マダラとヒゲと珍騒動
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今日も今日とて歯車が回っている。 あちこちから歯車の回るぎちぎちという音が鳴り響き、人々の生活の営みから生まれた煙が太いパイプから轟々と噴き出ている。煙はまるで霧のように景色を霞ませ、この深い谷のど真ん中である空中に建てられた町の中に立ちこめている。おかげでこの町は鉄と錆の独特な匂いに包まれていた。 「あっ、リーダー!」 「まぎーおねーちゃん、みつかったんでしゅか?」 まーね、と少女―――マギーが答える間も無く、ガバッと彼女の前に女が飛び込んできた。 「あ・・・・ああっ、これは紛れもなくわたしのルルカちゃんだわ・・・・!無事だったのねっ!よかった・・・・。」 「だから言っただろうハニー。君の愛するその子は必ず君のもとに戻ってくると。」 「ええ、ええ、本当にそうね・・・・あなたの言ったとおりだわ、ダーリン。」 マギーがネコを手渡すと、女は頬擦りをして愛おしそうに抱きしめた。その横で、男も嬉しそうに見守っている。 「そのネコ、ルルカっていうんだね。あたいのジルベルトには劣るけど、結構かわいい名前だねー!」 「ああ。いつかボクたちの運命を変えてくれた人をずっと忘れないように、ボクらが思いをこめて付けた名前なんだ。本当にありがとう、お嬢さん。世話になったよ。」 「ありがとう、皆さん。これはせめてものお礼よ。受け取ってちょうだい。」 マギーは女性から3人分のお駄賃を受け取った。視界の隅で仲間がガッツポーズをしている。 下水道に続く鉄の扉の入り口の横にある廃ビルの奥。そこにマドリルの平和を守る正義の子供たち「マダラネコ団」の基地がある。前まではこの廃ビルは基地などではなかったのだが、どうせ誰も使ってなどいないためせっかくなので利用させてもらっているのだ。 「やー、もーかったもーかった!」 押せるけど引けない木箱の上で、デイルがさっき貰った1000スーケルを手ににやにやと笑っている。 「デイル。言っとくけど、これは街のためにやっていることであってお金のためにやってるんじゃないんだからね!ちゃんとわかってるよね?」 そもそも、もとはといえばマギーが一人でネコを見つけ出したのだから、役場でただ待っていただけのデイルにお金をもらう権利もないのであるが。しかしその点で怒らないあたり、彼女の仲間を思う心が垣間見える。 「わ、わかってるよぉリーダー。この調子でこづかいをたくさん稼ぎたいなんてオイラ思ってないんだぜ!」 「とびーもほしいけどいらないでしゅ。まだとびーにはおきゅうりょうははやすぎるでしゅ。」 「うん、それでよしっ!これ、マダラネコ団の掟だからね!」 実はマダラネコ団は今現在、マドリルの何でも屋のような存在になっている。誰か困っている人がいれば、みんなでそれを解決することを目的としていた。 「それにしてもなー、なーんかネコ探しとか失くし物探しとか街掃除とかばっかで飽きるよリーダー。もっとこう、バーンとしてドーンとしたでっかい騒ぎでも起きないかなぁ?」 足をバタバタさせながら、デイルがため息をついた。 「・・・・あいどるのおねーちゃんとか、わるいまおうしゃんとかがきたりでしゅか?」 「あたいはイヤだよそんなの。アイドルも魔王も来たところでロクなことないじゃない。・・・・多分、街で何も起きないことが一番平和で良いことなんだよ。」 「でもぅ・・・・」 デイルが渋る。確かにあの新入りの少年がこの町にやって来て以来、ロバート率いるヒゲモグラ団との抗争なんかよりも激しい騒ぎが起きていて、マギーも新入りの活躍を見て心奪われたものだった。他にもヒゲモグラ団の方の新入りの女の人や、新入りの少年と一緒にいる手品のような変な影とかも面白かった。