ボクと魔王とトリステのアイドル

 






 くすんだ陽光が滲む空色。今に雨が降りそうにも、今に晴れ間が見えそうにも見える中途半端な曇り空。
 それはまるで、この街に住む住人たちの心を表しているかのようだった。絶望と希望の狭間の心境。
 世界の誰にも見えなくなり、誰にも相手にされないことを未だ恐れているせいか。一度世界から消えかけた人間が、元の場所に戻れたのを見たせいか。
 ポスポス雪原とアダッシュ砂漠に挟まれたその大きな街は、寒くも暑くも感じる中途半端な気候だった。
 そして誰にも見えないくせにその場所に存在している、中途半端な生き物たちが住んでいる。
 普通の人間からは、ゴーストタウンにしか見えない。誰もいない。そう思われるのを恐れ、この街は普通の人間には門を閉ざしている。開かれるのは、世界から外れてしまった者たちに対してのみ。だからこそ、その街自体が誰にも相手にされていないのだ。

 分類から取り捨てられた生き物が集まる、「トリステ」―――“悲しみ”の町。

 その中で、トリステの者と同じくして分類から外れた影の薄い少年、ルカが歩いていた。
 一度世界の誰からも見向きされなくなっても、必死に自分を世界に主張して元に戻れた、サーカス団の団長でありサーカス魔王であるブロックを除いた唯一の人間。
 今はその世界を動かす「分類」を定義している者が、少年を世界から再び消そうとして「最強の魔王」を生み出しているため、それを防ぐためにその定義者のもとへ向かっている最中だった。もちろんその魔王も、ニセモノにすぎないのであるが。・・・・ちなみに本当の魔王は今、ルカの影にとり憑いている。
 そして今現在、このトリステの街で休憩を取っているところだ。
 こうしてこの街を歩いていると、故郷のテネル村にいるときのように何故かほっとする気がした。
 ルカの背後にいる―――ルカの影を乗っ取り棲み付いている魔王スタンのほうは不気味がっているが。

 

 「ったく、なぜこーんな誰もいないマチをそんなに歩き回りたがるのか・・・・子分の考えることには全く呆れるわ!」

 

 ひょい、という間抜けな音付きで唐突に現れたスタン。それでもルカは歩みを止めない。
 この街には確かに人はあまりいないが、誰もいないというわけではない。現に近くの勇者協同組合らしき建物の前には道具屋の主人が立っているし、ホテルにはホテルの主人がいる。スタンや仲間たちのような普通の人間(人間じゃない者もいるが)には、このトリステの街の住人の姿が見えていないだけだ。

 

 「確かに、キサマが何か呼びかけたら勝手に開いた門といい、突然現れる道具屋の物といい、何か引っかかるような不可思議なことは度々起きるのだが・・・・。ウムム、全く気味の悪い街だ・・・・。」

 「もしかしてスタン、怖かったりして?」

 「あん?キサマ、余をなんだと心得とるのかコラ!魔王だぞ?恐怖と絶望を司る大魔王だぞ?なんでそんな魔王がこのような街ごときに恐怖を抱く必要があるのだ。そんな調子じゃ街一つ支配もできんだろーが!」

 「・・・・ふーん・・・・」

 

