ボクと魔王とこんにちは








 

閉ざされた扉についた小窓から、にゅっと黒い手が突き出された。

 

「ほれ、子分・・・・。こんなものは、おまえにくれてやる。」

 

好奇心旺盛な影の魔王スタンが、その便利な実体のない身体を使って気まぐれにリシェロの灯台の小部屋に忍び込んだとき、彼はその室内から埃まみれのビンを拾ってきた。その古ぼけた緑色のビンの中には色褪せた紙が数枚入っていて、それが言葉を書いた手紙を中に入れて、海や湖などで流すために使う、ボトルメール用のものだということがわかった。
 それを拾ってきた張本人であるスタンは、そのときはまったく面白くなさそうな顔をしていた。

 

「手紙なぞ、余にはまったく必要ないわ。あんなものは心が弱い人間特有の・・・・クセみたいなもんだからな。さびしいだの、会いたいだの・・・・中には、世界中でいちばん好きだなどとまったく、みじめなものだ・・・・。
 言葉にしないと、心の平安を保てない。あろうことか、相手の気持ちを疑ったり。挙げ句は、会いたいだなどと手紙のやりとりという行為自体を無効にしてしまう。・・・・情けない生物だな。そんな、情けないヤツラだからこそ余が支配してやるのだ。ありがたく思えよ、子分。」

「・・・・手紙をきらうって字が書けないの?メチャクチャに字が下手だったりして?・・・・・・・・・・・・それともまさか、字が読めないの?」

「調子に乗るな!余が何年、この世にいると思っておる。すべての言語を習得しているわ。能ある鷹は爪を隠し、世界一邪悪な魔王は下民に知性をひけらかす必要などないのだ。言ったであろう。手紙なぞ、言葉でしか心を通じる事のできない下級な生物のすることだ、と・・・・。」

 

 そもそもこのひきこもり魔王に手紙を送る相手がいるとは到底思えなかったので、ルカはその言葉をあまり素直に受け止められなかった。君の場合手紙をしないのではなく、できないのでは・・・・という意地の悪い質問は口の中に留めた。
 それでも人間の事情に関しては自分よりずっと達観しているらしいスタンは、人間のもつ心理、その本質を彼なりの考えで悟り、理解しているようだった。彼には彼の人間観があるのだろう。それは彼が人間ではないからこそ、そして長年生きている魔王であるからこそ、培われた見解なのかもしれない。彼の言葉を聞いて、ルカははじめてスタンが本当に魔王なのかもしれないという予感を少しだけ抱いた。(そして彼の意外なマルチリンガルな一面にも少し感心した。)
 一方でいたって平凡な人間であるルカは、彼の言葉に少しは納得しうる部分もあったものの、それでも手紙をそこまで卑下する必要があるとは思えなかった。手紙が人の弱さからくるものであれば、その弱さを通じて共感し合い、出会えるものがあるのではないか。もちろんときに疑ったり苦しんだりもするに違いないが、楽しいことだってあるから、手紙というものが作られたのではないか。
 確かに人間は言葉でしか心を通じ合えないのかもしれないが、それは多分そこまでみじめなものではない、と思う。それに言葉だけではない、その周りにある言葉ではないものから、心を受け取ることだって人間はできる。それは表情だったり、温もりだったり、行為そのものであったりもする。
 たとえば、手紙という存在、それを送ることそのものがひとつの希望のメッセージになることだってある。
 出会えるもの―――手紙を受け取る誰か。

 

(手紙を書いたら、ビンに入れて流してみようかな・・・・。)

 

 偶然手に入れたビンを眺めながら、ルカは思った。スタンにはバカにされるだろうが、こういう面白そうなことはキライじゃない。
 うーん、どこから流すのがいいだろうか。

 

 

 

 

 

「あら、何?手紙を書くの?」

 

宿の一室の机で、鉛筆を握りながら紙と向かい合うルカを見て、女勇者のロザリーと学者のキスリングが面白いものを見つけたように覗きこんできた。

 

「ほう、それはボトルメールかい?いいねー、ロマンチックじゃないか。誰が拾うかわからない、誰も拾ってくれないかもしれない、たとえ奇跡がひとつ起きて誰かがそれを拾っても、相手の返事が自分に届くとは限らない。奇跡がもう一度起きなければならないわけだ。運命の歯車がうまく噛み合わないと成立しない交流。そのドキドキハラハラなギャンブル性がたまらんね。」

「ギャンブルってなんか違う気がするんだけど・・・・。まあいいか。楽しそうでいいじゃない。それで、なんて書くつもりなの、ルカ君?」

 

