『思えば、ここでスタンに気づいちゃったのがこのヘッポコ魔王街道の始まりなのよねー。』
『うんうん、運命のいたずらというヤツかね。私は、運命というものを定量化し測定できる可能性について以前から考えているのだがね・・・・』
『む、なんだ!?おいルカ!おまえの体、なにか変だぞ!余の・・・・身体が・・・・内から・・・・』
黒い箱の中に閉じ込められたとき。
ルカは「かつて」のように、自分が知っていたみんなが分類の強制によっていなくなることを、自分が再びいなくなることを、自分の知っていた世界が消えることを恐れた。
強制された分類が、本来の彼らを塗り潰すこと。それは、
自分の知っているロザリーがいなくなること。キスリングの考えたことが全て消去されること。リンダが彼女らしさを失うこと。ビッグブルがどこか遠くへ行ってしまうこと。エプロスが求めたものに、意味がなくなること。
なにより・・・・・・・・スタンが、「ただの魔王」になってしまうことが、ルカはただ怖かった。
それは、悲しい。それはいやだ。
それはとても・・・・さびしかった。
今までのボイスレコーダーに記録された時間。ニセ魔王を倒そうとして無理やり頑張らされたけれど、奇妙でへんてこだった魔王スタンとの日々、みんなとの時間軸から、意味がなくなることがどうしようもなく怖かった。リセットボタンを押すように。あれだけ自分勝手に自分の求める目的を持って道のりを歩いてきたのに、物語が最初からに戻されることが、同じ役者で、出会っているはずなのに出会っていない設定に戻されてしまうこと、自分だけが欠けた違う物語が始まってしまうかもしれないことが。
それはきっと、マルレインが言っていた、「楽しくない」物語・・・・・・・・。
『・・・・・・・・・・・・・・・・。おう、なんだ、子分ルカではないか。おまえ、いままでどこに行っていた。今ちょうど、そこのいまいましい勇者を・・・・。勇者を・・・・って、おろっ?』
『あら!あらあら!あらあらあらあらあらあらあらあら!ルカ君じゃないのー!もー、勝手にどこ行ってたの!?・・・・って、あれ?あたしがどっか行ってたんだっけ?』
ベーロンは自分たちを、この世界で物語を演じる役者だと言った。娘マルレインが楽しく過ごすためにつくられたこの小世界で、役割を当てられて生きる、無知で素朴な住民なのだと。
確かに設定を変えられた世界を、自分は知っている。ならば、今までも・・・・自分が覚えていないだけで、このように物語は設定を何度もリセットされて、勇者を変え魔王を変え、続けられてきたのだろうか。300年前、ゴーマとホプキンスが「大魔王」と「大勇者」として活躍したのち、300年後の今、今度はスタンとロザリーが「大魔王」と「大勇者」として選ばれたのだ。しかし自分たちが活躍したはずの記憶を、なぜか2人は忘れてしまった。・・・・その変化はまるで、舞台の台本、世界の脚本をそっくりそのまま入れ替えられたかのように見えた。
村人たちも勇者たちも、自分を含めたここにいるみんな全員、まさか何度も、知らない物語の中を生きてきたのだろうか。自分の知らない「役者として自分」は、「役者としての彼ら」は、もっと前から・・・・ホントはずっと昔から、たくさん存在していた?
もしそうなのだとしたら、自分が知っているこの世界も、他人の筋書きに沿ってつくられた、ひとつの設定の上のものだろうか。分類表の上で書き換えられた設定に従って、その通りに反応して、そうやってボクらはただ、生きているだけなのだろうか。自分がこれまで生きてきた記憶は本当に本物?彼らがこれまで生きて作り上げてきた個性は本当はニセモノ?「自分」はどこからどこまでが自分だと主張できて、どこから先が自分の知らない自分になってしまうのだろう。―――「自分は自分だ」と大声で叫んだところで、今の自分が本当の自分であるというその確証は、どこにあるの?
(・・・・そんなの。知らないよ・・・・!)
