ボクと魔王と雪の花
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ルカはきょろきょろと辺りを見回していた。 「寒い。」 「へ?」 声が聞こえた。鞄の中から亜麻色のマントを引っ張り出しながら、ルカは横を見上げた。 「寒い。」 「・・・・えー・・・・と・・・・」 「何じゃ、聞こえなかったのか?ルカ、寒いぞ!わらわを温めるものを何か献上せよ!」 その美しい王女から発せられる言葉は、ワガママ娘のそれだった。 「そ、そうよ王女様!そのお姿のままでは風邪を引かれてしまいますわ!あああ、このあたしがなんつー不覚を・・・・も、申し訳ありません!」 「うむ、そういうことじゃ。だからルカよ、わらわが風邪を引く前に何とかするのじゃ。」 (・・・・寒がっているにしてはずいぶんと口調が穏やかだなぁ・・・・) それよりボクも寒いんだけど、とはさすがに言えなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・ルカ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ・・・・。」 自分が着たい衝動をぐっと堪えて、ルカはマントをマルレインに差し出した。 「ふふふ、さすがはわらわの召使いじゃ。わらわのためにわざわざ用意しておくとは、なんと準備のよいことよ。褒めてつかわすぞ。」 褒められてもあんまり嬉しくなかった。 「ごめんねルカ君、君をそんな寒そうな格好にさせたままで・・・・でも王女様が寒がっておられるのに、それを放っておくわけにはいかないもの。これ、ありがたく借りるわね!」 ロザリーは悲しそうに瞼を伏せたあと、すぐに顔を上げてウィンクした。そしてマルレインにマントを着せ始める。 「おやおや。君に渡した私の服を彼女にあげちゃったのかい?寒がる娘にそっと上着をかけてやるその精神・・・・うんうん、君がするとはなかなか意外だがとても立派な選択だよ!そこでこの寒さに耐えてみせればもっと高得点だろうね。」 「・・・・・・・・さぶっ。」 「身に感じる寒さなんて君の心次第で変わるものだよ!聞いたところによると子供は風の子といって、寒いことは気にせず目の前にある楽しみに飛び込んでいくことを表しているそうだね。つまり寒いという感情を上回る感動で抑制すれば、こんな雪の中の寒ささえも感じなくなってしまうのだよ!」 「ユキ?」 聞き慣れない単語に、ルカは身をさすりながら聞き返した。 「ん?ああ、これこれ。この地表面に堆積しているものが雪だよ。君はテネル村から出たことないようだから、雪を見るのはこれが初めてかな?実はというと・・・・私はいつもオバケに対し環境と気温の変化による影響を観察する研究で人工雪を作成し使用しているのだが、天然の雪を見るのは私も初めてだよ!いやー、まさかこんなにやわらかいものだったとはね!この地に生息するオバケちゃんがどんな生態を持っているのか、またひとつ研究対象が増えて嬉しいよ・・・・ぐふふ・・・・」 だんだんキスリングの目の色が変わってきた。腕で締め上げているウサギが悲鳴を上げている。 「雪・・・・」 ルカは足元に敷かれているそれを、まじまじと見た。 「ふむ。言われてみれば、これは美しい光景じゃな。」 いつの間にか隣に、ロザリーと一緒に丈の長いマントを着て手足が見えなくなったマルレインが立っていた。驚きで目を見開き、そしてうっとりとその雪景色を眺めている。 「王女様は、雪を見るのは初めてですか?」 「いや、ずっと昔に見た覚えがある。・・・・ただ冷たいだけかと思ったが、よくよく見ればこんなにきれいなものじゃったとは思わなんだ。真っ白くて、やわらかくて、見ていると心が躍るのう。まさかトンネルを潜った先が、このような場所に繋がっておったとは・・・・」 やはり、彼女にも無邪気な一面はあるらしい。キョロリと辺りを見回し、惹かれるようにしゃがんで足元の雪に触れている。ロザリーが横で、微笑ましいものを見るように笑っていた。 「う〜っ、さっむーい。というか今まで牛魔王と会ったり雪に感動したりで忘れかけてたけど、ここって寒すぎて凍え死にそうよ!もしオバケに会っても対応できるかどうか・・・・早くどこかで温まりたいわよ、もう!」 