 ルカはまっさらな紙を前に、何を書くか迷っている自分の状況を無言で示した。紙は予備があるので、長々と書き綴ることもできるのだが・・・・。
 彼がそう言うとキスリングは腕を組みながら、真面目に考え始めた。彼はその対象がどんな些細な物事であろうと、いつだって割と真剣に取り組もうとする。それが学者である彼の性なのかもしれない。

 

「うーん。あんまり長く書くと、かえって読み手に伝わりにくいかもよ。ただでさえ相手は知らない人なんだし。もっとこう、シンプルな言葉にした方が感動も大きいんじゃないかな?それに、我々の言語が通じない相手が拾う可能性だってある。」

「そうですかね・・・・。・・・・じゃあ一言、メッセージを書くくらいがいいのかな。」

「そうだね、そっちのほうが君も書きやすいだろう。で、問題は何を書くかだが・・・・。」

 

 まるで大きな問題を解決しようとするかような面持ちでキスリングが言いかけると、突然影からスタンが現れて、いつも通り唐突に会話に参加してきた。
 あれほど手紙をバカにしていたくせに、いったいどういう風の吹き回しが起きたのか、彼はそっけなく言い出す。

 

「ふん、余が書いてやろう。」

「はあ?アンタが?どーせ、ロクでもないことでも書くんでしょ。おまえんち征服しに行きます宣言とか。拾った人に迷惑じゃない、やめなさいよ。」

「・・・・・・・・ちっ。」

「やる気マンマンだったな。」

 

目ざとくロザリーとキスリングに指摘されて、図星のスタンは不機嫌そうに思い切り顔を顰めた。

 

「だいたい、子分ルカが書くもんだって、どーせロクなもんではないだろーが。つまらんコト書くくらいなら、もっと有益になることを書くべきだ。余にしてみれば言葉も手紙も、余のための道具にすぎんのだ。」

「アンタってかわいそうなヤツねー。もう少し心に余裕持ったほうがいいんじゃない?」

「・・・・ふん。じゃあ、その紙を一枚、余によこせ。」

 

 いろいろ言われているうちにどうやら書くことに本気になり始めたらしいスタンは、手を伸ばして机の上から紙と鉛筆をひったくった。世界征服宣言以外のなにか別のメッセージを書くつもりなのだろうか。
 それを見たキスリングはにやりと笑う。

 

「おっ、スタン君。やっぱり書くの?いいねー。じゃあ私も書こうかなー。」

「ええ、キスリングさんまで?・・・・いやまあ、別に一人だけが書かなくちゃいけないってことはないけどさ・・・・。」

「私とスタン君、そしてルカ君。紙の枚数もぴったりだからちょうどいいだろ。とりあえず3人で書き合ってみて、そのうち一番よさげなものをビンに入れればいいんじゃないかな。ふっふっふ、なんだか楽しくなってきたじゃないか。」

「楽しそうでなによりだわ・・・・。」

 

 

―――ということで、ルカに加えてスタンとキスリング、なぜかその3人で手紙を書くことになり、調子のよい面々にルカは少し呆れながらも、また鉛筆を握り直した。
 そして彼らは各々鉛筆を手にして自分の紙に向かい、それぞれ少し思案したのち、さらさらと紙に言葉をつづった。
 1分後、この遊びには加わらなかったロザリーは腰に手を当てながら、やや退屈そうに事の運びを眺め、やがて訊ねた。

 

「で、どうなのよ。アンタたち、いいのできた?」

「・・・・・・・・まー、こんな感じかなー。うふふ。」

「余も書いたぞ。」

 

ルカも無言で頷く。さっそく3人はそろって、自分の書いた手紙を目の前に出した。そしてロザリーも加わった4人は、額を合わせてそのできあがった文面を眺めた。

 

ルカはその紙に、これといった特徴もない字で、“見知らぬあなたへ、こんにちは”と書いた。

キスリングの紙には、丁寧ながら独特なかたちの字で、“あなたにいつも良い風が吹きますように”と書かれていた。

そしてスタンの紙には、非常に力強い字で・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・なに、“がちょ〜ん!”って。」

「ふん、やっぱり子分の書いたものなどロクなものではなかったな。挨拶で本文が終了する手紙などアホくさいわ。何も伝わらんではないか。」

「・・・・アンタの手紙のほうがよっぽどロクなものじゃないんだけど。アンタの場合本文さえ成立してないじゃない。アンタってなに、バカなの?」

「なんだとぅっ!?大バカなのはキサマの方だこのたわし女!・・・・けっ、どうせ余の冴えた考えなど、牛のフン大の脳しか持たんキサマには理解が及ぶまい。」

「・・・・・・・・どっちの脳が牛のフン大だってのよっ!」

 

