いつかルカは友人から、このような話を聞いた。 「お前ら、知ってるか。みんな、この世界は地続きになっていて丸く繋がっているんだって言ってるけど、実はそうじゃないんだぜ。この世界には実は、ちゃんと果てがあるんだ。世界の縁は切り立つ崖になっていて、川が流れていった先の海の水は、滝となって流れ落ちているんだ。その崖の向こうは繋がってなんかない。空があって、雲があって、星があって、何もないんだぞ。ほんとは、みんな何も知らないんだ。世界の果てを見たことなんかないクセに、やみくもに世界がずっと続いてるって思ってるんだ。ほんとだよ。ほんとだってばよ。」
しかし今になって、導かれた答えを眼前にした今になって、それが間違いだったのだと気付くことになった。 「世界の果て」は、確かに存在したのだ。 世界の果ては確かに切り立つ崖となっていた。 世界の果ての地面は永久に続いていることはなかった。 世界の果てには透明な、しかし決してその先が見えない、聳え立つカベがあった。
―――思えば自分は、自分たちは、滝になって流れ落ちるという「海」の水の存在さえ見たことがなかったわけだ。 永遠に続くはずの世界のその先を、自分は何も知らなかった。知らないのに自分は、世界は丸いものだと、だた信じていた。
―――ああ、なんて自分は何も知らなかったのだろう。 誰もが信じて疑わない認識に、誰もが信じない疑いの言葉を口にして、笑われる人間が愚かだったのか。 誰もが信じて疑わない認識を、自らも疑うことなく信じ続け、真面目に生きていた人間が愚かだったのか。 答えはない。ただそこに崖があるのだということを認めて、立ち尽くすしかできない。その先はなかった、ボクたちは認識の外という縁から落ちないように、境界線が引かれた安全な崖の上で暮らしていた。世界の「外」を、ボクたちは今までかつて一度も見たことがなかった。そんなことを誰も知らない、いっそ知らなくてもよかったのかもしれない。 「・・・・おい。何をぼうっとしておる、子分?」 世界図書館という建物とその後ろに広がる何もない空、その「世界の果て」の風景を無感情に眺めていた少年に、その背中から魔王が尋ねた。彼は少し瞬きをして我に返る。 「どうした、ルカ。」 「なーに、どうしたの。村に忘れものをしてきたとか?今から取りに帰る?」 「いえ・・・・別に。」 「ちょっと準備体操したいというわけじゃーないのなら、とっとと行くぞ。用はまったく済んでおらんからな。」
「世界の外」なんて、本当に存在するのだろうか? |
ボクと魔王が世界の果てで
その場所は、楽園のように美しく、暖かく、緑豊かで、優しい陽射しに満ちている。 「ユートピアといえば、楽園と言う意味だったかな?」 岩に腰掛けたオバケ学者のキスリングが、眺めていた本から視線を上げた。 「あれ、違うか。理想郷、っていう意味だったような気もするなぁ。このふたつの言葉は、似ているようで違うんだよね。理想郷・・・・理想郷というのは、完成された社会のこと。楽園は、苦しみのない世界のこと。ユートピアが理想郷なら、楽園は・・・・ああ、パラダイスだったっけ。なんにしろ、この場所はわりと居心地がいいのだけど。」 「別に、そんな考えるようなことでもないじゃない?どうせただ休憩しているだけなんだし・・・・」 「いや。ここはハイランドと同じく、私たちの持っている地図にない場所なのだよ。つまり私たちが本来知ることのなかったはずの場所だってことさ。うーん、かなり興味深いじゃないか!どんな原理でこの場所が存在しているのか、この空の果てには何があるのか・・・・。気にならない?」 「ごめんなさい。正直すっごくどうでもいいわ。」 彼の話を聞いたロザリーは、本当にどうでもよさそうに口を押さえてあくびをした。 「ほほう。なるほど、そういう意味もあったか・・・。」 「そーんなつまんなそーな本を読んで、何が楽しいんですかぁ?あたし、本なんてキラーイ。」 「そうかい?こんなに楽しくて、オバケちゃんと同じくらい興味深い対象が存在したことに、私は驚いたのだがなぁ・・・まあこれは学者として、この世界の者として、知らざるを得ないと言うべきか・・・・」 「あーあーそうですかー。あたしは別に知りたくもないですよっ!興味ないしー。」 途切れた道の先端に腰かけ、暇そうに両足をぶらぶらと垂らしている元・アイドル魔王のリンダが言った。ロザリーに続いて彼女までキスリングに追い打ちをかけたが、やはり彼は聞く耳を持たない。
