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「あら?なんか勢ぞろいしてるわね。」 大きなカボチャたちに囲まれた家の中からぞろぞろと出てきたメンバーを見て、たまたま通りかかったらしいロザリーがきょとんとしていた。 「こんばんは。ロザリーもお祭りを見に来たの?」 「あらー、マルレインちゃんたら可愛いじゃない!今日のあたしはテネル村役場からの依頼の仕事で、村とその周辺を見回ってるのよ。夜だから子供が思わぬ怪我をしているかもしれないし、祭りに遊びに来たオバケが悪さをしていたら大変だしね。」 「ふん、祭りのときまで仕事とはご苦労なことだ。勇者でいるのも大変だな。ククク。」 スタンは出遇って早々に悪態をつき、ロザリーのこめかみにピキッと血管が浮かぶ。それに気付いたルカは慌ててロザリーを宥めようとした。勇者と魔王。この二人のこの仲の悪さは、分類が消えた今も健在である。もうこれは二人の性格上仕方がないことなのかもしれない。 「うるっさいわね・・・・いいじゃない、あたしが好きでやってるんだから。それにしても・・・・オオカミにウサギにウサギにウシに仮面男、ねぇ。なんというか結構不気味な集団ね・・・・それを一番引き立ててるのは多分あんたよ、そこのウサギオヤジ博士。見るからに怪しすぎだわ!」 「そんなひどい。これでも頑張って作ったんだけどなあ。」 「せめてウサギはやめときなさい。あんたオバケのチョイスが間違ってるわよ。・・・・・・・・あーあ、それにしても・・・・ついでにスタンも仮装すればよかったのに。あーもったいないわ、もったいない!せっかくのお祭りなんだもの、オバケの長のあんただって楽しまなきゃ損するわよ。ねぇ?」 言っている言葉に比べてそれほど落ち込んだ様子もないキスリングから、目の前のスタンに目を移してにやりと笑うロザリー。そう言う彼女のほうは、何の仮装もしていなかった。いつもの白い羽織と鎧にピンクの日傘、腰のレイピアも装備したままだ。村の見回りをしているのだから当然だが、こんな仮装祭りの中では少し味気無い。 「そんなこと言って、どーせ大方仮装して歩く余を襲うつもりだったのだろう?見かけ倒しネコ被り女の考えなぞすでに見抜けておるわ。それよりもキサマ、仮装はどーした?そんな無防備な状態では、昔話のように魂を盗られるかもしれんぞ。ククク!」 「もちろんしてないわよ、もしオバケと戦う時があったら邪魔になるもの。それにあたし大人だし、大体あんたに影を盗られてるからもう何を盗られても怖くないわ!別に、オバケに襲いかかられたら斬ればいいだけの話でしょ?」 「おおお、たくましいッス姐さん!」 さらっと祭りの必要性をくつがえすようなことを言ってのけたロザリーに、ビッグブルが拍手して褒め称えた。 「ロザリーさんって、大人なんだね?」 「え、あったりまえでしょう。何ルカ君、今まであたしを子供と同じように見てたの!?ちょっとそれはひど・・・・いや、あたしがそれくらいに若く見えるってこと?なら別におねーさん許しても・・・・」 「・・・・・・・・クックック。キサマ、覚悟はできておるだろうな。」 「はぁ?」 スタンが低く笑う。それを背にしたルカも、どことなくオーラが黒い気がする。・・・・彼は元からこんな人間だっただろうか。 「 Trick or treat ? 」 「お菓子をくれなければ・・・・・・・・どうなるか、わかっておるだろうな?」 その言葉を聞いたロザリーが、ピーンと体を強張らせた。そして冷や汗をかいて硬直する。 「わたしも欲しいな・・・・。ロザリー、Trick or treat?」 「やーオレにもちょーだいッス!Trick or treatッス!」 「う・・・・!」 笑ってつめ寄ってくる子供4人とは正反対に、ロザリーは後ずさった。 