怒ったロザリーを鼻で笑うスタンの自信ありげな悪い顔に、一抹の期待を抱いたらしいキスリングは、一応真面目に彼に尋ねてやる。

 

「ふむ、スタン君。キミはこの言葉に、我々一般の人間には到底理解が及ばない、ひとつの深遠なメッセージを込めているということだね?それとも他に意味が?よければ説明してもらっても?」

「ククク・・・・。余はな、なんの役にも立たんような無駄な言葉はキライだ。だから余は、大魔王として、手紙を拾った者を不幸にしてやろうと思いついたのだ。
 ・・・・そう、人間どもは手紙というものを手にした瞬間、その覗けぬ中身に大きな期待を抱く。手紙の中にはいったいなんと書かれているのか、その言葉はどれほど自分の心を浮き立たせるものなのか・・・・。しかし、そう期待しながら手紙をひらいた瞬間、そこに書いてあったものが、まったく期待はずれなものだったなら?まったく意味がなく、まったく無駄で、あまりにもくだらない内容だったならば?クククク、がっかりするだろうな!余の手紙を拾って開いて読んで、誰かが一人激しくがっかりすると思うと、余はユカイだ。」

「・・・・・・・・なるほどね。キミにしては考えたほうだと思うよ。発想が少々残念気味だが。言ってることと書いてるものが結局矛盾してるし。」

「あー、やっぱり、アンタって本当におめでたいバカだわ。」

 

本当にくだらない内容の手紙を手に、まさしく悪者らしく声を抑えた含み笑いをこぼすスタンを前に、ルカとキスリングとロザリーは心から呆れ返った眼差しで、思いつく悪行の規模が小さすぎるおめでたい大魔王を眺めた。小学生かアンタは。実際、ビンの中に入っていた手紙がこんな内容だったら速攻で投げ捨てる。
 そんな彼はさておき、あとの3人で他の手紙をあらためて眺めた。

 

「キスリングさんの言葉はそんなに悪くないわね。思ったよりマトモっていうか。」

「ふふふふ、お褒めの言葉をありがとう。私はこの手紙が我々に返事を返せるとは限らないものだから、相手に見返りを求めない言葉であった方がよいと思ってね、拾った者がちょっとラッキーな気分になれるように計らってみたよ。あるいは“大吉”とか書いてみようかとも思ったんだが。」

「書いてある内容がわりとロマンチックなところがこの見た目にして意外ね・・・・。さすが趣味がポエムと足のつめ切りなだけあるわ。」

 

キスリングのよくわからない隠れた一面に、ロザリーはなんとも反応し難そうな複雑な顔をした。そもそも彼との出会いがしらにして、ロザリーは彼のベタな口説き文句に軽々と乗せられたわけだが。まさか彼は普段書いている研究論文においても、その謎のセンスをもってこんな爽やかなセリフを書いているのだろうか?
 そんな彼もさておき、あらためてロザリーはルカに向き合う。

 

「それで、どの手紙をビンに入れる?ルカ君のもぜんぜん悪くないと思うし。」

「うーん・・・・。」

「なんじゃ、全部入れてしまえばよいではないか。」

 

 ロザリーの言葉に迷って頭を掻くルカの横で、さりげなく立っていた赤いドレスの王女が口を挟んだ。
 彼女の存在にようやく気づいたロザリーは驚き、慌てて佇まいを直した。

 

「わっ、王女様!?い、いつの間に戻られたんですか?」

「たった今じゃ。わらわがいない間に、お前たちはずいぶんと面白そうなことをしておるのう。」

 

 王女マルレインは気づくのが遅れたことで不機嫌になった様子はなく、世間知らずのお姫さまらしく好奇心に目を輝かせて、不思議なビンとその中に入れる楽しげな手紙の文面を眺めた。
 そういえば、もしかしたらマルレインも手紙を書きたかったかもしれないな、とルカは思った。高貴な王女がやるにはやや不釣り合いな遊びではあるが。

 

「それで、全部っていうのは・・・・。」

「全部は全部じゃ。書いた3枚とも、ビンに入れてしまえばよいじゃろう。せっかくお前たちみながそれなりに考えて書いたのじゃ、捨てたらもったいないではないか。」

「まあ、そ、そうですね・・・・。じゃあ、3枚入れちゃいましょうか、ルカ君?・・・・なんかスタンのも一緒に入れるのはちょっとためらわれるんだけど。」

「・・・・まあ、でも、いいですって。」

 

