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「あの、こんにちは。」 「わ・・・・本当に、またいらしてくださったんですね。うれしい・・・・!」 孫娘は本当に心から喜んでいる様子で、両手で胸を押さえてこぼれんばかりの笑顔を浮かべた。 「ずっと、お待ちしていました。待ちきれなくって・・・・ふふふ。」 「起き上がっていて大丈夫なの?」 「はい、おかげさまで。最近はずっと、調子がいいんです。きっと、あなたがお手紙を送ってくださったからですね。」 彼女は笑ってそう言い、立ち上がって階下にいるらしい母親を扉を開けて呼んだ。以前は彼女の母親がちょうど買い物に出かけていて、おもてなしができないと残念そうに口にしていた。しかし今日はちゃんと家にいるように頼んでいたらしい。 「あらあら、ルカ君。今日は本当に、ありがとうね。この子、あのときはルカ君が手紙を拾った人だって知って、すごく喜んでいたのよ。だって、いつでも遊びに来れるじゃない?」 「そうですね・・・・。」 「・・・・この子とよろしくね、ルカ君。この子、病気がちで全然外に出られないから、友達もつくれないの。学校に行くことも、町へ出かけることもできないのよね。疲れるとすぐ、熱が出ちゃうものだから。・・・・ルカ君はこないだまでずっと、旅に出ていたのだものね。いろいろ旅のお話を聞かせてもらったら?」 「うん!」
「えへへ。・・・・その帽子。使ってくださっているんですね。」 「あ・・・・うん。あたたかいしすごく使いやすくて、気に入ってるよ。あのときはありがとう。」 ルカは照れながら、頭にかぶった手編みの帽子をなでた。彼女が一生懸命編んだということがよくわかるその帽子はしっかりとした作りで、長い旅の最中でも綻びが生じることもなく丈夫だった。それどころか、これをかぶっている日はオバケと戦っていても、相手の攻撃を防ぎ損ねたりするような失敗が起きにくく、ときにはラッキーな一撃を与えることもできた。・・・・・・・・・・・・ような気がする。 「あなたの旅の思い出を聞かせていただけますか、ルカさん。村の外の世界には、どんな風景が広がっているのですか。どんな方が暮らしているのですか?あなたの旅に、おもしろい人との出会いは・・・・たのしい冒険は、ありましたか?」 「えーっと、うん。いろいろあったよ。そうだなぁ、まず・・・・」 「・・・・・・・・クックックック。それを物語る前に、まず余のことを知ってもらう必要があるのではないのか、子分?」
「きゃっ!?」 「うわ・・・・ってスタン!今出てこなくていいじゃん!」 「うるさい!ええいさっきからなんなのだキサマらは、えらくほのぼのとしおって!聞いててハラが立つわ!余がさわやかにぶち壊していいよな?」 「いや、別に呼んでないし!・・・・・・・・お願いだからどっか行って。しっしっ。」 「ああん?なんなのだキサマ、主人に向かってそのしつけのなってない子どもを扱う仕事で忙しい母親みたいな態度は!だいたい、余はキサマの影なのだぞ!」 「いやいやいやいや、もう一人で歩けるでしょ。ほら、そこらへんで散歩でもしてきてよ。この子にも迷惑だって。」 「いやだぞ。余は今タイクツだからな。」 目の前でへんてこな言い合いを始めるルカとスタンの様子を、娘はぽかんと呆気に取られて眺めていた。おそらく彼女には初めての、未知の生物との遭遇なのだろう。彼女は口を開けたまま、じっとスタンのにょろにょろとよく動くふしぎな影の姿を見つめた。 「あの、この子は一体なんなのでしょう?かわいいですね。」 「『子』っ!?『かわいい』だと!? 「ええっ・・・・すごい!魔王なんですか?本当に?」