「クックック、どうした。まーさか、何も持ってない・・・・というわけではなかろう?」 「も、持ってるわけないでしょっ!?あたしだって見回りしてるだけなんだから・・・・な、なによその顔はっ!」 「私も欲しいなぁー。ってことでトリトリだよ!」 「博士は大人でしょーがぁっ!!だからあたし持ってないって・・・・ていうかあんたたち、その手の中のそれはなによ?」 ロザリーの言葉を聞いたスタンは最高に嬉しそうな顔で、手の中に小さな青白い光の玉を作り出した。ルカはとても残念そうにしながらもしかし手には絵の具を持ち準備万端で、マルレインは大人しい彼女が持つ本当にしてもよいものかという良心が3割・しかし元来彼女が持つ好奇心に満ちた期待感が7割の笑顔で手に筆を持ち、ビッグブルは何も持っていないが何かをする気満々で、しっぽをふりふりと揺らしていた。鈴がチリチリとなる。 「残念だけど・・・・でもお菓子くれなかったらイタズラをするのが礼儀なんだって。おかーさんが言ってた。」 「仕方ない。ではとりあえず冷凍でもするか。」 「でも、ここに絵の具と筆があるんだけど・・・・。こっちじゃないと、ロザリーが後で困るんじゃない?」 「何を言う小娘、甘いわ甘すぎるぞ。このラッパ型ケツ勇者を心から困らせることが最大の礼儀なんだろーが。」 「仕方ないッスね。ならお尻だけ炎で燃やして、あとで消火するのはどうッスか?」 「おお、それはよいではないか!それで村を歩かせればまさに勇者のタレ尻さらしに恥さらしだな、フハハハハ!」 「それじゃあ、ロザリーさんが女として終わっちゃうよ・・・・。」 「お嫁に行けなくなっちゃうね・・・・。」 悪戯について計画を練る4人の会話を聞き、ロザリーが怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になった。 「っ!ジョーダンじゃないわよっ!!」 それから何とかして逃げるために、ロザリーは村の門の方へ走り出そうとする。 「ククク、どこに行こうと言うのだ洗濯板凸凹女。キサマが何をしようと、この祭りのオキテからは逃れられんぞ?」 「えーと、ロザリーさんごめんなさい。」 「くっ・・・・あたしはあなたをそんな子に育てた覚えはないわよ、ルカ君っ!大体お尻だけ焦がすって、それはイタズラじゃなくて立派なセクハラよ、セ・ク・ハ・ラ!もしやったら勇者協同組合に訴えるわよ!?」 びしっと正論を言ったロザリー。説得力のある反論にキスリングが感心したように声を上げた。 「あ、そっか。・・・・じゃあ、無難にペイントにします。顔と服とお尻に。」 「描くとしたら顔には仮面のオバケ、服にはイノシシ、お尻には泥男の顔がいいなあー。特にお尻にあのとぼけたような顔があるのはきっととっても可愛らしいだろうね!ついでに仮装もできてさらに素敵じゃないか。」 「お尻にペイントもじゅうぶん立派なセクハラよこのどスケベども!」 「いやいや、そんなものよりも凍らせたほうが圧倒的に早いぞ。ふふん、凍らせるのは別にセクハラではなかろう?ちなみにこれを『攻撃』とは呼ばせんぞ。これが魔王である余なりのイタズラなのだからな。ククク!」 「なんであんたはそんなに冷凍にこだわんのよ。・・・・・・・・とにかく、どっちも断るわっ!」 そう言ってルカとキスリングのペイント、スタンの冷凍を拒んだロザリーは周囲を見回し、何を考えたのか・・・・蚊帳の外で他人事のように佇んでいたエプロスのところへ走っていった。そのまま彼の腕を片手でむんずと掴むなり、村役場へ続く階段の前まで力ずくで引っ張り出した。そしてロザリーを狙う4人に対してぐいと押し出す。 「な、何をす・・・・」 「ビッグブル!今すぐ正直に答えなさい、あんたエプロスさんからなんかもらった?」 