マルレインに背中を押されたルカは、書いた手紙を3枚それぞれ別の人間が書いたものということにして丸め、紐で縛ってビンの中に入れた。そして栓を嵌めしっかり封をした。これを拾って3枚読んだ人は、どういう反応をするのだろうか。最初の2枚はともかく、3枚目の内容の不可解さに動揺する姿が目に浮かぶ。
 さて、これを流す場所を探さなければならない。適当に砂浜の波打ち際で投げてもいいのだが、陸に打ち寄せる波の方向を考えると、手紙は誰のもとにも届かずに浜にうち上がる予感がする。
 まあ、いずれここだと思った場所を見つけたら、そこで流せばいいか。なにも急いで行うことではない。そう思い、ルカはその手紙が3つ入ったビンをとりあえず鞄にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルカが彼女と知り合ったのは、そのボトルメールによる交流を通じてである。
 果たしてサーカスのテント村の横を流れている川付近で、夢見がちなサーカス団員に誘われたことで、ルカはその川からビンを流すことになった。ボトルメールを通じてあたらしい世界が広がる!ロマンチックな出会い!と彼ははしゃいでいた。確かに、本当にそんなロマンチックな出会いが起きたりしたら面白そうだとルカも思った。そしてそれは驚いたことに、本当に実現したのである。その出会いが「あたらしい世界」だったかはどうかはさておき。
 手紙を流したのち数日後、ルカが湖のほとりを歩いていたところに、見覚えのある色のビンが浜に流れ着いているのを見つけた。
 最初に拾ったときは、自分が流したものがそのまま流れ着いてしまっただけだった。そんなにうまくはいかないよな、とルカは諦めようとしたのだが、努力肌のキスリングと好奇心旺盛なマルレイン、そしてどうしても自分の手紙で誰かをがっかりさせたいらしいスタンの勧めにより、再度夢見がちなサーカス団員がいる川岸から手紙を流すことになった。
 さらにしばらくしたのち、手紙のビンがまたもや湖の浜に流れ着いているのを見つけた。
 手紙は最初に入れたときと同じように、丸めたものが3つ入っていた。しかしひとつ読み直してみて、内容が少し変わっていることに気がついたのだ。

 

“こちらこそ、こんにちは”

 

「・・・・・・・・あれ?」

「ん?どうした、子分。」

 

 これはもしかして。
 ルカは慌てて、他の手紙も紐解いて読んでみた。

 

“あなたにも良い風が吹きますように”

“びろ〜ん!”

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ねえスタン、これ・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 そこには丁寧な字面で、律儀にも3通分それぞれに宛てたユニークな返事が書かれていた。どうやら、誰かの手にあの手紙が渡ったらしい。誰かが流した手紙を拾ってくれたことも奇跡的なのだが、その返事が自分の手元に無事に届いたことにも驚きだ。
 その内容を見つめながら、ルカは少し嬉しくなった。そしてスタンはかなり複雑そうな顔をしていた。

 

「・・・・・・・・がっかりはしなかったみたいだね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ。コイツ、やりおるな・・・・。」

 

返された手紙を読んで、どうやら彼のほうが激しくがっかりさせられてしまったようだ。本末転倒の結果に負け心底悔しげな魔王の顔を見て、ルカは笑い出すのを必死に堪えた。

 

 

 

 その内容が変わった手紙を読んで、これが気のせいではないのか、また返事が来るかどうか確かめてみようと思ったルカは、前回の送り手と同じであることを示すために同じ文面の手紙を再度3通ビンに入れて、さらにもう一度川から流したのである。
 そして次にルカが浜辺を通りかかったとき、またまた手紙のビンが流れ着いていた。
 ビンの中には、今度は手紙が1通のみ収められていた。そしてそこにはやはり丁寧な字で、このように書かれていた。

 

“この手紙をひろった人へ。
 はじめまして。こんにちは。
 小さいころから病気がちなわたしは、なかなか友達ができません。
 この手紙は、ママに頼んで川に流してもらいました。
 楽しい人の手にとどくといいなあ・・・・
 そうだ!
 もし、よかったら
 テネルの長老の家をたずねてください。
 わたしは、そこの2階にいます。
 それでは、おいでをお待ちしてますね。
                 かしこ

 

