魔王と魔王の暇つぶし

 






 白い雪原で彼らに出会った時。
 雪の絨毯を踏み荒らすように、舞台裏と呼べるような誰も見向きをしない場所にやってきた彼ら。
 これ以上踏み荒らさないように、彼らに対して元の世界へ帰れと警告した自分が、その頭の中で言っていることとは反対の考えを持っていたのは何故だろう。
 自分がニセ魔王であることを名乗った時点で、彼らと自分が再び出会う・・・・つまり彼らがニセ魔王である自分を追って、舞台裏の世界に足を踏み入れることは約束されていたのだ。何故自分は警告しておきながらも、舞台裏に誘うような言葉を口にしていたのだろう。
 彼らが舞台裏を思い切り踏み荒らせば、定められたこの世界のゲームのルールが変わるのではないか、という小さな期待を持っていたのだろうか。
 世界が変われば、自分が知らなかったものもわかるかもしれないという期待も、もしかしたらあったのかもしれない。

 実際に、彼らは今―――自分の期待通りかはわからないが―――見事に警告を無視して舞台裏を思い切り踏み荒らしているわけであるが。

 

 

 

 幻影魔王ことエプロスは、緑映える樹木の上で人を待っていた。
 樹木と言うが彼のいる場所は実は屋内で、建物の中に草木が生い茂っているその場所は歯車タワーの名を持つ。
 彼は、歯車タワーにこれからやってくる人物(というよりも集団だったが。魔王と勇者と普通の少年と学者と元魔王という、非常にヘンテコな軍団だった)が歯車タワーの鍵をシナリオ通り入手して、自分と戦いに来るのを長らく待っている。わざわざ立って待つこともないので、都合よく生えていた木の枝の上に座りながら、いろいろと瞑想に耽っているところだった。
 ようするに暇を持て余していたのだ。ただ待つだけの魔王というものも楽ではないらしい。

 

 『フガフガフガ・・・・』『シャキンシャキンシャキン』『きーきーっ』『ンーケマキナジ、ルーアンケーマ、キナジルア・・・・』

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 エプロスの周囲には、靄のような人魂のような・・・・はっきりしない容姿のオバケが数匹、それぞれ声を上げながら彼を護るようにゆっくりと旋回している。彼らの本当の姿は剣のような細長い生き物だが、戦闘態勢ではない間は移動しやすい、いわゆるお化け―――ゴーストのような姿に変化して活動しているようだ。または、その人魂のような姿こそが彼らの本当の姿で、危険を感じた時のみ戦いやすい姿にそれぞれ化けるのかもしれないが。
 そんな彼らには意思を持った「主なき魔剣」の分類がかけられているが、エプロスが魔王として存在している今の間のみ、彼らは「幻影魔王」の命令に従って行動している。つまりエプロスとともに戦う仲間のようなものなのだが、エプロス自身はそのオバケたちに特別な思い入れを抱いてはいなかった。所詮は魔王の従者のオバケという分類がかけられているだけで、一度エプロスが魔王の分類から外れてしまえば彼らは簡単にエプロスの敵となるのだろう。
 結局、オバケはただの人形に過ぎないのだ。「オバケ」という名の、動植物や意思を本来もたないはずの器物で、この世界で遊ぶ少女のために、冒険の中の邪魔者として定義者に役を与えられた傀儡。その容姿や振る舞いがどこか愉快でぬいぐるみのように愛らしいことについても、あるいは定義者が少女の好みを考えてあえてそのように分類を与えたようにも見える。「軽やかなウサギ」、「平和主義のカバ」、「いたずらゴースト」、「闇夜のスリーパー」、「生き残りの恐竜」―――子どもの空想の一部のような姿、子どもの夢を叶えるかのような分類の呼び名。その分類に支配されたオバケたちの姿は、滑稽だが少し哀れだとエプロスは思っていた。
 しかし分類に支配されているのは、自分だって同じだ。

 そう、この世界はまるで、少女のためにあるサーカスのようなもの―――
 観ている側も演じる側もスリルを感じるが、少女にとっては観客席にいる客のように安全を約束された見世物。
 自分自身も、オバケやこの世界の住人たちと同じく、サーカスの中で滑稽に踊らされているにすぎない。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 それに気づいてしまった自分は、もしかしたら不幸なのかもしれない。
 何も知らず踊らされることにも気づかず生きる者は、きっと幸せなのだろう。

 

 しかし、自分と同じく踊らされていることに気づいた者が、もうひとりいた。

 

 『「分類」から外れてみるなんざ、やってみりゃ簡単なもんだったぜ。』

 

 そう言ってのけ、しかも言葉通り実行してみせていたのは誰だったか。
 彼は「分類」から外れて不幸だったのだろうか。それとも「分類」から外れたことで幸福なのだろうか。

 

 

 

 

 ―――ドンドンドン!