「ああ、この地に潜むオバケちゃんたち・・・・。一刻も早く会ってみたいね!ふふふ、オバケちゃんに会う楽しみのためなら、例え寒くてこの身が凍ってしまっても特にかまわないよ!」 寒さで震えるロザリーと、武者震いするキスリング。言っていることがまるで逆である。正に風の子と火の子を典型的に表しているかのようだった。キスリングも大の大人だが。 「わらわは嫌じゃ!凍りつくのはお前の勝手じゃが、お前たちがオバケと戦っておる間、わらわをこのような寒い場所で待たせるつもりか!ルカ、ロザリー、キスリング。わらわは寒い、そして喉も渇いた。早く帰りたいが、わらわはこの雪をもう少し見ていたいのじゃ。だから今すぐ宿屋をこの地から探し出し、ルカはわらわに熱い紅茶を淹れよ!」 「は、はい!」 威圧的に命令を下したマルレインに、ロザリーが慌ててお辞儀をした。 「こんな辺境の地に、宿屋なんてあるのかしら・・・・というか、こんな雪原に人が住んでるかさえも怪しいわね。」 「魔王のための物資や人員を提供する場所って聞いてたけど・・・・それらしいものも見当たらないし・・・・。これは素直に帰ったほうがいいんじゃ・・・・・・・・さっきのニセ魔王も追いかけないといけないし。というか、もう目的のニセ魔王は見つけたわけだし・・・・」 マルレインには悪いが、ここは引き返したほうが得策だろう。せっかくやってきた雪原なのだから、もっとくまなく探索したいのは山々だが・・・・今は目の前に見える目標を追いかけて行動した方がよいかもしれない。 「・・・・ふふふ・・・・甘いねルカ君。一見だけで物事を全て決めつけてはいけないよ。雪原の向こう、霞んだ白い光のその先に、もしかしたら君たちの考えを覆す何かが待っているかもしれないじゃないか!それは人でもオバケでもありうることであってね、例えばこーんな寒い場所で生きていける元気なオバケちゃんがいるかもしれないし、それと同じ理屈でこーんな寒い場所でも生きていけている人がいるかもしれない。つまりだね、世界は広いってことさ!」 キスリングは熱弁するが、ロザリーとルカの表情はまるで信じていない。うんざりした様子で、顔には「えぇー・・・・」と書かれている。 「・・・・その熱弁の根拠は?」 「実は私も、最初はこんな場所に人が住んでいるとは考えられなかったんだけどね。決めつけるのはいけない、なぜなら世界は広いからさ!その広さを信じれば、可能性も大きく広がるっていうことだね!」 「グローバルな視野を持つのは良いことだと思うわよ。でもね、話の論点に戻ってくれない?」 「ああ、宿屋を探すんだろう?そんなもの、視野を大きくして見れば見つかるのだよ。ほら、実はそこに。」 「あーっそう・・・・・・・・・・・・・・・・うそっ!?」 キスリングの指差す先に勢いよく振り返ると、少し行った先の道の端っこに、手前の樹木の葉に隠れるように一軒の木造の黒い建物が建っていた。 「ほ、本当だ・・・・」 こんな場所に、しかもこんなに近くにあったとは。ルカはロザリー共々唖然とした。 「ふふふ、すぐ傍にあったことに気づかなかったとは正に灯台下暗しだね!ちょっと視野を広めて見るだけで見えるものがあるってことに気をつけておかないと、思わぬ見落としをするかもしれないよ。覚えておきたまえ。」 「でも、あれが本当に宿屋かなんて分からないわよ。もしかしたらただの民家かもしれないじゃない。」 「しかし、このような場所でも人が住んでいることは確かだ。あの家の住人から、宿屋かまたは村なんかの情報を聞き出せば良いんじゃないかな。それに目の前に建物があったとして、入らないで立ち去る人間が一体どこにいるというのかね?開きそうな扉があれば開ける。つまり扉は開けるためにあり、そして私たちは扉を開けるためにいるのだよ!」 この博士の熱烈な論破は、この土地に住むオバケたちに対する好奇心故に発せられるものなのか。彼はマルレイン以上にこの地に居座る気が満々のようだ。 「はーあ、わかったわよ・・・・。とりあえず行ってみましょ。ここにずっと立っているよりは、寒さをしのげられるでしょうし。」 「そうこなくてはね!そうと決まれば話が早い、急いで行こうか!ふふふ、ずっと話していたせいでオバケちゃんも集まってきちゃったしねぇ。私としては大歓迎だが。」 「そうねぇ・・・・・・・・・・・・―――オバケ!?」 