マダラとヒゲと珍騒動









 今日も今日とて歯車が回っている。

 

 あちこちから歯車の回るぎちぎちという音が鳴り響き、人々の生活の営みから生まれた煙が太いパイプから轟々と噴き出ている。煙はまるで霧のように景色を霞ませ、この深い谷のど真ん中である空中に建てられた町の中に立ちこめている。おかげでこの町は鉄と錆の独特な匂いに包まれていた。
 喧騒はもう毎日のことで、歯車やからくりの音は元々人々の往来が激しい賑やかな街を一層賑やかにしている。
 その機械仕掛けの都市マドリルに住む者は皆その喧騒に慣れてしまっていて、マドリル住人が湖にあるリシェロ村や森の中のテネル村のような静かな場所に行くと、口々に「耳が痛くなる」と言うらしい。外から来た者にすれば、むしろこの街の喧騒のほうが「耳が痛くなる」のだが。

 そんな喧騒の中を、ひとりの少女が走っていた。鉄でできた床が、カンカンと音をたてている。
 ポニーテールに束ねた長髪が風になびき、それが彼女の快活な性格を表すかのようだった。
 その腕の中には、赤い首輪をした縞模様の可愛らしいネコ。ニャア、というか細い声に少女は笑って、そして走り続けた。

 ―――やがて少女は、大きくて立派な建物の前に止まった。
 そこは奥に勇者協同組合がある、この街の役場だった。少女はその大きな扉を片手で押して中に入った。
 中に入ると、ガラス張りの受付台の前で忙しなくうろついている赤い服を着た女と、それを落ち着かせようと奮闘している恋人らしき男、そしてそれらを困ったように見ている子どもが二人いた。
 しかし、扉を開けて中に入ってきた少女にすぐに気がついた。

 

 「あっ、リーダー!」

 「まぎーおねーちゃん、みつかったんでしゅか?」

 

 まーね、と少女―――マギーが答える間も無く、ガバッと彼女の前に女が飛び込んできた。
 マギーはぎょっとして、少し後ずさる。
 その彼女の整った顔と大人びた化粧は涙と鼻水で台無しだったが、それに構わず驚いた顔をしてネコを見つめていた。

 

 「あ・・・・ああっ、これは紛れもなくわたしのルルカちゃんだわ・・・・!無事だったのねっ!よかった・・・・。」

 「だから言っただろうハニー。君の愛するその子は必ず君のもとに戻ってくると。」

 「ええ、ええ、本当にそうね・・・・あなたの言ったとおりだわ、ダーリン。」

 

 マギーがネコを手渡すと、女は頬擦りをして愛おしそうに抱きしめた。その横で、男も嬉しそうに見守っている。
 ちなみにネコはというと涙と鼻水が顔に付いて嫌そうにしているのだが、彼らは幸せそうなのでマギーは言わないでおくことにした。ネコには悪いが、そのこと言ったら空気が全く読めていないだろう。

 

 「そのネコ、ルルカっていうんだね。あたいのジルベルトには劣るけど、結構かわいい名前だねー!」

 「ああ。いつかボクたちの運命を変えてくれた人をずっと忘れないように、ボクらが思いをこめて付けた名前なんだ。本当にありがとう、お嬢さん。世話になったよ。」

 「ありがとう、皆さん。これはせめてものお礼よ。受け取ってちょうだい。」

 

