魔王と魔王の暇つぶし
白い雪原で彼らに出会った時。 幻影魔王ことエプロスは、緑映える樹木の上で人を待っていた。 『フガフガフガ・・・・』『シャキンシャキンシャキン』『きーきーっ』『ンーケマキナジ、ルーアンケーマ、キナジルア・・・・』 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 エプロスの周囲には、靄のような人魂のような・・・・はっきりしない容姿のオバケが数匹、それぞれ声を上げながら彼を護るようにゆっくりと旋回している。彼らの本当の姿は剣のような細長い生き物だが、戦闘態勢ではない間は移動しやすい、いわゆるお化け―――ゴーストのような姿に変化して活動しているようだ。または、その人魂のような姿こそが彼らの本当の姿で、危険を感じた時のみ戦いやすい姿にそれぞれ化けるのかもしれないが。 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 それに気づいてしまった自分は、もしかしたら不幸なのかもしれない。 しかし、自分と同じく踊らされていることに気づいた者が、もうひとりいた。 『「分類」から外れてみるなんざ、やってみりゃ簡単なもんだったぜ。』 そう言ってのけ、しかも言葉通り実行してみせていたのは誰だったか。 ―――ドンドンドン! 不意に、塔の出入り口の扉を叩く音がした。 「おーい、いるんだろー?オレだよ、オレオレ。」 「・・・・・・・・?」 聞き覚えのある声に、エプロスは首をかしげた。先ほどまで自分が脳裏に浮かべていた人物ではないか? 「なぜお前がそこにいる、サーカス魔王よ?」 「いや、それは今どうでもいーから。オレカギ持ってねえんだよ、ちょいと開けてくれ。早くしねーとオバケに囲まれちまう!」 どうするか一瞬迷ったが、相手は魔王達ではない。つまり自分が戦うべき相手ではなく、用意されたシナリオとは関係が無いため、普通に扉を開けてやっても多分問題無いだろう。鍵を手に入れさせるように仕向けた魔王一行だったら別だが。 「ひー、この砂漠ってばルーミルとは違って異常にあっちぃったらなんの。敵もつえーしよぅ。あー水くれるか?喉が渇いて死にそうなんだよ。」 「・・・・もう一度問おう。なぜお前がここにいるのだ?」 「ところでおめー、『オレだよオレオレ』って言ってくる相手に軽々しく私室の扉を開けるんじゃねーぞ。さっきのは玄関だったからよかったものの・・・・オレオレ言って結局正体不明なヤツに対して開けた途端襲われて私室内の金品が盗まれるとかよくある話だからな。玄関はともかく、私室への鍵はちゃんとかけたほうがイイってこった。そうそう、たいていオレオレ言う相手はロクなヤツじゃねーからよ。わかったか?」 「・・・・・・・・・・・・。確かにその通りだな。ならば今からでも追い出すことにするか。」 「あー、ちなみにオレ様は例外だからな。だからトランプ構えるんじゃねえって。」 大体、自分は私室があるような家に住んでいるわけではないのだから、そんなことを教えられても自分にとっては蛇足である。それにもし不意打ちで襲われても、自分には反撃できる自信があるので特に問題はなかった。そんなエプロスの考えを知ることなく、ひたすらにマイペースな調子でぺらぺらと話してくるブロックに、彼は心の中でため息をついた。 「サーカス魔王よ。お前はてっきり、あの男の目から逃れるためにも身を隠したのだと思っていたのだがな。」 「ああ、それは間違いじゃねぇぜ。でもアイツ、今は例のボウズに差し向ける最強魔王を作るのに熱中してるだろ?そんなアイツがこんな世界のスミに目を向けるとは思えんからな。おめーとボウズの対決もまだっぽいし。少しくらいなら大丈夫だろ。」 「・・・・。で、理由はなんだ?」 「ヒマなんだよ。」 怒りゲージがさらにアップして軽く睨んでくるエプロスに、理由なんてそんなもんだとブロックは笑って諭した。 「そういえばな、幻影魔王くんよ。ちょいと聞きたいんだがな。前にも言ったけどよ・・・・魔王マップのおめーの居場所がよく変わっていたと思えば、どうも「分類」から外れたようなことばっかりやってるらしいじゃねぇか。オレよりは上手く立ち回っているとは思うがね、ちょこちょこと影の大将の前に出て一体何がしたいんだよ?」 「・・・・お前がこの場に訪れた理由はそれか?」 