「えー、まあ、そうだ。余は魔王だ、うむ。」 「わあ、本当にいたんだ!・・・・昔勇者によって倒された魔王の伝説は、小さい頃からおじいちゃんから何度もうかがっていて、わたし、いつかお会いしてみたいと思っていたんです。すてき・・・・。世界って、本当に広いんですね。・・・・・・・・あの、ぶしつけなお願いなのですが・・・・わたしと握手をしていただけますか?」 「あ?あー、うむ。もちろんだ。」 スタンのぺらぺらな手と彼女の手が握手をしている間に、ルカは考えた。あの長老にしてこの孫娘。 「本だって、何度も読み返したんです。世界の半分を滅ぼした魔王ゴーマと勇者ホプキンスが戦って、世界に平和をもたらしたお話。おじいちゃんがわたしにこの国の歴史や世界のあらゆる物語を教えてくれるものですから、わたしも昔話を読むのが好きになってしまって。」 「・・・・えっと、その。いちおう・・・・・・・・このスタンが、その魔王ゴーマの生まれ変わりなんだけど・・・・。」 「えっ!?そうなんですか?まあ、そんな・・・・本当ですか?なんてことでしょう、お会いできて光栄です!ああ、今日は驚くことばっかりです。・・・・・・・・あの、またぶしつけなお願いになるのですが・・・・この本にサインを書いていただけませんか?魔王ゴーマの生まれ変わりの方にお会いできるなんて、こんなめったなことはありませんもの・・・・。ペンならここにあります。」 「あ?あー、うむ。もちろんだ。」 スタンがぺらぺらな手で彼女の本に“魔王スタン参上”というサインを書いている間に、ルカは考えた。おそらくあの長老は、伝説の恐怖の大魔王に対し、このような羨望の眼差しを向けさせたくて彼女に語ったわけではないのだと思う。 「・・・・ふむ、小娘。お前は余のすごさを、よくよくわかっておるようだな。・・・・・・・・むう。なんだか悪くない気分だぞ。」 「・・・・よかったねー。」 「ふふふ、でも、驚きました。魔王って、もっと残忍でとっても恐ろしいものだと思っていましたが・・・・思ったより、おやさしい方なんですね。おじいちゃんが言っていたこととまるきり違います。やっぱり、いろいろなことって実際に出会ってみないと、わからないものなんですね。」 「・・・・・・・・おいコラ。前言撤回だ。キサマっ、余はどう見ても残忍で恐ろしい魔王だろうが!やっぱりこの節穴女が!やさしいとか言われても嬉しくもなんともないわ!魔王を褒めるときはもっと言葉を選べ、気の利いた怖がり方をしろ!」 「・・・・ふ、ふふふ、あはははっ!・・・・ああ、おかしい。スタンさんはおもしろいですね。こんなに笑ったのはひさしぶりです。このように怒られるのもわたし、うれしいです。今まで生きてきた中で、今日が一番楽しいかも。・・・・ありがとう、おふたりとも。」 「あーもう、調子狂うわ!そんな喜ばれたら、余はなにをどーすればいいかわからんだろーが!くそっ、調子に乗りおって。ったく・・・・。」
「・・・・それにしても、このようなおとぎ話のようにすてきな出会いって、本当にあるのですね。おじいちゃんに言われて手紙のビンを流したときは、本当に誰かが拾ってくれるのか、半信半疑だったんです。できたら楽しい人に届くといいなって、思っていたけれど・・・・・・・・本当にそんな人に届いてくれるなんて。ルカさんも、スタンさんも、とっても楽しい方ですもの。」 「そ、そう思う?」 「はい。・・・・きっとわたしの知らない広い世界には、おふたりのような楽しい人がたくさん、いるのでしょうね。わたしが会ったことのない、たくさんのすてきな人が・・・・。」 「けっ、だーれが「ステキなひと」だ。余はキサマが勝手に想像しとるような、背中に翼が生えとるよーなキラキラしたアホではないわ。」