世界図書館の本は、魔王一行のような世界の秘密を知った人間のみが、読むことを許されるのだ。 さすがは学者というべきか、キスリングは熱心に本を読んでいる。彼にしてみればどの本も興味深い内容らしく、この世界についてや分類についてなど、それはもういろいろと書かれているらしい。ただし、世界の一番奥―――世界の原点とも言えること。この世界がどうやってできているのかとか、全ての分類の力の仕組みなど―――については書かれていないという。あくまでも、世界や国、人間やオバケたちの歴史だったり、それぞれの分類の意味などだ。「世界」の内では全く知られていないような、オバケに関する裏知識もいろいろと知ることができたようだ。 「世界図書館・・・・あれほどたくさんの本は初めて見たよ!本当にすごいよ。どこから集めたのか、はたまたどうやって書いたのか・・・・この天才学者が、あんな本たちを目の前にして興奮せずにいられると思うかい!?」 「別にオレは興奮しないッス。」 「いや、あんたには聞いてないと思うけど。」 ビッグブルの意味の無い意見に、ロザリーがさらりとつっこんだ。キスリングの同意を求める熱い意見は、今のところことごとく蹴られ続けている。 「それらの本を読むのはいいが・・・・あまり読み過ぎないほうがいい。私たち「世界」の住人には、知るべきでない情報もあるだろう。そのような余計な知識を知りすぎてしまうと、世界の「分類」から必要以上に外れてしまう。この世界から消えゆく運命へ繋がる。」 「・・・・・・・・トリステの人たちやボクみたいに、か。」 ルカが呟いた。 「・・・・まあ、ボクが消えかけた理由とは違う意味で外れてしまうのかもしれないけど・・・・」 「世界の舞台裏に深く関わりすぎると、大変なことになる。前にも言っただろう?」 ルカもエプロスも、他のメンバーには理解し切れないようなことを言う。 「そ、それは怖いね。あまり読み過ぎないようにするよ・・・・。」 「読むなら世界図書館以外にある本にしたほうが身のためなんじゃない?そんな命がけで読書なんかしなくてもいいわよ。」 言いながらロザリーは、キスリングの足元にある本をパラパラと捲った。 「ところで、さっきの話だけど・・・・。ここってユートピア回廊っていうんだよね。」 「そうだね。そういう設定になっているよ。」 設定、という言葉にルカは顔を顰める。 「ユートピア・・・・って、本当の意味では“現実には決して存在しない、理想的な場所”・・・・?」 「そういうようにもとれるね。多分、この場所の名づけ親はあの男だろうなぁ・・・・。ルカ君の言う意味で名づけたのだとしたら、この場所はどこにも存在しない場所ということになるよね。だからこそ、この回廊の周りを見渡しても、あるべきはずの陸や海がないのかもしれないねぇ。まあ実際ものすっごい辺境の高所にいるだけかもしれないけど。ほんと私たち、今どこにいるんだろーね?あはは。」 「・・・・もしここが存在しない場所なんだとしたら、ここはどこだっていうのよ?」 「さぁー、それはわかんないなあ。ただ、ギリギリ世界の内側にあるハイランドの村は、吊り橋の先にあるはずなのにこちら側からだと見えない。ハイランドから見たこの回廊だって同じだよ。お互いの陸地が見えないんだ。ということは、この回廊とハイランドは吊り橋を境界線にして実は全く別の次元にあったりしてね!」 本を読んだ後の学者の頭脳は、いつもよりも冴えている。いろいろな方向に。 「そうなると・・・・あの男、ベーロンは世界の分類を生み出している世界図書館に誰も入れることができないように、別の次元に建てることで守っているのかな?