恍惚としているなにかを見ちゃった人は放置して、マギー・ロバート・デイル・トビーは研究所の前に立った。町中の歯車を全てここで動かし管理しているため、この建物はマドリルに建つ建物の中では1、2位を争うくらい大きい。しかし普段は誰も見向きしない場所だ。いつもならば表情の暗い研究員が扉を塞いでいたのだが、ある時から彼はそれをサボるようになり、今は誰も見張らなくなってしまっていたのだ。おかげでまんまと歯車を止められてしまったわけである。
 中から男たちの言い争う声がする。中にはたぶん、マドリル中の歯車を止めた犯人とミスマドリル、その恋人がいるのだろう。
 マダラネコ団の今回の任務の目的は、犯人の捕獲、及びミスマドリルの保護、そして歯車の再稼動だ。

 

 「あたいとロバートは正面から行くから。デイルとトビーは危ないから、犯人が逃げないように裏口を固めるんだよ!」

 「イエス・サーッ!」「でしゅ!」

 

 デイルとトビーはマギーの指令に勢いよく頷き、指示通り走って裏口へ回った。
 それを見送ったマギーはロバートと一緒に、研究所の前に集まる野次馬群衆を無理矢理押しのけて、研究所内に入る。
 この場所には、以前も訪れたことがある。自称魔王だと言う変なオバケが、新入りの少年を上手く操ってマドリルの歯車を止めようとしたところを、マダラネコ団が先回りして防いだのだ。しかし、まさか二度もこんなことが起こるとは、さすがに想定していなかった。しかもそれを実行したのは、オバケなどではなくマドリルの人間である。この町は谷の中に建てられていて、出入り口は森や平原を徘徊するオバケたちが入り込まないように、巨大な歯車の門でガードされている。つまり外からの脅威からは隔離されていて安全なはず・・・・なのだが、下水道魔王といい会長魔王といい、そして今回の事件といい、どうやら内側も油断できないようである。おかげさまでよくわかった。

 中に入ると、広い空間の中央にある街の歯車を操作するためのレバーの前に、一見「色男」っぽいように見えるがよく見ればそれほど冴えてない顔立ちの金髪短髪の男がいた。ぶるぶると震えて身構えている。
 そして入り口の横に並べられたドラム缶の前に、いつか見たような赤い服の美女、そしてとんがりツンツンヘアーの男が困った様子で色男を見て立っていた。

 マギーは驚きで肩を跳ねさせた。ポニーテールがちょっと揺れる。

 

 「・・・・もしかして、ルルカちゃんの飼い主さん!?」

 

 そう、目の前で言い争われているミスマドリルの異名を持つ彼女は、今日マダラネコ団が探し回ったネコの飼い主その人。隣の男は、その彼女の恋人だった。

 

 「もしかしてマギー、彼女と知り合いなのかい?この街で一番綺麗な女性に選ばれたミスマドリルと。」

 「え、うんまあ・・・・いやでも、まさかこの人がミスマドリルだったなんて・・・・。」

 

 マギーは1階に住んでいるため、2階に住むミスマドリルの存在は知っていたが顔まではよく知らなかった。だから今日ネコ探しを依頼されたときも、彼女の正体にマギーは全く気づくことができなかったのだ。先ほどはあまりの涙顔のせいでわからなかったが、よく見れば確かに彼女は、ブロンドの美しい髪を持ち赤いキャミソールがよく似合う線の細いスタイルをしていて、なおかつ艶かしい顔つきでかなりの美人だった。女の子なら誰もが憧れるような華やかな化粧をしていて、大人びた雰囲気を醸し出している。彼女がミス・マドリルに選ばれるのも、わかる気がした。
 そのマギーたちの声と視線に、ミスマドリルとその恋人、さらに犯人の色男も気付いた。

 

 「あ、あなたは・・・・ルルカを見つけてくれたお嬢さん!なぜこんなところに!?」

 「あたいたちは止まった歯車とあなたを助けに来たんだよっ。」

 

 マギーはロバートと顔を見合わせ、彼女に説明をしながら辺りを見回した。
 歯車を再び作動させるレバーは、部屋の一番奥の中央だ。その前には、事件を起こした犯人。・・・・どうやら犯人を説得するしか、町を復活させる方法は無いようだ。犯人を無視してレバーを上げるのは無理だろう。下手に犯人を刺激すると、レバーを壊されるかもしれない。
 しかし、ツンツンヘアーの恋人とミスマドリルが、マギーとロバートに対してシリアス調で言った。

 

 「・・・・いや、お嬢さんたちは下がっていてくれ。ボクがこの男を止めなければならないんだ。」

 「そう。これは、わたしたちが決着をつけなければならないことなの・・・・」

 