「・・・・わたし、もっと広い世界について、知りたいんです。たしかに、生まれたときから身体はちょっと弱いけど・・・・それでも、いろいろなところに行ってみたい。たくさん歩きたい・・・・いろいろな人と出会いたい。ルカさんやスタンさんと今日、お会いできたように。この世界は、どこまで広がっているんでしょうね。わたしたちは、どこまで歩いて行けるのか・・・・それがとても、気になるんです。」 「・・・・・・・・そうだね。ボクも、気になる。」
「・・・・あのさ。ええと・・・・ルーミルの平原は知ってる?湖のそばのリシェロの港町は?」 「いえ・・・・人がたくさん住んでいるというマドリルの町にも、わたしは行ったことはありませんから。」 「あのね、マドリルはすごく賑やかで、なんだかヘンな人もたくさんいるんだ。街なのに1階と2階があって、階層によって全然景色が違うんだよ。歯車があちこちで回っていて、ほんの少し下水臭くて騒がしいんだけど、おもしろい店もたくさんあって。オバケが働いてる会社があったり、歯車がやたら好きな人が集まってたりとかして。でも、リシェロはマドリルとは違って静かだよ。湖の上に家が建ってて、桟橋の下を覗くと、魚が泳いでいるのが見えるんだ。新鮮な魚や果物を売ってる市場もあるし、おいしい魚の料理が食べられるし、小さな船の上でのんびりもできる。遺跡や灯台もあるんだよ。あと、ルーミル平原はすごく広いよ。サーカスのテント村とか、フシギなかたちをした岬があって、遠くから見るとおもしろいんだ。」 「すてき・・・・。」 「・・・・それで、平原にあるトンネルの向こうには、雪国があるんだ。ボクもあんなにたくさんの雪なんて、びっくりしたけど・・・・一面真っ白で、すごく寒いけど、とてもきれいなんだよ。その先には大きな門があって、マドリルにも負けないくらい大きな町がある。公園とか、映画館とか、レストランとか、いろいろな店があって・・・・きっと、これからもっとにぎやかになるんだと思う。その町を越えたら、砂漠が広がってるんだ。砂漠もボクは初めて見たけど、暑くて大変だったよ。体中砂まみれになっちゃうし、オバケは強いし・・・・」 「すごい。大変だったんですね・・・・。でも・・・・雪景色や砂漠があるなんて、わたし、見てみたいです。」 「うん・・・・で、砂漠の向こうには、ぽつんとひとつ、大きな塔があるんだ。いつからあるのかわからないけど、その塔から、とっても高いところにある村に着くんだ。見晴らしが良くてキレイなんだけど、ちょっと怖かった。それで・・・・その先には・・・・」 そこでルカは口をつぐんだ。そして、ちょっと笑った。 「・・・・その先には、大きな図書館があったよ。」 「図書館・・・・ですか?」 「うん。本当に広くて、本がものすごくたくさんあって、まるで迷路みたいな図書館。」 「・・・・すてきですね。ぜひわたしもその図書館に行って、そこに収められた本を読んでみたいです。きっと、いろいろな物語がそこにはあって、おもしろい場所なんでしょうね。」 「・・・・・・・・・・・・うん。おもしろかったよ。」
「・・・・でも、ボクが見たものがこの世界の全てではないんだと思う。きっとあれは、ほんの一部なんだ。ボクが見た風景の向こうに、見知らぬ土地、新しい風景があって、きっとあんな簡単に歩いて回れるほどに、狭いところじゃない。ここではない別の町、他の国が、ボクたちが住んでいる国の外にはあるんだと思う。・・・・・・・・この世界は、ボクが考えているよりずっと広いんだって、ボクは思うんだ。最近になってやっと、そのことに気づいたよ。知っているつもりになってたけど・・・・結局ボクは、なにも見えていなかったから。」 「・・・・そうですね。きっと、あらゆる場所へ自由に歩けるようになったのだとしても・・・・全部を見ることはできないのだと思います。だから、ほんの少しでも、触れることができたらいい。大きなもの、たくさんの物語は望みませんから、手を伸ばせるうちのものだけでもいいから、わたしは・・・・」
