、ただの幼馴染だったのに・・・・。・・・・でもいーわ。私だって負けないから。いつかあなたがその子に出会ったみたいに、私だって見つけてみせるから!そうやって、私もあなたから離れてやるもの。」 挑戦状を送り付けてきたかのような宣戦布告らしき宣言に、ルカは目を丸くする。 「つーん!」 「あ、ジュリア・・・・!」 ジュリアはルカにお構いなく、マルレインが呼び止める声も聞かずにパン屋の中へさっさと入っていってしまった。入る前に例の合言葉を忘れてないかとルカはつっこみたくなったが、すでに立ち去ってしまった以上つっこめない。 「あれ、あの子どうしちゃったんスか?なんかイヤなことでもあったんスかねぇ。」 「うーんこれが青春というか、諸行無常だね。私は時間の経過によるその影響と物事や人間の心情が変化する確立の関係性についてグラフ化しようと試みたことがあるのだが、何分研究するには少々時間がかかりすぎるんだよなあ。1ヶ月ですぐ恋人を変える者もいれば、10年経っても変わらない友情もありうるというのが最大の欠点でね・・・・。つまり、そういう変わる情報を事前に未来予知できれば難などないのだろうけど。」 「先生!おっしゃっている意味がオレにはよくわからないッス!」 キスリングは自身の研究話の内容からして、この状況の意味を一応飲み込めているようだった。しかしビッグブルはどうも理解ができていないようで、消えてしまったジュリアに対し首を傾げている。ジュリアが立ち去った理由には、彼らのハイテンションでマイペースな会話の空気の中に居場所が見つけられなかったせいもあるのだが、彼らは気付いていはいないようである。 「なんだあの小娘、ずいぶんと丸くなったではないか。ふん、つまらん。キサマら3人で三角関係などというドロドロな付き合いでも始めればよいものを。」 「・・・・スタンって、そういう黒々とした恋話とかが好きなの?」 「そんな恋愛ものはどうでもよいわ。余は、人間の心の底に潜む闇を垣間見るのが面白い、と言っておるのだ。ククク、腹の中の本性が現れるさま・・・・あの自分勝手さ、少しは見ごたえがあったのだがな。」 分類が外れた後のあの村の大祭の日にジュリアはすでに、ルカに彼女自身の新たな意志を打ち明けていた。まだ完全に開き直ってはいないが、彼女自身も変わっていっているのだ。ルカも変われば、ジュリアだって変わっている。 「あー、そういえば!」 思い出したようにビッグブルが片手を挙げる。 「さっきっスけど、村役場の方でリンダちゃんを見かけたッスよ。なんか広場で歌をお披露目しながら、チョコレート配ってたッス!ほらー、オレももらったんスよ!」 「リンダ君が?なんでまた急に。こんなド田舎のオバケちゃん祭りに彼女が参加するとはあんまり思えないけどなあ・・・・。まだ都会の方が彼女にとっては良いだろうに。」 「あの、仮にもルカの故郷なんだけど。ド田舎でも、いちおう。・・・・それよりもリンダが歌ってるって、なんだかお祭りの目的が変わってない?」 マルレインはフォローしたつもりのようだが、あまりフォローにもなっていない。 「・・・・じゃあ、リンダ君がこの村にいるということは、つまり・・・・。」 キスリングが推測するように呟いた。 村人の憩いの場になっている酒場、グビグビ亭。酒場と言うと未成年の立ち入りにはマイナスなイメージがあるようが、このグビグビ亭はそんなことはなかった。お酒を売らないというだけであり、未成年の子供の立ち入りも許可している。金さえ払えば甘いジュースだって出してくれるくらいだ。この村には酒飲み荒くれオヤジのような難しい人間はあまりいないため、酒飲み同士の揉め事にも警戒しなくても良いのだ。 「「「Trick or treat!」」」 「お菓子をくれなければなぶり殺すぞ!」 