 

 

 不意に、塔の出入り口の扉を叩く音がした。
 エプロスははっとして、音がした扉の方へ顔を向けた。
 ―――まさか、もう魔王達がやってきたのだろうか?いや、そんなはずはない。もし魔王達が来たならば、扉を叩くよりも先に手に入れたはずの鍵を使って開けるだろう。
 ならば、何者だろう?あの閉鎖的なトリステの町を越えることができ、なおかつ砂漠を越えてこの塔に辿り着けるほどの戦闘能力を持つ者はかなり限られるはずだ。しかし、自分の記憶の中でそんな人間がいただろうか。
 エプロスが訝しげに扉を睨むと、外から野太い声がした。

 

 「おーい、いるんだろー?オレだよ、オレオレ。」

 「・・・・・・・・?」

 

 聞き覚えのある声に、エプロスは首をかしげた。先ほどまで自分が脳裏に浮かべていた人物ではないか?
 オバケの一匹が聞き慣れない声に反応したのか、人魂の姿から魔剣の姿に変化してうなり声を上げる。そのオバケの体を撫で、止めよ、と言って宥めると、エプロスは扉の向こうにいる声の主に一言問いかけた。

 

 「なぜお前がそこにいる、サーカス魔王よ?」

 「いや、それは今どうでもいーから。オレカギ持ってねえんだよ、ちょいと開けてくれ。早くしねーとオバケに囲まれちまう!」

 

 どうするか一瞬迷ったが、相手は魔王達ではない。つまり自分が戦うべき相手ではなく、用意されたシナリオとは関係が無いため、普通に扉を開けてやっても多分問題無いだろう。鍵を手に入れさせるように仕向けた魔王一行だったら別だが。
 そう考えたエプロスは、座っていた木の枝から降り立ち扉の前へと移動した。
 そして扉横の開閉スイッチを押し、鉄の扉を開く。鍵がなければ厚い障壁となる扉も、内側からならば指先ひとつで開くほど、容易なものだった。

 と、予想通りの太った丸っこい図体の派手な服を着た男が姿を現した。
 あるサーカス団の団長であり元サーカス魔王である男、ブロックである。
 滴る汗をハンカチで拭きながら、ブロックは歯車タワーの中に入ってきた。そして内部の意外な涼しさに、快適そうに目を細める。

 

 「ひー、この砂漠ってばルーミルとは違って異常にあっちぃったらなんの。敵もつえーしよぅ。あー水くれるか?喉が渇いて死にそうなんだよ。」

 「・・・・もう一度問おう。なぜお前がここにいるのだ?」

 「ところでおめー、『オレだよオレオレ』って言ってくる相手に軽々しく私室の扉を開けるんじゃねーぞ。さっきのは玄関だったからよかったものの・・・・オレオレ言って結局正体不明なヤツに対して開けた途端襲われて私室内の金品が盗まれるとかよくある話だからな。玄関はともかく、私室への鍵はちゃんとかけたほうがイイってこった。そうそう、たいていオレオレ言う相手はロクなヤツじゃねーからよ。わかったか?」

 「・・・・・・・・・・・・。確かにその通りだな。ならば今からでも追い出すことにするか。」

 「あー、ちなみにオレ様は例外だからな。だからトランプ構えるんじゃねえって。」

 

 大体、自分は私室があるような家に住んでいるわけではないのだから、そんなことを教えられても自分にとっては蛇足である。それにもし不意打ちで襲われても、自分には反撃できる自信があるので特に問題はなかった。そんなエプロスの考えを知ることなく、ひたすらにマイペースな調子でぺらぺらと話してくるブロックに、彼は心の中でため息をついた。
 そして立ち尽くすエプロスはお構いなしに、ブロックは短い足で歯車タワー内を歩き回り、くるりと見回している。前にトリステで出会った時の緊迫した面差しは、今の彼にはない。
 エプロスは半分ジョークで取り出したトランプをしまい、自分が不機嫌であることを細めた瞳と腰に当てた手で静かに示しながら、彼に問いかけた。

 

 「サーカス魔王よ。お前はてっきり、あの男の目から逃れるためにも身を隠したのだと思っていたのだがな。」

 「ああ、それは間違いじゃねぇぜ。でもアイツ、今は例のボウズに差し向ける最強魔王を作るのに熱中してるだろ?そんなアイツがこんな世界のスミに目を向けるとは思えんからな。おめーとボウズの対決もまだっぽいし。少しくらいなら大丈夫だろ。」

 「・・・・。で、理由はなんだ?」

 「ヒマなんだよ。」

 

 怒りゲージがさらにアップして軽く睨んでくるエプロスに、理由なんてそんなもんだとブロックは笑って諭した。
 ブロックは支配者の目から逃れるために隠れてはいるようだが、自分の仕事であるサーカスに戻れない分、やることがないようである。確かにそれではヒマだろうが、隠者である身にしては随分と気楽なものだ。
 しかしエプロスには、ヒマだからという理由だけで彼がここを訪れたようには思えなかった。元魔王とはいえ、魔力を失ったブロックにとってこのアダッシュ砂漠を一人で越えて歯車タワーにやってくるのは、なかなか骨が折れたはずである。何故そうしてまで彼はわざわざこの場所に訪れたのか。
 その疑問を口にはしない。それほど問いつめようとは思わないし、単に彼のよくある気まぐれである可能性が高いぶん、聞く必要なんてあまりないような気がするのだ。彼は気まぐれのみで遠出できる男である。
 しかし視線を離さないでいるエプロスに対し、ヒマだから話のネタをふるようなノリで、ブロックがなにげなく質問をしてきた。

 

 「そういえばな、幻影魔王くんよ。ちょいと聞きたいんだがな。前にも言ったけどよ・・・・魔王マップのおめーの居場所がよく変わっていたと思えば、どうも「分類」から外れたようなことばっかりやってるらしいじゃねぇか。オレよりは上手く立ち回っているとは思うがね、ちょこちょこと影の大将の前に出て一体何がしたいんだよ?」