 その「不可思議なこと」の正体を当たり前のように知っているルカにとって、スタンの言葉はあまり受け入れられない言葉だった。まるでその該当者の人たちが本当に存在していないかのような扱いをしているからだ。誰の意地悪でもなく普通の人間には存在が見えないのだから、スタンに悪気はないし仕方がないことなのだとブロックは言っていたが。
 話しながらルカは、緑映える公園に沿った階段を降りてゆく。
 さっき通ったホテル前のT字路付近には、見覚えのある名前の人物の家があった。スタンに言ったらきっとその家に無理矢理にでも殴り込みに行かされるだろうからあえて言わないが、スタンがいないときにノックをしても反応が無かった。他の家のように鍵もかかっていた。その人物の家が何故ここにあるのかはよくわからない。かつては大勇者と呼ばれていただろうに、どうしてこのようなはみ出し者の街にいたのか。その真実は本人が家から出てこない限り、わからないことなのだが。
 街の中は静かで穏やかだ。そして寂れている。かつては人で賑わっていたのだろうか、それともこれから賑わう予定だったのか。「トリステ駅」と書かれた鉄道の駅らしき場所やバーらしき店、勇者協同組合らしき建物もある。他にも映画館、軽食店、飲食店、薬局、ママハウスやクラブや本屋。挙句の果てには「黒幕ビル」と書かれたビルまであった。この街が無人化していなければ、マドリルと並ぶほどの都市であったに違いないだろう。
 一応、どの店も分類が本当かは定かではない。「らしき」である。ただルカがその建物をその名前、指示通りに反応しているだけだ。

 

 「くだらん廃屋ばかりだな。フン。造りはしっかりしているが、肝心の人間がいなければ役に立たんゴミ同然だな。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 吐き捨てるように言って、スタンは寂れた街並みを見やった。
 中にそれらしき商品がなかったり、客となる人物がいなかったり。今はそんな建物ばかりだった。
 住宅らしき建物さえ、本当に人が住んでいるかどうかなんてわからない。中から声が聞こえて初めてそういう場所なのだ、と反応ができるのだ。誰かが脳内で分類しなければ、ここの街の建物に意味は無くなる。
 それは住人に対しても言えることだ。誰かに存在を認めてもらわなければ、世界から消えてしまいそうな人ばかり。今はトリステという場所にいることで、ギリギリ自分の存在を保っている状況の人がほとんどだ。

 誰も見てくれない、そういう絶望によって存在するのを諦めている者も少なくない。

 

 「なぜお前はこのような街に執着するのだか。さっきからとくに意味もない道をウロウロしおって・・・・ブツブツ・・・・」

 「いや・・・・別に・・・・執着はしてないけど。ここにいる人の話、ちゃんと聞いておきたいし。それに、ボクを受け入れてくれた街だから、なんとなく居心地がいいというか・・・・」

 「はぁ?どこに人がいるというのだ?・・・・お前の言っていることがよくわからんのだが。」

 (・・・・やっぱり、何もわかってないんだな・・・・)

 

 スタンに何を言ってもどうせ理解できないだろうことはわかっている。きっと、彼らが分類を演じている間、ルカが裏で苦労していたことなど知るよしもないのだろう。別に知らなくてもいいのだけど。

 階段を降り、川を跨いだ小さな石橋を渡る。その途中で瞳の大きな赤毛の娘と軽く話をしたが、そのときもスタンはルカを不可解そうに眺めていた。とりあえず変人を見るような目であまり見ないでほしい。相手は幽霊のようなあの世の者だとか、ルカの中の幻覚だというわけではないのだから。ちゃんとその場所にいるのだから。
 スタンは「余がおかしいのではない。子分の頭がおかしいのだ!」ときっぱり言い切っているが、このトリステの者たちのことについては、誰かの頭がおかしいとかそういう問題で片付けられるものではない。しかし、今の彼らにこのことについて言っても無駄なことだろう。百聞は一見にしかず、見えないものはどんなにルカが話しても存在を認めることはできない。

 

 そうこうしているうちに橋を渡ると、たくさんの店などの建物が建ち並ぶ道に出た。
 相変わらず寂れているし人もいないが、分類から外れ人間を襲わなくなったオバケが行くあてもなく彷徨っている。そしてあちらこちらの建物の中から、誰かのひそかに話す声や怯える声が聞こえることがあった。自分自身に対する自嘲のような独り言、普通の人間に対する妬みの言葉。それらの正体はわかってはいるし、彼らの気持ちもルカにはわかるのだが、やはりそれらが聞こえるのはやっぱり気持ち良くは無かった。聞いているほうが悲しくなる、絶望の嘆き。スタンにはそれが聞こえないのが少し羨ましく思った。