キスリングのさり気なく言った言葉に、ロザリーは再び背後を振り返った。 「いててっ!」 「何をぼうっとしておるのじゃ、お前たち!ちゃんと周りを見ぬか。情けないのう。」 「ふん、さっさと動かずに話し込んでおるからこうなるのだ。雪原探索なぞ後にして、ちゃっちゃかあの筋肉ダルマを追えばよかったものを。情けないな。」 雪団子を作るのをやめたマルレインと、ルカの影を借りて瞬時に姿を現したスタンが同時に責め立てた。 その建物は本当に宿屋だった。しかも、あまり見たことがない温泉宿だ。 「ピンク色のあのゾウ・・・・ああ、なんて可憐で美麗な桃色をしていたんだ・・・・!ルーミル平原のゾウとはどんな違いがあるのかなあ・・・体色はモモ色なのにオレンジ味のキャンディを落としたのは一体どんな意味があるのだろうか・・・・」 キスリングは小さな机の上の書類に向かって、何か呟きながらひたすら鉛筆を走らせている。たまに分厚い図鑑をペラペラと捲ってはにやけ・・・・どうやら早速、先ほど出会ったオバケについてまとめているらしい。常人には理解できない、オバケ学者としての世界に浸っているようだ。 部屋の向かい側には、マルレインとロザリーの泊まる部屋がある。狭く細い廊下を横切り、扉をノックして開けた。 「・・・・・・・・味は・・・・。ふう、まだまだじゃな。蒸らしすぎじゃ、渋い。」 マルレインの厳しい評価に、ルカは困ったように項垂れた。これでも少しは上手くなったはずなのだが・・・・。今までも彼女の命令で、幾度も紅茶を淹れてきたのである。 「雪はええのう。」 ちびちびと自作紅茶をすすっていると、窓の外を見たままマルレインが呟いた。 「雪は・・・・あんなに冷たくて怖いのに、その色とやわらかさはまるで温かい。真っ白で全部覆ってしまうその様は・・・・綺麗なはずがどこか恐ろしく感じる。全ての存在を掻き消すようなのに、ひとつの存在を目立たせるかのよう・・・・」 真っ白な雪原の中の、動き回る色のついたオバケの点。マルレインはそれを見ている。 「ふふふ、まるであべこべじゃな。しかし昔はただ恐ろしかったというのに、今はおもしろいものにも見えるのはなぜじゃろうな?」 「何を言っておるのだキサマは。もう少し余にも理解できる言葉で言え。」 ひょい、といつものことながら突然スタンが姿を現し、ルカに代わって返答した。ベッドに腰掛けるルカの影が起き上がり、喋り出したのだ。ルカとスタンは常に一緒にいるため、姿を現さずとも会話の内容は聞こえているらしい。 「わらわは誰にも言っておらぬ。しょせん、お前のようなガサツな者には理解できぬことじゃ!」 「ならば喋るな、あーうっとうしい!ただ白くてすぐ溶けてしまうようなものを、やれおもしろいだ、やれ恐ろしいだなどと・・・・人間とはつくづくよくわからんな。」 ツン、とそっぽを向いて、マルレインは再び窓の外を眺める。機嫌を損ねてしまったらしい。ガサツな者には理解できない・・・・ということは、自分もガサツなのだろうか。 「スタンは雪、嫌いなの?」 「興味の無いものに対して好き嫌いなぞ関係ないわ。子分は道端に生えた雑草が好きか嫌いか問われたら、それに答えるのか?余にとっては雪なんぞ、その程度のものだ。おもしろくもなんともないな。」 ルカの質問にスタンはさらりと即答した。マルレインが再び睨むように目を細める。 「魔王というものとはつまらぬ。わらわのように美しいものを見る目が無いとは、なんとかわいそうなことよ。」 「クックック・・・・お前たちが美しいと思うものは、いつか余が全て踏み潰してやるわ!余が実体を取り戻したら、こんな真っ白な雪も余の足で思いっ切り足跡をつけてやる。ああ、炎で雪を全部溶かしてしまうのも良いな。クククク、お前たちの絶望する顔を見るのが楽しみだ。そう考えれば、雪というものも悪くはないな、ククク!」 スタンは笑い出すのを堪える様に、顔を俯けて低く笑った。その姿はまるで悪者のようだが、言っている内容は薄い。 紅茶を全部飲んだところで、この宿には温泉があることを思い出した。 「マルレイン、・・・・王女様。温泉のことについてちょっと聞いてきます・・・・」 「そうか。ごくろうじゃった、ルカ。わらわも後で下におりるゆえ、先に行くがよい。」 