「へ?いや、そういえば・・・・あー、ねだり忘れてたッス。」 「やっぱりね。よし。じゃーエプロスさんあとはよろしくお願いするわ!」 「・・・・!?」 状況が飲み込めず珍しく戸惑うエプロスの肩を笑顔でポンと叩き、ロザリーは日傘を差したまま猛ダッシュで闇に染まった村役場への階段を駆け上がっていった。ロザリーを目で追ってルカは階段の上を見上げると、おそらくランプやオバケカボチャの灯によってほのかに明るく光っている村役場や教会が見えた。広場の方からは祭りの音楽に合わせる・・・・のではなく対抗するように少女の楽しげな歌声が聴こえてきていて、それがリンダの声であることがわかる。村の中心となる場所だからか、広場は少し賑わっているようだ。 「ロザリー君は何をしに行ったのだろうね?そっちは村の奥だから、スタン君によるイタズラからは逃げられないと思うのだがね。予想としては教会の中へ身を隠したか、または村役場にセクハラ発言を訴えたか・・・・」 「・・・・そんなことより、エプロスは大丈夫なの?」 「ああ、大丈夫だよ。彼はロザリー君と違って準備は常に万端だから。多分。」 マルレインの心配に、キスリングはわかり切っているように涼しく即答した。 「余も忘れておったが、そういえばキサマにも言っていなかったな・・・・。Trick or treat!余に菓子を貢げ!でなければ、このあとあの逐電潰走とんずら勇者のように痛い目にあうぞ?」 「Trick or treat!もちろん何かくれるッスよね?」 「と・・・・Trick or treat・・・・。・・・・エプロスさん、・・・・ごめんなさいボク普通の人だからおいしい誘惑には勝てません。」 いろいろな意味で目を輝かせて迫ってくる3人を見て、エプロスはどうするか考えるように自身の顎を持ち、やがて細いため息を吐いた。エプロスは今は何も持っていないが、それを解決できる力は持っている。 ―――ぽとぽとぽとっ。 何をするのかと目を瞬かせた瞬間、どこからか突然カラフルなキャンディの包みが、いくつもその手の平に落ちてきた。・・・・一瞬何が起こったのかわからず、ルカは唖然としてそれらの大きなキャンディと何の変哲も無い夜の空を交互に見ていた。しかし、スタンはその状況を驚くことなく普通に受け止めている。ビッグブルも同じ反応だった。どうやら彼らはこのようなことには慣れているか、このようなことでは驚かないようである。 「このようなものが欲しかったのだろう。これで満足か?」 「ふん、キサマにはこんなもん障害でもなんでもなかったか。つまらん。まあよいわ、目当てのものは手に入ったしな。キサマは見逃してやることにしよう、感謝しろよ。」 「おおう、やったぜ!どうもサンキューッスダンナ!」 エプロスに手渡され、ビックブルは嬉しそうにキャンディを自身の持つ桶の中に入れた。そんな彼の鈴付きの長いしっぽがまたチリチリと大きく揺れる。 エプロスからキャンディをもらったルカとビッグブルとスタン、そしてマルレイン。さらにその4人の後ろをついていくキスリングとエプロス。合わせて6人は逃げたロザリーとまだ会っていないリンダを追って、村役場前広場への階段を上っていった。 「ククク。あの豚足女め。さーて、どういう屈辱を受けさせてやろうかな・・・・?」 スタンは暗闇の中でも見える顔で低く笑っており、どうやらこの先にいるだろう無防備な状態でいる勇者を追いつめることを想像しているようだ。ビッグブルは先ほどまでは彼と同じくイタズラをする気満々だったようだが、エプロスからキャンディをもらったことで、今はすっかり落ち着いてしまったようだった。それはルカも同じで、ロザリーに仕返しをしようという気はなんとなく失せてしまい、今彼女に対して躍起になっているのはスタンのみだった。 