その声に、カウンターの奥に居たグビグビ亭のおかみが「はいはーい」と軽く返事をして、カウンターの下をごそごそと漁り出した。 「おいおい、物騒なこと言うねぇ影魔王君よう。魔力全部戻ったくせに今日もまたペラペラか、たまには魔王らしくしゃんとしろって。」 「ああん?自分の体をどうしようが余の勝手だろうが・・・・・・・・って、なんだキサマか。」 聞き覚えのある中年男の声にスタンとルカが横を見ると、酒場の奥のテーブルにブロックサーカス団長のブロックが座っていた。同じテーブルの席にはエプロスもいる。テーブルの上には彼の武器でもあるトランプが広げられており、ちょうどゲームをしている最中であることが分かる。ブロックの傍には色の付いたお酒の瓶と小さなグラスが置いてあり、彼の方は少し飲んでいるようだった。 「あーやっぱりいたのだね。リンダ君が来ているというからエプロス君もきっと来ているとは思っていたのだが。」 「できれば1セットで扱わないで欲しいな。・・・・まあ、仕方はないが。私が行くと言ったら彼女もついて来てしまったのだ。深い意味は無いのだぞ?」 苦笑しながらエプロスは答えた。その声色からはすでに、以前のような冷ややかな棘は全く感じられなくなっており、人間の中にすっかり馴染み溶け込んでしまったようである。 「よう、ルカのボウズにマルレイン嬢。ウシさんオッさんも楽しんでるみたいで何よりだ。ま、オレは別に祭り自体には興味ねーし、今日もただ酒飲みに来ただけだけどな。」 「ブロック・・・・・・・・言ってることと着ているものが矛盾してるわよ?」 「その服って平原で動き回ってたカカシのッスよね?」 「シルクハットが麦藁帽になってるのは致命的だね!」 マルレインとビッグブルとキスリングの的確なつっこみに、ブロックは少しひるんで口を噤んだ。彼のころころと丸く太った図体は、水玉模様の派手な服ではなく、色とりどりの傷んだ布の切れ端を繋げ合わせたようなある種派手な服を着ている。頭の上のチャームポイントであるシルクハットの代わりに麦藁帽を被り、南の島にでも行くような格好にも見えた。しかしつぎはぎだらけの服というところが、少しホラーチックで良い味を出している。何の仮装もしていないエプロスよりはやる気が滲み出ているようだった。 「うるせーなぁ、これは上から水が降ってきてびしょ濡れになったんで、仕方なくそこらのカカシのを借りたんだってよ。」 「ウソをつくならもっとマシなウソをつくんだな。余の方が数十倍上手いぞ。」 「まあまあ、それはもうどーでもいいだろー?ほれお前ら、オレに何か言うことでもあるんじゃねーのか?」 「え?・・・・・・・・・・・・Trick or treat?」 ルカは一瞬考えて、そして呟くように問う。するとブロックが懐から何かを取り出し、ルカの手の平の上にぶっきらぼうに置いた。 「ほい、これTreatな。お前にはちょっぴり感謝もしてるからな、オレもこれくらいはやるぜ。」 「え、ちょ、ちょっと待って・・・・ 現 金 で す か ? 」 「いらねーなら返せ。」 「嫌ですよ。・・・・・・・・えっと、どうもありがとうございます・・・・。」 ルカは手の中の5枚の硬貨を少し見つめた後、一度握り直してポーチの中に入れる。しかし、できればお菓子か何かが欲しかった。祭りの雰囲気的にお金はないだろう、お金は。・・・・あと500スーケルは安いので、欲を言うならもっと欲しかった。しかしマルレインに「よかったね」と褒められて、なんとなくそれで満足する。 「あーっ、キサマ!子分だけにやるな、余にもよこせ!余の方がこいつよりも上なのだぞ!?」 「オレも欲しいッス!ルカだけずるいッス!」 「あーはいはい、わかったわかったからよ。うるせーから落ち着けって。でもってアレを言え、これでも祭りだからな。」 「「―――Trick or treat!」」 