しかしあの時期にマギーがある事件でピンチに陥りロバートが助けた時以来、ロバートとの関係もだんだんとトゲが無くなって抗争が起こることも少なくなり、すっかり張り合いもなくなってしまったのだ。まだ喧嘩をすることはあるが、以前のように血で血を洗う大喧嘩はほとんどなくなった。 その時。 「わっ。なんだ?テイデンかー?」 暗くなったせいか、なんだか辺りが急に静かになった気がする。 「・・・・?あれ、ちょっとみんな・・・・」 「どーしたんでしゅか?」 気のせいだろうか? 「歯車・・・・この街のどこにいても、必ず歯車の音がしてたのに・・・・」 「そ、そうね。確かこっちにランプがあったはず。それ持ってブレーカー見にいって、電気つけなきゃ。電気・・・・」 真っ暗闇の中で動けないのは困るので、なんとか手探りでランプを見つけ出し、マッチをこすって火をつける。灯りがともった瞬間、不安げながらこの非常事態に興奮気味の互いの顔が照らし出され、なんとか見えるようになる。 「・・・・!?リーダー!誰か来る!」 デイルがわざわざ言わなくても、すでにマギーは気づいていた。これだけ静かなのだから。 「大変だーッ!」 薄暗い中、バン、と扉を開け放って飛び込んできたのは、最近マギーと仲良くなってきた街の2階に住むヒゲモグラ団のリーダー、ロバートだった。薄いグリーンの髪は薄暗い闇の中ではあまり見えないが、ランプの明かりに浮かびあがったその顔は間違いなく彼である。 「ロバート!なんかあったの!?」 「ま、街中の歯車が・・・・何者かによって止められてしまったんだ・・・・!」 「え・・・うぇぇーっ!?なな、なんだってーっ!?ほんとかよ、ロバート!」 ロバートの言葉に、マギーとデイルは唖然とした。デイルに至っては、大げさなリアクションで驚いている。幼いトビーだけがなぜか落ち着いている。 「とにかく早く外に出るんだ!外ではもう大変なことになってる!」 「う、うん・・・・行くよみんな!」 マギーの言葉にデイルとトビーが「らじゃ!」と叫んだ。 「す、すっげーや・・・・一体何が起きたんだあ?」 デイルが開いた口が塞がらない様子で街を眺めている。それは、マギーやトビー、ロバートも同じ心境だった。 「な、何事だコレはーっ!この俺の眠りを覚ます静けさはなんだー!?」 「料理も洗濯もできないじゃない!誰かなんとかしてよっ!」 「すごいねぇ。まさかあたしが生きているうちに本当に歯車が止まっちまうとはねぇ・・・。」 「なんだぁ、これは2階のヤツの仕業か?まさか・・・俺ら一階の住人たちを困らせようとしてんのかぁ!?うおお、許さん!」 「ひゃー、このマドリルのからくりが止まってしまうなんて・・・この世の終わりだ!うわーん助けてかーちゃーん!!」 「おお・・・・これが本当の人間の世界・・・・!自然と共存し機械に頼らないことこそが我ら人間の生きる道なのだ・・・・ああ、なんと素晴らしいことなのだろう!」 「歯車がっ!!僕たちの愛する歯車ちゃんたちがぁぁーっ!!みんな死んでるぅーっ!!うわあああっ!僕はこれからどうやって生きていけばいいんだぁぁああ!!うわぁぁああ―――っ!!」 「ニャーン(腹減ったなー)」 街の至る所で、人々が絶叫している。 ―――まさか、またアイツ・・・・スタンがあの研究所に?そしてスイッチを止めたの? いや、そんなはずはない。スタンはもう歯車を諦めたはずだ。アイツは新入りのあの少年のためを考えて、結局歯車を止めなかったらしいので、今さら歯車をまた止めるとは思えない。・・・・しかし、心のどこかで再び新入りとその影に対する不安と疑念が蘇ってきていた。彼らはどうも不思議な存在で、ときに町で人々を困らせている魔王を退治するという大活躍を見せることがあり、なるほど人の好い正義の味方なのかと思いきや、トートツに魔王並の悪いことを思いついて暗躍し出すという闇の側面も持っている。いったい何がしたくて活躍しているのかさっぱりわからない、それがあの新入り&ヘンなカゲのコンビなのだ。