 マギーは女性から3人分のお駄賃を受け取った。視界の隅で仲間がガッツポーズをしている。
 そしてそのまま女と男とネコは、心底安堵した表情で町役場を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 下水道に続く鉄の扉の入り口の横にある廃ビルの奥。そこにマドリルの平和を守る正義の子供たち「マダラネコ団」の基地がある。前まではこの廃ビルは基地などではなかったのだが、どうせ誰も使ってなどいないためせっかくなので利用させてもらっているのだ。
 ランプで照らされているが薄暗い小部屋の中には、大きめの木箱や人からの依頼が書かれたメモの紙、お菓子のゴミなどいろいろ散らばっていた。壁の黒板には今日の任務が白いチョークで書かれていて、その周囲にもメモが貼られている。このビルを舞台に血で血を洗う抗争をしていた頃とは異なり、いかにも秘密基地らしい秘密基地へと様変わりしていた。埃っぽい木の香りと錆びた鉄の匂いが、部屋の中を満たしている。この場所は街の片隅の建物の奥深くではあるが、そんな部屋の中にまで街の歯車の回る音が響いてきていた。この街の中では、たとえどこにいてもこの歯車の音が聞こえてくるのだ。町の外からの人間はこれらをうるさがることもあるが、マギーたちのようなマドリルで育った子供にとっては、どんな音よりも心地良い子守唄のように聞こえている。
 そこにマダラネコ団のリーダーであるマギー、団員であるTシャツ姿の少年デイル、黄色の長袖の服を着た幼い少年トビーが一仕事を終えてくつろいでいた。

 

 「やー、もーかったもーかった!」

 

 押せるけど引けない木箱の上で、デイルがさっき貰った1000スーケルを手ににやにやと笑っている。
 街の子供である彼らにとって、この1000スーケルは大きな金額だ。これだけで甘いお菓子が10個は買える。家で貰うお小遣いでは物足りないと思っていたが、仕事ひとつで町の人の役に立ってその上におこづかいまでもらえるのだから、正に一石二鳥だ。
 しかし、手に入れたお金に喜んでいるデイルに、マギーはムッとした。

 

 「デイル。言っとくけど、これは街のためにやっていることであってお金のためにやってるんじゃないんだからね!ちゃんとわかってるよね?」

 

 そもそも、もとはといえばマギーが一人でネコを見つけ出したのだから、役場でただ待っていただけのデイルにお金をもらう権利もないのであるが。しかしその点で怒らないあたり、彼女の仲間を思う心が垣間見える。

 

 「わ、わかってるよぉリーダー。この調子でこづかいをたくさん稼ぎたいなんてオイラ思ってないんだぜ!」

 「とびーもほしいけどいらないでしゅ。まだとびーにはおきゅうりょうははやすぎるでしゅ。」

 「うん、それでよしっ!これ、マダラネコ団の掟だからね!」

 

 実はマダラネコ団は今現在、マドリルの何でも屋のような存在になっている。誰か困っている人がいれば、みんなでそれを解決することを目的としていた。
 また、勇者協同組合や地域に愛されるラブリー黒服をモットーにした黒幕商事の街の平和的活動にもできる限り協力している。ゴミ拾いや下水道の掃除を手伝ったり、フリーマーケットに出す商品を提供したり、マドリル駅の駅掃除をしたり。(マドリル駅は一時期鉄道が止まっていたが、ある日を境に突然運営が再開したのである。理由はよくわからない。ひとつ変わったことといえば、あのニワトリ頭の駅員が少し物覚えが良くなったことだろうか) デイル曰く、「オイラたちのおかげであの黒幕商事も町の人々に少しずつ信頼されてきている」らしい。
 この彼らの行動には、以前このマダラネコ団の幽霊団員であり一番新しく入った「新入り」でもある年上の少年が、この町を悪の手から2回(実際は3回だが)も救ったことが影響していた。新入りなのにマドリルのために一番頑張っている彼を見て、マギーは彼を見習うことを決意したのだ。だからといって無力な子供たちが、勇者のように剣を手に戦うことなどできない。だからまずは手短に、街の人のために何かできることを探した。その結果が平和的活動と人助けだ。
 この行動がいつか、未来のマドリルのためや自分のためになることを願って。半分暇つぶしも兼ねている。

 

 「それにしてもなー、なーんかネコ探しとか失くし物探しとか街掃除とかばっかで飽きるよリーダー。もっとこう、バーンとしてドーンとしたでっかい騒ぎでも起きないかなぁ?」

 

 足をバタバタさせながら、デイルがため息をついた。
 でっかい騒ぎ・・・・と聞いて、トビーが思いついたのは今までにマドリルで起こってきた様々な事件だった。

 