 「あなたたちを巻き込みたくない」と、その表情から真っ直ぐに伝わってくる。その様子に、思わずマギーは口を噤んだ。
 マギーとロバートは彼らのことを純粋に「カッコいい」という目で見ていた。しかしもっと冷静に考えてみると、彼らはこのような台詞を言っていて恥ずかしくないのだろうか、という考えがよぎるはずである。しかしここには、それをつっこみたがる人間は裏口にいるデイルしかいない。デイルは裏口付近で室内の様子を伺っているが、「カッコいい」と思う反面、それらの台詞につっこみたくてウズウズしていた。トビーはそれを、「はらいせでしゅね」と言っている。

 デイルとトビーが様子を伺っている中、室内では色男もミュージカル風な台詞回しで叫んでいた。やっぱり聞いている方が恥ずかしい。

 

 「おお、ミスマドリル!僕は来る日も来る日もあなたのことばかりを考えているというのに・・・何故この僕の純で美しい真心がわからない?何故だ・・・・何故だ何故だ。どうしてあなたはこの僕の気持ちに応えてくれないんだ?」

 「わたしには・・・・運命の人がいるのよ。ごめんなさい・・・・。」

 「認めない!絶対に認めないぞ僕は!このスーパー美形な僕よりもそこのコレステロールたっぷりでつんつんヘアーな男の方がいいなんて、絶対絶対ぜーったい、認めない!おい、そこのとんがり野郎!ミスマドリルに指一本触れてみろ、このレバーに一瞬で物を固めることができる魔法の薬『瞬間接着剤』をたっぷりかけて一生歯車を動かせないようにしてやるぞ!」

 

  そうわかりやすく説明する(本人にはそのような自覚はないのだろうが)色男の手には、何か白い液体が詰め込まれた奇妙な一升瓶が抱えられている。
 瞬間接着剤というものが何なのかはよく分からなかったが、彼の説明からすると「一瞬で何かを接着できるアイテム」らしい。そんなものがこの世界に存在していることが不思議だったが、またマドリル研究機関が作ったのだろうか。もしかしたら研究員に上手く言いくるめられて買わされたものなのかもしれないが、まさかそれを当の研究所で使われるとは、研究員も思ってもいなかっただろう。

 

 「ミスマドリルを僕に渡すんだ!そうしたら町と研究所は助けてやる!」

 

 マギーとロバートは、呆れて声も出なかった。効果さえも真実かどうかがわからない物で脅すくらいなら、歯車の管理レバーを武器や魔法で壊してしまう方が効果的だったのではないのか。自称魔王のように研究所破壊までしなくてもレバーさえ破壊すれば、マドリルの住人たちをずっとこの町の中に閉じ込めることができてしまう。つまり変なアイテムを用意するよりも簡単に、町の人間を人質にとることができるのだ。それを考えると、この男は見た目の割に頭が悪いようである。しかしそんなことをされたら、それこそ正にマドリルに語り継がれる大悪党になってしまうため、そんなことを思いつかれなくて本当によかったと思う。
 しかし、あの変なマドリル研究機関が作る物だから、効果もきっとキテレツなものに違いない。もしかしたら本当に一生歯車が動かせなくなるかもしれない。とにかく彼が接着剤をぶちまける前になんとか阻止したいところだ。

 歯車を盾にして脅す色男に、ミスマドリルの恋人はゆっくり静かに言った。

 

 「・・・・君には悪いと思うよ。でも・・・・ボクのこの想いは変えられないんだ。ボクは彼女が好きだ。この人こそが、ボクの永遠のスイート・ハニー。永遠に離しはしない。ましてや、君のような男になんか渡さないよ。」

 「ダーリン・・・・!」

 「どんなことがあっても・・・・例えこの町の歯車が一生止まってしまっても、ボクは君を愛すよ。」

 

 色男の脅しに動じることなく、彼はミスマドリルを抱きしめた。とてつもなくクサかった。しかし一生歯車が止まってよいのはミスマドリルたちバカップルだけで、他の住民は真剣に困るのだが。
 今まで聞いたどんなものよりも美しく、どんなものよりも恥ずかしいその言葉と行動に、思わずマギーや野次馬たちは赤面した。そして見せ付けられて気まずくなった面々は、そそくさと目を逸らす。ちなみに裏口の扉の隙間からこっそり覗いているデイルやトビーも、海外コメディのノリで「わーぉ」と言って赤面しているが、子供にはちょっと早い台詞である。これを聞いていたロバートはというと、いつかマギーにもこんな台詞を言ってみたいと妄想していた。
 そして、呆気にとられている色男に向けて、ミスマドリルがトドメを刺した。

 

 「ごめんなさい・・・・あなたはずっとわたしを想っていてくれたのね。なんて罪深い女だと、わたしもわたしが憎いわ。・・・・でも、わたしの愛するべき人は彼だけなの。この人こそが永遠のスイート・ダーリン・・・・わたしの理想の恋人。あなたみたいな人は好みじゃないの・・・・ごめんなさい。」

 「・・・・・・・・・・・・!!!」

 

 彼らの言葉と行動に、色男も呆然とした。そして無意識に、とんがり野郎とミスマドリルがお互いを愛する心に、自分の想いはかなわないことを悟ってしまった。悟ってしまったのだ。
 彼は指一本触れるばかりか全身で抱きしめ合う2人を見て、彼の方が瞬間接着剤で固められてしまったかのように、表情が固まってしまった。