ま、世界図書館が本来人が立ち入ってはならない特別な場所なら、迷子の立ち入りを防ぐためにもそーいう凝ったことだってやっちゃうかもしれんが。あ、いや、こうも考えられるなあ。たとえばハイランドが吸血魔王のためにあえて作り出された村なのだとしたらこの回廊もまだ作りかけでゆくゆくはこの道を中心に世界が広がって行くのかもしれないし・・・・ハイランドもまだ土台の状態でゆくゆくはちゃんとした村になっていくとかだったらおもしろいよねえ・・・・魔王を育てるための村ならばもしかしたらフツーの人は入れない村なのかもしれないし・・・・あー、いやワプワプ島に繋がっているのなら他にも訪れた旅人がかつていたのかもしれないが・・・・ていうかあの村に住む人が柵もなしに暮らしててうっかり落ちたりしないのかすっごい気になるわけなんだが・・・・そしてあの村といいこの場所といい、なぜか戦いの匂いがしない場所というのがヘンだと思うんだけどそれもなんかこのユートピアの名前に関係があるのかな・・・・大体なんでこんなところに動物の骨があるんだ何の動物だったんだろう・・・・etc」 「・・・・あーっ!!うるさいぞ馬鹿騒ぎ学者っ!少しはその口を閉じんか、おかげで休めやしない!」 崖沿いに座るルカの薄い色の影が漆黒に染まり、ひょいっという音とともに摩訶不思議な影が現れた。 「あ、ああごめんよスタン君。まさか休んでいるとは思わなかったよ。影でも疲れるものなんだね。」 「そういう問題じゃないだろーがっ!キサマのその尽きない話のネタと止まらない口がおかしいのだ。まずはそのテンションをなんとかせんか!子分もそう思っているぞ!」 「え、ああ・・・・まあボクは別に、聞いていて面白いけど・・・・」 「そうかいルカ君?じゃあ今度はオバケの存在と可愛らしさの意味を・・・・」 「キサマは黙ってろッ!」 スタンの言葉を気にした様子も無いキスリングに、ぶるぶると怒りで震えるスタン。 「・・・・まあ、一見見れば気楽な変人の集まりだけどね・・・・。」 だがしかし、こんな変人たちと共に行動して、世界のカベを破壊しようとしている自分も負けず劣らず変わり者だな。と心の底で自分に笑う。 「そもそも、なんでここには生き物がいないんだろうね?」 キスリングが、突然思い出したかのように言った。彼の疑問はまだ尽きないらしい。 「一番残念なのは、愛するオバケちゃんがどこにもいないことだよ。残念。本当に残念だ。とてもさびしいよ私は。」 「ああ、なるほど。このあたりのオバケちゃんはみんな、図書館に出稼ぎに出ているということか・・・・。それでいないと。ふむふむ。貴重な意見をありがとうスタン君。」 「なんでそーなるのだっ!!」 彼が言わずとも誰もが前々から気づいていたことではあるが、このユートピア回廊には確かに生き物もオバケもいなければ、木も枯れている。豊かな緑はあるものの、虫の気配さえしない。黙々と連なる雄大な岩山の影に、オバケが潜んでいる様子もなく、この場所はいたって平和そのものだ。こののどかな静けさがかえって、不可解に思われてならない。 「・・・・この土地は、ベーロンに利用される前はどこか違う場所だったのかな・・・・」 ぽつり、と再びルカが呟いた。 そこでやっとスタンが、ルカの様子がおかしいことに気付いた。 「・・・・どうかしたか子分。さっきからぼけっとして、いつもの倍以上に存在感が無いぞ。」 「確かに。上の空でどうしたの?」 「・・・・魔王も勇者も、ルカに対してさり気なく失礼なことを言うね・・・・。」 エプロスが静かにつっこむが、ルカの反応は無い。 ・・・・? おかしい。この場に居合わせているスタン、ロザリー、エプロスが同時に目を合わせた。 「・・・・おーい、もしもしルカ君?」 「・・・・なんですか?」 一応声は聞こえている。ただ、彼の目は空を見るばかりだ。 「おい、子分。」 「・・・・どうしたの、スタン?」 「キサマ、様子がおかしいぞ。」 「そんなことないよ」 ルカは顔を俯かせ、自分の足元を見た。 自分が腰掛けているのは崖のはずなのに、その崖の真下は雲がかかっているかのように霞んで見えない。 