 「・・・・あいどるのおねーちゃんとか、わるいまおうしゃんとかがきたりでしゅか?」

 「あたいはイヤだよそんなの。アイドルも魔王も来たところでロクなことないじゃない。・・・・多分、街で何も起きないことが一番平和で良いことなんだよ。」

 「でもぅ・・・・」

 

 デイルが渋る。確かにあの新入りの少年がこの町にやって来て以来、ロバート率いるヒゲモグラ団との抗争なんかよりも激しい騒ぎが起きていて、マギーも新入りの活躍を見て心奪われたものだった。他にもヒゲモグラ団の方の新入りの女の人や、新入りの少年と一緒にいる手品のような変な影とかも面白かった。しかしあの時期にマギーがある事件でピンチに陥りロバートが助けた時以来、ロバートとの関係もだんだんとトゲが無くなって抗争が起こることも少なくなり、すっかり張り合いもなくなってしまったのだ。まだ喧嘩をすることはあるが、以前のように血で血を洗う大喧嘩はほとんどなくなった。
 少しだけつまらなくはなったが、これがマドリルの町の平和のためには良いことなのだ、とマギーはわかっていた。
 マギーはこの町を誰よりも大切に思っているのだから。

 

 

 

 その時。
 ぷちん、と部屋のランプが消え、辺りが暗闇に包まれた。

 

 「わっ。なんだ?テイデンかー?」

 

 暗くなったせいか、なんだか辺りが急に静かになった気がする。
 ・・・・いや、静かになったのは、街の外のようだ。

 

 「・・・・?あれ、ちょっとみんな・・・・」

 「どーしたんでしゅか?」

 

 気のせいだろうか?
 音が無くてなんだか妙に気持ち悪い。
 耳を澄ましてみても、いつも街の中に響いている、人々のにぎやかな喧騒が聞こえないのだ。
 いや、それよりも―――

 

 「歯車・・・・この街のどこにいても、必ず歯車の音がしてたのに・・・・」

 「とにかく、なんかあかりがほしいでしゅ。くらくてなんにもみえないでしゅ。」

 「そ、そうね。確かこっちにランプがあったはず。それ持ってブレーカー見にいって、電気つけなきゃ。電気・・・・」

 

 真っ暗闇の中で動けないのは困るので、なんとか手探りでランプを見つけ出し、マッチをこすって火をつける。灯りがともった瞬間、不安げながらこの非常事態に興奮気味の互いの顔が照らし出され、なんとか見えるようになる。
 ランプの火を頼りに互いの状況確認をおこなったとき、不意にデイルが叫んだ。

 

 「・・・・!?リーダー!誰か来る!」

 

 デイルがわざわざ言わなくても、すでにマギーは気づいていた。これだけ静かなのだから。
 誰かがビルの中に入ってきたようだ。ダッダッダ、と慌てたように駆けてくる足音がこの部屋に近づいている。
 なんとなく想像がついた。この場所に来る人はマギーが知っている人で、この場所の存在を知っている人で、尚且つマギーの居場所を把握している人ぐらいだ。それに当てはまるのはヒゲモグラ団の人間しかいない。

 

 「大変だーッ!」

 

 薄暗い中、バン、と扉を開け放って飛び込んできたのは、最近マギーと仲良くなってきた街の2階に住むヒゲモグラ団のリーダー、ロバートだった。薄いグリーンの髪は薄暗い闇の中ではあまり見えないが、ランプの明かりに浮かびあがったその顔は間違いなく彼である。
 慌ててマギーとデイルが立ち上がり、息を切らすロバートに駆け寄った。
 デイルはシリアスな表情を作ろうとしているが、ついひとりでに口がにやけてしまっている。なんだかこの只ならぬ雰囲気にどこか期待感が隠し切れないらしい。まるで誰かの父親のようだ。

 

 「ロバート!なんかあったの!?」

 「ま、街中の歯車が・・・・何者かによって止められてしまったんだ・・・・!」

 「え・・・うぇぇーっ!?なな、なんだってーっ!?ほんとかよ、ロバート!」

 