・・・・知らない。知らない、知るわけない。―――そんな疑いはいらない。
自分は確かに生まれてこのかた16年を普通にちゃんと生きていたし、スタンは300年ずっとツボに閉じ込められていたはずだ。3年前にロザリーがスタンを封じたツボを蹴落としたから影が蛍光ピンクになっちゃったのも事実。それ以外の他の話など、人生など・・・・そんな物語など知らない。
たとえこの世界の設定がつくられたものだとしても、その中で冒険して生きてきたこの自分たちの記憶だけは、きっと信じていい。
(・・・・「300年」。)
―――本当に魔王スタンが「300年」、ツボに閉じ込められていたのかどうか、それがわからなくても。
たとえ300年という時間が本当は、10年、5年、あるいはたった1年の間のことであったとしても。
それでも、自分の信じている時間が本物だ。
「今」がいったいいつなのか、どれくらいの時が紙の上で改竄されてきたのか。そんなことは、きっとどうだっていい。自分にとってのオリジナルだと信じているこの記憶を持つ自分自身が、この世界においていったい何回めの冒険における、いくつめに与えられた役割の「自分」で、本当はいったい何人めの「自分」なのか。・・・・そんなワケのわからない不気味な空想は考えたくもない。
自分の中の分類は、自分で決めるのだ。自分が見たもの、感じたことが全てだ。存在しないはずの人間がいたことも、存在しないはずの時間が感じられてきたことも、相容れないはずの魔王と勇者が一緒に冒険したことも、心がないはずの人形が恋をしたことも、どれも・・・・・・・・嘘か本当か関係なく、目の前にあった世界じゃないか。
『余こそ大魔王、この世の邪悪を統べる者、スタンリーハイハットトリニダード14世なり!』
『正義の力、我に満ちたり!我は大勇者、この世の正義を顕わす者、ロザリー!』
たくさんの歯車が重なりあい、変わらぬ轍を描いて永遠に回り続けるのと同じに。
音楽を鳴り終えたオルゴールの音が、また一周する。
あのきれいな曲が、もう一度鳴らされる。
自分の音の一点だけ、抜かれたままで。
同じ役者で同じ舞台で、自分だけが箱の外にはじかれたような世界で、一音だけ抜けていることには気づかずに、美しく整ったメロディーが鳴らされる。自分という小さな歯車が外れたまま、小さな世界は回る。音楽が周る、オルゴールの小箱の中で、小さな人形たちは踊り続ける、回っている自分が気付かないまま何度も何度も何度でも、ぐるぐるぐるぐる、廻り続ける物語。永久に続く楽しい人形劇、永遠に踊り続ける切ないワルツ、巡り続ける「世界」という名のオルゴール。
愛する小さな王女のためなら彼は、ずっとオルゴールの取っ手を回し続けるに違いない。オルゴールの上で回る自分たちだって、彼女の安息の中にいるのだから、不幸も苦痛も感じない。本物の危険も恐れも、そこには無い。だからこの世界の決まりごとは必ずしも、悪いものではない。
・・・・・・・・・・・・それが世界のどこかで、小さな理不尽を生むのだということに、気づきさえしなければ。
だって、その音楽は、この世界に鳴り響く音は―――とても心地良いものだったから。
娘にとっての楽しい世界は、この国に住む人々にとっても、確かに楽しい世界だったのだ。
意識の外にある違和感を違和感と認識さえしなければ、これは少しも不幸ではない。面白くて美しく、奇妙で笑うことができて幸福な、風の噂で聞く脅威に平穏に恐れられる日常が、この世界にはある。
その世界を・・・・今から崩すこと。それは魔王と勇者の共存を許すと同時に、この幸福な物語の国を、失うということなのだ。
娘を守るために創造主が敢えて作り上げた人工的な世界。時間の流れが本来の場所から切り離され、ときには書き換えられ歪められ、外部から干渉されることなく独立したひとつの理想社会。ここは完成されたユートピアにして恒久のユークロニア。子どものためのネバーランドは、本来失われるだけの悪い価値をもたない。誰かを傷つけるためのものではなく、傷つけたくない誰かを守るための、安全を保障した純朴なナワバリなのだから。
現実の世界、正しい形をもつ世界は、おそらく父親が娘を守ろうと躍起になるほどに、幸せだけではないものもたくさん存在する。もしかしたらこの世界で脅威とされていた魔王よりも、もっと恐ろしいものだって、存在するのかもしれない。取り除かれていたはずの「悲しいこと」が現実となって、やがて自分たちの知っているようで知らなかった目の前に、現れ始めるだろう。
それはカベで隔離され暖かな空気がたちこめていた箱庭が開かれ、寒風に晒されるということ。
・・・・・・・・もしも「外の世界」が、この世界においてもはや誰にも使われていない「銃」が、実際に使われている世界なのだとしたら?
オルゴール、機械都市、歯車。これらの高度な技術の存在は、この箱庭世界において「先年紀の文明の遺産」として、不可解なものとされている。しかし・・・・もし。もしもその認識がもしくは、定義者が設定づけたものなのだとしたら?その意図は?
あるいは、それもこれも全て、大切な娘を守るための設定だったらどうする?