「いんや、ただ気になっただけさ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 ブロックに問いかけられはしたが、エプロスはその質問に答える気が無いようであり、無言のままでいた。 「・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・。オレぁな。歯車ってヤツが昔からだいっきらいだったんだけどよ。」 エプロスから答えを聞くのを諦めたのか、それとも沈黙にただ飽きたのか。ブロックは歯車タワー内を見上げながら呟いた。 「この歯車タワーの外見だけは嫌いになれねーな。歯車なんてもん、しょせん何かを動かすための小さなアイテムにすぎないわけだろ?でもこの塔のてっぺんにあるでっけえ歯車はよ、地道に回り続ける他のヤツらとは違ってな。歯車として存在していることをまるで誇示しているかのようでさ、すげーキレイだったよ。」 彼が言っている歯車タワーの天辺の巨大な歯車。 「・・・・ずいぶんとお前らしくないことを言うな。」 「こんな社会の歯車として存在し続けるオレたちでもな、この歯車タワーの歯車のように存在を主張して輝けるんじゃないかと思えたのさ。」 影が薄いオレには無理な話だろうけどな、とブロックは付け足しながらも、その目はどこか憧れを抱いている。 「この塔は、お前が考えているほど美しいものではない。昔はどうだったかは知らないが、今ではひとりの魔王を育てる村につながる場所。この世界を支配する世界図書館と、「世界」の内を結ぶ中継地点として利用されているだけだ。・・・・外見は美しくとも汚れ役であることを忘れるな。」 歯車タワーの内部に生い茂っている植物は、この乾燥した夕日色の砂漠にはあまりにも不釣合いだった。しかし気候が異常な砂漠はもちろん、ポスポス雪原やトリステの町でもなかなか見ることができないその緑は逆に映えて見える。砂漠の真中にあるその塔はまるで、砂漠の中のオアシスのようである。 「ふーん、さすがは好奇心旺盛の幻影魔王くんだな。この歯車タワーについてはあらかた調べ尽くしたのか?ご苦労なこって。」 「そうでもない。私もこの塔については、よくわからないよ。いったい何のための塔なのか・・・・なぜ砂漠にこのような塔が建てられたのか。この砂漠がかつて「大きな世界」の一部であったときは、どういう意味をもつ場所だったのか。なにか文献などがあればよかったのだが。しかし上階を調べることはできないからな。」 汚れ役の歯車だと釘を刺してきたエプロスに、ブロックが腹を立てた様子はない。 「この塔を詳しく調べられないのも、言ってみりゃー「分類」のせいなのかねぇ。入っちゃいけないところは設定の事情、ご都合主義ってヤツかね?おめーの力がもうちょい優れていりゃ、外からてっぺんまで頑張って飛んでいって調べられたかもしれないのに。残念だなあ?」 「優れていれば、とは・・・・。もとより私に大層な力などない。私の術はともかく、魔力はしょせん借り物だ。・・・・なににしろあの男によって、さらなる裏側を認識する力さえも制限されているとするならば、これ以上この塔に関して調べることは不可能だろうな。」 制限されていなければさらに詳し知ることができただろうに、もったいないことだ・・・・とエプロスは無念の表情を見せた。 「で。結局おめー、答えは見つけたのかい?おめーがずっと追い求めていた、魔力とは何か、魔力を高めるにはどうりゃいいのか、っつー謎についてよ。おめーがあんなに魔力の探求に夢中になったのは、たぶんおめー自身の事情なんだろ?少しは納得できたのかい?」 「魔力はもともと、その者自身に宿る天賦の力だ。・・・・私はそれを与えられない代わりに、魔力にとらわれえないものを与えられたのだと考えた。誰にでもある、ただの個性がこの私にもあるのだということでその疑問を追求するのは今は一旦終わりにしたよ。・・・・それ以上にもっと知りたいことができたものでね。」 エプロスはふわりと宙に浮き、先ほどまで自分が座っていた木の枝に再度腰かけた。 「ははあん、なるほど。なんでおめーがあのボウズたちの前に現れていたのかと思っていたが、おめーも魔王の分類から外れたいんだな?そんでその企みに影の大将とボウズを利用する気だろ!」 「・・・・・・・・。」 否定はしない。 「・・・・魔王の分類から外れれば、今まで知ることができなかった、私の知りたいことがわかる気がしてね。それに、あの一行・・・・特に、サーカス魔王、お前が助言を与えていた少年・・・・なぜあの男は彼を恐れているのか。