「・・・・そうだ。ルカさん、「世界暗号協会」をご存知ですよね?」 「へっ?」 「わたしのおじいちゃんが嬉しそうに言っていましたよ、ルカさんは暗号を解くのに見込みがある人なんだって。・・・・ああ、わたしも世界暗号協会に入会しているんです。わたしはまだ、実際に暗号を見つけにいくことはできてはいないのですが・・・・」 そういえば、と彼女の祖父である村の長老が、この世の闇に紛れて密かに活動している(らしい)秘密結社・世界暗号協会のドンであったことをルカはあらためて思い出す。 「ルカさんは、旅をなさる中で暗号をどれくらい解くことができたのですか。きっと、世界のあちこちに散らばったあらゆる謎を、あなたは解かれたのでしょうね。その先になにか、この世界の謎の答えは見つかりましたか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと。うん。たぶん。見つかった、んだと思う・・・・。」 「わあ、そうですか。すごいです。ルカさんは頭がいいんですね。世界を巡りに巡ることができたら、今までわからなかったいろいろなことが、少しはわかるのかしら。おじいちゃんが研究している世界のヒミツについて、なにかわかるのかしら。・・・・あーあ、わたしも謎解きの旅がしたいなあ。」 娘は無邪気に肩をすくめてみせた。しかし世界暗号協会が暗号を通して隠しているヒミツとは、夢見がちな彼女が想像しているような「答え」ではたぶんない(ルカも実際に期待を裏切られた気分になった)。 「こほっ・・・・こほっ!」 ふいに孫娘が、苦しげに咳きこんだ。ルカは慌てて彼女の背中をさする。 「だ、大丈夫?」 「・・・・・・・・ああ、はい。・・・・ごめんなさい。また少し、セキが出てくるようになってきたみたいです。今日は少し、興奮しすぎてしまったみたい。」 「本当にキサマはよわっちいのだな。そんなにヨワヨワでは、余も張り合いがないではないか。つまらん娘だ。おい子分、今日はもう帰ってやれ。」
「ありがとう、おふたりとも。・・・・本当にごめんなさい。できればもう少し、もっと、あなたの旅のお話をお聞きしたいのですが・・・・」 孫娘はふと不安そうに、お暇しようと立ち上がったルカとスタンを見上げる。 「ルカさん、スタンさん。また、いらしてくださいますか?遊びにきてくださいますか。・・・・あの、わたしたち、「友達」ですか?」 「ふん。んなこと、余の知ったことか。どう名づけようが余はどうでもよい。好きにしろ。」 「・・・・・・・・だって。・・・・だから、ボクたちは「友達」だと思うよ。きっと。」 ルカとスタン、2人の言葉を聞いた孫娘は、とても幸せそうに笑った。 「あの、今度来るときは、ボクの友達も連れてくるよ。ボクよりもおもしろい人、けっこうたくさんいるから。」 「本当ですか?うれしい、すごく楽しみです! 「え?ううん、その・・・・ありがとう。うれしいよ。」 「ああ、よかった。
「さようなら。ごきげんよう。きっと、また、お会いしましょうね。わたし、もっと元気になります。もっとたくさん、おふたりとお話できるように。・・・・そしていつか、わたしもお外へ遊びに行けるように。」 「うん。きっと行けるよ。」
「今日は孫娘と遊んでくれたのか?ありがとうな、ルカよ。」 帰り際、村の長老が書斎から顔を出し、ルカを呼びとめた。ちょうどよく現れた彼に、ルカは先ほどから気になっていた疑問を口にする。 「・・・・・・・・あの、長老。」 「ん?なにかね。」 「・・・・・・・・いえ、あの。もしかしたらって思ったんですけど・・・・。あなたが世界暗号協会をつくった理由って・・・・」