 そして彼は、呆然としたまま瞬間接着剤のフタをつまんだ。
 ―――本当にレバーを固めてしまうつもりだ。

 

 「あ・・・・やめろっ!」

 

 妄想から覚めたロバートが、ダッシュで色男に掴みかかった。
 レバーを固められるということは、全ての町の働きに影響が出るということなのだ。それにここで固められてしまったら最後、生活ができなくなるどころかこの街からも出れなくなってしまう。1階と2階も行き来できず、谷での生活を支える大切な電気や水道も止まり、町の外にも出られない。歯車の管理レバーを修理すればよい話なのだが、そんな箱庭のような状況の中で、修理する間の期間を住民たちが落ち着いて生活できるとは思えなかった。そして何より、大切なこの町を助けられなかったことに、マギーはひどく悲しむかもしれない。ロバートにとって、それだけは避けたかった。
 ロバートは一度、マギーを泣かせて自分の手下の女にゲンコツでぶたれたことがあった。以来、「喧嘩はしても絶対泣かせない」という思うようになった彼は、マギーを悲しませないように必死なのだ。必死であるせいで、考え方も大げさで単純になってしまう。
 それは彼の普段の大人ぶった口調とは違い、まるで年相応の男の子のようで。

 

 「なっ・・・・」

 

 猪のように飛び掛ったロバートに、接着剤を手にした色男は動揺して思わず接着剤の瓶を構えた。
 それに反応し、ロバートも拳を握る。
 お互い、攻撃から自己防衛をしようとしているのだ。

 

 「ロバートっ!」

 

 マギーの叫ぶ声が聞こえたが、ロバートは止めようとしなかった。
 とにかく、目の前の「敵」を何とかしたかったのだ。一度点いた感情は抑えきれない。
 瓶と拳がお互いの顔面に当たるまで、あとわずか。
 マギーは息を呑んだ。

 

 ―――しかし。

 

 

 

 「はいはいストーップ、君たちいいかげん落ち着きたまえ!―――パラリラ!

 

 詠唱が研究所内に響き渡った瞬間、ロバートと色男の体が突然黄色い光に包まれる。
 そして2人の動きが瞬時にぴたりと止まった。


 そして2人は感覚の糸が抜け落ちたように、がくんと全身から崩れ落ちた。やがてずっと正座していたときの足のようなビリビリとした痺れが瞬く間に全身を襲い、2人ともあまりの痛みに呻き声をあげて転がり回った。慌ててマギーがロバートに駆け寄る。

 

 「ここは研究所だから、この場でケンカするのはできればやめてほしいんだけどなぁ。」

 

 高度な麻痺の魔法を使ったのは、今のマドリル内では知らない者はいない怪人オバケ学者、キスリングだった。確か彼は、マダラネコ団の新入りさんの友達でもある。
 マギーと同じように人混みをかき分けてきたのだろう、入り口のど真ん中でぶ厚い本を開いて立っていた。本の内側のページはほんのりと黄色い光を帯びており、彼の魔力の発生源である魔法書であることが分かる。おおお、と野次馬たちが歓声を上げ、彼はそれに「いやーどーもどーも」と軽く振り向いて笑って返事した。さすが名物学者と言うべきか、愛想のよい男である。
 どうやらキスリングのおかげで、ロバートと色男はお互いを殴ることにならずに済んだようだ。

 キスリングは床に転がるロバートと色男に向き直った。そしてその手は、足元に落ちている一升瓶を掴む。

 

 「私の汗と涙の研究の成果である超強力瞬間接着剤を使ってくれるのはすごーく嬉しいけどね。実はこれ、失敗作品なんだよ。ほんと、危ないところだったよ・・・・それは空気中の水分に反応し瞬間的に硬化する物質と硬化を促進する物質を配合しさらに耐衝撃性を兼ね備え接着を永久持続させることができることができさらにさらに液体のまま出すだけでも瞬きする間に石のような硬さになるという実に優れ過ぎた能力を秘めているのだが物を接着させようとする前に出したその瞬間に固まってしまうから意味が無いんだよねー。そのせいで普通の建築に使おうとしても役に立たなくて・・・・つまり全く使えないものでね、未知だが危険なものとして、この研究所の物置に厳重に封印しておいたのだが・・・・いやいや、まさか勝手に盗んで使おうとするとは。あと一歩駆けつけるのが遅れていたら、永遠に歯車が止まったまま・・・・なんてこともあったかもね!」

 「・・・・そんなのを作って一体何の意味があったの・・・・。」

 「いやーほんとはただ、オバケちゃんを捕まえたり食べさせたりするために作っていただけなんだけどね。とにかく、それは人々を困らせるためにあるんじゃあないのだよ!研究所の物を勝手に盗み、乗っ取り、ましてや町の運営を邪魔するなんて、君は何を考えているのだね。こんな大騒ぎを引き起こした君は勇者たちに捕まってしまうよ?いいのかい?しかも女の人を無理矢理自分の物にしようと脅迫までして・・・・いたーくてつらーい罰を受けるかもねぇ・・・・ふっふっふ・・・・。」