どこにも存在しない“理想郷”。 その真下はあまりにも高く、遥かに遠い。 切り取られた世界の一部分。入道雲のような美しいものではない、白く濁った霧のような雲が、大地の遙か下方を流れていく。 この雲の白い海こそが、その実体のない海こそが、あるいは「海」なのではないかと、思う。 まるで隔離されたかのような土地、それなのにまるで自由であるかのような大空。 全てにおいて果てなき世界。しかし果てがなくても、この世界には果てがある。 その先に道がなければ、そこには果てがあるのとなにも変わりはない。 “理想郷”にいる自分は、大きな世界のどこにもいない。 自分たちは大きな世界にいる誰からも見てもらえない。そして自分たちにも、大きな世界が、見えない。 だけど、この足の下には。果てしない崖の下。遠く広がる雲の、さらに下。下、下、下―――その下界。あの底には。 あるのだろうか。流れ落ちる滝を受け止める海が。あるいはユートピアを見上げる陸地が。 『いかないの?』 意識は混濁する。 突然、ルカの意思とは違う別の意思が、ルカの体をつき動かした。 「―――わっ!?」 「「ルカ君!?」」「ルカ!」 「ちょ、おま、おまおまおま子分んん―――ッ!?何をするぅ!!やめろっ!」 ルカの体はふらりと傾き、重力に従ってそのまま崖の下へ落ちようとした。 「うわああっ!?」 「っぎゃ―――ッッッ!!!」 ルカも自分のしたことに混乱しつつ恐怖した。咄嗟に崖の端に掴まり、落下を免れた。 「ルカ!一体お前は何をしているんだ!?」 「ぼ、ボクにもよくわかんなくて・・・・っ!」 「ルカ君、早く!早くつかまってっ!」 そう言いつつ、ロザリーは自らルカの手を取って持ち上げようとした。 「お、落ちる!落ちる、落ちちゃう!」 「キスリングさん、それがわかるなら見てないで手伝ってよっ!」 その言葉にキスリング、エプロスも加勢して、ルカの手を握った。 「うううううう〜っ!ルカ君、しっかり手握っててよ・・・・!」 「は、はい・・・・っ!」 「ぬぉぉぉぉぉおおっ!」 「くっ・・・・!」 ずるずる、とルカを崖下から引き上げる。 「はぁー・・・・。な、なんとかなった・・・・みたいだね・・・・。」 「ルカ君・・・・だ、大丈夫・・・・!?その前に、何をしたかわかってる!?」 「わわ、わかんない・・・・」 ルカが地面についたおかげで、ルカの体の下に影ができた。 「きききき、きさキサマっ!!血迷ったか!?余まで落ちるところだったぞ!!何自殺行為しているんだコラァっ!?」 そう言うスタンの顔がかなり引き攣っていて、がたがたと震えている。 「・・・・何があった?ルカ。」 「・・・・世界図書館を出てからずっと、頭がぼーっとしてたんです。っていっても・・・・みんなの言葉は理解できてたし、ただ疲れただけかなーとか思って。・・・・でも・・・・」 エプロスはじっとルカを見て、何かを考えていた。 「でも・・・・時々、自分じゃない誰かが・・・・―――――」 再び、ルカは頭がぼうっとし始めた。 「なるほど・・・・呪いか。」 「え?」 「勇者。ルカにアンカーをかけた方がいい。」 「・・・・あのねえ。前から思ってたんだけど、あたしを勇者って呼ばないでくれる?肩書き人間みたいでなんかヤなんだけど。せめて本名で言いなさいよ!あたしはロザリーよ!?」 「それは置いといて早くしたほうがいいんじゃないかな、ロザリー君。」 キスリングの冷静な言葉に、ロザリーは少し動揺する。 「「だだの少年」とはいえ、ルカが剣を振ったら・・・・勇者、君だってさすがにひとたまりもないだろう?」 「・・・・ちょっと、まさかルカ君・・・・反逆の呪いにかかってるの!?」 「は、早くしろ鈍ニブ女!」 エプロスの言葉に、ロザリーはさっと血の気が引いた。咄嗟に目を瞑り、魔力を構築し魔法を発動させる。 「―――アンカー!」 その瞬間、ルカは白い光に包まれた。魔法が効いた、ということはつまり、本当に呪いにかかっていたらしい。 「さて。ルカ、調子はどうだ?」 「・・・・えーと、頭がなんかすっきりしました。」 