 

 ―――「・・・・私はオバケじゃないのじゃろか・・・・私がオバケじゃなかったら、私は誰なのじゃろう・・・・」

 ―――「・・・・家族もいねえ、あいつもいねえ・・・・それを忘れさせてくれる酒もねえ・・・・・・・・。・・・・天国も地獄もありゃしねぇや。ここには何もねえ・・・・なんにもねぇんだよ。オレだっていねえわけなんだからな。・・・・ハハハ、もうなにもする気が起きねぇや・・・・」

 ―――「・・・・誰も私を見てくれない・・・・・・・・ならいっそ・・・・なにをしてもいいってことよね・・・・?
・・・・そしてこれを止めてくれる人さえいないのね・・・・・・・・・・・・はは。ははは!あははは!あははははははっ!」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 ・・・・だが、この街の住人の嘆きの声が聞こえるという、普通の人間が知りえないことを知ることができるのだから、これは受け入れるべきものなのだろう。実際、この街の住人は独りになったルカを受け入れてくれたのだから。この誰も知ることのない、行き所のないトリステの者の悲しみは、ルカやブロックしか知る者がいないのだ。
 ブロックは言っていた。「影が薄くなっている今じゃないとできねぇこと、見えねぇものがある」と。それのひとつがこれなのだろう。だからルカはこれらを受け入れ、恐いけれど真面目に聞いていた。

 

 Down town street―――川を挟んだこの街は、階段を通じて上と下の通りにわかれている。

 この細い通りを道なりに進んで行くと、街の裏側の破れた塀の分け目のような出入り口につく。その先は世界の裏側の未知の世界であり、今皆で必死に攻略しようとしている巨大な迷路がある「アダッシュ砂漠」に出るのだ。
 砂漠はとても暑くて広く、しかもひどく乾燥しているので水分補給が必要となる。しかも棲んでいるオバケが今まで以上に手強いため、体力が持たない。そのせいでこまめに休憩を取る必要があり、ルカたちはトリステとアダッシュ砂漠を交互に行き来していた。「誰があんな面倒くさい迷路をつくったんだよ!」と何度ツッコみたくなったことか。

 

 「誰があんな面倒くさい迷路をつくったんだよ・・・・」

 「・・・・お前が何を考えているのかなんとなくわかるんだが。ちょっと止まれ子分。」

 

 その言葉に、ルカは考え事をやめて足をぴたりと止めた。そしてルカを止めた張本人を見上げる。
 スタンはきょろきょろと辺りを見回していた。

 

 「・・・・どうかした?」

 「なんか声が聞こえるぞ。・・・・どこからだ?」

 

 一瞬、ルカはスタンにもトリステの住人の声が聞こえたのかと思った。そうなら少しはスタンも自分の言うことを信用するかと思ったが、どうやら違うらしい。聞こえてくるのは、普通の人間の声のようだ。
 しかし、こんな隔離された場所に普通の人間がいるのはどうもおかしい。大体、ルカがいなければトリステの門は開かないのだ。・・・・だとすると、この声はルカの仲間の誰かだろう。
 耳を澄ますと、その声は歌を歌っているようだった。

 

 「・・・・フン、この歌はリンダか。こんな誰もいない街で一人、ストリートライブでもしているつもりか?みじめなヤツめ。」

 「いや・・・・声はどこかの建物の中からじゃないかな・・・・」

 

 このままブラブラしていてもどうしようもないので(暇だという理由もある)、とりあえずルカはこの歌声を追ってみることした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い屋根の薄汚れた白い建物の入り口にはこうあった。「これを見るものは、ここをダンスハウスとして反応せよ」。扉には鍵はかかっていなかった。
 扉を開けると、大人数が入れそうな広めの空間がぽっかりと空いている。しかし埃が舞っていて薄暗く、長い間誰にも使わていない建物だということがわかった。何も無い殺風景なステージの天井に、使われていないミラーボールが窓からの光を反射して、虚しく輝いている。しかし、そんな寂れた雰囲気とは真逆の軽快な歌声が、室内に響いていた。