もちろん、そんな考えはただの想像にしか過ぎない。しかしこの楽しいサーカスのような小世界の幕の裏側に、皮肉の毒が隠されている可能性を、カベに遮られて何も見えない自分たちに否定できる術はないのだ。
安全を約束された設定を、この国の世界観を、「カベ」をここで壊してしまうということが、どういう意味を持つのか。
―――これが良いことなのか。それとも悪いことなのか。
まだわからない。もしかしたら、悪いことだったりするのかもしれない。
こんな世界、真実なんて知らない方がよかった、以前の風景の方がよかったと思う日がいつか、来るのかもしれない。
それでも。・・・・・・・・それでも。
ボクはツボの中の魔王に出会ってしまった。
ボクは好きな女の子をやっと見つけた。オルゴールを渡したあの子、この国の王女様に。
そんなたくさんの奇妙な出会いの後で、その全てが変わった後の世界を覗いてしまった。分類によって生み出された物語が、知らず知らずに生じさせた理不尽な部分にうっかり巻き込まれてしまって、気づいてしまった。もし気づきさえしなければ、その立場にならなければ、このような行動には出なかっただろう。なにも知らないまま、平穏なままで暮らせたはずだ。しかし世界の条理が生み出した不条理を自分は見てしまった。それを「理不尽だ」と、認識してしまった。
みんな誰も自分を認めないこと・・・・そして魔王スタンがいなくなったこと。自分の知らないスタンという名前の誰かが世界を征服しようとしている世界で、自分とスタンが町から消えたこと。みんなが、あの子が―――ボクと魔王を忘れていくことが。
ボクと魔王がいるこの世界で、あの子が町から消えたことが。
『スタンがそんなことするもんか・・・・』
『あの冒険、あの冒険って・・・・私、なにがそんなに楽しかったんだろう・・・・。はっきりしたこと、なにも思い出せないのに・・・・』
『作った、世界・・・・?』
『うぅ・・・・ルカ・・・・助け・・・・。ルカ・・・・ルカ・・・・』
『・・・・なぜ?なぜなのよ!あのコが人形!?そんなはずない、そんなはずないわ!』
『ルカ・・・・ルカはどこ?ルカはどこにいったの・・・・?』
―――『ボクはここだよ』
・・・・もうあんな思いは二度とごめんだ。
ある日自分の存在が潰されたことも、変わってほしくない性格を持つ優しい魔王の友達ができてしまったことも、失いたくない大切な女の子を失くしてしまったことも、この世界の人々によるこの世界らしさにあれだけ振り回されたことも、なにもかもが原因だ。
ボクがここで、全く似合わない剣を手にして―――自分の主張を手にして立っていることの。
新しい主人公、新しいヒロイン。
新しい悪役に、役者たち。
そんな自分の知らない物語が、彼女も誰も、自分さえもいない物語が始まるよりは、・・・・・・・・スタンがただの悪いだけの魔王になってしまうよりは、今、ここでお話を終わりにしたほうが・・・・ずっとマシなんだ。
(・・・・・・・・ごめんなさい。)
『この世界での「はみ出し者」というなら、今や勇者ロザリー君も、元魔王たちも、そして私も同様だ。』
『それに、あたしは勇者だもの。「分類」なんかに関係なく!魔王は自ら挑んで、倒さなきゃね!』
『余とて、「分類」などとは関係なく常に大魔王だ!』
『カッコいいっつーのは、つまりは強いことッスよ!パワーッスよ!』
『自分だけの予定で動くのは、私も同じだよ。』
『スタン様からあたしを奪う勇気があるなら、リンダと呼び捨てて強引にグリグリモグモグしてみて!』
『はあああああぁぁぁぁぁっ!理不尽執事不動拳ッッッ!』
『わははははは!・・・・・・・・よし、では、あらためて行くか、子分ルカよ。余の魔力奪回の旅を!』
『・・・・ルカ!帰るぞ!
ああ、ばかばかしい!宿についたら、紅茶をいれわらわの肩をもみ靴をきれいにみがくのじゃぞ!
―――おまえは、一生!死ぬまで!わらわの召使いじゃ!』
ルカは胸にボイスレコーダーを抱え直し、両腕で強く抱きしめた。
スタンとロザリーを正気に戻した「ボクら」の切り札。自分が冒険を始めることとなった教会から、この世界のあちこちに至るまで、ニセ魔王たちの手に渡りちらばった部品を拾い集めて完成した宝物は、あの短い冒険の音を記録してくれた。
ここには、たくさんの音が宿っている。仲間の声、自分の声、村人の声、オバケの声、世界の音、音、音。この中には、ひとつの親しみのある世界が入っている。なぜこの図書館を訪れたのか、その理由が入っている。ボクと魔王が存在していた記憶、冒険の記録、ボクと魔王の世界の音色がこのオモチャから奏でられる。