一見すれば何の変哲もない普通の少年だというのに、一体どこに恐るべきものがあるのか。それも知りたいのだよ。」 「あー?あんな地味ジミボウズのどこがコワイかって話か?そんなんあのビビリ分類マニアにしかわかんないだろうよ。」 「はは。言われてみればな。」 この世界の定義者が、普通の地味で存在感のないあの少年を恐れている理由。 「でもよ、幻影魔王。おめーが魔王から外れたい理由はそれだけじゃねぇだろ?」 「?」 思いがけない言葉に、エプロスは一瞬目を瞬かせた。 「何の話だ?」 「いや、一匹狼なおめーが興味を持ったものはルカのボウズだけじゃねぇだろって話だよ。あのヘンなお笑い混成軍に混じることに、何かしら期待してるんだろ?いや、分類から外れる意味での期待じゃなくてだな。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 ―――反論する言葉が見つからなかった。 「おめーは世界の裏事情とか魔力の謎とかを知る前に、知っとくべき感情を忘れているぜ。せっかくだしあいつらの旅についていって、それもついでに学んでこいよ。あいつら皆単純でイイヤツばかりだから、おめーのことも受け入れてくれるだろうよ。」 魔王の一行のはずなのに彼ら全員が“イイヤツ”だというのは、どこかおかしい。これも分類から外れているせいだろうか。 「・・・・なぜ、お前にそのようなことを言われなければならない。何が言いたいのだ、サーカス魔王よ?」 「やーだねぇ、おめーは疑い深くてよぉ。若造のおめーが知らねーことなんて世の中にはいっぱいあるんだよ、まずはそれを知れ。そして同時進行でおめーの知りたいことも調べるといい。中年オヤジのオレ様から言えることはそれぐらいだ。」 「・・・・若造、とはよく言ったものだな。私が何年生きていると思っている?」 「オレよりはまだまだ若いって。精神的にも肉体的にもな、うらやましい限りだよほんとによぅ。」 まだまだ若い、というが魔族は人間より寿命が長いものだ。・・・・もっとも、この世界における時間ほど疑わしいものなどないが。魔族の者はたいてい自分の年齢を覚えてはいないか隠している。ブロックが人間か魔族かは知らないが、彼の中では精神年齢と実年齢は関係ないと考えているようである。 「だっておめー、『幸せ』ってもんがなんだかわかってるのか?言葉としてはわかっていても、ちゃんと理解して味わったことあるか?うまいもん食ったときとか、おもしろい漫才を見せられて笑ったときとかのあの気持ちだよ。それを素直に感じたことあるか?知ってるか?」 「・・・・・・・・・・・・。」 「たぶん、これはアイツによる分類の影響もあると思うんだな。「魔王」としての感情が、自分の感情を覆い隠しているんだとオレは思うんだ。なら魔王の分類から外れたときにゃ、一丁前に人間らしい感情を出してみるのもいいんじゃないかね。」 他人によって自分を分類されているのと、分類から外れ世界から居場所が失われるのは、どちらが幸せなのか。 「・・・・・・・・おもしろい説教だな。頭の片隅にでも留めておこう。」 「そりゃーありがたいな。で、ここからが本題なんだが。」 これからが本題であったことに、エプロスは密かに項垂れた。 しかし。ブロックの発した言葉は、予想よりも遙かに頓狂なものだった。 「おめー、サーカスに入らねぇか?」 「・・・・・・・・・・・・っ」 やっとのことで、エプロスは「はぁ?」というマヌケな声を出すのをぐっと堪えた。 「オレ様のサーカス団な、元下水道魔王くらいしかオバケ団員がいない上に団員の人数がちょいと少ないんだよなー。ということで入らねぇ?今なら給料弾むぜ。」 「・・・・砂漠の熱で頭が煮えたか?」 「いやいやいや、すんげー真面目だぜこれでもよ。ひとりくらいはおめーみてーなイケた面の団員が欲しいと思ってたところなんだ。オレ様が雇った団員どもはどいつもこいつもイイヤツばかりだが、雰囲気がいまいちパッとしねぇんだよ。まあ元はといえば、行き場をなくした落ちこぼれを拾って集めたようなもんだから、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇんだが・・・・」 大真面目に説明するブロックに、エプロスは頭を抱えた。 「私はあくまでも魔王であるがな。道化師にでもなれと?」 「あん?