ルカはうなずき、空のティーカップを乗せたお盆を持って、そそくさと部屋を出た。 2階の扉を開けた瞬間、ばったりとキスリングの後ろ姿に遭遇した。 「 3 ・ 2 ・ 1 。バンジーーーー!!」 「うっわ!?・・・・・・・・・・・・キスリングさん。なにしてるんですかそこで。」 吹き抜け廊下の突き当たりの柵のない縁で、先ほどまで部屋にいたはずのキスリングが、いったい何がしたいのか両手を広げて仁王立ちをしていた。なんだか妙に鬼気迫る様子で。 「・・・・・・・・・・・・飛べない。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 ・・・・・・・・命綱なしで2階から飛び降りたところで、顔面から床に激突するだけだと思う。 円形の吹き抜けの壁に沿って造られた木製の階段をゆっくり下りていくと、広いようで狭い広間の中央、樹幹のテーブルの傍の椅子に座っているロザリーが目に入った。やはりピンクの日傘は差したままだが。 「ははっ・・・・あ、ルカ君。もう温泉入るの?あたしもそろそろ入ろうかなーって思ってたところよ。王女様は?」 「王女様は・・・・まだ部屋で雪を眺めてます。」 「あーそうなの?あの子も飽きないわねぇ・・・・。・・・・まあそれ言ったら、上にいる人もよくわからないんだけど。」 マルレインはしばらくは部屋から出てこないように思える。・・・・ちょうど真上でなにやら叫んでいたキスリングのことは、ロザリーはあまり気にしないことに決めているらしい。彼が立っていた廊下の縁を見上げると、彼はすでにいなくなっていた。がっくり肩を落として部屋へ戻っていった彼の姿が目に浮かぶ。あの調子では彼も、しばらくは部屋から出てこなさそうだ。怪人学者の謎のおふざけとそれに付随した結果にともなう謎の落ち込みは、ときたまに発生する一連の行事のようなものである。 「じゃー、あたしちょっと王女様の入浴の準備を手伝ってくるから、ルカ君は先に入ってていいわよ。王女様もそろそろ入りたがっておられるかもしれないしね。」 「は、はあ・・・・」 「おや、おまんらも温泉に入るのかよ?」 ルカの横から、麦藁帽をかぶった眼鏡の湯治客が口を挟んできた。しかも微妙に訛った口調で。 「温泉はいいぜー、なんたって汗と疲れと悩みがいっぺんに流されゆくかんな。わしも何度もつかってるんだけどよ、もう気持ち良くてやめられないんだこれがよ。あんちゃんもひとっ風呂、どうだい?気持ちいいぞー?」 「あ・・・・ボクはこれから入るつもりです。」 「あたしも入るわ。せっかく来たんだし、今日は疲れたもの。」 そう言ったロザリーを見て、湯治客は突然、にやにやと笑い出した。 「?」 「おお、おお、ねえちゃんもかい!いいねえ、若いおなごの入浴はお色気たっぷりでな!正に旅の風呂文化の定番ってもんよお。こーんなカワイイ子と一緒に入れるなんてな、こんな場所で温泉入り続けたかいがあったってもんだぜよ。いやはや、ラッキーだぜよ!」 「は・・・・はああ!?」 ロザリーが顔を真っ赤にして、嬉しいのか恥ずかしいのか怒っているのか分からない表情をした。 「そうそう、ここの温泉では湯着を身に纏って湯につかるのが決まりだぜよ。ああ?普通は布を湯に入れないのがマナーだって?そんなんこんな辺境の地では通用しないぜよ。なんせ湯着は風呂に入るための服だからな。」 「ちょ、ちょっと!言ってることがよくわからないんだけど?」 「わからんかあ?ここの温泉は混浴だぜよ。」 ぶっふ!とロザリーは吹き出した。ルカがぎょっとして一歩横に避ける。 「こ、混浴ですって?なんでよ?」 「当たり前だぜよ。ここの温泉は見てわかるように秘湯でな、露天風呂はひとつしかないぜよ。それに、こんな場所に人が来ることも滅多になくてな。わざわざキレイに整備せんとも、自然にあるままのお風呂のが一番趣があるだろ?だから混浴なんだ。」 「まあ、そういうことです。」 すっかり常連として知り尽くした湯治客の説明に、小太りの宿のオーナーが苦笑いをして頷いた。ルカの隣で、ロザリーが頭を抱えている。 「あの・・・・なんで、こんな場所に温泉宿を?こんなところ、誰も来ないんじゃないですか・・・・?そこの横断トンネルは今までずっと塞がれていたみたいだし・・・・」 ルカは、宿のオーナーに訊ねた。 「なんでって・・・・そんなこと、考えたこともなかったなあ。