・・・・この手紙を書いた人が、前回の手紙の返事を書いた人と同一人物かどうかはわからない。
 しかしこの手紙は、あきらかに拾った誰かに対してメッセージを伝えようとしていた。
 そしてそこに書かれた見慣れた村の名前。

 

「・・・・・・・・テネルの長老の家?」

 

その手紙が自分の故郷、テネル村から流れてきたものらしいことにルカは目を丸くした。その上、長老って・・・・。魔王についてもったいぶって長々と語るくらい面白い話が好きで、暗号協会という謎の組織を密かに立ち上げては世界の裏で暗躍している(つもりになっている)、村のあの変な長老のことだろうか?
 ・・・・つまり、ものすごいご近所さんからの手紙だったわけである。
 ボトルメールにしてはあまりにご近所からのメッセージにルカは驚いたが、それでもやがて、嬉しさがこみあげてきた。誰かからビンに詰まった言葉が届くのは、そしてそれが思いがけない出会いに繋がっていくのは、とても嬉しいものだ。
 この書き口や文字の並びは、女の子が書いたもののように見える。しかし、あの家に女の子なんていただろうか。長老の家にはこれまでも何度も訪ねてきたが、一度も女の子を見かけたことなんてなかったと思うのだが。

 

「なんだ、今度は面白いことは書いてなかったのか?つまらん。」

 

手にしている手紙をいつの間にか覗きこんでいたスタンは、退屈そうに呟いた。
 ・・・・なんだかんだで手紙文化を楽しんでいるじゃないか、この魔王。しかも前回手紙で負かされた内容を、わりと気に入っていたらしい。
 ともかく、今度テネル村に里帰りするときがあったら、長老の家を訪ねてみよう。誰かがそこで、今も待っているのかもしれない・・・・。拾った手紙を大事に折り畳みながら、ルカはそう思った。

 

 

 

 

 

 その後、ニセ魔王退治がひと段落してテネル村に寄ったとき、ルカは例の長老の家の2階を訪ねてみた。
 長老とその家族が住む屋敷は、テネル村のうちでも特に大きな建物だ。この屋敷で村の行政に関する大事な会議や村祭りの支度が行われる他、村の外からの大事なお客さんを泊めることもあるらしく、大きな部屋や寝室が余分にあるのだそうで、村の子どもたちも度々中に入っては探検している。おそらく暗号協会の暗号もこの屋敷のどこかで作られているのではないか、とルカは予想している。そして拠点はあの教会。長老の正体(というほど重大なものではないが)も、この前発覚したばかりである。
 古い木製の階段を上がったその2階には部屋が2つあった。一方を覗いてみたところ、誰かの寝室のようで誰もいなかった。もう一方の扉からは、たびたび咳の音が聞こえてくる。この音のことが、ルカは以前からずっと気になっていた。長老に挨拶や用事があって訪れるたび、ルカもこっそりとこの家の中を探検していたのだが、この部屋の扉は常に閉ざされていて、たいてい咳をする音が聞こえていたのだ。きっと風邪をひいている長老の家族の誰かが、その部屋で休んでいるのだろうと思っていたのだが。
 そういえば大分前に長老に、2階には孫娘が眠っているから入らないように、と言われたが、もしかして・・・・。
 考えながら少し迷い、思い切って扉をノックしてみた。どうぞ、というか細い声が聞こえ、ルカは扉を開けて部屋に入ってみた。

 初めて入る部屋だ。天井が高くもこぢんまりとした部屋で、野花のよい香りがした。暖かな色合いの厚い絨毯が敷かれ、奥には小さな暖炉がある。火が爆ぜる音がかすかに響いていて、室内はとても暖かい。壁際には誰かの学習机があり、部屋の奥には寝台がふたつあった。そのうち大きな窓の下のベッドの中で、誰かが横になっている気配がした。
 近づいてそっと覗きこんでみると、白い羽毛布団に包まれた栗色の髪の女の子が、目を丸くして、驚いた様子でいた。

 

「・・・・こんにちは。」

「えっ?あなたは・・・・。もしかして・・・・手紙を見ていただけたのですか?本当に・・・・?」

 

彼女は本当に病弱らしく、その顔立ちは痩せて生気が無かった。陽に当たらないでずっと過ごしてきたためなのか肌は白く、消えてしまいそうなほど弱々しく儚げな姿が、ルカにはかえって可憐に見えた。
 しかし今、その頬は生き生きと紅潮し、明るい緑色の瞳はときめきに光輝かせている。

 

「ああ、うれしい。神様、感謝いたします。来てくださって、本当にありがとう。」

 













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