 「・・・・お前がこの場に訪れた理由はそれか?」

 「いんや、ただ気になっただけさ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 ブロックに問いかけられはしたが、エプロスはその質問に答える気が無いようであり、無言のままでいた。
 そしてしばらく、お互い沈黙する。

 

 「・・・・・・・・・・・・。」

 「・・・・・・・・・・・・。」

 「・・・・・・・・。オレぁな。歯車ってヤツが昔からだいっきらいだったんだけどよ。」

 

 エプロスから答えを聞くのを諦めたのか、それとも沈黙にただ飽きたのか。ブロックは歯車タワー内を見上げながら呟いた。
 視線の先には、止まることなく回る歯車と鉄か何かはわからない銀色の高い天井、そしてびっしりと絡まり張り付く緑の蔦が見える。

 

 「この歯車タワーの外見だけは嫌いになれねーな。歯車なんてもん、しょせん何かを動かすための小さなアイテムにすぎないわけだろ?でもこの塔のてっぺんにあるでっけえ歯車はよ、地道に回り続ける他のヤツらとは違ってな。歯車として存在していることをまるで誇示しているかのようでさ、すげーキレイだったよ。」

 

 彼が言っている歯車タワーの天辺の巨大な歯車。
 外から見上げて見れば、夕焼けのように赤い空と相まったそのシルエットは、本当に見惚れるほどに美しいのだ。

 

 「・・・・ずいぶんとお前らしくないことを言うな。」

 「こんな社会の歯車として存在し続けるオレたちでもな、この歯車タワーの歯車のように存在を主張して輝けるんじゃないかと思えたのさ。」

 

 影が薄いオレには無理な話だろうけどな、とブロックは付け足しながらも、その目はどこか憧れを抱いている。
 そんな彼に、釘を刺すようにエプロスは言った。

 

 「この塔は、お前が考えているほど美しいものではない。昔はどうだったかは知らないが、今ではひとりの魔王を育てる村につながる場所。この世界を支配する世界図書館と、「世界」の内を結ぶ中継地点として利用されているだけだ。・・・・外見は美しくとも汚れ役であることを忘れるな。」

 

 歯車タワーの内部に生い茂っている植物は、この乾燥した夕日色の砂漠にはあまりにも不釣合いだった。しかし気候が異常な砂漠はもちろん、ポスポス雪原やトリステの町でもなかなか見ることができないその緑は逆に映えて見える。砂漠の真中にあるその塔はまるで、砂漠の中のオアシスのようである。
 しかしもしも砂漠中の水分がこの歯車タワーに集められていることによって、この塔内には緑が生い茂っていると考えるとするなら、実はオアシスと呼べるほど好ましいものではないのかもしれない。集められた水分は、あるいはこの塔の中の歯車のカラクリを動かすために、利用されているのではないだろうか。もしくは人為的に回されているのか、それとも自発的に回っているのか。いったいどれほどの間、いったい何のために、誰も見向きもしないこの世界のスミで、歯車が回り続けてきたのか。

 これらの歯車たちがいったい何に使われていて、何のために回り続けているのかは知らないが、塔内のストーンサークルが魔王を作っている場所につながっていることから考えると、この歯車の回転は決してまっとうな働きをしてはいないのだろう。ワープする先へ行って確かめてみたいが、いつ来るかわからない影魔王達を待っている以上、ここを離れるわけにはいかない。それにワープポイントの先へ行っても、ここにまた戻ってこられるとは限らない。

 

 「ふーん、さすがは好奇心旺盛の幻影魔王くんだな。この歯車タワーについてはあらかた調べ尽くしたのか?ご苦労なこって。」

 「そうでもない。私もこの塔については、よくわからないよ。いったい何のための塔なのか・・・・なぜ砂漠にこのような塔が建てられたのか。この砂漠がかつて「大きな世界」の一部であったときは、どういう意味をもつ場所だったのか。なにか文献などがあればよかったのだが。しかし上階を調べることはできないからな。」

 

 汚れ役の歯車だと釘を刺してきたエプロスに、ブロックが腹を立てた様子はない。

 この塔は外から見ればかなり大きな建物なのだが、内部は1階しかなく上階に登ることはできない。天井があるということは上階が存在することは確実であり、歯車が回っているということは自動的に上階で何かが行われているのだろう。しかし上に行って確かめようにもエプロスの宙を浮くその力にも限度があり、なにより天井はあるが階段はないので、登るに登れなかった。無理に登ろうとしても頭をぶつけるだけだ。塔の外壁も調べたものの、やはり出入り口のようなものは見当たらなかった。・・・・もしくは、自分には見えていないだけなのかもしれない。
 エプロスは魔力やこの世界などの全てのものに対し興味があり、知ることができる事象は全て知りたい、謎という謎は全て解明し答えを知りたいという底なしの知識欲を持っていた。それは彼が今いる歯車タワーに関しても例外ではない。
 ブロックの言うとおり彼は好奇心旺盛なのだが、その好奇心は、彼自身が世界を縛る分類を知る立場であることと決して無関係ではなかった。この世界の謎に関係があるとにらんだ魔力について探求するうち、世界の秘密までも知ることとなってしまったのだ。そうして役者兼裏方となった彼は、今では支配者にとって都合のよい駒として利用される立場にある。世界の真実について知っているところで自らの分類に抗うことはできないし、彼自身もこれまで分類や支配者に逆らうようなことはしなかった。

 