彼の分類の修正よってまたあの短い冒険の記録が抹消されれば、ここに「ボクら」が存在していた記憶も失われるだろう。魔王と勇者がケンカばかりしていたことも、ワガママ王女に振り回されていたことも、あやしいヤツらが大騒ぎを繰り広げたことも、なにもかも全部なかったことになってしまう。もしかしたら魔王が村人たちにあたたかく笑われていたこととか、町の下水道にネズミの魔王がいたこととか、湖になんかへんなのがいたこととか、勇者のイメージをおもしろく壊してくれた勇者とオバケの癒着問題とか、ひとつの記念になりそうなほどに町全体が清々しく狂気的に「萌え」一色になったこととか、町の人間の共通認識にあるはずの出来事もなにもかもがリセットされてしまうかもしれない。
しょせんそれらが、くだらなくて意味がないように見えるような、どうってことないささいな冒険だったとしても、この間自分たちは確かに今ここにいる「自分」だった。自分が自分らしいと信じる自分だったのだ。その物語はひとつに繋がって、今に続いている。自分たちは今、それぞれの自由で個人的な理由のために、自分のためだけにここにいる。悩んだり落ち込んだり驚いたり呆れたりして、たくさんの経験値を積んでそれなりに成長したと思えた「自分」がここにいる。
ただひとつの物語を生きる。・・・・これが人の本来の生き方なのだから。
あの冒険の続きであるこの真実の世界で、さらに先の長い道のりの果て、この物語の終わりを目指すために、ボクらはずっとこの世界で生きていくと決めたのだ。
たとえ自分たちの知らない危険や脅威が存在する世界となってもいい。
それでも外で世界が成り立っているのなら、きっと怖いだけの世界ではない。
だって魔王のスタンも勇者のロザリーもきっとそこにいる、ちゃんと一緒に存在できるのだから。
もう二度と、スタンとロザリーが傷つけ合うようなことにはさせない。この場所に立つ者それぞれの、みんならしいみんなの記憶、その個性・・・・・・・・・・・ここにいる彼らの存在そのものを、誰かに奪わせない。
唯一無二の物語の大事なセーブデータは、この機械の中にバックアップされ保存されている。このボイスレコーダーがある限り、これから先、何度メモリーを消去されたとしても―――
―――きっと、何度でも思い出せる。
「悪いけど。もしまたあんたが、スタンやロザリーさんたちを思い通りにしようとしても、何度でもボクがこの剣で止めるから。
何度だってボクは、このボイスレコーダーを鳴らすよ。
・・・・・・・・この中にいるみんなとマルレインが言った言葉を全部、無意味なものになんかさせないんだ。」
劈くような衝撃を受けて全身を突き飛ばされ、ルカはひとり、かたい地面に激しく叩きつけられた。
その拍子に手元から落とした歯車の剣と、ボイスレコーダーが音を立てて転がった。
それらを拾うため立ち上がろうとした瞬間、ルカは見えない力に身体を強く引っ張られ、空中まで高く持ち上げられる。それが以前彼女をつり上げた力と同じものであると気づいたとき、鋭い爪を持つ巨大な手のひらが横から飛んできて、自分の全身を鷲掴みにした。
「うわっ・・・・・・・・!?」
「大丈夫、ルカ君っ!?・・・・ってちょっと、スタン!」
ルカがあわてて手の中から首を伸ばして眼下を見下ろすと、あれだけ大きく身体を伸ばしていたスタンが消えてしまっている。自らの全身がすっぽりと手の中に包まれてしまったことで、自分の影がなくなってしまったことに気づく。
彼を手中に収めているのはベーロンだった。彼に身動きを取らせずに、その手で少年を締め上げる。
「はなせ!」
『他の者がどうなろうと、かまわない。お前たちの言葉などどうだっていい。そんなもの、意味がない。意味がないんだ・・・・。世界でただひとつ、変わらなくてよいものは・・・・・・・・マルレインの幸せだけでいい!』
ベーロンは震え声で叫ぶ。
『あの子を幸せにできない世界はいらない。「広い世界」など、いらない。マルレインが永遠に、静かに楽しむことができるささやかな小世界を、私はもう一度つくる。そのためには、お前には消えてもらわねばならない。こいつらの記憶からお前の存在を、「あの冒険」の記憶を消さなければならない。あの子と出会い、この者たちにまで影響を与えた、お前との記憶を・・・・。歪なお前と、お前のせいで歪んだこの者たちがいるから、あの子の平穏も崩されるのだから!』
「違う!マルレインは楽しいって言ったんだ。楽しいって、言ってたじゃないか!ボクたちとの冒険を・・・・あんただって聞いてたはずだ!」
『・・・・!・・・・なぜお前がそのことを・・・・?』
ロザリーが落ちたボイスレコーダーに駆け寄り、拾い上げてから鋭くベーロンとルカを見上げた。頭の中を好き勝手にいじくられたことで、疲れ果てた身体は言うことをきかない。周囲の人間の様子を見ると、やはりそろって満身創痍の顔色だ。それでも今はとにかく、彼を解放しなければ。