 ロバートの言葉に、マギーとデイルは唖然とした。デイルに至っては、大げさなリアクションで驚いている。幼いトビーだけがなぜか落ち着いている。
 街中の歯車はこの街の人々の生活を支える大事なものだ。この街のほとんどの生活は歯車で成り立っていて、水道、ガス、電気、交通、連絡手段、工場での研究・・・・と歯車は色々なものに役立っている。歯車はこの街を動かすためにあり、この街のシンボルでもある、裏の大黒柱なのだ。つまり歯車を止めることは、この街全体の機能を止めてしまうことに繋がるわけで。

 つまりそれは、この街全体がパニックになるわけで。
 マドリルの住人である彼らならば、それらの歯車がどんなに重要なものなのかはよくわかっている。

 

 「とにかく早く外に出るんだ!外ではもう大変なことになってる!」

 「う、うん・・・・行くよみんな!」

 

 マギーの言葉にデイルとトビーが「らじゃ!」と叫んだ。
 そしてロバートの後を追って部屋の外に飛び出し、ビルの外へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「す、すっげーや・・・・一体何が起きたんだあ?」

 

 デイルが開いた口が塞がらない様子で街を眺めている。それは、マギーやトビー、ロバートも同じ心境だった。
 外では、いつも忙しなく回っている歯車が本当に全て止まっていた。
 この街の歯車が止まってしまっている光景なんて、彼らは生まれてから一度も見たことが無かったのだ。デイルが驚くのも当然である。
 いつもうるさい歯車は、今はまるで時が止められてしまったように静かだった。歯車が止まったせいで電気が回らずあちこちのランプが消え、いつも煙を出しているパイプも煙を吐かず、街全体が眠ってしまったかようである。しかし、その静けさを打ち破るように・・・・というよりも、町の歯車の喧騒を取り戻すかのように人々が大騒ぎしていた。
 街の人々が皆それぞれ、家から出てきて路上で辺りを見回しながら、口々に叫んでいる。

 

 「な、何事だコレはーっ!この俺の眠りを覚ます静けさはなんだー!?」

 「料理も洗濯もできないじゃない!誰かなんとかしてよっ!」

 「すごいねぇ。まさかあたしが生きているうちに本当に歯車が止まっちまうとはねぇ・・・。」

 「なんだぁ、これは2階のヤツの仕業か?まさか・・・俺ら一階の住人たちを困らせようとしてんのかぁ!?うおお、許さん!」

 「ひゃー、このマドリルのからくりが止まってしまうなんて・・・この世の終わりだ!うわーん助けてかーちゃーん!!」

 「おお・・・・これが本当の人間の世界・・・・!自然と共存し機械に頼らないことこそが我ら人間の生きる道なのだ・・・・ああ、なんと素晴らしいことなのだろう!」

 「歯車がっ!!僕たちの愛する歯車ちゃんたちがぁぁーっ!!みんな死んでるぅーっ!!うわあああっ!僕はこれからどうやって生きていけばいいんだぁぁああ!!うわぁぁああ―――っ!!」

 「ニャーン(腹減ったなー)」

 

 街の至る所で、人々が絶叫している。
 泣く人嘆く人怒る人、または物珍しそうに見ている人やたまに喜んでいる人まで。
 そんな皆が悲しんでいる光景を、マギーはいつか想像したことがあった。いつかこの街の状況を望みマドリルの歯車を止めようとした人物がいて、それを止めたのがマダラネコ団とロバートだったのだ。

 

 ―――まさか、またアイツ・・・・スタンがあの研究所に?そしてスイッチを止めたの?

 

 いや、そんなはずはない。スタンはもう歯車を諦めたはずだ。アイツは新入りのあの少年のためを考えて、結局歯車を止めなかったらしいので、今さら歯車をまた止めるとは思えない。・・・・しかし、心のどこかで再び新入りとその影に対する不安と疑念が蘇ってきていた。彼らはどうも不思議な存在で、ときに町で人々を困らせている魔王を退治するという大活躍を見せることがあり、なるほど人の好い正義の味方なのかと思いきや、トートツに魔王並の悪いことを思いついて暗躍し出すという闇の側面も持っている。いったい何がしたくて活躍しているのかさっぱりわからない、それがあの新入り&ヘンなカゲのコンビなのだ。また気まぐれに思いついて町の人を困らせるために動き出した、という可能性は確かに否定できない。
 彼らがこのような悪いことをするはずがない、と信じていたいのだが。