 「この塔を詳しく調べられないのも、言ってみりゃー「分類」のせいなのかねぇ。入っちゃいけないところは設定の事情、ご都合主義ってヤツかね?おめーの力がもうちょい優れていりゃ、外からてっぺんまで頑張って飛んでいって調べられたかもしれないのに。残念だなあ?」

 「優れていれば、とは・・・・。もとより私に大層な力などない。私の術はともかく、魔力はしょせん借り物だ。・・・・なににしろあの男によって、さらなる裏側を認識する力さえも制限されているとするならば、これ以上この塔に関して調べることは不可能だろうな。」

 

 制限されていなければさらに詳し知ることができただろうに、もったいないことだ・・・・とエプロスは無念の表情を見せた。
 この世界にはエプロス以外にも、宙に浮ける者はいる。このアダッシュ砂漠にも嫌がらせコンドルや雲海のワイバーンなど、翼を持ち大空を飛ぶことができそうなオバケがいる。しかしそういった翼を持つオバケも、そして自分も一定以上は力を出すことができない。自由に大空を飛ぶなどというマネはできないのだ。だからこそ、分類で区切られた場所には行くこともできない。空からこの閉ざされた世界を脱出するなんてもってのほかだ。
 この箱庭の中でどこまでも高く飛び、この狭い世界とその外側に広がる広い世界の全貌を俯瞰することができる者がいるとしたら、あるいは世界を区切り分類を課した者のみなのかもしれない。

 

 「で。結局おめー、答えは見つけたのかい?おめーがずっと追い求めていた、魔力とは何か、魔力を高めるにはどうりゃいいのか、っつー謎についてよ。おめーがあんなに魔力の探求に夢中になったのは、たぶんおめー自身の事情なんだろ?少しは納得できたのかい?」

 「魔力はもともと、その者自身に宿る天賦の力だ。・・・・私はそれを与えられない代わりに、魔力にとらわれえないものを与えられたのだと考えた。誰にでもある、ただの個性がこの私にもあるのだということでその疑問を追求するのは今は一旦終わりにしたよ。・・・・それ以上にもっと知りたいことができたものでね。」

 

 エプロスはふわりと宙に浮き、先ほどまで自分が座っていた木の枝に再度腰かけた。
 新たな好奇心に満ちた彼の笑みを見て、ブロックは彼の考えの予想がつく。

 

 「ははあん、なるほど。なんでおめーがあのボウズたちの前に現れていたのかと思っていたが、おめーも魔王の分類から外れたいんだな?そんでその企みに影の大将とボウズを利用する気だろ!」

 「・・・・・・・・。」

 

 否定はしない。
 彼の計画は、今はあくまで分類に外れることなく、ニセ魔王として魔王一行を迎え撃つ。そうして倒されることで、定義者に怪しまれることなく魔王の分類から外れることができるはずだ。分類の中で生かされている今、もともと影が薄かったブロックとは違って自由な行動ができないため、こうするしか方法がないのだ。

 

 「・・・・魔王の分類から外れれば、今まで知ることができなかった、私の知りたいことがわかる気がしてね。それに、あの一行・・・・特に、サーカス魔王、お前が助言を与えていた少年・・・・なぜあの男は彼を恐れているのか。一見すれば何の変哲もない普通の少年だというのに、一体どこに恐るべきものがあるのか。それも知りたいのだよ。」

 「あー?あんな地味ジミボウズのどこがコワイかって話か?そんなんあのビビリ分類マニアにしかわかんないだろうよ。」

 「はは。言われてみればな。」

 

 この世界の定義者が、普通の地味で存在感のないあの少年を恐れている理由。
 最強の魔王を作って差し向けるほどに、彼の存在を抹消したい理由。
 分類としての彼は、おそらくいたって普通の村人の少年であるはず。そんなちっぽけな存在に怯えるなどと全く理解できない話だ。一体何が、定義者の不安を煽っているのだろうか。
 しかし、そんな彼がこの舞台裏に、分類から外れに外れた者たちとともに侵入してきたのは確かな事実である。
 この時点ですでに少年も彼らも、普通の人間の分類でいることをやめてしまっているのかもしれない。

 

 「でもよ、幻影魔王。おめーが魔王から外れたい理由はそれだけじゃねぇだろ?」

 「?」

 

 思いがけない言葉に、エプロスは一瞬目を瞬かせた。

 

 「何の話だ?」

 「いや、一匹狼なおめーが興味を持ったものはルカのボウズだけじゃねぇだろって話だよ。あのヘンなお笑い混成軍に混じることに、何かしら期待してるんだろ?いや、分類から外れる意味での期待じゃなくてだな。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 ―――反論する言葉が見つからなかった。
 無意識に彼らのことを、知りたい知識とは関係の無い目で見ていた自分に、今さら気づかされる。
 自分は、ボケボケな会話を繰り返しながら旅をする彼らに、どこか憧れの眼差しを持っていたのか。
 ・・・・・・・・・・・・馬鹿な話だ。
 彼の動揺を知ってか知らずか、ブロックはエプロスにひとつ提案をした。

 

 「おめーは世界の裏事情とか魔力の謎とかを知る前に、知っとくべき感情を忘れているぜ。せっかくだしあいつらの旅についていって、それもついでに学んでこいよ。あいつら皆単純でイイヤツばかりだから、おめーのことも受け入れてくれるだろうよ。」

 

 魔王の一行のはずなのに彼ら全員が“イイヤツ”だというのは、どこかおかしい。これも分類から外れているせいだろうか。

 