また気まぐれに思いついて町の人を困らせるために動き出した、という可能性は確かに否定できない。 「皆さん落ち着いて!落ち着いてください!今私たちが原因を突き止めてきますから、それまでは安静に・・・・」 「おいおい、なに言ってんだ役人さんよぅ!街の歯車を動かすスイッチは街の2階の研究所にあるんだぞ?どうするってんだよ!」 その言葉に、役人は「そ、それは・・・・」と口ごもった。 「これは、あたいたちが何とかしなければいけないみたいだね・・・・大人たちは役に立たなさそうだし。」 「そ、そうだなリーダー。役人なんかに手柄を取られたらマダラネコ団の名がすたるってもんだぜ!」 「まだらねこだんはさいきょうでしゅ。あくにはなんどでもたちむかうでしゅ。がんばるでしゅ。」 他の2人も賛成したようだ。 「よしっ!みんな、研究所に行くよ!そして歯車を復活させるよ!」 「了解ボス!」「りょうかいでしゅ!」 「・・・・どうやって?」 ロバートの冷静なツッコミ。 「・・・・どうしよう。」 「どうしましゅか?」 「・・・・しょ、昇降機が使えないんじゃ2階にも上がれないし・・・・あーこれじゃーそこらの大人と変わらねぇじゃねーかよっ!」 ・・・・改めて、子供である自分たちの無力さを思い知らされた気がする。 「ねぇ、ロバート・・・・。もしかして、2階に上り下りできる方法を知ってる?」 「まぁね。ふふん、僕を甘く見ないでくれるかい?」 「ロバート・・・・!ありがとっ!」 マギーがぱぁっと顔を輝かせてロバートを見た。まるでヒマワリのように明るく、可愛らしい笑顔だ。 「さあ、こっちだマギー。2階から縄はしごを吊るして降りてきたんだ。そこから2階へ上がれる。早く行こう!」 「うんっ!」 2人はツーショットで走り出す。 「・・・・ロバートのヤツ、うまくリーダーの好感度を上げたな・・・・。」 「ううう、ふくざつなかんけいでしゅ。ふしゅうう、ぷしゅうううう・・・・」 長い縄はしごを伝って、4人は街の2階に上ってきた。 「くっ、やっぱりこっちもか・・・・。」 ロバートが顔を顰めた。やっぱり2階も完全に大騒ぎになっていて、マドリルの鉄道や2つある研究所も止まってしまい混乱しているようだ。 「どうしたの?」 「あっ、マギーちゃん!見た?今の。いや、まさかあんなすごいものがねえ・・・・。」 「すごいものって、何が?」 「なにがって・・・・もしかしてきみ、見てなかったの?うわあ、もったいないなあ。あれを見なかったなんて、なんとまあ・・・・。」 「いや、だから教えてよ。」 なにかを見ちゃった人は、以前はどんなに訊いてもいったい何を見たのか全く教えてくれなかったのだが、最近はちゃんと教えてくれるようになった。性格が前より素直になったのかもしれない。 「ひとりの男が、『この止まった歯車を元に戻したくばミスマドリルを渡せ』って、街中に公言したんだよ!いやあ、今の平和な世の中に悪者っぽくキョーハクする人がいることに驚いたよ僕は!それで、その男は研究所に入っていってさ、それを止めるためかは知らないけど、あのミスマドリルとその恋人も、その男を追って研究所に入っていったよ。」 興奮して言う彼の言葉に、4人は真っ青になる。しかしマギーは、歯車を止めた犯人がスタンではないことに少なからず安心していた。 「さんかくなかんけいでしゅ。ぷしゅうう、どろどろなかんけいでしゅ。」 「う−ん、これはやばいよリーダー!早くその人たちを止めなきゃだぜ!」 「う、うん!」 「僕も行くよ。君たちだけに任せてはいられないからね。」 昇降機が使えない今、勇者協同組合からの勇者による助けは期待できない。だからといって、これを放置しておくわけにもいかない。4人は研究所に向かって再び走り出した。 「うわあ、子供なのに何かヒーローみたいでカッコいいなあ・・・・。うわうわ、すごいもん見ちゃったなあ。」 と恍惚とした表情で眺めているだけだった。 |