 

 キスリングが怪しげに笑って言った言葉は、妙に現実味があって恐怖がふつふつとわき出てくる。色男は背筋がぞくり、として自分がしていることの悪さを今更になって思い出した。
 そこにマギーと、快活の石をマギーから受け取って麻痺を治したロバートが、仁王立ちして彼を見下ろした。

 

 「うわわ・・・・!」

 「もう逃げられないよ、犯人さん。裏口もしっかりガードさせてるから、逃げ場なんてないよ!」

 「さあ、街中の歯車を元に戻すんだ!」

 

 ガタガタと子供相手に色男が震えていた。おそらく、これから自分の身に起こるかもしれない痛くて辛い罰を想像しているのだろう。その姿はネコに震えるネズミのようでとても情けない。
 そして、マギーが彼を捕まえようと手を伸ばす。
 その瞬間、彼は恐怖のあまり、マギーを思い切り突き飛ばした。

 

 「きゃっ!」

 「マギー!?って、お前っ!」

 

 いつの間に麻痺を回復していたのだろう。もしかしたら、彼も快活の石を持っていたのかもしれない。さすらいの商人が仕入れたという、今マドリルで話題の珍しいアイテムだから。
 マギーを突き飛ばした彼は、高速で立ち上がりそのまま入り口に向かって猛突進していた。そのまま彼は入り口を塞ぐ野次馬に体当たりし、人々を倒して無理矢理道を作った。
 まるで本当の悪役のようだ。そして子供たちの方は、正義を貫く勇者のようだった。

 

 「あっ!逃げちゃう!」

 「こら・・・・待て悪人め!くそ、追いかけよう!」

 「うん!トビー、デイル、行くよっ!」

 

 その言葉にガードしていた裏口の扉からトビーとデイルが飛び出してきて、再び4人は彼を追いかけて走り出した。
 そして野次馬たちが突き飛ばされてできた道を通り、研究所の外に出る。デイルはというと、この刑事ドラマのような壮絶な展開に酔っていたようで、間違えて野次馬を踏んでしまいこけていた。
 そして犯人と子供たちは走り去ってしまった。ミスマドリルとその恋人とキスリングを研究所内に放置して。
 キスリングはというと、「うーん、若いねぇ」などとのんきに呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「まて―――っ!!」」」「でしゅ。」

 「く、来るなーっ!!捕まってたまるかっ!」

 

 逃げ出した色男を追いかけて、4人がマドリル市街を爆走する。
 色男は街路を走りながら、逃げ場を探し求めていた。その後ろをマギー率いる子供たちが全速力で追いかけてくる。相手が子供だとはいえども人に追いかけられるというのは、罪悪感を感じている彼にとってはかなり怖い状況だった。
 しかしそんな5人を、周囲の人たちが面白そうに眺めていた。決してこのマドリル町内マラソン大会を邪魔することはしない。むしろそのおかげで、町中の混乱が一時落ち着いてきている。見ていられるほどの余裕があるのならその歯車を止めた張本人を止めてよ!とマギーは願ったが、その願いは誰も聞いていない。多分それを叫んだところで、面白いから誰も止めないだろう。やっぱりこの町の人はみんなどこかボケている。
 それを見ていたウワサちゃんなんて、これ以上にないくらい嬉しそうな顔をしてニヤニヤと笑っていた。きっとこれを見た後、マドリルだけではなくテネルやリシェロの住人も合わせて100人くらいの人に言いふらすに違いない。彼女は将来新聞記者になるな、と脳の片隅でそんなことを考えていた。
 研究所の人だかりを通過し、Y字路を横切り、アパートの形状をした民家の前を弧を描くように走る。そのままマドリル駅の前を全力疾走し、ロバートの家の前を大きく曲がって、道端の人々にぶつからないようにして犯人を追う。そんな調子で、5人は円形状になったマドリルの街の道を数周は駆け回っていた。比較的体力のあるマギーは疲れを知らず、目の前の犯人をひたすら追いかけていたが、他の3人は2周した時点ですっかりくたびれて息切れしていた。それは追いかけている色男も同じらしく、彼は確実にペースダウンしている。マギーが追いつくのも時間の問題だろう。
 昇降機は動かない。鉄道も動いてはいない。どこの住宅も路地も、人だかりのせいで入り込むことすらできず、身を潜めてやりすごすこともかなわない。やがてそろそろ疲れが溜まって限界に達した頃に、彼はマドリル2階のゲートへと進路を変えた。その先はルーミル平原に続いている。どうやら、この街の外に脱出して逃げようとしているようだ。

 しかし、マギーはこれを待っていたのだ。ニヤリ、とマギーは笑う。

 

 「はー、はー・・・・あれっ、な、なんで・・・・!?」

 