 「・・・・なぜ、お前にそのようなことを言われなければならない。何が言いたいのだ、サーカス魔王よ?」

 「やーだねぇ、おめーは疑い深くてよぉ。若造のおめーが知らねーことなんて世の中にはいっぱいあるんだよ、まずはそれを知れ。そして同時進行でおめーの知りたいことも調べるといい。中年オヤジのオレ様から言えることはそれぐらいだ。」

 「・・・・若造、とはよく言ったものだな。私が何年生きていると思っている?」

 「オレよりはまだまだ若いって。精神的にも肉体的にもな、うらやましい限りだよほんとによぅ。」

 

 まだまだ若い、というが魔族は人間より寿命が長いものだ。・・・・もっとも、この世界における時間ほど疑わしいものなどないが。魔族の者はたいてい自分の年齢を覚えてはいないか隠している。ブロックが人間か魔族かは知らないが、彼の中では精神年齢と実年齢は関係ないと考えているようである。
 しかしブロックの自分に対する扱い方と態度に、エプロスもさすがに腹が立ったらしく顔を顰めた。
 だがブロックは、腕組みをしながら言い続ける。その言い方にはまるで、自立する子供を支援する親のような温かさがあった。少年ルカやサーカス団の団員たちに対する接し方とまるで同じに。

 

 「だっておめー、『幸せ』ってもんがなんだかわかってるのか?言葉としてはわかっていても、ちゃんと理解して味わったことあるか?うまいもん食ったときとか、おもしろい漫才を見せられて笑ったときとかのあの気持ちだよ。それを素直に感じたことあるか?知ってるか?」

 「・・・・・・・・・・・・。」

 「たぶん、これはアイツによる分類の影響もあると思うんだな。「魔王」としての感情が、自分の感情を覆い隠しているんだとオレは思うんだ。なら魔王の分類から外れたときにゃ、一丁前に人間らしい感情を出してみるのもいいんじゃないかね。」

 

 他人によって自分を分類されているのと、分類から外れ世界から居場所が失われるのは、どちらが幸せなのか。
 ブロックはあくまでも、分類から外れることが幸せだと思っているようである。外れることが幸せというよりも、誰かに束縛されることを嫌っているのだ。分類から外れて苦労したこともあっただろうに、懲りていないのだろうか。
 ―――いや。すでに世界のカベが綻び始めていることを察知しているからだろう。だから分類から外れても、恐れはそれほど感じていないのか。

 

 「・・・・・・・・おもしろい説教だな。頭の片隅にでも留めておこう。」

 「そりゃーありがたいな。で、ここからが本題なんだが。」

 

 これからが本題であったことに、エプロスは密かに項垂れた。
 だが、彼の話には聞いていてどこか惹きつけられるものがある。それを感じてか、エプロスは話を中断させず耳を傾けることにした。

 

 しかし。ブロックの発した言葉は、予想よりも遙かに頓狂なものだった。

 

 「おめー、サーカスに入らねぇか?」

 「・・・・・・・・・・・・っ」

 

 やっとのことで、エプロスは「はぁ?」というマヌケな声を出すのをぐっと堪えた。
 何を言っているんだ、この中年は。

 

 「オレ様のサーカス団な、元下水道魔王くらいしかオバケ団員がいない上に団員の人数がちょいと少ないんだよなー。ということで入らねぇ?今なら給料弾むぜ。」

 「・・・・砂漠の熱で頭が煮えたか?」

 「いやいやいや、すんげー真面目だぜこれでもよ。ひとりくらいはおめーみてーなイケた面の団員が欲しいと思ってたところなんだ。オレ様が雇った団員どもはどいつもこいつもイイヤツばかりだが、雰囲気がいまいちパッとしねぇんだよ。まあ元はといえば、行き場をなくした落ちこぼれを拾って集めたようなもんだから、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇんだが・・・・」

 

 大真面目に説明するブロックに、エプロスは頭を抱えた。
 つまり自分に、魔王を辞めたら人を笑わせ楽しませる芸人になれとでも言っているのか。
 冗談じゃない。

 

 「私はあくまでも魔王であるがな。道化師にでもなれと?」

 「あん?魔力ゼロの魔王なんて、はたから見りゃあ影魔王と同じくらい笑える話じゃねぇか。そんなんで魔術師を気取って、そのくせ魔力を探し求めたりして。その時点でおめーなんか、立派なピエロだと思うがね?」

 「・・・・・・・・・・・・。」

 

 腹が立つ前に、頭が一気に冷えていった。

 ・・・・言われずともわかっている。
 もともとエプロス自身も、「魔王」の分類からすでに少し外れたものであることは自覚していた。
 自身に存在しない魔力に焦がれるあまり、魔力の探求に夢中になって、世界の秘密にまで手を出したこと。それはきっと、人間の影を借りなくては存在できない魔王と同じくらい滑稽なものであろうことも、理解していた。自らの滑稽な姿を誰かに笑われないために、他人を遠ざけて活動していたこともあった。
 しかし、おかしいのは存在しない魔力や代わりに身に付けた奇術だけではない。
 「分類」に囚われ、少女のための演劇の中で踊っていること自体がすでに道化だったことに、やっと気づき始めた。この世界に住む全ての人が、意識無く道化師を演じていたのだ。

 目をそらしたエプロスを見て、それでもブロックは軽い調子を保ったまま笑う。

 