魔力ゼロの魔王なんて、はたから見りゃあ影魔王と同じくらい笑える話じゃねぇか。そんなんで魔術師を気取って、そのくせ魔力を探し求めたりして。その時点でおめーなんか、立派なピエロだと思うがね?」 「・・・・・・・・・・・・。」 腹が立つ前に、頭が一気に冷えていった。 ・・・・言われずともわかっている。 目をそらしたエプロスを見て、それでもブロックは軽い調子を保ったまま笑う。 「おめー、笑われることがそんなにイヤか。自分が道化だと認めるのがイヤか?・・・・だったらお前、そもそもなんで奇術師のマネなんかしてるんだ。そのハデな格好も仮面も、お前にとって、何の意味があるんだよ?」 「・・・・!」 「お前のやってることってーのは、それこそサーカスの見世物みたいなもんだな。誰が見てるわけでもねえのに、お前は仮面をつけカードを浮かし幻を見せ宙を舞ってみせる。オレは面白くて好きだぜ。お前のそんなフシギなフシギな魔術がな。 飄々と口がよく回る男を「謎の魔術師」は睨んだ。経歴を誰にも明かさない、自らについて決して語ることのない彼自身の内面にわざと土足で踏み入れるかのような言動に対し、その赤く冷たい瞳に、はじめて彼自身の感情が宿る。 「いいか。魔術師奇術師っつーのは、人の前で奇跡を起こすんだ。お前の力はお前だけのもんだよ。お前の生き様も、お前自身のものだよ。それは誇りをもっていいもんだ、「分類」があろうとなかろうとな。お前が研究してた魔力だかも、自分を守るため、戦うため、あるいは誇りのためにあってかまわんと思う。 暫し、その場に静寂が降りる。非日常の住人のような華やかな衣装をまとった彼らは睨み合ったまま、互いの姿を凝視する。 奇跡を見せる魔術師を演じる彼の観客は誰だ。戯曲の主か、夢見る娘か、彼の相手となる勇者や魔王といった者たちか、・・・・いっそただひとり自分自身なのか。仮面の裏、化粧の下に隠した素顔を、彼は誰に見せまいとしているのだろう。種も仕掛けも嘘も真実も明かさないマジックを、自分は誰に見せようとしているのだろう。 仮面をつけた役者としての自分。筋書き通りに踊る自分。これは舞台の上の衣装だ。役者がこの世界の主人公・・・・あの王女のための劇の一部であるなら、自分自身も、誰もがみな彼女のためのピエロ、彼の操り人形でしかない。 ―――ぽんっ! 「なっ!?」 突き出されたシルクハットがいきなり跳ねるようにして宙に飛び上がり、その中からハデな煙と謎の紙吹雪とともに、たくさんの花が降ってきた。そしてさらにその狭い空間の一体どこに隠れていたのか、ウサギのオバケたちが一斉にぴょこぴょこと溢れ出てくる。花の雨に加えて幾匹ものウサギたちまでも、エプロスの頭上にぼとぼとと降り注いだ。 「わーはははっ!うひひひっ、どーだ、びっくりしただろー!がははは、声を上げて驚くお前、はじめて見たぞ!意外にかわいいところもあるじゃねーか、このこのう!」 ・・・・派手にからかわれ派手に笑われたエプロスは、いくら普段から落ち着いていようと、今ばかりは恥と怒りを覚えざるを得ない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。サーカス魔王。お前・・・・これから私と一戦、勝負でもするか。極上の敗北を与えてやろう。」 「いやいやいやいやいやぜってー勝てねーからやめてくれって!すまんすまんホントすまん!おめーが怒るとジミにこえーなオイ!・・・・やーでも、まーでも、悪くなかったろ?こーやってびっくりすると楽しいだろ?なんかすっきりするだろ?な?」 思わず大事な仮面が脱げてしまったかのようなよくわからない恥ずかしさを覚えつつ、エプロスは何事もなかったかのように黙って花をはたき落としウサギを払いのけた。ウサギはまたシルクハットの中に入っていった。 「おめーが、あのボウズのことが気になってる理由。なんかちょっとだけわかった気がするぜ。」 「デタラメを言うな。私は彼の力について・・・・私が知らないことについて、ただ知りたいだけだ。それ以上の理由はない。」 「なんで知りたくなったのか・・・・については相変わらず何も言わねーんだなぁ。まあいいや、今のでおめーもわかったろう。これがオレの芸で、サーカスだ。頬の筋肉が鋼でできてるよーなおめーだろーとどこぞの誰だろーと・・・・こーやってびっくりさせるのがオレたちの仕事で、誇りなのさ。」 シルクハットを被り直しながらブロックは言う。