「ふぉふぉふぉ。おまえの考えている通りじゃ。なぜわしが世界暗号協会を設立し、全国的に活動規模を広げていったのか。そのそもそもの発端は、わしのかわいそうな孫娘に、暗号を解くという繋がりを通して、広い「世界」を見せてやりたいがため・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・な〜んて言えたら、確かにカッコいいかものう。」 「あ、違うんですか。ちょっと期待しちゃった。」 「暗号はわしが好きだからやっとる。世界に支部をつくるのも、わしの野望だからじゃ。」 「ほう、余と同業者か。キサマも世界征服をたくらんでいるのだな?そーいう邪悪な考えはキライじゃないぞ。しかしこの世界はすでに余のものになる予定になっとるのだ。悪いな。」 「違うってば。」 自分の影にひっこんでいたスタンが、腑に落ちた顔で出てきては即座に主張したのを、ルカは即座に否定した。 「しかし、それとは別にあの子に世界を見せてあげたいって気持ちがあることは、もちろん嘘ではないぞ。さすがはわしの孫、・・・・いやそもそもわしが教えたのじゃが、あの子も暗号が好きじゃからな。いつかあの子にも自分の足で歩いて、わしが世界中に派遣した世界暗号協会会員のもとへ行き、自分の力で暗号を解いてほしい。そしていつかこの村の「教会」に戻り・・・・この世界の大いなるナゾを解き明かしてほしい、と願っとるよ。」 「・・・・・・・・・・・・大いなるナゾって。それって・・・・・・・・・・・・えーと、実は自分の祖父が世界暗号協会の会長だっていう?」 「ふふふん、それはそれはビックリするじゃろうなあ。」 長老は自信満々の満面の笑みで胸を張った。確かにルカもびっくりはした。教会に隠されていた大いなるナゾが、実はこんなどうでもい・・・・・・・・・・・・拍子抜けするような真相であったということに。しかしその本音を口にしないだけの優しさがルカにも、一応スタンにもあった。スタンは「孫が孫ならジジイもジジイでアタマに翼が生えとるわけだな」とぼそりと呟いたが。 「ところで、がちょ〜んって書いたのは、おまえか?それともそっちのカゲか?」 「は?」 「・・・・ああ?」
「わしの世界暗号協会の会員の一人が、リシェロの近くで拾って持ち帰ってきたんじゃよ。手紙の入ったビンなんぞ、何かの暗号っぽくて面白い。なんかのネタとして使えそう。っとな。それでわしが返事を書いてやったぞい。」 「 あ ん た だ っ た ん で す か 。 ・・・・うわー今、夢がひとつこわれた・・・・。」 「き、キサマ・・・・・・・・あのときは余をコケにしおって・・・・」 あの想像をかき立てられるようなロマンチック(一部ファニー)な手紙の返事が近所の陽気な老人から届いたものだと知り、激しくがっかりさせられたルカとスタンのなさけない顔を見て、長老はしてやったりと白い入れ歯をきらりと光らせた。 「な〜んてな。本当のところはわしと孫娘、ふたりで書いたんじゃよ。なかなかカワイイお返事じゃったろ?ふぉふぉふぉ。」 「・・・・・・・・このクソジジイ。頭皮面積の30%しかないその白髪を今から全部燃やしたろか。」 「・・・・・・・・あーそうですか。・・・・でも、どうしてその手紙を書いたのがボクたちだと?」 「ふん、今どき手紙をビンに入れて流すことなんぞ、誰もせんからな。孫娘が流したものを好きで拾ってきたヤツは、自分でも書いてそうじゃし。 「けっ、よぼよぼのジジイがどっかで聞いたようなクサい決めゼリフ言いおって。んなこと言って、どーせ自分の孫がかわいいだけだろう。」 