「おめー、笑われることがそんなにイヤか。自分が道化だと認めるのがイヤか?・・・・だったらお前、そもそもなんで奇術師のマネなんかしてるんだ。そのハデな格好も仮面も、お前にとって、何の意味があるんだよ?」

「・・・・!」

「お前のやってることってーのは、それこそサーカスの見世物みたいなもんだな。誰が見てるわけでもねえのに、お前は仮面をつけカードを浮かし幻を見せ宙を舞ってみせる。オレは面白くて好きだぜ。お前のそんなフシギなフシギな魔術がな。
 だがなー。聞きたいんだが、その魔術は・・・・芸はいったい誰に向けたものなんだ?お前はそーやって自分から道化をふるまって、仮面をかぶって、役を演じて、・・・・そうすることでなにか隠してるんじゃないのか。誰にも知られねーように。本当のことを・・・・たとえば、お前自身のこととかをよ。」

 

飄々と口がよく回る男を「謎の魔術師」は睨んだ。経歴を誰にも明かさない、自らについて決して語ることのない彼自身の内面にわざと土足で踏み入れるかのような言動に対し、その赤く冷たい瞳に、はじめて彼自身の感情が宿る。
 しかしブロックは彼の眼前に、頭にのせていた丈の長い黒いシルクハットを突き出した。

 

「いいか。魔術師奇術師っつーのは、人の前で奇跡を起こすんだ。お前の力はお前だけのもんだよ。お前の生き様も、お前自身のものだよ。それは誇りをもっていいもんだ、「分類」があろうとなかろうとな。お前が研究してた魔力だかも、自分を守るため、戦うため、あるいは誇りのためにあってかまわんと思う。
 ―――だが「奇術」は・・・・本来、それを見る誰かが必要なんだ。あっと驚いて、楽しんでくれるヤツがな。アイドルの歌と同じさ。だからこそオレにはお前の格好もやってることも、全て一人で堂々巡りしてるよーにしか見えん。孤高の一匹狼を気取ってるくせに、まるで大道芸人のようにふるまうお前のそのあり方が、オレは見ててなんか違和感があるんだよ。ミョーに食い違ってるっつーか。

 なあ幻影魔王・・・・いや、エプロスくんよ。お前が知りたいものって、なんなんだよ。お前は、本当は何を望んでいるんだ?」

 

暫し、その場に静寂が降りる。非日常の住人のような華やかな衣装をまとった彼らは睨み合ったまま、互いの姿を凝視する。
 ブロックの派手な服装は、シルクハットは、サーカスの芸を見るために訪れた人々のために。エプロスの派手な服装は、どんなショーでも着ていくことができる上等な礼服は、目が覚めるような赤色の蝶ネクタイは、その美しい道化姿は・・・・誰のため?

奇跡を見せる魔術師を演じる彼の観客は誰だ。戯曲の主か、夢見る娘か、彼の相手となる勇者や魔王といった者たちか、・・・・いっそただひとり自分自身なのか。仮面の裏、化粧の下に隠した素顔を、彼は誰に見せまいとしているのだろう。種も仕掛けも嘘も真実も明かさないマジックを、自分は誰に見せようとしているのだろう。

仮面をつけた役者としての自分。筋書き通りに踊る自分。これは舞台の上の衣装だ。役者がこの世界の主人公・・・・あの王女のための劇の一部であるなら、自分自身も、誰もがみな彼女のためのピエロ、彼の操り人形でしかない。
 それが分類だ。そんななにもかも決まり切った筋書きに、つまらぬ自らの運命に、彼はもはや愛想を尽かした。
 我々はしょせん回る歯車でただただ動く、からくり仕掛けのあわれな道化―――

 

 

―――ぽんっ!

 

「なっ!?」

 

突き出されたシルクハットがいきなり跳ねるようにして宙に飛び上がり、その中からハデな煙と謎の紙吹雪とともに、たくさんの花が降ってきた。そしてさらにその狭い空間の一体どこに隠れていたのか、ウサギのオバケたちが一斉にぴょこぴょこと溢れ出てくる。花の雨に加えて幾匹ものウサギたちまでも、エプロスの頭上にぼとぼとと降り注いだ。
 唖然と目を丸くした彼は、赤や黄、橙に桃といった明るく可憐な色の花々にまみれ、その上ウサギのオバケに頭や肩に乗ったりしがみついたりされたまま、身構えた姿勢そのままに立ち尽くした。そんな彼を見てブロックは、自らつくったシリアスな空気を自ら粉砕し、ゲラゲラと笑い転げた。

 

「わーはははっ!うひひひっ、どーだ、びっくりしただろー!がははは、声を上げて驚くお前、はじめて見たぞ!意外にかわいいところもあるじゃねーか、このこのう!」

 

・・・・派手にからかわれ派手に笑われたエプロスは、いくら普段から落ち着いていようと、今ばかりは恥と怒りを覚えざるを得ない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。サーカス魔王。お前・・・・これから私と一戦、勝負でもするか。極上の敗北を与えてやろう。」

「いやいやいやいやいやぜってー勝てねーからやめてくれって!すまんすまんホントすまん!おめーが怒るとジミにこえーなオイ!・・・・やーでも、まーでも、悪くなかったろ?こーやってびっくりすると楽しいだろ?なんかすっきりするだろ?な?」

 