 この町のゲートは、普段は人が近づくと自動で巨大な歯車が回り、外に出るためのアーチを作り出す仕組みになっている。人通りが多く、尚且つ歯車が象徴になっているこの町の看板となるのが、このゲートだった。この厚い鉄の歯車はオバケの一匹も通さず、マドリルの安全を守るためには必須のゲートだ。しかしそのために、町の歯車ひとつの調子が狂うとこの町から出られなくなってしまうのが欠点なのだが、少なくともマギーは今まで暮らしてきた中で、ゲートの歯車が止まるなんてことは無かった。唯一あるといえば、ギアメンテナンスの時のみである。それ以外は常に稼動していて、たくさんの人を行き来させている。
 しかしこの時は、彼がどんなに出入り口の歯車を叩いても歯車が動くことはなかった。

 

 「ふふーん、バカじゃないの?あんたが街中の歯車を止めたんだから、今外に出れるわけないじゃーん。」

 

 彼の背後から、さも嬉しそうにマギーが踊りながら近づいてきた。
 昇降機も使えないから1階に行けるわけもないので、追い回していれば逃げ場を求めて自然にこの出口に向かってしまう。走り疲れて考える余裕もなくなった彼は、この町に逃げ場が無いことをぼんやりと理解し、外に続く道へと足を向けても何の疑問を持たなかったのである。毎日当たり前のように稼動していたゲートが自分のせいで止まっていることを、彼は忘れてしまっていた。
 そしてここは一本道になっているため、もう逃げ場が無い。
 振り返った彼の背後には開かない歯車の扉、目の前には自分を追い詰めようとする子供たち。

 

 「ひ・・・・!」

 「さあ、今度こそ逃げられないからね。また突き飛ばして逃げようっていっても無理だよ。この2階は既に完全に封鎖されていて、もうどこにも逃げ場はないんだから!」

 「マドリル中の歯車を止めて街を混乱に陥れ、この街の美女ミスマドリルを奪おうとキョーハクした罪!これは正義のマダラネコ団が絶対許さないぜ!観念しろ!」

 「としがたはんざいでしゅ。きょーはくざいでしゅ。とってもふかーいつみなのでしゅ。」

 「自分の罪を認め、このヒゲモグラ団長ロバート・クリストフ3世の前に跪くんだ。そうすれば命だけは許してやる!」

 

 子供たち4人の背後の道の先には、事件の行く末を町の人間たちが観察していた。その中にはミスマドリルやキスリング、面白そうに見ているウワサちゃん、先ほどマギーが声をかけた恍惚としている男も混じっている。普通の大人なら子供にこのようなことはさせないはずだが、目の前の子供たちは、今やマドリルで知らない者はいないマダラネコ団である。誰もマギーたちの邪魔をせず、空気を読んで眺めていた。背後からの視線を知ってか知らずか、カッコつけて口々に台詞を言っていく彼らは、そして、じりじりと間を詰めてゆく。
 悪役の色男は顔を真っ青にして後ずさった。もう逃げ場はない。絶体絶命・・・もはや、捕まる運命はすでに決まっていた。焦って彷徨うその目は、目の前の4人の子供とその背後に集まる見物人へと向く。
 やがて、ふとバカらしくなったかのように表情を緩めた。

 

 「あ・・・・、・・・・そうだ、そうだよな・・・・。」

 

 突然打って変わった彼の顔色に、一瞬4人は怯んで瞬きした。
 彼はさっきまでの恐怖に満ちた表情とは違い、悲しそうに、全てを受け入れたかのように微笑んでいたのだ。
 ―――そして、大の男が涙を見せたのだ。雫が一筋、彼の目からぽとりと流れる。

 

 「あはは、こんな情けない僕に、ミスマドリルが振り向くはずなんてないじゃないか。今、やっとわかったよ・・・・」

 「・・・・!」

 

 その言葉に、ロバートはびくりと体を震わせた。
 彼の姿は、昔マギーを振り向かせようとしてマギーに意地悪をしていた頃の自分によく似ていたのだ。
 なんとかマギーを振り向かせたくて、いつも意地悪していた自分。そしてそれがいつか彼女の飼い猫のジルベルトまでも巻き込み、そのせいでマギーを泣かせてしまい、手下に殴られ怒られた情けない自分。そのとき彼が考えていたことと、全く同じことを色男は口にしているのだ。
 ロバートにはマギーを再び振り向かせるチャンスがまだあったけれど。
 この男の人には、想い人と結ばれることは、もう叶わない願いとなってしまった。
 つまり、失恋だ。
 バカらしい・・・・いやバカだったのは、子供に追いかけられる恥ずかしい大人の自分か、それともミスマドリルにふられて逃げ出した自分か。
 どちらにしろ、自分自身がピエロだったことには変わりはないのである。

 

 「・・・・」

 

 マギーたちが見ている中、ロバートは初めて素の自分を見せた。
 ロバートは色男の手を取って、自分と同類である彼に言い聞かせるように語りかけたのだ。

 