 元・アイドル魔王でありルカの仲間である少女、リンダは空間の中央にいた。左右に跳ねてリズムをとりながら歌っているため、埃が舞ってきらきらと輝き、スモークの演出のようにリンダの踊る姿を華やかに飾っているようにも見える。しかしそれが埃だという事実により、同時に孤独感も引き立っている。彼女の着る真っ白なエプロンを纏った丈の短い桃色の派手なドレスが、その孤独感から抗おうとしているようだった。

 

 「あ、スタン様ーん!・・・・・・・・あとルカさん!」

 

 ルカとスタンに気付いたリンダが、歌うのを止めて二人に駆け寄ってきた。
 リンダはスタンを慕っている夢見がちな少女である。憧れの彼を様づけして呼び、彼から離れまいと一方的に旅についてきているのだ。その彼女独特のマイペースぶりは、周囲を度々困らせるほどだった。
 ルカはすっかり蚊帳の外なのか、または彼の影の薄さも手伝ってか、ルカに気づくのに数秒かかった。

 

 「奇遇ですねぇー、こんなところで。どうしかしたのー?」

 「相変わらずヘタクソな歌だな。キサマこそこんなところで何をしておる。」

 「決まってるじゃないですかー。歌ってるんですよぉ!」

 

 リンダはいつもどおり笑顔を絶やさず、一言で説明した。彼女の微笑みには、誰が見ても魅力的に見える天使のような可愛らしさがある。しかし、この笑顔はしいて言えば、営業スマイルというヤツなのかもしれない。今日の彼女の表情にはどこか作り物っぽさがあり、どこか陰があるように思えた。

 

 「見てわかるわそんなもん。なぜこんな場所で歌っておるのだ?ここにはお前の歌を聞くような物好きは誰もいないぞ。」

 「・・・・そうですよねー?」

 「?」

 

 その言葉が何故か疑問形であることに、スタンとルカはは疑問を持った。しかしリンダはかまわず言葉を続ける。

 

 「知ってます?ここ、ダンスハウスらしいですよー。だから歌うとよく声が響くし、踊るのにも最適な場所なんです。」

 

 しかし、今は誰もいない。
 普通ならたくさんの人が踊っているはずの場所なのに、今踊っているものといえば長い月日を重ねて溜まった埃のみ。
 もしこの街が生きていたならば、今この時にも踊っている人がたくさんいたのだろうか。
 ダンスハウスは長らく営業していた様子がなく、おそらく扉に鍵もかかっていたはずだ。しかし今はなぜか開いている。リンダが「ダンスハウス」という分類単語に反応したせいかはわからないが、無理矢理マイクで錠を叩き壊して進入したようだ。扉の歪んた錠前がそれを物語っている。

 

 「あたしイナカモノだしぃ、こういうダンスハウスとかってアイドルとして一度行ってみたかったんですよねー。マドリルにはダンスハウスなんてなかったし。ここってマドリルよりもオシャレな街なんですねー!」

 「(・・・・田舎者が話すような言葉遣いでもないような・・・・)・・・・ところで、カギを勝手に壊していいの?」

 「でも誰もいなくてがっかりしちゃいました。もったいないですよねー、結構設備も充実してるのに。人ひとりいないんじゃ、こんなところで歌っても宣伝になりませんねー。」

 「そうだ。全くの無意味だな。」

 

 リンダに対し「話を聞けよ」と無言でルカは訴えたが、当然のようにリンダはその視線に気付いていない。

 

 「でも」

 

 突然、リンダの表情から笑みがふと消える。素顔の彼女は、何か思い巡らせているような暗い表情をしていた。いつものハイテンションでアニメ声な明るい彼女ではないことに、ルカは少しの驚きと違和感を覚える。
 リンダは後ろを振り向き、その広いようで狭いちっぽけな空間を見やった。
 広く見えるのは、大勢の人がいるべき場所に誰もいないからかもしれない。