「そりゃーもちろんじゃよ。孫がかわいくないジジイがおるか。・・・・おまえたちの言葉があの子の目、あの子の世界を広げてくれるというなら、わしはそれがよいと思うてな。」 スタンの意地の悪い指摘に対しても、長老は当然だといった調子で頷いた。ルカは思い出す。以前自分がはじめて孫娘に出会ったのち、久方ぶりに見たという孫のうれしそうだったという笑顔、楽しそうだったという様子に、長老もまた心から喜んでいたようだった。おそらく彼は自分が思っている以上に、孫のことを大切に思っているのだろう。 「それとな。おまえたちのヘンテコな関係もまた、あるいはそんな巡り合いから生まれたのかもしれん、と見ていて思っただけじゃよ。」 「?」 「はあ?」 「ふぉふぉふぉ、ただの戯言じゃ。」 きょとん。そろって同じような表情が縦に並んだ2人の顔を見て、彼はにこにこといたずらっぽく笑い、背中に手を回してそそくさと書斎へ戻っていった。
“ぱあぴなぷたぺにぽでぱあぴえぷてぺよぽかぱっぴたぷ” 「・・・・あ。これ、もう解き方知ってる・・・・。」 「ふん、あの娘もまだまだだな。」
それから暫く経った頃。 「あ・・・・ルカさんっ!」 自分を呼びとめた元気な声にルカが振り向くと、そこには清楚なワンピースを着たあの可憐な娘が立っていて、朗らかに笑っていた。ふつうの女の子と同じように両足でしっかり立ち、肉付きのよい頬をりんごのように赤く染めて、それでもまだ白い肌の腕を肩まで上げて大きく振っていた。 「きみ・・・・。こんなところで、どうしたの?体は大丈夫なの!?」 「はい、ずいぶん元気になりました。今日はママといっしょに、はじめてマドリルまで遊びに来たんです。本当に、はじめてですよ!人がすごくたくさんいて、見たこともない街並みで、目が回ってしまいそう。歯車もぐるぐる回っているんですもの。」
「すごい・・・・・・・・よかったね。きみは強いんだ。すごいよ。」 「えへへ。・・・・全部、ルカさんのおかげですよ。ありがとう、ルカさん。」 孫娘とルカは、昔なじみの友だち同士のように笑い合った。 「今日はしばらく、ママとお店を見て回ったり、観光をして過ごします。あ、でも途中で一度、病院に行かなくちゃならないけど。でも、こんなに遠くまで来たのははじめてですもの。時間が許す限り、わたしはこの町を見ていたいです。」 「そうなんだ。でも、ちょっと空気が身体によくないかもしれないから、気をつけてね。塵とか埃とかテネルに比べて結構多いし、排気ガスもあるから。」 「そうですね。わかりました。またセキが出てしまったりしたら、大変ですものね。ありがとうございます。・・・・・・・・じゃあ、そろそろ行きますね。ママも待ってますから。 「うん。・・・・約束。」 病気療養中だった娘は、ルカに向かって可憐に微笑んでみせた。相変わらず果てしない好奇心に満ちた目を輝かせて。そして手を振って、2人の会話を邪魔しないように少し遠くから足を止めて待っている彼女の母親のもとへと駆けていった。 「・・・・ルカ。あの女の子はだれ。」 「え?あ、ええと、前に手紙で知り合った子なんだ。テネル村の長老のお孫さんなんだけど・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・わたし、もう知らない。」 「へ?」 「ルカのバカ!ルカの浮気者!」 「はい!?」 「帰る。」
「ふん・・・・まーたこのパターンか。さっさと追いかけるんだな、子分。こいつは面倒なことになるぞ、クックック。」 「・・・・・・・・ちょっと待ってってば、マルレイン!」 ルカはマルレインを走って追いかける。またホテルの部屋で鍵かけてふて寝でもされたりしたらたまらない。
“見知らぬあなたへ、こんにちは” |