 「まだ、あなたにだってチャンスがありますよ。」

 「えっ・・・・?」

 

 色男は、はっとしてロバートを見た。
 それはマギーたちも同じで、つい驚いて目を見張った。少なくとも目の前の少年は、自分たちの知るロバートではない。
 ロバートは続ける。

 

 「今回はダメでも・・・・もう一度、恋をすればいいんです。あなたは僕とは違って、顔がすごくカッコいいんですから。それに、今回の事件で学んだでしょ?自分の想いは、ちゃんと相手に伝えないとダメなんだって。そのことを忘れなければ、きっと新たな出会いにも廻り合えますよ。もっと自分を信じてください、僕も応援しますから。」

 

 ロバートはにこりと笑って、彼に言った。
 その笑った姿はマギーには見えなかったが、彼女はロバートの励ましの言葉に少し感動していた。いつも意地悪ばかりしていた彼にも、人を思いやる心があるのだと。研究所で犯人を止めようとしたロバートはとても勇敢だったが、今はまるで違う優しい心がある。それに少し、マギーは心奪われていた。
 そして驚いていた色男もやがて、ロバートに対して笑った。
 さっきの自嘲的な笑いとは違う、気分が晴れたかのような清々しい笑顔。

 

 「・・・・そうだね。君の言うとおりだ。ありがとう、ロバート君。少し元気が出たよ。」

 「いえ・・・・僕もあなたと同じでしたから・・・・。」

 「そうか・・・・君は強いんだね。うん、僕、勇者協同組合に自首するよ。きっちり罰を受けて、また新しい自分に生まれ変わることにする。人生はまだまだ長いし、世界も広いから・・・・僕ももう一度、本当に大切だと思える人を見つけだすことにしよう。」

 

 ロバートと色男はがしっと力強く握手し、顔を合わせて頷いた。これはお互いの決意を意味していた。ロバートはマギーを、男はまだ見ぬ新たな恋人を、あのミスマドリルの恋人のように一途に愛することを誓って。
 ロバートと事件の犯人である色男の、男同士の友情が芽生えた瞬間であった。

 背後から、あたたかい拍手が聞こえてくる。この町の住民はみんな平和的で、そしてノリがよかった。または今までの魔王による騒ぎのせいで、このような珍騒動にもそろそろ慣れてきてしまっているのかもしれない。
 その一部始終を、マギーとデイルとトビーは後ろから見ていた。ただ一人マギーは事の有様をイマイチ理解していないが、他の男2人はロバートたちの言うことがわかっている。そして顔を見合わせ、「これで一件落着」と言わんばかりに笑った。

 

 

 

 だが。まだ一人、落着していない者がいる。

 

 ―――クックック・・・・

 

 「「「「っ!?」」」」

 「な、なんだ、今の声は!?」

 

 どこからか、誰かの邪悪な笑い声が聞こえた。
 しかもそれは、妙に怒りの込められたような低い声だ。

 

 ―――マドリル内の歯車を全て止め、しかも人々に恐怖と混乱を与え、ついでに美しい女を奪おうと脅迫しただとぅ・・・・?

 

 「誰・・・・!?」

 

 ―――ちょっと黙って聞いていれば・・・・ずいぶんととんでもないことをしてくれたものだな・・・・

 

 声はなお続く。
 その声の音源を、慌ててマギーは探した。

 それは何故か、どこかで聞いたことのある声だったからだ。

 

 ―――元々余が行うはずだったことを、代わりに実行するとはな・・・・!しかもとてつもなく悪そうなことを!たかが・・・・

 

 だんだん声が大きくなってきた。
 声は、この色男の背後にある止まった歯車の出入り口の向こう側―――ルーミル平原のほうから聞こえてくるようだ。
 5人は息を呑んだ。マギーとデイルとトビーは、思わず後ずさって距離をつくる。

 この声は、まさか・・・・

 

 マギーが脳内で名前を思い出すよりも早く、その黒い巨大な影が歯車の向こう側から勢いよく飛び出してきた。
 怒りによって黄色い目をつり上げて、体を無駄に巨大化させて。

 

 「クソゴミごときチビ人間があああああーっ!!ゆるっせぇぇぇええん!!!」

 「ひゃぁぁあっ!!」「うわぁあーっ!?」

 

 ―――ドゴッ!!