 

 「・・・・誰もいないはずなのに、誰かがあたしの歌を聴いてくれているような気がして。」

 

 リンダは誰もいないこの街の住人の気配、視線に感づいているらしい。彼女はその歌や容姿のせいで、トリステの人からも少し注目を浴びているようなのだ。
 世界から外れた者たちにとってアイドルは、珍しいもので憧れの存在でもあった。いるだけで存在感があるということに対する本質的な意味での憧れもあるが、世界のはじっこで捨てられたように暮らしていると外の世界の情報も知ることができない彼らにとって、外の世界の楽しみを象徴するアイドルがやってきたと知れば、もちろん気になる存在となるだろう。どんなに無気力なトリステの者だって、人間なのだ。屋内に閉じこもった者がわざわざ彼女のために外に出てくることはないようだが、アイドルに全く感心が無いわけではないらしい。
 現に今、リンダの歌に惹かれてこっそりダンスハウスの中を覗いている、ルカと同じく影の薄い幼い男の子が窓の外にいる。トリステの住人の一人だろう。しかし、リンダがそれに気づくことはない。

 

 「・・・・でも、そんなわけないよねー?誰もいないし・・・・・・・・クス、ここにいるとなんか昔を思い出しちゃうなぁ。」

 「・・・・昔って?」

 「スタン様に出会う前は、あたしなんていないも同然だったんですよねー。今はもうアイドルとして出世したからいいけど・・・・あの時は辛かったわぁ。誰からも見向きもされなくて・・・・あの空しさといったら・・・・。今の気分はそれと同じです。ここで歌っていると、なんだかすごく悲しくて懐かしいの。誰もいない街だからかしらー?」

 

 今はすっかり自分に自信を持ち、周囲の意思関係なく歌を披露しているリンダも、ルカとスタンに特訓させられる前は気弱で内気な少女だった。常に人前でおどおどとしていて、小さなことでもめそめそと泣くような「健気な街角のアイドル」だった。そのときの彼女は未熟で、人に話しかけるのでも精一杯だったのだ。

 

 「あの頃は寂しかった・・・・あたしなんて、道行く人から見れば石コロも同然で・・・・」

 「・・・・・・・・」

 

 リンダの言う孤独を、ルカは知っていた。
 誰からも存在を認めてもらえない孤独。

 

 「『君にそこで歌っていろなんて誰も頼んでないよ』って言われているみたいで。あたしってその頃歌が下手だったからなー・・・・都会の人ってみんな冷たいんだな、って思ってたわ。でも、スタン様だけは違った・・・・」

 

 彼女が「私の声を聞いてください」と主張し続けた結果、ルカとスタンに出会い彼女の人生は大きく変わった。色々な人たちに存在を知ってもらい、自分自身も色々な人と出会った。魔王の力に目覚めてマドリルの住人を洗脳してからは、行動も発言も大胆になり過去の彼女の面影を残していない。ルカやスタンの励ましやマルレインとの言い争いがあったことで、彼女も自分自身に自信を持てるようになったのだろう。

 ―――そしてそれは、ルカたちに関わったことで彼女もまた分類から外れてしまったことを意味する。

 

 「この誰もいない・・・・誰も見向きもしない孤独のステージ。昔のあたしは、この上でずっと歌っていたんですね・・・・誰も見ていないのに。スタン様が声をかけてくれなかったら、あたしはきっと一生この上で踊っていたわ・・・・」

 「や、声をかけてきたのはお前からだろうが。」

 「・・・・あのときのスタン様の声を、あたしはずっと忘れない・・・・ああ、これが運命というものなんですね・・・・」

 「・・・・おい子分。そろそろこいつの回想を止めろ。言ってることがどっかの謎の女みたいなことになってるぞ。」

 「・・・・もしもーし、リンダさーん?」

 