ロザリーはレイピアを構え、力を振り絞って駆け出した。後方で片膝をついたエプロスも、素早くトランプを浮かせる。
「させないわよ!・・・・ルカ君、そこで待ってて。今助けるわ!」
『うるさい。ジャマをするな!』
「いっ・・・・・・・・!」
トランプの刃が幾枚も飛んでいくその下で、レイピアを振り上げて彼の手を離させる痛みを与えようとしたロザリーを、ベーロンは空いたもう片方の手で掴み上げ、トランプごと振り飛ばした。先ほどは彼のどんな攻撃にも耐えられた彼女も、今度は枯れ枝のごとく軽々と投げ飛ばされてしまう。
彼女らしくない彼女の倒れた姿を見たルカは、目の前にある、自らを壊そうとする赤い目を睨みつけた。
「ロザリーさん!?・・・・はなせっ!」
『・・・・そうだ。あの子は、楽しいと言ったよ。お前たちがつくり上げた冒険を・・・・。娘のための劇の役者として、お前たちが成すべき役割を全うしたのは確かだ。しかし、お前たちは・・・・。役者ごときが越えてはならぬ域を越えて、さらに踏み込んできた。お前たちは・・・・・・・・お前は・・・・』
マルレインはあの日、ルカのもとへ向かった。慣れ親しんだ父の手を振りほどき、小鳥が飛び立つように、彼女はいなくなった。彼女は彼女が望む場所へ駆けていった。
父親は、空虚な手のひらを彷徨わせたまま、ひとり残された。
時の止まった永遠の国の迷路の真ん中で、ただひとり。
もう二度と彼女が戻ってこないであろうことを、彼は空っぽの手のひらを握りしめて思い知った。
『お前は娘を、私のもとから連れていくのだな。娘を遠くへ連れていくのだな。二度と手の届かない場所へ、あの子を連れていくのだな!なぜお前は踏み込んできた。分類という枠を越え、お前はあの子に触れてきた。その手を掴んで、どこへ連れていく気だ。娘を失う苦しみを・・・・あの孤独を、絶望を、私にもう一度味わえというのか!?ここは何のための世界だ。あの子を守るためにあるこの世界で・・・・・・・・・・・・なぜあの子はいなくなってしまうんだっ!』
ルカが分類の枠から外れたのも、ひとつの事故でしかない。彼はもとよりそのようなつもりはなかった。ただ、たまたま、人より影が薄かった。
影の薄い少年が、たまたま彼の娘に接触した。ひょんなことから冒険という形で、みんなで一緒に遊んだ。そうして彼女は彼らとともに過ごす時間を楽しんだ。彼女は彼のことが好きになった。
この世界で起きたのは、たったそれだけのことだ。
『分類を持たないお前は、この「世界」の住人ではない。お前は娘のための劇の役者ではない。そのようなお前が、部外者であるお前たちこそが・・・・この「世界」において生まれるはずのない危険を生み、安全なはずの社会の秩序を歪ませていく。私がどんなに力を尽くして、この場所があの子にとって平穏なものであるよう、管理したとしても・・・・。・・・・どこかで必ず、お前のような者は現れる。こうして枠を越えて、私たちの安息の中に、土足で踏み込んでくる!』
―――しかしおかしな部品がひとつ混じった歯車の流れは、そんなささいな理由であろうと、それが僅かなきっかけであろうと、思わぬ方向へ向かってしまうのだ。
かのトリステの町に集まった者たちは、ただ世界から不必要なものとして除外されただけの哀れな、無力な存在ではない。決して、ない。世界の流れから外れたイレギュラーな存在たちは、それが例えどれほどちいさな歯車であろうとも、完璧なカベのわずかな隙を穿ちヒビを入れる楔になりうる。それは何よりも恐ろしい、取り返しのつかないシステムのバグだ。
部外者の赤ガメは、残酷なほど無垢に正直に、現実を指摘する。偽りでできた安息の日々に、真実の杭を穿つ。
彼女の―――彼自身のたのしい平穏は、いとも簡単に壊された。
よりすがりの石コロでさえ、彼の気持ちを裏切った。
あの日岩ガメは声を枯らして泣いた。
『娘に触るな!もう決して誰にも、私の娘に触れさせん。もう二度と・・・・あのような事故を起こさせはしない!』
「“新しいマルレイン”をもう一度作るっていうの!?」
『そうだ。あの子が帰ってくるそのときまで、私は“あの子”とともに過ごす。・・・・今度こそ本当に、どこにも行かない“あの子”を作るのだ。ジャマはさせんぞ。お前には今ここで死んでもらう。しょせん「ただの村人」であるお前の代わりなど、いくらでもいるのだ!』
「やだ。『ぜったいに死んでもイヤだ』」
『・・・・。言っていることがなにか矛盾しているが、まあいい。さあ、はみ出し者は・・・・この世界から去れ!!』
小さなルカを締め上げる力がひときわ強くなり、彼は骨が折れるような激しい痛みに耐えるため、きつく目を閉じた。自分の腕よりも太い爪が喉に食い込んでいる上に肺も圧迫されて息がつまり、もはや言葉を口にすることもできない。やめろというような誰かの声が聞こえたが、それが誰なのかもわからなかった。・・・・この軋むような痛みは、息のできない苦しみは、彼自身が長年味わい続けてきた感情そのものなのかもしれない。