「・・・・なんとか治ったみたいね・・・・。ふぅー・・・・」 「こんっの子分がぁあっ!!世話焼かせおって、危うく惨事になるところだったのだぞ!?この子分子分子分アホバカ子分!余を殺す気かーっ!?子分のくせに生意気なっ!責任とれっ!」 「ご、ごめんスタン!あ、あとごめんなさいロザリーさん、エプロスさん、キスリングさん!助けてくれてありがとう・・・・」 スタンの口調が微妙に狂っているが、彼は全く気づいていない。ぎゃあぎゃあと喚いている。迷惑をかけたことを知ったルカは、慌ててこの場にいる全員に謝った。そんな彼の頭を、スタンがベシベシと叩いた。 「うーむむ、反逆の呪いに気づかなかった私も悪かったが・・・・一体どこで呪われたのかな?」 「確か・・・・図書館から出る直前に現れた、コウモリのオバケと戦ったときにかかったのかも・・・・」 ルカは申し訳無さそうに頭を掻く。 「うがー!呪いにかかったなら早く言えっ!」 「いや、気づかなくて・・・・」 「それくらい自分で気づけ!キサマはどれだけ鈍感なのだ!?」 「反逆の呪いは自分の意思とは違う行動をしてしまい、行動の指定や制御ができなくなる呪いだからね。自分の意思や身体が呪いに支配されてしまう。自分では気づきにくいものさ。」 オバケ学者キスリングの適切な解説に、ルカとそれを聞いていたリンダは同時に「へぇー」と呟いた。 「そんな呪いもあるってことよ。ま、まだあたしのピンクの影の呪いのように強力ではなかったみたいだけど・・・・アンカーで解けたしね。」 「ふふん、余の力はそこらのザコとは違うからな!」 「ひけらかすな一反木綿。」 機嫌が直り調子に乗るスタンに、感情の無い声でさり気なく呟くロザリー。しかし彼は気付いていない。 「さすがスタン様っ!リンダ惚れちゃいますぅ〜。」 「でもこの呪いにずっとかかっていると、いつか完全に自分の行動が制御できなくなるから本当に危険だね。ルカ君が飛び降りたのにはさすがに驚いたよー!」 物騒な言葉の割に爽やかに笑っているキスリングは、興味深い研究材料がまた増えたことを嬉しがっているのだろうか。 「世界図書館・・・・あの場所には、たくさんのオバケがいるよ。しかもどのオバケも、強力で面倒な呪いをかけてくるんだなこれが。それがあの男の仕業かはわからんが・・・・実に興味深いね。だからまーとにかく、君が謝らなくてもいいんだよ。これは仕方ないことだ。オバケの呪いは極めて自然な攻撃に過ぎない。スタン君が意識なく、ルカ君の妹さんやロザリー君にピンクの影の呪いをかけてしまったようにね。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「そう、気にしなくていい。あのような場所にいれば、危険や呪いと隣り合わせなのも当たり前だ。」 「・・・・・・・・・そうだね。」 大人らしく優しく諭すキスリングとエプロスの言葉に、ルカは微笑んだ。 「・・・・スタンがあたしの影を元に戻さないのは、意図的にやっているようにしか思えないけどね・・・・。」 「何を言う、キサマの影は余に全ての力が戻ったら治すと言っただろう。」 「・・・・ほんとーにその気があるのかしら?」 「なんだ。余を信用しないか?ならやーめた。余もキサマの影を治さん。」 「あ―――っ、絶対治してよ!?この墨入り煮牛乳の膜魔王っ!」 「だからそう言ってると余は治さんぞ、このゴリラのケツプラス森の人の足女っ!」 いつもの調子でスタンとロザリーの言い争いが始まった。喧嘩するほど仲が良いと言うが、この低レベルすぎる喧嘩ではまさにその通りだった。言葉のボキャブラリーの多さがお互い負けていないあたり、どこか気が合っているようにも見える。スタンもロザリーも、お互いが憎むべき相手だからこそ遠慮も何もいらずに、好きなことを言い合えているようだ。もはや彼らはお互いを、「勇者」やら「魔王」やらという堅苦しいものとしては見ていない気がした。言ってしまえば喧嘩仲間みたいなものだろう。 「お、ルカ君グッジョブ。」 「はは、まあ・・・・スタンには悪いけど・・・・。」 