 目の前ではこのマドリル全体のパニックを、町役場の役人や勇者協同組合の勇者たちがなんとか静めようと奮闘している。

 

 「皆さん落ち着いて!落ち着いてください!今私たちが原因を突き止めてきますから、それまでは安静に・・・・」

 「おいおい、なに言ってんだ役人さんよぅ!街の歯車を動かすスイッチは街の2階の研究所にあるんだぞ?どうするってんだよ!」

 

 その言葉に、役人は「そ、それは・・・・」と口ごもった。
 2階に行くためには、街の隅にある昇降機を使わなければならない。しかし街中の歯車が止まってしまった今、歯車で動いていた昇降機も止まり、使えなくなってしまったのだ。以前は下水道に出た魔王騒ぎで昇降機が使えなくなっても、1階と2階の住人はお互い仲が悪いのでほとんど行き来することもなく、騒ぎの原因が1階にある下水道にあったのであまり大きな問題は無かったが、今回は騒動の原因が2階にあるのだ。どうにかしたいが、これではどうしようもない。
 役人たちが「とりあえず何とかしますから落ち着いてください!」と全く当てにならないセリフを言っているのを見て、マダラネコ団は顔を見合わせた。

 

 「これは、あたいたちが何とかしなければいけないみたいだね・・・・大人たちは役に立たなさそうだし。」

 「そ、そうだなリーダー。役人なんかに手柄を取られたらマダラネコ団の名がすたるってもんだぜ!」

 「まだらねこだんはさいきょうでしゅ。あくにはなんどでもたちむかうでしゅ。がんばるでしゅ。」

 

 他の2人も賛成したようだ。
 よし、とマギーは拳を握った。久々に血で血を洗う抗争が繰り広げられそうだ。みんなのテンションが上がっていくのがわかる。
 マドリルのためにも、マダラネコ団は歯車を復活させて犯人を捕まえなければならない。真実はひとつ、犯人は必ずいるはずだ。

 

 「よしっ!みんな、研究所に行くよ!そして歯車を復活させるよ!」

 「了解ボス!」「りょうかいでしゅ!」

 「・・・・どうやって?」

 

 ロバートの冷静なツッコミ。
 ―――コキン、とマギーたちは固まった。
 全員のテンションが急降下したのが、空気の温度でよく分かった。

 

 「・・・・どうしよう。」

 「どうしましゅか?」

 「・・・・しょ、昇降機が使えないんじゃ2階にも上がれないし・・・・あーこれじゃーそこらの大人と変わらねぇじゃねーかよっ!」

 

 ・・・・改めて、子供である自分たちの無力さを思い知らされた気がする。
 マギーは体勢を立て直し、町の2階へ行く方法を考えた。
 ・・・・そういえば、ロバートは2階に住んでいたはずだが・・・・。どうやってこのことを自分たちに知らせに来たのだろう。
 彼が歯車が止まったことをマギーたちに知らせに来たのが1階に降りた目的ならば、その時にはすでに昇降機が使えなくなっていたはずだ。一体どうやって降りてきたのだろう?
 ロバートを見ると、絶対にマギーに気があるような視線でウィンクをした。

 

 「ねぇ、ロバート・・・・。もしかして、2階に上り下りできる方法を知ってる?」

 「まぁね。ふふん、僕を甘く見ないでくれるかい?」

 「ロバート・・・・!ありがとっ!」

 

 マギーがぱぁっと顔を輝かせてロバートを見た。まるでヒマワリのように明るく、可愛らしい笑顔だ。
 ロバートは心の中でガッツポーズをした。

 

 「さあ、こっちだマギー。2階から縄はしごを吊るして降りてきたんだ。そこから2階へ上がれる。早く行こう!」

 「うんっ!」

 