全身を締めつけられながら、ルカは頭の片隅で考えた。今自分の影の中にいるスタンは、どうなるのだろう?もし自分が今死んだなら、自分と一心同体であるはずのスタンもきっと無事ではすまないはずだ。無事であったとしても、最初のあの小さなツボの中に、戻されてしまうのかもしれない。
そうしたら彼は、これからどうするのだろう。
自分のことなんて、忘れてしまうだろうか。どうせ、分類が修正されて・・・・。
あ。そういえば、お別れが言えなかったなあ。せっかくできた、一番の友だちだったのに。
・・・・・・・・そこまで真面目に考えて彼は、ようやく自分の考えが間違っていることに気がついた。
「キサマら・・・・。・・・・余の記念すべき輝かしい復活を、忘れとるようだな。
―――見ていろ!だああああーっ!!」
先ほどは彼自身も忘れていたはずなので人のことなど言えない元気な掛け声とともに、禍々しくも光り輝く焔の巨球がベーロンの背後に現れ、目を見開いて振り向こうとする彼の全身を瞬く間に覆った。太陽を見たようなまばゆい光に、空気が震えるほどの轟音、地獄の蓋を開けたような肌にひりつく灼熱と、彼の手の中にいるルカの両目と両耳と顔面はすさまじい迷惑をこうむった。しかし熱さにもがくベーロンが手を離したために、ルカは彼の足下に落ちることができた。
握りしめられた虫と同じ状態で弱ったルカが咳をしながら床に倒れこむと、即座にビッグブルが走り寄って自慢の筋肉で彼を担ぎあげ、燃えて暴れ回るベーロンに踏まれてしまわないように、ロザリーたちがいる安全な場所まで運んだ。
「ルカ君っ!大丈夫!?腕とか肋骨とかなんかどっかいろいろ折れてない!?」
「え、内臓がぜんぶ、捻り潰されてるんじゃないですか?」
「それはコワいなあ。」
「おーい、生きてるかぁ!?生きてたら返事しろー!生きてなかったらオレが心臓マッサージするぞオラァァ!」
「・・・・・・・・・・・・。いや生きてるって。あと心臓マッサージは生きてる人にしかイミないって。ごめんお願いやめて。」
「そもそも、君が他人の心臓マッサージなどしたら助かる以前に死ぬぞ。君は彼を殺す気か?」
頭が大きく前後するほど肩を激しく揺さぶり、耳が割れるほどの大声で呼びかけるビッグブルに、耳を押さえるルカと呆れた横目のエプロスが丁寧につっこみを入れている間にも、ベーロンは炎に巻かれて呻いている。
そのベーロンの頭上には、黒服の男の姿をした実体のスタンが浮いており、彼を見下ろして愉快そうに笑っている。真紅の業火に照らされたその姿は、その口から発せられるセリフさえ聞かなかったことにすれば、立派な大魔王に見えないこともない。
「うははははは!やーい、とんだバカ親父だなキサマはー!今の余は真の姿が戻ったのだぞ。後先考えない、計画性ゼロの愚かなキサマの手でな!今、子分ルカの影がどうなろうと、余には関係ないことだっ!」
『グウウッ・・・・・・・・き、キサマ・・・・なめくさったゴーマの転生が・・・・。・・・・真の力をすでに得て、もはや自由の身になったお前が、それでもその少年をかばうのか・・・・』
「ふん。・・・・まあ、あの芸術的に薄くてみごとな影を失うのは、もったいないからな。魔界の影評論家どもがうるさい影コンクール審査協会から苦情が来るのは、余も困る。」
いつも思うが最初からこの本気を出してくれ、と思うルカは外見は劇的一転・中身はそのまんまのスタンの姿を、それでも自分を助けてくれたことを感謝して見上げた。スタンはルカが彼を助けた方法と同じやり方で、ルカを助けてくれたのだ。「影の薄さ」を武器にしたルカの戦い方で。先ほど強制分類で狂気の間際にいた彼が、彼らしい調子を取り戻していることに、ルカは安堵した。
彼の魔力は確かに一級ものだ。これだけ岩のように大きな敵の全身を、火祭りにあげることができるとは。晴れて清々しい様子のスタンは、自分を見るルカのことは気にもとめず、燃え盛るベーロンの頭上で誇らしげに腕を組む。
「ククク。火加減はどうだ?え?これでも一応、ミディアムレアにしてやっているのだがな。ふははは。
・・・・・・・・・・・・いいか。余は、キサマの妄言など、まぁぁぁったくどうでもよいのだ。キサマが何を考えていようと、どれほど愚かな執念に燃えていようと・・・・余の知ったことか。愛だの苦しみだの孤独だの、そんなクサいテーマは耳が腐るほど聞き飽きた。
・・・・・・・・キサマが自分の好きなモノのために動くなら、余も同じようにするまでだ。」
『グッ・・・・・・・・・・・・・・・・』