後でスタンに文句を言われそうだな・・・・などと考えながら、そのままルカは空を仰いだ。 平和だ。魔王も勇者もこの場にいるのだから、世界を脅かす脅威などどこにもない。それは、ベーロンが作った偽りの物語だったのだ。 「・・・・ここが、ベーロンが言う「箱庭」だって言うなら・・・・この空の続く場所に、本当の外の世界もあるのかな?」 呪いにかかっている間、ルカはずっと考え続けていたことがあった。 ―――『いかないの?』 あの声は、自分にかかっていた呪いが問いかけてきた声ではない。明らかな、自分自身の声だ。 「・・・・ねぇ、もし、もしだけど・・・・ベーロンを納得させて、「分類」を解いたら・・・・皆はどうする?」 ルカが試しに尋ねてみると、想定外の質問に彼らは首を捻った。 「え?うーん・・・・さあ、考えてないなぁ。でも「分類」が消えても、私は変わらずオバケ学者さ。これからもオバケを調べ続けるよ。正直言って他にやりたいこともないしねぇ。」 「あたしも勇者として・・・・いや、あたしの意志で、悪を倒し続けるつもりよ。」 「リンダはもうイロイロ考えてるわよー!ねー、エプロス様ぁ?」 「え?いや、私は特に何も考えてはいないが・・・・大体、本当に「分類」から解放されるかもわからないからな・・・・。」 「いや、絶対に解放するのよ!ベーロンを倒して、世界図書館を焼き払う!これはあたし自身の戦いでもあるんだから!」 「・・・・確かにそのとおりだな。ベーロンに立ち向かう理由は皆それぞれだろう。」 「・・・・世界のカベを壊したら・・・・」 ルカの声が静かに響いた。 「・・・・ボクは・・・・別に、今までどおり家でフツーに暮らしてもいい。だけど・・・・。・・・・もしできれば・・・・「外の世界」も見に行きたい、かも・・・・」 ―――ならばそのためにも、消えてしまった本当のマルレインもきっと見つけ出そう。 旅に出る前は考えたこともなかったこと。スタンに命令され、いい加減な家族に見送られ、しぶしぶ旅立った自分が今になるとこんなことを考えている。人生とは本当によくわからないものだ。 「あ、それならあたしも行ってこようかしら。外の世界にはまだまだ、ベーロンのような悪人がうようよしてるかもしれないもの。そういう奴らにはあたしの正義の鉄槌を食らわせないといけないしね・・・・。」 ため息をつきながら、ロザリー。 「それなら私も調べに行こうかなー。外にはもっといろいろな生物、オバケがいるかもしれないしね。おお、考えたらだんだんわくわくしてきたなぁ!このグッテン・キスリング45歳、愛するオバケちゃんのためならどこへでも行くよ!」 ぐふふと怪しく笑う、キスリング。 「・・・・私は・・・・今後、再び君と出会うことがあって、その時に気が向いたら行くとしよう。」 目を閉じて何か考えている、エプロス。 「あー、エプロス様が行くならリンダも行きますぅー!いつか出世して、あたしの歌を世界中に届けてあげるの!」 うっとりと手のマイクを眺める、リンダ。 「ふわぁ・・・・外の世界・・・・いい響きッスねぇー。もしかすると、強くて戦いがいのあるヤツがいっぱいいるかもしれねえな!スタンのアニキには負けるだろうッスけどね!」 眠そうにあくびをする、ビッグブル。 「ビッグブルったら、起きるの遅いわよー。あんなに起こそうとしてたのに、起きないんだから!」 「え?オレが寝てる間になんかあったんスか?」 「そりゃーもういろいろあったわよ。ねぇ、ルカ君?」 「あー、はい、まぁ・・・・」 ルカは苦笑しながら、理解できずに首をかしげているビッグブルから目をそらした。 ―――子分。キサマはどちらにしろ、いつか再び旅立つことになる。なんてたって、キサマは永遠に余の子分なのだからな。 ―――覚悟しておくがいい! ルカはその言葉の意味がよくわからなかった。 無造作に積まれた図書館の本のページが、風に吹かれてぱらぱらとめくれた。 いつの間にか、ルカは眠っていた。 |
エプロスさんにチートパワーで助けさせなかったのはただ「みんなでルカ君を助ける」シチュエーションを書きたかっただけでした。