テンポよく声を揃えて言った二人に、ブロックの懐からピンと硬貨が投げられた。 「ってコラァァアっ!50スーケルだけかこのっ!」 「こんなの不公平ッスよ〜っ!この扱いの違いは一体何なんスかっ!?ゼロが一個足りないッスよ!」 「木の実が5個買えるんだからいーじゃねーかよぉ。人から貰ったもんに文句は言うんじゃねえ!おい、そこのマルレイン嬢。あんたにも一応やるからよ、こっちに来いや。」 「え?あ、はい・・・・」 ぎゃーぎゃーと騒ぎ続ける2人を軽く無視して、ブロックはルカの背後でじっとしていたマルレインのことも呼んだ。 「なんだキサマ、余よりも小娘に与えたものの方が額が高いではないか!?何を基準にしとるのだ、何を!」 「悪かったな、オレは気まぐれなんだよ。」 「こんっのナマイキなクソオヤジがー!クールぶっても別に全然カッコよくなぞないわ!今度キサマのそのぶよぶよに太った肉を剥いで煮て焼いて炒めて蒸して余がバリバリと食ってやるからな、覚えておけっ!」 スタンが腕を振り回して怒鳴り散らしても、ブロックは酒を飲みながら「そりゃー楽しみだ、オレも痩せたいんだよなー」と自分に対し皮肉っていた。その軽い態度にスタンの怒りパラメーターが上昇しつつあるのがルカにはわかったが、ちょうどよくグビグビ亭のおかみがお菓子を持ってきたので大騒ぎになるのを免れる。おかみがブロックに対し、「あんまり子供をからかうんじゃないよ!」と注意したことで再びスタンが怒りかけたが。 「マフィンの方にもラム酒が少し入ってるから、もし口に合わなかったら親にでも食べてもらいな。あーそうだルカ!あんた後であんたんとこのオヤジさん見かけたら、こっちに来いって言っておいてくれないかい?せっかく今日の祭りのログデナシどものために『テネ・露』を用意しておいたんだから、来なきゃまた損するよってさ。」 「は、はあ・・・・。」 彼女の言う『テネ・露』とは、「テネルの夜露」の略である。とても高くておいしいお酒らしく、以前とても悲しいことがあって家の中に閉じ篭っていた父のために、彼女はこれをボトルキープしてあげていたことがあった。が、結局父は暫く飲みに行かず、その代わりにおかみが全部飲んでしまったのだった。その後やっと立ち直ってその事実を知ったときの父の呆然とした顔は、ルカは今もはっきりと覚えている。 「おーっ、気前がいいじゃねーかおかみさんよぉ!もちろんオレもお邪魔するからな、別にいいだろ?」 「いいけどね。でもこれからあたしはここで宴会の準備があるんだよ、まだここに居座る気なら手伝ってもらおうかい。」 「・・・・まあ、親しき仲にも礼儀ありって言うしなあ・・・・。んじゃ、そこのガキども!邪魔になるからもう出て行け。ほれ、エプロスもそれさっさと片付けてこっから出ろ、それとリンダ嬢をちょっと迎えにいってくれや。」 「元はと言えば、トランプはお前がやろうと言い出したのだがな・・・・。」 エプロスはため息をついて椅子から立ち上がり、それと同時に彼の特技である物体浮遊能力でテーブルの上のトランプを宙に浮かし、束にして纏めた。そしてそれを懐にしまうと、ブロックに押し出されるようにして酒場を出て行くルカたちの後を追う。 「あれ、エプロスさんも来るんですか?」 「どうせ君たちも、後で村役場の方には寄るだろう?ならば私もご一緒させていただくことにするよ。私はまだ、祭りの中を見て回ってはいないのでね。」 「おうおう、別にいいッスよ!・・・・それにしても人数が増えると、オレたちまるで、村を脅かすオバケ集団みたいッスね〜。」 「けっ、余が率いる軍団なのだから当たり前だろう?余は魔王であり、お前たちは余の配下。本当は恐れられるべきなのだが、・・・・この村の者はどうも肝が据わりすぎておるようだな。魔王を前にしてその態度とは・・・・全くおこがましいことだ。」 