 

 悪の魔王のくせにあまり恐れられていないヘンテコな影、スタンが歯車の隔てを通り抜けてスマッシュ魔王をしてきた。
 そして彼の渾身の一撃を食らい、色男とロバートはまとめて吹っ飛ばされて気を失ってしまったのだった。実際はロバートは何もしていないのだが、ちょうど色男の目の前にいたせいで巻き込まれてしまったようだ。不運な少年である。
 これは正に、魔王による逆鱗に触れてしまった瞬間だった。

 あっという間に始まってあっという間に終わったその光景を、マギーたちは唖然として眺めていた。見物人の面々も驚いて開いた口が塞がらずにいたが、その中でキスリングのみがやっぱりのんきに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所のレバーが上げられ、マドリル内の歯車が再び動き出した。
 昇降機やマドリル鉄道も復活し、ようやく人々のパニックも治まってきた。
 そしていつも通りの街に戻ったマドリル。役人からご褒美としてもらった分ミスマドリルからもらっていた分のこづかいで、マギーはお菓子屋に行って3人分の駄菓子を買った。色のついたねじねじの棒状のクッキーに、蜜に漬けて干したさまざまな木の実をごろごろとくっつけた、素朴だがオシャレでかわいらしいお菓子だ。おいしい上に安いので子供に人気がある。マドリルの鉄道に揺られていくと辿り着く、とあるひとつの大きな町で作られたものらしい。
 そしてやっと動いた出入り口を通過して、久しぶりにマダラネコ団の新入りであるルカ、ルカの影である自称魔王スタン、ルカの友達である少女マルレインと再会した。そのお菓子を渡しながら、マギーたちは再会を喜んだ。

 

 「あーそれにしても、本当に久しぶりだね新入りさん!」

 「すたんとまるれいんおねーちゃんもげんきでしゅか?」

 「うん。マギーたちも元気でよかった・・・・」

 「余はめちゃくちゃフキゲンだがな、くそっ!くそっ!」

 

 マルレインが答えた横で、スタンがルカの影を借りてぶつぶつと呟いていた。魔王である自分よりも先にマドリルで悪いことをしたあの男のことを未だに許せないでいるらしい。彼は苛立ってルカのお菓子を勝手に奪い取り、実体を取り戻して食べれるようになった口の中へまるごと放り込んだ。ルカは一瞬ショックを受けたような顔になり、そして今度は怒ってスタンに文句を言っている。
 スタンはもうすっかり魔王の力を全て手に入れ本来の姿も取り戻したのだが、未だに影の姿となりルカの影から離れないでいた。彼曰く子分であるルカは扱き使っていると楽しいとか、ルカの影が居心地良いとか理由があってしているらしいが本心はよくわからない。単に影の姿のほうが、物体をすり抜けられたり体が伸縮自在だったりといろいろと便利だからかもしれない。
 随分久しぶりに話したが・・・相変わらずスタンは威張っていて、マギーたちより少しお姉さんであるマルレインは可愛らしく、新入りのルカは無口だった。しかしルカは無口だが、前のような存在感の無さは無くなったような気がする。少なくとも前よりは、雰囲気が明るく見える。
 ルカはスタンに盗られた菓子を諦め、話を変えるように先ほど悲鳴をあげていた2人の人物のその後をデイルに訊いた。

 

 「ロバートとさっきの男の人ははどうしたの?」

 「あー、ロバートならオイラたちが家まで運んで、あの犯人は役人たちに任せたよ。これで一件落着って感じかな?ふー、本当に苦労したよ全く!面白かったけどな!」

 「くそ、くそ・・・・そうやってキサマらを困らせるのは余の役目だったというのに・・・・余だってこの街の人間どもの絶望に歪む顔を見たかったわ・・・・!あーくそ・・・・あの男、次見つけたら絶対八つ裂きにしてくれる・・・・!」

 

 そう嘆くスタンは、グチグチグチグチとスネて魔王としての威厳が無い。普通の人間に悪の手柄を取られたのがよっぽどショックだったのだろう。そうして彼はすっかり落ち込んだようにルカの影に引っ込んでしまった。
 この調子では、彼に何を言っても無駄だろう。

 マギーはルカとマルレインに話しかけた。

 

 「ところで2人はどこ行ってたの?ルーミルのほうから来るなんて珍しいね。」

 「えっとね・・・ブロックさんのサーカスを観に行っていたの。前にテネル村に来たときのことが忘れられなくて・・・・つい遠出してまた観に行って。・・・・ふふ、とっても楽しかった!お友達にも会えたし・・・・」

 

 マルレインがサーカスのことを口にすると、デイルとトビーもその話題に反応した。
 当たり前だが彼らもまだ子供で、そういう大道芸にはもちろん興味があった。しかし、あまり観にゆく機会がないのだ。マダラネコ団は案外暇じゃないのである。

 

 「あー、最近なんかサーカスにダンサーやピエロの他にも新しい人が入ったって聞いたぞ?カッコいい奇術師とか、カワイイ歌姫とかさー。いいなー、オイラもちょっと観てみたいぜ・・・・」

 「とびーもちょっとみてみたいでしゅ。でもおこづかいがたりないでしゅ。」

 「・・・・でも帰りはワプワプ島に行くストーンサークルが調子悪くて使えなかったから、歩いてマドリルまで来たんだ。でも入り口が閉まったまま開かなくて・・・・立ち往生してたところでマギーたちの声が聞こえてきてね・・・・。」

 「へぇ、それは大変だったねー。こっちも大変だったけど。」

 「うん。まさか街でそんな大変なことが起きてたなんて・・・・ほんとに驚いたよ・・・・。ふぅ。」

 