 2人はツーショットで走り出す。
 そして、一足先に走っていくマギーとロバートを、デイルとトビーが複雑そうな顔で見ていた。
 彼らだって子供だが、空気くらい読める。ロバートの心の喜びがオーラとなり、空気を伝わって彼らに届いた。

 

 「・・・・ロバートのヤツ、うまくリーダーの好感度を上げたな・・・・。」

 「ううう、ふくざつなかんけいでしゅ。ふしゅうう、ぷしゅうううう・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い縄はしごを伝って、4人は街の2階に上ってきた。
 町の1階と2階の床の間の空間は広く、強さとたくましさが自慢のマギーたちといえども、その間を繋ぐはしごを上るのは少し怖かった。しかし、もともと高い場所に建てられた町に長く住んでいるのである。落ちるという恐怖に負けることはなく、何とか2階に辿り着くことができた。

 

「くっ、やっぱりこっちもか・・・・。」

 

 ロバートが顔を顰めた。やっぱり2階も完全に大騒ぎになっていて、マドリルの鉄道や2つある研究所も止まってしまい混乱しているようだ。
 止まった昇降機の前で右往左往している者、頭を抱えてしまっている者、ぐるぐると走り回っている者などもいるが、その他の住人たちはこれから向かおうとしている、歯車のスイッチを管理している研究所の前に何やら集まっている。
 しかし一人だけ、離れたところから研究所のほうを呆然として眺めている男がいた。
 不審に思い、マギーは声をかける。

 

 「どうしたの?」

 「あっ、マギーちゃん!見た?今の。いや、まさかあんなすごいものがねえ・・・・。」

 「すごいものって、何が?」

 「なにがって・・・・もしかしてきみ、見てなかったの?うわあ、もったいないなあ。あれを見なかったなんて、なんとまあ・・・・。」

 「いや、だから教えてよ。」

 

 なにかを見ちゃった人は、以前はどんなに訊いてもいったい何を見たのか全く教えてくれなかったのだが、最近はちゃんと教えてくれるようになった。性格が前より素直になったのかもしれない。
 彼は研究所を指さしながら言った。指さした研究所の扉の前には人集りができていが、その中からなにやら大声がして、人々は怯えてその中に入ることができずにいるようだ。またはただ単に興味本位で眺めているだけなのかもしれないが。

 

 「ひとりの男が、『この止まった歯車を元に戻したくばミスマドリルを渡せ』って、街中に公言したんだよ!いやあ、今の平和な世の中に悪者っぽくキョーハクする人がいることに驚いたよ僕は!それで、その男は研究所に入っていってさ、それを止めるためかは知らないけど、あのミスマドリルとその恋人も、その男を追って研究所に入っていったよ。」

 

 興奮して言う彼の言葉に、4人は真っ青になる。しかしマギーは、歯車を止めた犯人がスタンではないことに少なからず安心していた。
 だがしかし、これはつまりミスマドリルの恋人である男と、脅迫した男がミスマドリルを賭けて争うということではないか?
 この混乱した街と人々を放置して?
 ・・・・おいおい、ちょっと待て。

 

 「さんかくなかんけいでしゅ。ぷしゅうう、どろどろなかんけいでしゅ。」

 「う−ん、これはやばいよリーダー!早くその人たちを止めなきゃだぜ!」

 「う、うん!」

 「僕も行くよ。君たちだけに任せてはいられないからね。」

 

 昇降機が使えない今、勇者協同組合からの勇者による助けは期待できない。だからといって、これを放置しておくわけにもいかない。4人は研究所に向かって再び走り出した。
 ただウロウロしていたり女を巡って争い合おうとする大人よりも、この街の混乱を何とかしようと走る子供のほうがまだ考え方が大人で心強い。この世界の「大人」は正直言って頼りにならない。皆目の前のことばかり考えているせいだろうか、周りのことが見えていないのだ。
 そしてその子供たちの行動の一部始終を見ていた何かを見ちゃった男も、

 

 「うわあ、子供なのに何かヒーローみたいでカッコいいなあ・・・・。うわうわ、すごいもん見ちゃったなあ。」

 

 と恍惚とした表情で眺めているだけだった。














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