「あーっ、スタン様にエプロス様!迎えに来てくれたのー?」 ルカの背後のスタンとエプロスに、リンダが無邪気な小悪魔のように可憐な笑顔で手を振る。今日の彼女の服装は蘇芳と小豆の色を基調とした比較的シックな短いドレスに、頭の角の横には尖った耳、そして極めつけは背中にドレスと同じ色合いの悪魔のような翼が付けられている。どうやら彼女の仮装はコウモリのオバケのようだ。さすがはアイドル、オバケの選択と服のセンスは抜群だ(ウサギの彼とは違って)。思わぬ可愛らしさに、ルカは思わずぽかんと見惚れる。しかし即座に過去の経験が脳裏をよぎり、マルレインがまた怒りだすのではないかと焦ったルカは、こっそりマルレインの目を窺った。 「・・・・・・・・。いいな・・・・」 「来たわね、スタン!」 ちいさく呟いたマルレインとその隣にいたルカは、突然の大声にびっくりと肩を震わせた。目の前で、リンダの斜め後ろにロザリーが背を向けて立っている。 「Trickかtreatかって聞かれたら・・・・Treatの方がいいに決まってんでしょうがっ!」 「は!?」 何か物体がスタン目がけて真っ直ぐに飛んできて、 ―――ゴンッ。 ルカの額に命中した。 「でっ!!・・・・な、なんだよもう!」 「余の子分に何をする、この暴投卑劣女!余に当たらんことを知った上での愚行か!?」 「る、ルカ、だいじょうぶ?・・・・って、そのチョコレート・・・・。」 何が起こったのか把握できず、ルカは額を押さえて呻いた。スタンが投手のロザリーにプンスカと怒り出す。マルレインが焦ってルカの顔を覗き込み、しかしその拍子に地面に落ちたものを見つけた。 「おや?ふふふ・・・・そのチョコ、ハート型だね。それをスタン君に投げたということは、つまりそういうことでいいのかね?」 「ちっがぁぁあーうっ!!」 噂好きのお節介焼きおばさんのように口元に手を当ててにやにやと笑うキスリングの眉間に、再び投げられたハートのチョコレートが命中。ロザリーには投擲の才能でもあるのだろうか。 ロザリーが投げたチョコレートは、もともとはリンダが配っていたものらしい。自らの緊急事態に力を見せた彼女はリンダからチョコレートを人数分強奪し、お菓子の代わりとして使ったのだということだった。つまり先ほどビッグブルから見せてもらったチョコレートと同じものだったのだ。彼女が短時間で用意できたのも、それが可愛らしいハート型だったのも頷ける。 「おー、わが息子じゃないか!どうしたんだい、今日はお友達と一緒に祭を見て回っているのかい?いやー、成長したねえわが息子よ!昔はアニーと一緒に回ってたというのに・・・・うっうっ。おとーさん感激しちゃったよ!」 「いや、そんな泣かなくても・・・・」 「あーそういえば今、マドリルで名が知られてるアイドルの女の子が、このテネルに来ているんだよ!誰かって?それはねー、んふふふー。ルカの後ろにいるお友達だったんだよ実は!やー、私知らなかったなー!」 秘密の種明かしをするようにリンダを指して言ってみせる。彼女は以前ルカの家に訪れたことがあるので、ルカの父とも顔見知りではあったが、彼女がマドリルでは(いろいろな意味で)有名なアイドルであることはどうやら初耳だったらしい。しかしそもそも彼女のアイドル指導はルカが行ったという事実を父はまだ知らない。 「オレッスね、マドレーヌとマーマレードとマフィンとマカロンとマシュマロの区別が苦手なんスよねー。だって全部最初に『マ』がつくじゃないッスか!特にマドレーヌとマーマレードはダメッス、言ってるとよくマドレードになっちゃったりするんスよ。」 「わ、わかるような、わからないような・・・・。」 ビッグブルのささやかな悩みに、マルレインは曖昧な返事をして考えてみた。