「余はな、キサマのそのナメたヒゲヅラに渾身のデコピンをするために、キサマの前にわざわざここまで来て降臨してやったのだ。さっきの礼もしなきゃーならんからな、ちょっと予定が狂ってデコピンではなく丸焼きにはなったが。しかし・・・・うむうむ、これでスッキリした。極めつけに目におろしタマネギ鼻にねりワサビ耳にミミヒゼンダニ口にババネロを15本つっこんだキサマを肥溜めに向かってぶん投げたいのだが、今はどれも手元にないからカンベンしてやろう。」
調子よくいつもの軽口を言うと、ひらりと彼はベーロンの頭上から座り込むルカの傍まで移動し、なぜかすぐにその見るからに強そうに見える実体を影の中に消してしまった。
ようやく立ち上がったルカの影から、ヒョイッという変わらないまぬけな音つきで、いつも通りのぺらぺらなスタンの顔が再び現れる。
「ふー。・・・・あー、やっぱり、ここでないと落ち着かんな。なぜだか知らんが。」
「・・・・・・・・でも、まあ、いいんじゃない。正直言うとスタンはカゲの姿の方が似合ってるしね。」
「んー?なんだ子分。今、ちょーっと聞こえなかったな。もーいっかい言ってくれるかな?大声で。」
「まあまあ、それはどうでもいいじゃないか2人とも。それよりベーロンだ、彼はまだ動けるみたいだよ。
・・・・でも、そろそろたたみかけて、もう終わりにしないか。このあたりでね。」
キスリングがルカとスタン、そしてベーロンに向けて言う。彼らはベーロンを見る。
全身を包んでいた炎が消え、激しく息をつく岩ガメの体は黒く、ひびだらけで、今にも崩れてしまいそうだ。
ベーロンは静かにそのような自分の姿をかえりみた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・!』
分類を支える最後の最後の力が、もうすぐ尽きようとしている。
カベに生じた数多くのひびは連鎖して広がり、因子と因子とさらなる因子がどこまでもつながり、もはや誰にも止められない。
この少年が持つボイスレコーダーを今、この手で破壊しても意味がない。もはや記録されたあの冒険の音は、この世界の隅々まで満ちている。
この少年を抹消することはできない。たとえ彼をもう一度この世界から消したとしても、図書館は崩壊する道を選ぶだろう。
彼は図書館のきしむ音を耳の奥で聞いた。
「・・・・ったあああー!・・・・・・・・よし。リンダ、エイドしなさいエイド。思いっきりいたぶってくれたあたしたちの気合いをもう一度入れ直すわよ!受けた分は3倍にしてお返ししてやらなくちゃ!」
「わかってますよぉ!でもホント、あたし今、すっごいクタクタで・・・・。」
「だから今やるんでしょーが!回復役は言われる前に動く!」
「はーい・・・・。」
「うーん。ところでここからオバケノミコンの角を彼の額に向かって投げたら、キレイに眉間に刺さると思う?」
「たぶん刺さらないと思うからおとなしく別の方法を考えなさい。」
「そのような議論はさて置いて・・・・君たち、そろそろいくぞ。この物語の終幕を、我々が引こう。」
「こらっ、カッコよくしきるなヅカ男!リーダーは余だ!」
「オラオラオラァーッ!オレもスタンのアニキみたいにハデにカッコよくいくぜえー!」
「・・・・・・・・。おう、わかっておるではないか牛。」
「ふー、アンタたちね・・・・。まあ、でも・・・・さっきはありがとうね。ルカ君。こんなあたしたちを、助けてくれて。」
「え?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・。』
今岩ガメは、少年と魔王たちを目の前に、何も言わなかった。
それ以上何も言うことができず、もはや止められないひびの連鎖を、見つめるしかなかった。
言えるはずがない。
岩ガメが彼らに抵抗して口にする言葉の、その先にあるオチを、彼は、彼だけは・・・・・・・・知っていたからだ。
はみ出し者の集団がこの図書館にやってくる以前から、本当は、ずっと知っていた。
分類の力で「消した」オチの部分。
ならばこの分類の力が崩壊するときには、そのオチが誰からも見えてしまう。
オチが見えるということは、物語の終わりが現実となってしまうということ。
石コロを子ガメとして見てきた岩ガメの、誰も知らない、本当はつまらない、面白くもない結末を、彼は知っている。
そして赤ガメである彼らが今や岩ガメに対して、このお話の避けられないオチを告げることができる、それだけの自由を得ているのだということも。
“岩ガメさん、あなたは―――
「楽しくないわ。」
彼の前で、娘が悲しげに言う。口をきかない石コロ―――魂のない人形のはずなのに、あのとき彼女は切実な声で父親に訴えた。
「・・・・私は、もっと、ずっと楽しい冒険を知ってるはずなの。」