思わず大事な仮面が脱げてしまったかのようなよくわからない恥ずかしさを覚えつつ、エプロスは何事もなかったかのように黙って花をはたき落としウサギを払いのけた。ウサギはまたシルクハットの中に入っていった。
 冷静な自分を意地でも維持し続けようとふるまう彼を見て、ブロックは落ちた帽子を拾ってにやりと笑った。怒ったエプロスに対して反省する様子は微塵もない。

 

「おめーが、あのボウズのことが気になってる理由。なんかちょっとだけわかった気がするぜ。」

「デタラメを言うな。私は彼の力について・・・・私が知らないことについて、ただ知りたいだけだ。それ以上の理由はない。」

「なんで知りたくなったのか・・・・については相変わらず何も言わねーんだなぁ。まあいいや、今のでおめーもわかったろう。これがオレの芸で、サーカスだ。頬の筋肉が鋼でできてるよーなおめーだろーとどこぞの誰だろーと・・・・こーやってびっくりさせるのがオレたちの仕事で、誇りなのさ。」

 

シルクハットを被り直しながらブロックは言う。帽子はその中になぜか何も入っていないかのように、至って普通に彼の頭の上にちょこんと乗った。帽子と彼の頭のわずかな隙間から、誤ってはみ出たウサギの前足が覗くといったことも無かった。

 

 「何度も言うけどな、確かにオレたちは歯車で、道化だよ。ボウズも、影の大将も、お前も。どーせベーロンの野郎から見りゃーこの世界のどいつもこいつもみーんな、ただの笑い種にしか見えんだろうよ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・でもな、そんなコトに恥を覚えなくていいんだよ。それが自分だって、堂々と胸を張りゃいーじゃねぇか。そうすることで初めてオレたちサーカス団は、道化を演じることができるんだ。人に笑われてるんじゃなくて人が笑ってくれてることに幸せを感じることで、自分自身輝くことができるのさ。たとえ社会の落ちこぼれだったとしてもな。ほれ、お前にだって個性があるんだからよ。それをサーカスで生かしてみないか?」

 

 それは、自分が落ちこぼれの存在であることをさり気なく言っているのか。
 しかし他意があって言っているわけではないらしく、むしろそのことをポジティブに考えろと言っているかのようだった。
 エプロスは強張っていた頬をようやく緩める。笑われるのではなく、笑ってくれている―――そう考えるか。面白い男だ。

 

 「フ・・・・わざわざ自ら分類から外れたはずのお前が、「サーカス芸人」の分類に胸を張っていいのかな?」

 「べつに分類に胸を張ってるんじゃねえ、自分自身の存在に胸を張るんだよ。ちなみに言っとくがな・・・・サーカスは人を笑わせるだけじゃねぇぞ。動物を操ったり、玉に乗ったり、綱一本を渡ったりで常人には出来ないことをやってみせるのがサーカスだ。それに対し拍手と金さえくれれば、オレたちはどんなに難しいなことでもできるんだよ。他人が驚き歓声をあげるサマを見るのはなかなか気分がいいぜ?」

 「・・・・やはり金も取るんだな。」

 「あったりめぇよぉ、団員どもに給料やらなきゃいけねーからな。オレも酒飲みたいし。」

 

 抜け目のない男だ。

 自分とは違い、人間らしい感情や言葉を見せつけてくる彼は、やはり分類から外れてしまった存在なのだろう。魔王の威厳の欠片もない。そういえば、今まで観察していた会長魔王といい水泡魔王といい・・・・どのニセ魔王たちも分類から外れたら皆それぞれの性格に戻ったように見えた。アイドル魔王や巨牛魔王は別として。
 この自分自身も、幻影魔王の分類から抜け出した時。本来の自分が自分の中に戻ってくるのだろうか。
 誰にも束縛されない自分自身―――「エプロス」の分類に、なることができるのだろうか。

 

 「おめーのその魔術、サーカスでは絶対人気が出ると思うんだよなぁ。客たちがみんな口を揃えて『ほんとに手品!?』って言うだろうよ、ははは!・・・・実際のところおめーの浮いたりなんだりのよくわからんソレは手品なのかは知らんが。」

 「まさか、それで金を儲ける気じゃないだろうな。サーカス魔王よ?」

 「どう考えるかはお前の自由だよ。オレ様はお前自身が光れる場所を提供してやろうと思っているだけさ。」

 「余計なお世話だ。」

 

 そっぽを向くエプロスを見て、にやりとブロックは笑う。
 ブロックの必要以上なお節介は今に始まったことではない。ブロックサーカス団自体が彼のお節介の塊のようなものであるし、分類の修正をするはずが消えかけた少年まで助けてしまったのだから。彼が意図せず分類から外れてしまったとしても文句は言えないだろう。そもそも、彼が影魔王に魔王マップを渡してしまったときから、世界はどんどん歪み始めてしまったのだ。彼の目に余る行動は周囲に影響を与えすぎている。そしてそのブロックのお節介は今、自分にも向けられているわけだ。

 

 「で、どうするよ。別に今すぐ答えを求めてるわけじゃねえ、いつでも入団者募集中だからな。」

 

 ブロックの世話になるのはあまり気分が良くない。それにやはりサーカス芸人なんて、自分の柄ではない。そもそも自分のこの姿に、語るほどの理由などない。・・・・あるわけがないのだ。
 彼はサーカスを「自分自身が光れる場所」と言っているが、自分が輝くのは魔力の研究を前にしたときのみではないのか?
 ・・・・輝いている、とは違うか。魔力を持つ者と魔力を持たない自分との違いを、研究と呼んで探していただけ。どうすれば己の魔力を高めることができるか―――それは好奇心というよりも、魔力や魔力を持つ者に対する羨望だったのかもしれない。そんなもので動いたところで、自分が本当に輝いているとは言えない。