マドレーヌはあの焼き菓子で、マーマレードはオレンジのジャムで、マカロンは小さくて丸いあのきれいなお菓子で、マシュマロは白くてやわらかいお菓子で、・・・・あれ。マフィンってどんなものだっただろう。マルレインはこんらんしている。 「いやー、それはないでしょ絶対。そもそも一緒くたに考えようとするからダメなんじゃないの?せめて好きな食べ物くらい覚えときなさいよ。」 「それは大丈夫ッス!オレ、焼きマシュマロ大好きッスから!」 「あ、そう。」 ロザリーが呆れたようにつっこんだが、かえってビッグブルに元気よく答えられてしまったので逆にもっと呆れた。マシュマロ以外は覚える気がないのか。 「今日は仮装するのを楽しむ日でしょう、スタン。あんただって、今日はせっかくだからツノのひとつやふたつ、つけてくればよかったんじゃないの?あんた、前に憧れてたでしょ?それくらいならあんたの言う下級魔族の域には入らないし。今日だけはニセモノをつけても別に恥ずかしくないのにね、あはは!」 ピクリ、とルカの影が動いた。一瞬何かを考えるような間の後、スタンが影から飛び出してくる。 「ブァーカかキサマは。そんなことをすれば、魔王としてのプライドが傷つくわ。そりゃー余もツノが欲しい、が・・・・・・・・って、何を言わせるのだキサマはっ!!大体だな、キサマは余が実体を現せばラッキー♪とか言わんばかりに襲いかかってくるだろう!そんなヤツの前にみすみす実体で現れるわけにはいかんだろーが!」 「あーらあんた、あたしに負ける気がしてんの?」 「違うわっ!子分を利用した方がイロイロとお得だからだ、これ以上の理由があるか!」 魔王がお得な選択をするというのは、また奇妙な話である。卵の安売りに駆けつけるようなおばさんじゃあるまいし。ルカは後ろで言い合う2人を背中に感じつつ、心の中でそれにつっこみを入れておいた。 「それにだな、余は自分の肉体を誇りに思っておるのだ。これを変えるなぞ・・・・特に仮装という他の生き物に変わる、なんてそんなことをしたら自分を捨てるようなもんだろーが。」 「それは違うな。」 「あぁ?」 スタンの言葉に、聞いていたエプロスがはっきりと否定した。むっとした表情でスタンは彼を見る。 「姿を変えて人を偽るこの祭り。仮面とは、自身と他人の分類を曖昧にする。・・・・自分とは別の分類になる、他人が見ている分類から逆らい欺く。それもなかなか楽しめるものなのだぞ?」 「・・・・なーんか今日はエプロスさんがいつになく楽しそうに見えてたけど。もしかしてその理由のせい?」 「そんなところだな。」 くすくすと笑うエプロスに、ふーん、とロザリーは相槌を打つ。だがスタンは思わぬ否定に機嫌を損ねたらしく、どうでもよさそうにしている。 「あれ、なんか誰かが走ってきますよ?」 踊っていたリンダが歌を止めて、村役場前の長い階段を見下ろして言った。 「ちょっと、ルカくーんっ!」 「え?」 突然名前を呼ばれ、ルカは慌てて立ち上がって声が聞こえた方向を見た。 「一体何があったのだね?どうも尋常ではない様子だが・・・・」 「あんたみたいなじーさんはどーでもいいの!とにかくルカ君はどこよ、ルカ君は?あっ、いたっ!」 娘は一気に言って辺りを見回し、すぐにルカの姿を見つけて駆け寄っていった。毒舌な彼女の言葉に、キスリングは少し落ち込んでしまったようである。しかし娘はそれを無視して、ルカに言った。 「な、なに?」 「あなた、一応戦えるんでしょ?だったら村の入り口に現れたオバケをなんとかしてよ!なんかすっごく大変なんだから!」 「オバケですってっ!?」 ロザリーが急に顔色を変えて、腰のレイピアに手をかけた。落ち込んでいたキスリングも、すぐにそれを忘れて嬉しそうに顔を上げる。 「ふふふ、よく聞いてね?今、村の入り口のところにね、ルカ君・・・・あなたのおかーさんが村人たちにふるまうご馳走を運んできているの。」 