 そのルカの声に、リンダの心は過去から戻ってきたようだ。

 

 「それに、この街・・・・昔のあたしとそっくりなの。外見が可愛くてお洒落で、でも中身はひかえめで内気な性格って感じぃ。」

 「街に性格もなにもあるか!」

 「とにかくあたし、何でだか知らないけどここにいると懐かしくなるんです!なんというか初心に戻ったような!誰もいないけど、なんとなくここで歌っていたいんです。別にいいでしょー?」

 

 今はまだ皆の疲れは取れていないだろう。ならば休憩している間、それくらいの時間ならあるはずだ。

 

 「・・・・まあ、それくらいならかまわん。許そう。」

 「え、でもここってホントに勝手に入ってもいいのかな・・・・。カギかかってたみたいだけど。」

 「べつにイイんですよぉ、どーせ誰も来ないし!ほら、あの幻影魔王様を倒すためにも踊りの練習もしたいしー。」

 

 踊りの練習、というのは戦闘時の戦いのダンスの練習だ。彼女はいつもダンスでリズムをとりながらマイクで戦っている。その姿は逞しさもあるが可憐で、ルカもたまに見惚れるほどだ(決して彼女のパンチラに惹かれているわけではない。)。戦闘の時でもアイドルとしての気持ちを忘れない、というのが彼女のモットーらしい。
 それはさておき、スタンはリンダの言った魔王様発言に耳を疑ったようだ。ルカも驚いた。

 

 「な、なに言っとんだキサマー!余以外の者を魔王様付け呼ばわりするなっ!魔王は余だけだこの!」

 「あ、そーですね、ごめんなさーい!あの人、なんかカッコいいからつい・・・・」

 「カッコいい魔王も余だけだっつの!」

 

 リンダは一言がいちいち余計だ。その度に反応するスタンは、同じ魔王(幻影魔王はニセ者だが)として嫉妬しているのだろうか。
 それよりもルカは、リンダがスタン以外の男に反応していることに特に驚いた。あれだけスタンを一途に想っていたのに、今はあのスタンの敵である幻影魔王が気になっているようだ。たしかに金髪に赤眼で色白という美麗な顔立ち、奇術師のようなタキシード着用という、人の目を引くような容姿ではある。ミステリアスなオーラを纏い、言うことも訳がわからないが何かカッコいいので、リンダが気にするのも分かる気がする。敵だけど。
 しかしスタンにはそれが許せないようだ。

 

 「くそ・・・・余も早くあの気取った厚化粧ニセ魔王をコテンコテンにしてやらねば気が落ち着かん・・・・!奴を踏みにじりぶっ潰す計画を早急に編み出さねばなるまい。魔王として!よし子分、宿に帰るぞ!」

 「え、もう帰るの?」

 「どうせこのまま外にいても仕方あるまい。リンダはまだここにいる気だろうし、余も疲れた。子分も一度体を休めるのがよかろう。あの幻影魔王を倒す作戦はもちろんのこと、あのデカい迷路をうまく抜けるための対策も練らねばならんからな・・・・。さっさと歩け、ほれ。」

 

 そう急かされ、リンダの「スタン様頑張ってー!リンダのために争わないでー!」というどこか勘違いしたのんきな声を背に、ルカはダンスハウスの外に出た。

 

 「・・・・あ。」

 

 宿屋の方向に足を動かそうとしたとき、先ほどダンスハウスを覗いていた影の薄い男の子が建物の横の丸い窓の前にいるのを見つけた。このリンダの歌を聴いて、少しでも外の世界で生きる気力が湧けば良いのだが。そうなればリンダのしていることも、トリステの人たちにとって良い刺激になるだろう。
 そう思い、ルカは男の子にそっと近寄り、話しかけようとした。

 

 

 しかし、次の瞬間、男の子は呟いた。

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・。リンダちゃん・・・・もえ〜・・・・・・・・」

 

 

 ルカは踵を返してダンスハウス内に駆け戻った。

 













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