そんな会話をしながら、ルカ・マルレイン・キスリング・ビッグブル・エプロスの5人(+αでスタン)は、酒場の外へ出た。 「それで、どうするんだ?まだ村を回るのだろう。」 なにげなくエプロスが訊く。別に考えることでもないのだが、キスリングは目に見える範囲にある左右の店を見て唸った。 「うーんそうだなぁ・・・・ここで分かれるとしたら選択肢はふたつ、左の鍛冶屋か右の雑貨屋か。でも鋭敏な観察に基づく洞察力高い考察が4割勘が6割の私の判断によればね、次は雑貨屋がいいんじゃないかなあ。雑貨屋といえば種類雑多な品物を扱う店、だからこそそれなりに満足できるものが手に入ると思うよ!」 「もともと村中の家全部を回るつもりなんだから、そんな手間のある理屈なんていらないと思うんだけど・・・・。とりあえず、行ってみる?ルカ。」 「どっちに?」 「えーと、・・・・・・・・雑貨屋、かな・・・・。」 キスリングの判断の理由の説明を根本的に否定したマルレインは、彼にウサギのように悲しそうな目で見つめられながらルカに促した。ルカは頷き、その他のメンバーももちろん賛成したので、道具屋に狙いを定めることにする。鍛冶屋は後で行くことにした。 「「「Trick or treat!」」」 「お菓子をくれなければキサマらがアイスクリームになるぞ!」 スタンの一言に、一瞬その場の人間の頭上に疑問符が浮かんだ。 「なんだ?・・・・その、アイスクリームになるというのは。」 「ふん、余の冴え渡る言語技術の前にはキサマらの低レベルな知能では理解が及ばんか。つまりだ、その身をカチカチに凍らせて、その中身をえぐりアイスを作るようにかき混ぜて・・・・きっといった〜いぞー。さっむいぞー。クックッ、真っ赤な血みどろアイスというのも、なかなかうまそうだしな。そうなりたくなければ菓子を渡せ、という意味だ。わかったか?」 人の肉の中に詰まったいろいろなものをグリグリして、苺シャーベットのように赤々としたそれを後でおいしくモグモグする。ルカはついそんなグロテスクな惨状を想像してしまい、リンダを思い出すよりも気分が悪くなってしまった。慌てて首を振ってその想像を振り払う。隣ではマルレインまで同じように想像してしまったらしく、「うっ」と言って口をおさえて顔を顰めた。これではスタンの思惑通りだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、うん。スタン君の味覚も非常に気になるのだが、それより脅すというのなら、もっと具体的に言った方が効果があると私は思うのだがね。」 「あー?具体的ではないか。」 キスリングはがっくりと首を垂れた。そしてポリポリと頭を掻く。 「いやいや、遠回しすぎるのだよ。『アイスクリーム』という単語じゃ『甘くておいしい』といった印象が最初に思い付くから、人を怖がらせる脅迫には適してはいないんじゃないかなぁ。人を怖がらせるにはもっとこう、残忍で直接的な表現を使った方がピンと来るんじゃないかい?」 「・・・・言われてみればそうだな。うっかりしておったわ、余としたことが。ならば針で串刺しがよいか、それとも無難に冷凍氷漬けか・・・・」 「上から吊るして火であぶるのもいいッスね!」 ・・・・考えているのが脅し文句なのかおいしい料理の調理方法なのかわからなくなってきたが、とりあえずここで議論すべき内容ではないのはわかる。そして一般人であるキスリングがその中に混じっているのもどうかと思う。これが魔王スタンによる教育(調教)のせいだったらどうしようかと、ルカは不安になった。博士の適切なアドバイスは、きっとただの学者としての性によるものだろう。そう思いたい。 「それよりも、君たちの前に立っている者に気づいてあげたらどうだ?」 エプロスの極めて冷静な一言に、ルカたちは振り向いた。 |