「おかーさんが!?」「そ、それは大変だ!今すぐにでもっ・・・・」 「ちょっと待つッスよ!あんたじゃ危ないッス!オレがさっそくしとめてきてやるぜオラ!」 慌てて走り出そうとするルカの父の服をビッグブルが掴んで止め、そして代わりに走り出そうとするビッグブルのしっぽをウワサ好き娘が掴んで止めた。 「ちょっと待ってよ。あたしの話をちゃんと聞きなさい!!」 「は、はいッス・・・・申し訳ないッス。」 「まったく、近頃のオトナは黙って人の話も聞けないんだから。・・・・まあいいわ、今は文句言ってる場合じゃないし。それでね、ルカ君のおかーさんが料理を運んできたところに、ここらへんでは見かけないオバケがどこからかともなくやってきて・・・・―――そしてね。その料理を食べ始めちゃったのよ!」 「・・・・・・・・・・・・へ。」 「・・・・はぁ?」 勢いよく言った娘の言葉に、てっきりオバケが人を襲ったのかと思っていた面々は、ぽかんと口を開けて拍子抜けする。・・・・料理を食べただって? 「お願い、あいつを止めて!このままじゃ、村人たちのためのご馳走は全て食べ尽くされてしまう・・・・ああ、あたしだってルカ君のおかーさんのおいしい料理が食べたいのに・・・・っ!お願いルカ君、すぐにあいつを倒して!もう時間は無いわ、急いで!」 「・・・・おい待て小娘。そいつの特徴を教えろ。」 ルカの背後にいるスタンが、何か思案しているような表情で冷静に娘に訊ねた。 「いいわよ!そいつは人が着るのと同じ燕尾服を身に纏っていてね、そして頭には大きなツノっぽいものがあるの。で、手がとても長くて!その恐ろしい手で突然パンプキンパイを貪り始めてね・・・・」 ・・・・彼女の言葉通りに想像したオバケのシルエットは、見覚えがある。 「・・・・あのさ。そのオバケがどういう風に登場したのか、見た?」 「あーそうそう!それが一番面白いの・・・・じゃなかったとんでもないのよ!突然肉屋の屋根の上からジャンプして宙返りして道の真ん中に着地して現れたの!それでルカ君のおかーさんが喜ぶような幻惑の呪文を並べ立てて、それで・・・・」 ―――ジェームスだ! この場に居るルカ、スタン、ロザリー、キスリングにははっきりとわかった。今までの経験からすると、そいつはどう考えても魔王スタンに仕える悪の最強執事である。そんな面白すぎる登場シーンができるオバケらしき者といったら、ジェームスしかありえない。絶対ありえない。 「ククク、フハハハハッ!そうか、なるほど・・・・やるではないかジェームス。人間どもの料理を食べてしまうとは、なんと悪そうなことを・・・・ちょっとだけ見直したぞ。」 スタンから出てきた名前に、執事のことをあまり知らないエプロスが問う。 「ジェームス?それは確か、世界図書館で扉を破壊したあの執事のことか?」 「そうよ、あの役に立つようで全然全く少しも役に立たないスタンの無能腰巾着よ!・・・・早く止めさせないと・・・・あたしたちの分まで無くなっちゃうじゃない!?それだけは勘弁だわ!あーっもう・・・・ちょっと行って、ジェームスを止めてくる!」 「なんだとぅっ!?」 「あ、待って待って!オバケを倒すならあたしも見るー!この事件も思いっきりウワサで広めてやるんだから!」 エプロスに答えるや否や、ロザリーは腰のレイピアを引き抜いて階段を駆け下りて行った。日傘のピンク色の点が、風のように闇の中へと消えていく。そしてその後を、ウワサ好きの娘も慌てて追いかけていった。 「ふふふ、ジェームス君の満腹度と愛情が込められた料理のおいしさの比例関係とジェームス君のオバケ魔族としての生態。この私グッテン・キスリングが、スミズミまで観察しながら計算して今後の研究の参照にさせていただくためにメモに取らせてもらおうじゃないか!