帽子はその中になぜか何も入っていないかのように、至って普通に彼の頭の上にちょこんと乗った。帽子と彼の頭のわずかな隙間から、誤ってはみ出たウサギの前足が覗くといったことも無かった。 「何度も言うけどな、確かにオレたちは歯車で、道化だよ。ボウズも、影の大将も、お前も。どーせベーロンの野郎から見りゃーこの世界のどいつもこいつもみーんな、ただの笑い種にしか見えんだろうよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・でもな、そんなコトに恥を覚えなくていいんだよ。それが自分だって、堂々と胸を張りゃいーじゃねぇか。そうすることで初めてオレたちサーカス団は、道化を演じることができるんだ。人に笑われてるんじゃなくて人が笑ってくれてることに幸せを感じることで、自分自身輝くことができるのさ。たとえ社会の落ちこぼれだったとしてもな。ほれ、お前にだって個性があるんだからよ。それをサーカスで生かしてみないか?」 それは、自分が落ちこぼれの存在であることをさり気なく言っているのか。 「フ・・・・わざわざ自ら分類から外れたはずのお前が、「サーカス芸人」の分類に胸を張っていいのかな?」 「べつに分類に胸を張ってるんじゃねえ、自分自身の存在に胸を張るんだよ。ちなみに言っとくがな・・・・サーカスは人を笑わせるだけじゃねぇぞ。動物を操ったり、玉に乗ったり、綱一本を渡ったりで常人には出来ないことをやってみせるのがサーカスだ。それに対し拍手と金さえくれれば、オレたちはどんなに難しいなことでもできるんだよ。他人が驚き歓声をあげるサマを見るのはなかなか気分がいいぜ?」 「・・・・やはり金も取るんだな。」 「あったりめぇよぉ、団員どもに給料やらなきゃいけねーからな。オレも酒飲みたいし。」 抜け目のない男だ。 「おめーのその魔術、サーカスでは絶対人気が出ると思うんだよなぁ。客たちがみんな口を揃えて『ほんとに手品!?』って言うだろうよ、ははは!・・・・実際のところおめーの浮いたりなんだりのよくわからんソレは手品なのかは知らんが。」 「まさか、それで金を儲ける気じゃないだろうな。サーカス魔王よ?」 「どう考えるかはお前の自由だよ。オレ様はお前自身が光れる場所を提供してやろうと思っているだけさ。」 「余計なお世話だ。」 そっぽを向くエプロスを見て、にやりとブロックは笑う。 「で、どうするよ。別に今すぐ答えを求めてるわけじゃねえ、いつでも入団者募集中だからな。」 ブロックの世話になるのはあまり気分が良くない。それにやはりサーカス芸人なんて、自分の柄ではない。そもそも自分のこの姿に、語るほどの理由などない。・・・・あるわけがないのだ。 サーカス魔王は輝いているように見えた。その黒いシルクハットから奇跡の魔術を出してみせた時、その得意げな笑顔は、自信に満ちた道化姿は・・・・自分よりも遥かに眩しく、美しく、生き生きとしていた。道化を演じているくせに、まるでその姿こそが自分そのものだと主張するように。 強大な魔力がこの身に宿り、幻影魔王という分類に変わった時。 知るべきものを知るために、知りたいものを知るために。そしていつか、本当に望むものに辿り着くために。 そしてその自分の力を、探求するのではなく実際に光らせることができるのなら、 「・・・・約束はできないが、考えておく。今は持ち越しにしておこう。」 「ああそうかい。ま、気楽に考えて決めりゃいいさ。」 言いながらブロックは、うんと伸びをした。 「んじゃっ、そろそろトリステに戻るわ。ベーロンの野郎に見つかるとマズイし、喉が渇いたっつってんのにここにゃ客に出す水もねえみてーだし。それに腹も減ったしな。・・・・そういやーおめー、ちゃんと飯食ってるのかー?まあ、元気ならそれでいいがな。 言ってブロックは手をひらひらと振り、眩しい陽射しの中へと消えていく。 「若いって、ほんといいよなあー・・・・。ま、オレにとっちゃ今の方が充分充実してるけどな。」 巨大なクモの姿をしたオバケたちを自力で身につけた青の魔法で一掃しながら、滴る汗をハンカチで拭った。 「サーカスっていうのも案外やりがいがあるんだけどな。まあ、時間なら余るほどあるしな。のんびり決めさせればいいか。」 分類に操られるがままの人形ではなくて、意志を持った人間として存在する。その本当の楽しさを、アイツにも教えられればいい。 「ま、なんとかなるだろ。」 それにしても腹が減ったなあ、と彼は呟いた。 |