さて、どうしてでしょうかねえ?」 「かねえ?って・・・・。」 困ったように、オーナーはぽりぽりと頭を掻いた。 「友好的なオバケのお客さんなら来ますよ、特にビッグブルはうちの常連ですしね。・・・・宿を営業している理由も、もう忘れてしまいました。トンネルが塞がっているかいないか・・・・なんて、関係ないんですよ。ここに宿を建てた理由なんて、どうでもいいことなんです。ほら事実、こうやって人間のお客さんもちゃんといらしてますし。ずっと昔からここには温泉が湧き出ていて、それをこの宿の名物として扱っている・・・・っていうことに、何か変なことでも?」 ・・・・言われてみればそうだ。客がここに来るから、温泉が湧き出るから、ここで宿を営業している。その事実に、おかしいことなんて無いはずなのだ。 「・・・・・・・・・・・・。」 「雪国というのも、住みにくいというわけではないんですよ。住めば都って言うでしょ?」 住めば都。慣れてしまえば、この場所は住みやすいのだろう。 「ん、ルカ君。なんか気になることでもあった?」 「・・・・あ、いや、なんでも・・・・。」 ぼーっと考えていたが、ロザリーの声でふと我に返った。 「さーてっと。わしは温泉にまたひとっ風呂つかって来るぜよ。」 湯治客の男が肩に手拭いをかけて、温泉の更衣室に続いている扉へと向かった。 「ねえちゃん、混浴っておなごはよく嫌うがな。イヤなことばかりじゃないぜよ。男女関係なくみんなで温泉を楽しめるし、湯につかりながら雪を見てダベるのも結構いいもんだぜよ。」 「あーそう、はいはいわかったわよ・・・・。」 「ねえちゃんの入浴シーン、期待してるぜ!」 「 は や く 行 き な さ い ! ! 」 ロザリーが拳を握りしめてぶるぶると震えだしたのを見て、男は笑顔で扉の奥へと消えた。 「ククク、残念だったなあの男。この尻タレ女のタレ尻なぞ、期待したところでしょせん無意味なものだというのにな。クックック、興醒めした男の顔が目に浮かぶわ。」 「なーんですってええっ!?」 その瞬間、今まで握っていた拳で、ロザリーがスタンに思いっきりゲンコツを食らわせた。しかしスタンの体は透けてしまい、ルカの頭に鈍い音を立てて当たった。 「フハハハハ!どうした、転婆暴悪尻タレ女!そんな空拳で殴ったところで、余に勝てると思っておるのか?それに余を殴ったところで、タレ尻という事実は変わらんぞ?」 「タレ尻タレ尻言うなーっ!この変態破廉恥オヤジ魔王!ヘンなとこばっかり見て言ってると、脳みそまで老ける・・・・じゃなくて腐るわよ!?」 こいつが影じゃなければ、この拳でダメージを与えられたのに・・・・と悔しがるロザリーを見て、勝ち誇ったようにスタンは笑った。そして罵倒大会が始まる。 「尻が垂れたキサマこそ、もう体も年老いてヨボヨボなのではないか?クックック!余が年齢詐欺老婆タレ尻勇者を倒し、世界を征服するのもそう遠くはないな。」 「そんな勇者どこにいるってのよ・・・・。あんたのほうが年齢的にどう考えても年上じゃない。あたしが老婆だっていうなら、あんただってじゅーぶん爺さんよ!」 「ふん、余は魔王だからな。200年や300年生きていて何が悪い!そもそも余は大魔王ゴーマの生まれ変わりだからな。ゴーマだった頃の分を計算外とすれば、余の体はまだまだ若いのだぞ?」 「ふーん、なるほどねー。ゴーマが脱皮した後の物体があんただから、古かったヨボヨボの部分は捨てられたわけね。なるほど、それは便利な体ねえ。」 「そうだ、便利だろう・・・・・・・・っておいコラ!脱皮と言うな、生まれ変わりだっ!余はヘビかなんかか、えぇ!?」 「ああ、だから頭の中もおこちゃまなのねー。あたしよりも精神年齢が低いのも当たり前よね。よかったでちゅねー、無事に脱皮できてー。」 「だから脱皮じゃないと言っておろーがっ!なんだその気持ち悪い口調と視線は!」 ロザリーとスタンが言い争っている中、ルカは「どうやってこの喧嘩を止めよう・・・・」と無表情で考えていた。 「ちょ、ちょっとルカ君?何するのよ?」 「こ、コラ子分!とま、とま、止まれ、まだこの女には余のすごさについて聞かせねばならんことがたっぷりあるのだぞ!?」 とりあえず2人の言葉は無視して、2人をずるずると引き摺って部屋へ向かった。 |