 ルカがため息をついた。
 そしてふと、考える。

 普通ならば、こういう騒動は悪戯好きのオバケが引き起こすものだと思っていた。しかし今回、それを覆すようなことが起きたのだ。オバケでも魔王でも何でもない、普通の人間が起こした事件。
 この世界から分類が無くなったことで、人々は自由になった。しかし自由になったということは、人々は分類に関係無く「善人」にも「悪人」にもなれるようになったということと同じだ。今まではただ遠くからミスマドリルを見つめていただけだった男が、ついにスタンが考えるような悪いことをした。遠くから憧れの目でただ見ているのではなくて、本当に自分の意思で街中の歯車を止め、ただ想い続けるだけの状況を変えようと行動を実行する。それはつまり、「ミスマドリルに憧れる町の色男」の分類が男から消えたことで、彼は分類から外れたようなことにも手を伸ばせるようになってしまったのではないか。きっとこの事実は、彼だけではなく他の人間にも通用するだろう。
 ・・・・このままこういう悪人がどんどん世の中に増えていくんじゃないか、とルカは少し不安になる。

 ルカはいつの間にか、立ち止まって俯いていた。そんな様子のルカを、マルレインが不思議そうに見る。

 

 「ルカ・・・・どうしたの?」

 「・・・・・・・・ボク・・・・。・・・・本当によかったのかな。君のおとーさんを倒して、分類を壊してしまって・・・・。」

 「・・・・!」

 

 もしかしたら、定義者によって「善人」と「悪人」をきっちり分類されていたほうが、まだ世界の安全が保障されていたのではないだろうか。悪いことをするのは魔王やオバケのみで、他の人間たちはただ成す術もなくウロウロしている。それを勇者の存在が助ける。そういう風に定義者によって世界が管理されていれば、悪いことをしないという分類をかけられた人間たちは悪いことをしなかっただろう。もしかしたら「分類」にまだ踊らされていた方が、まだ世界の人々の身の安全を確保できていたのかもしれない。
 ・・・・自分は、とんでもないことをしてしまったのではないか?

 しかし、そんなルカにマルレインは言った。

 

 「・・・・たぶん、これでいいの。・・・・分類のせいで本当に自分がしたいって思ってることをできずにいるよりも・・・・自分の想いをちゃんと形にして実行できるほうが、嬉しいに決まってるもの。それにみんな、やって良いことと悪いことの区別ぐらいついてる。・・・・だから悪人がこれからたくさん増える、っていう考え方は間違ってるわ。あのミスマドリルさんに恋してた人だって、分類があったらずっとあのまま想いを伝えられずに終わっていたかもしれないし・・・・・・・・人々に迷惑をかける形になってしまっても、それが彼の最終手段だったのなら・・・・それは仕方ないんじゃないかな。」

 「それでいいのかなぁ・・・・?」

 「うん、自分の「分類」のせいで、自分がしたいと思っていたことができなくなるのは、誰だって辛いものね。それに・・・・もともと分類の力に囚われる前のみんなは、何が良いことで何が悪いことか、全部他人ではない自分の力で分類していたの。世界は・・・・本来の形を取り戻したのよ。あと・・・・ルカは今になって、世界の分類を壊したことを後悔してるみたいだけど・・・・分類が壊れるのはきっと、運命だったんじゃないかな・・・・」

 「運命?」

 

 思いもよらぬ言葉に、ルカは目をぱちくりと瞬きさせた。
 ちなみに前方を歩くマギーたちはというと、サーカスの話で盛り上がって彼らの話に気づいていない。

 

 「そう。ずっと昔からポラックやホプキンスの行動とかで少しずつ世界が変わっていって・・・・分類の力が効かないルカがこの世界に現れたのも、きっと、そうやってこの世界が変わったおかげだと思うの。・・・・なににしろ、きっとこの世界の分類はいつか壊れる運命だったのかも・・・・それに・・・・」

 

 ルカの傍にマルレインが寄ってきた。

 

 「・・・・わたしはそういうの関係なく、今ルカとこうして一緒にいられるのが、なによりも幸せよ!・・・・きっとミスマドリルさんも同じ気持ちなんだと思うわ。・・・・パパには悪いかもしれないけど・・・・これが分類を壊した結果なら、わたしはこれを喜んで受け入れたいな・・・・。・・・・お前もそう思うじゃろう、ルカ?」

 

 マルレインはにっこり笑って、ぽかんとするルカの手を握って引っぱった。
 そして2人に気づかず先を歩いてゆくマダラネコ団を追いかけて、盛り上がっている会話に参加する。
 もちろん内容は、今日観たサーカスの話で。
 たまにはマダラネコ団の任務を休んで、今度みんなで遊びに行こうと約束した。
 もちろん、気絶していたロバートも一緒に。

 

 

 

 街には何事も無かったかのように喧騒が響いている。
 今日も今日とて歯車は回り続けている。
 かくして、平和な街マドリルに起こった大騒動は、マダラネコ団の活躍により幕を閉じたのだった。

 













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