よーし、がんばっちゃうよー!」 「私もおかーさんの料理が食べたいし、それにジェームスの食べっぷりも是非見たいなあー。よーし、パパもがんばっちゃうぞー!」 まるで忍者がくないを扱うときのように、キスリングは片手の指と指の間に鉛筆を4本挟み、無駄にカッコ良く目の前で構えた。そしてもう片手でどこから取り出したのか分厚い本を抱え、彼も跳ぶように階段を下りていってしまう。その姿は45歳らしからぬ、さながら軽やかなウサギばりの動きである(彼の仮装はいやし系ウサギだが)。むしろキスリングは自身の運動能力について調べるべきだと思う。 「では、私も見にいってみるか。これから始まる魔王の執事と勇者のタイトルマッチもなかなか楽しめそうだからな。それに、私もそろそろ何かを口にしたい気分でね・・・・ではまた後で会おう、ルカ。」 ルカとスタンを見下ろしてそう言ったエプロスは、あっという間に宙を飛んで村へと降りて行ってしまう。そしてすぐに村の方から、ロザリーの「ずるいわよ!」というエプロスに対する怒りの声が聞こえてきた。 「あーん、あたしも置いてかないでくださいよぉーっ!エプロス様のイジワル〜!」 「ちょっとあんたら、抜け駆けするなッスずるいッス!仕方ねぇ、オレがその犯人と大食い対決してやるぜオラオラオラーッ!!」 飛んで行ってしまったエプロスを追って、リンダも泣きながら(ウソだろうが)走り出す。そしてそのリンダの後をすぐに、別の目的を持ったビッグブルが何かに燃え始めたように駆け出した。そして二人とも村役場前の階段下へと下りて行き、村の入り口の方へと夜の闇とカボチャの灯りに紛れて消えて行ってしまった。 「おいコラ、待てキサマらっ!悪の計画の邪魔をするなコラっ!・・・・・・・・だ―――っくそっ!行ってしまったではないか、この子分め子分め子分め!キサマもぼけっと突っ立っておらずさっさと走れっ!追えっ!あいつらを止めろっ!それでも余の子分か!?」 「でもスタン・・・・ジェームスにパイを食べさせるつもりなの?スタンもさっき食べたがってなかったっけ、おかーさんのパンプキンパイ。なら、ジェームスの方を止めたほうがいいんじゃない?」 ルカの言葉に、スタンはあの輝かんばかりの黄金狐色のパンプキンパイを脳裏に浮かべたようで、少し言葉を失った。そういえば、自分は確か非常に腹を空かせていたのである。それもついでに思い出してしまったようだった。 「・・・・ジェーム、スゥゥゥウウウウッッ!!何としてでも止めてやるわっ!子分、手遅れになる前に余のためにご馳走を死守するのだ!よし、行くぞ。とにかく余は腹減ったのだからな!」 ついに切れたスタンがぶるぶると振るえる。そして体を勢いよく翻し、早く行かせるためにルカを急かした。・・・・ルカの計画通りである。ルカは悪いことに手を染める気は毛頭無いのだ。なんとか村人たちの料理を全て食べさせてしまおうというスタンの考えを打ち砕くことができた。 「はいはい、わかったってば。・・・・じゃあボクたちも行こうか、マルレイン?」 「うん・・・・料理が今どうなってるのかわからないけど・・・・もしかしたら、もうロザリーが止めてくれてるかもしれないものね。」 早く行けば、料理はまだ間に合うかもしれない。パンプキンパイは諦めるしかないだろうが、スープや他のカボチャ料理はきっと無事だろう。たぶん。とりあえずあの執事は捕まえて、天井から吊るすべきだ。 「あ・・・・ルカ、見て!ほら、空!」 ジェームスのところへ行こうと階段を下りようとしたマルレインの驚いたような声に、何事かと思ったルカは彼女の傍に駆け寄っていく。 「・・・・きれい・・・・」 今夜は特別な、ハロウィンの夜。 高台に月光に照らされて立っていたのは、仮面を被った無邪気なお化けたちの姿だった。 |