あの子はあのとき、いやこれまでもずっと、たしかに娘のように振る舞った。自分が誰よりも強く分類をかけて、動かぬ器に心を与えた人形は、そのとき娘として生きていた。娘が話しそうな言葉、考えそうなこと、性格や動き、なにもかもを模倣して作り上げた分類人形。ならばあのそっくりな彼女の抱いた意志は、あの子が抱くはずの意志でもある。
「あの冒険が、またしたいわ!なんとかならないの・・・・?」
あの子が望んだことは冒険だった。
親子2人だけで過ごす冒険ではなく、たくさんの、自分以外の他の人間とともに歩く冒険だった。
彼女が本当にそれを望むなら、彼女が、たったひとりの父親である自分のもとに帰ってくることは、もうないのかもしれない。
本当は、そばにいてほしかった。変わらない毎日が、ずっと続いてほしかった。
どんな形でもいい。人形でもいい。なんでもいい、だから・・・・自分のそばにいてほしかった。
娘と過ごした幸せな日々が、失われることがどうしようもなく怖かった。
終わらない物語を繰り返し読み続ければ、終わりのある時間を留めることができる。
終わりから、目を背けることができる。
だから自分も娘も、物語の中に、ナワバリの内に閉じ込めた。めくってもめくっても終わらない絵本。楽しいサーカスは終わったあとに悲しくなる。ならばいっそ、永遠に終わらせなければいい。いつまでもいつまでも、ふたりでいっしょに毎日楽しく暮らし続けるために。変わっていくことが、ただ怖かった。
しかし、どんなに自分が変わらずにいようと、あの子は本物の冒険を求めて、変わっていってしまうのかもしれない。
たとえ自分が引き止めても、開かれる広い世界の向こうに、彼女は望んで向かうだろう。
あたたかな巣から小鳥が羽ばたいていくように。
ならば、この世界が存在する意味も、もう・・・・
「・・・・わかった。わかったよ、マルレイン。」
ナワバリにやってきた外からのお客。
赤ガメは岩ガメに、真実を告げようとしていた。
とてもくだらなくて、しかし残酷で、それでも認めざるを得ない最後を。
舞台の上から幕の裏側を覗きこんだ生き人形。
彼らは自らの操り糸を断ち切り、この人形劇の幕を下ろそうとしていた。
とてもくだらなくて、しかし幸福で、それでも終わらせることを決めた物語を。
やがて。
ふつうの父親の姿に戻った男―――「元・支配者」は、かつて彼が作った物語の一部であった者たちに見送られて、ひとりきりで歩いていくことになる。
もはや有限になった短い時間の中で、もはや会えるかさえもわからないほどに広い、・・・・あまりにも広すぎる世界へ、はぐれてしまった大切な娘を探しにいく。
彼らがもう一度お互いを見つけ出せるかどうかは誰にもわからない。しかし、たとえ疲れ果てても、やがてその身がぼろぼろになっても・・・・それでもきっと彼は探し続けるのだろう。おとーさん、として。
その背中は、寂しげに見えた。
これが正しいことなのか間違っていたことなのか、もしくは「分類」に抗う気分になってしまった自分たちだけのただのワガママだったのかは、今はまだわからない。
それでもきっとこの先も、世界のきれいな音は失われることはないと、信じている。
おかしくて笑う楽しさも、孤独の中の悲しみも、理想を前に悩む苦しみも、誰かへの愛しさも、いろいろな思い出が詰まった小さな国。この王国を出た王女は、本当の姿で、新しい場所で、またたくさんの冒険の思い出をつくると信じている。
石コロだった子ガメは、ひとつのナワバリを越えて、やがてあらゆる世界を見るだろう。
ナワバリを捨てた岩ガメは、あらゆる世界を越えて、長い時間をかけて大切な子ガメを探すだろう。
岩ガメと石コロと話をした赤ガメは、彼らを見送ったのち、帰るべき自分のナワバリへ帰っていくのかもしれない。
これから、どうなるのだろう。
かつて一匹の岩ガメによって守られていたナワバリは、その主の岩ガメを失った今、どこへ向かっていくのだろう?
不安がないわけではない。きっとボクらは、広がった世界のどこの誰よりも、幸せ者だった。何も知らなかったから。幸せな物語の中でずっと、いっぴきの岩ガメに大切に守られながら、暮らしていたのだから。
その物語も、世界も、もうどこにも無い。
だけどきっと・・・・これからもずっと、ボクらは幸せだ。閉ざされた世界の中にいたときも、開かれた世界の外へいつか出かけていくときも。どこにいても、いつもの自分がそこにいる限り。
たとえいつか、旅立った彼らも留まる自分たちも知らない、「本当に悲しいこと」が目の前に現れたとしても、今までの冒険の中で積んできた経験値があれば、きっとのりこえていける。
あの世界の長い冒険の物語は確かに今も、この小さな場所の歴史に刻まれているのだから。
ボクと魔王が図書館を後にして、岩ガメが消した物語のオチの先を、筆を拾ってまた書き続ける。
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