 サーカス魔王は輝いているように見えた。その黒いシルクハットから奇跡の魔術を出してみせた時、その得意げな笑顔は、自信に満ちた道化姿は・・・・自分よりも遥かに眩しく、美しく、生き生きとしていた。道化を演じているくせに、まるでその姿こそが自分そのものだと主張するように。
 彼は孤独ではなかった。彼は彼自身を見る周りの者たちのために、そして自分自身のためにたくましく生きている。自らが世界のはみ出し者になってもなお、彼は落ちこぼれゆく誰かを見つけては手を伸ばし、這ってでも存在し続けようとする弱い意志を助けている。彼がそうする理由は、この閉ざされた世界のカベを破壊したいからなのか。それとも他に別の理由があるのか。よくわからない。しかし彼の魔法は、夢を与えるサーカスは、いつだって誰かのために―――今は自分のために披露された。
 かつて魔王だった彼には、今や魔力はない。「分類」もない。しかし彼はそれでも確かに輝いているのだ。

  

 強大な魔力がこの身に宿り、幻影魔王という分類に変わった時。
 誰もが羨むほどの魔力を有していたとしても、しょせんその力は借り物だった。喜ばしい反面、どこか悔しかった。自分のその強さは決して、自分の実力などではなかったのだから。だからこそ最初からこの魔力は、持ち主のスタンに返すつもりだった。本当の意味での自分自身の力を・・・・「分類」などにとらわれない自らの存在意義を、真の強さを得たいと思った。「分類」も何の力も持たないあの少年は、彼自身のひたむきな努力で磨き上げた真の強さを、確かにその身に宿しているのだ。彼は自分が持たない力を持ち、自分が知らないものを知っている。
 しかし、物語の根幹を支える強力な属性である「魔王」の分類から外れることは決して容易ではない。ことに世界の裏事情を知っている自分が無理に逆らい分類から外れたならば、タダでは済まないはずだ。一足先に自らの手で魔王を廃業したどころか次々にこの世界の予定をかき乱してゆくこの男ほど、自分は無鉄砲でも勇敢でもない。
 だが・・・・持ち主自身が自身の魔力を取り返しにきたなら。そうして自分が「魔王」の分類から外れたなら。
 彼らが最強の魔王に挑み、そして定義者のもとへ向かい、「分類」に異議を唱えるのならば。
 ・・・・自分も、ともに行くのも良いかもしれない。

 

 知るべきものを知るために、知りたいものを知るために。そしていつか、本当に望むものに辿り着くために。
 魔王ではない、分類から外れた「エプロス」として。

 

 そしてその自分の力を、探求するのではなく実際に光らせることができるのなら、
 やってみるのも面白い。
 それはいつになるかわからないけれど。

 

 

 「・・・・約束はできないが、考えておく。今は持ち越しにしておこう。」

 「ああそうかい。ま、気楽に考えて決めりゃいいさ。」

 

 言いながらブロックは、うんと伸びをした。
 そうして歯車タワーの出入り口に向かい、重い扉を開けた。
 開いた扉から塔の中に、砂漠に降り注ぐ夕日色の光と乾燥した暑い空気が流れ込んでくる。

 

 「んじゃっ、そろそろトリステに戻るわ。ベーロンの野郎に見つかるとマズイし、喉が渇いたっつってんのにここにゃ客に出す水もねえみてーだし。それに腹も減ったしな。・・・・そういやーおめー、ちゃんと飯食ってるのかー?まあ、元気ならそれでいいがな。
 ルカのボウズも影の大将も、お前もオレもまだまだ人生長いんだ。ちゃんと生きろよ!じゃーなっ!」

 

 言ってブロックは手をひらひらと振り、眩しい陽射しの中へと消えていく。
 エプロスは、黙ってそれを見送った。

 

 

 

 

 

 「若いって、ほんといいよなあー・・・・。ま、オレにとっちゃ今の方が充分充実してるけどな。」

 

 巨大なクモの姿をしたオバケたちを自力で身につけた青の魔法で一掃しながら、滴る汗をハンカチで拭った。
 トリステまでの道のりは、まだまだある。辿り着くには、この巨大な迷路を越えなければならない。
 魔王の魔力は全て失ってしまったし、命綱は自分で鍛えた分の魔力と中年のオヤジが持つ体力だけ。
 しかし、目の前に現れるのはオバケのみだ。人間に襲いかかることを使命とした、それ以外に分類を持たない生き物たち。この世界の邪魔者として作られた哀れな者たちに、自分が負けるわけにはいかない。負けたら最後、人としての名が廃る。それにもともとは自分だって魔王だったのだから、元魔王の名も廃る。
 元魔王、と聞いて脳裏に浮かぶのは、あの落ちこぼれの魔術師の姿だった。

 

 「サーカスっていうのも案外やりがいがあるんだけどな。まあ、時間なら余るほどあるしな。のんびり決めさせればいいか。」

 

 分類に操られるがままの人形ではなくて、意志を持った人間として存在する。その本当の楽しさを、アイツにも教えられればいい。
 生きるということの本当の楽しみを。
 まあ、それをするためにはこの分類世界を何とかしなければいけないのだが・・・・。

 

 「ま、なんとかなるだろ。」

 

 それにしても腹が減ったなあ、と彼は呟いた。













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