ボクと魔王が真夜中に

 









 
 ルカは不意に目を覚ました。深く沈んだ意識に混じる、誰かの気配がしたからだ。
 音も立てずに起き上がると、室内は未だ夜の闇に満たされたままだった。窓からは青い明かりがかすかに差し込んでいて、暗闇に慣れた目は照明がなくとも物の輪郭を知ることができた。
 宿屋の一室の中に並んだベッドは4つ。ひとつは自分が寝ていて、隣からはキスリングの寝息が聞こえ、向かいにはビッグブルが大きないびきを立ててぐっすり眠りこんでいるのが見える。ロザリーとリンダの女性2人は別室を借りているので、この部屋にはいない。
 ふと目を凝らすと、室内で寝ている男集団の中に、エプロスの姿が見えないことに気がついた。ルカは起き上がり、エプロスが眠っていたはずのベッドを確かめてみた。掛け布団の中はからっぽだった。壁を見ると、彼が普段着ているチェック柄のベストがかけられていない。着替えて出ていってしまったらしい。

 

(散歩?・・・・・・・・こんな時間に?)

 

 ルカは眠かったものの、彼の行方が気になった。自分を起こすことになった先ほどの気配は、エプロスだったのだろうか。どこに行ってしまったのだろう。
 他の2人を起こさないようにして、ルカも上着を羽織る。こっそり部屋を出て、消灯されたラウンジまでやってきたが、そこに人の姿はなかった。やはり、外に出て行ってしまったのだろうか。

 

 

 消えたエプロスを追って宿屋を出たルカは、あくびをしながら、うんと伸びをした。ハイランドの夜は深く、未だ明ける様子がない。夜のシンボルであるあの大きな月はもはや傾きかけていて、早く流れる雲の合間に無数の星が瞬きつつも、闇の色はいつもより深く濃い。それでも氷のように青い月ときらめく星々の冷たく冴えた光は、集落の屋根と夜道をおぼろに浮かび上がらせるように照らしている。
 吸血魔王を倒して以来、このハイランド村の夜に漂っていた邪悪で得体の知れない空気はすっかりなくなり、辺りにはただ静かで穏やかな夜の世界が広がっている。深く呼吸をすると、深夜特有の湿った空気が身体を満たした。
 この村も平和になった今、ルカたち一行が目指す次の目的地は、ハイランドから吊り橋で渡ったユートピア回廊の先にある「世界図書館」―――その最奥である。今現在攻略中であるが、その内部の広大たるや、とても容易に攻略できるものではない。世界図書館の働き手である職員のひとりは、ルカたちが訪れた最初に「なかなかの広さをもつ場所」と言っていたが、「なかなか」どころではないほどにそこは広かった。そして敵もやたら強かった。
 ということで、今後の計画を練るためにも一行は、いったんハイランド村に戻ることになった。あーんな立派なダンジョンのすぐ近くに休める村を置いてくれるなんて、ベーロンもアレでわりと気が利くのね、とロザリーは精一杯の皮肉をこぼしていた。そのやりきれない怒りとともに、彼女も今疲れた体を休めてぐっすり眠っているはずである。それは他の面々も同じだ。

 

 そんな利用者に容赦のない図書館の攻略と、その奥に待ち受けているはずの図書館の番人にして宿敵・ベーロンとの戦いを前に、元・幻影魔王ことエプロスが協力してくれるようになったのは、彼にも都合があるとはいえありがたかった。
 彼もまた敵対するニセ魔王の一人だったのだが、このハイランドを訪れる直前に歯車タワーで戦い、敗北させたのちに旅に加わることになったのだ。そうして新たに仲間になった彼とともに、先日は最後のニセ魔王である吸血魔王を討伐した。

 しかしエプロスは仲間になってもなお未だ謎めいていて、どこか浮いてもいるようだった(物理的な意味でも)。まだ仲間になって日も浅いためか、あるいはこれまではずっとお互いに「敵」として接してきたせいか・・・・彼についてはルカも仲間たちもまだ何も知らず、彼自身もまた、自らのことを少しも語ろうとはしない。
 もとよりこの勇者と学者と一般人と魔王多数で構成されたよくわからない混成軍は、ひょんな理由から行動を共にしているいわば行きあいのような関係だ。互いの事情について親しく語り合う間柄でもなく、そもそもそこまで律儀な性格の人々でもない。なので互いのことをよく知ろうともしないし、知らなくても大した問題ではないという大雑把な空気さえある。・・・・もっとも、そこが自分たちらしいお気楽なところではあるのだろうが。
 しかし、それでも彼はそのようなお気楽メンバーの中にいてもひときわ超然としているようで、ルカは時折気にかかることがあった。それは彼の性格が他の面々より真面目だからか、あるいは彼のミステリアスな面差しに見せる影のせいか。「世界の裏事情」について知っていて、これまでルカやスタンの前にたびたび現れさりげなく導いていた彼は、仲間になった今でもやはり得体の知れない存在だ。一体何を考えているのかわからない。知りたいことがあるのだと、彼は言っていたが・・・・。


 ちなみに彼の知りたいこととは、ルカについてだという。しかしルカ自身にも、自分のことがさっぱりよくわからないのだ。だいたい、わざわざ知って得するほどのおもしろい秘密が自分にあるとは、ルカには到底思えなかった。彼はいったい自分に何を期待しているのだか。・・・・この混成軍を構成するメンバーは全員変わり者だが、エプロスもやはり例にこぼれず変わり者らしい。ルカは首をかしげて思ったものだった。

 

 そんなよくわからない彼だが、何がしたくてこんな夜半に外に出て行ってしまったのか。
 ルカはあたりを見回す。宿屋の前の広場に人影らしいものは見当たらない。湿った冷たい風が吹き抜けるだけで、虫の音ひとつしなかった。音のない夜は、不思議とぼやけた意識を覚醒させた。
 ルカは深夜の散歩のつもりで、外を探してみることにした。

 

 

 

高低差が激しいこの村には、最高点となる高台がある。いちだんと見晴らしのよいこの場所からは、村を一望することができる。高台の上に立ったルカは、月明かりの下に照らし出された、家々の屋根が点々と連なる小さな村の全景を見下ろした。
 星々瞬く夜空のカベに囲まれ、削り取られたかのようにそびえるこの村は、なにもかもから孤立している。自分が知っている世界―――懐かしい故郷のテネル村とも、多くの見慣れた人間が忙しく暮らす都市マドリルとも、清々しい湖のほとりの観光地リシェロとも繋がっていない、不思議な未開の地。
 誰も知らない、地図にない村。まるで何かのために慌てて用意されたかのようなちっぽけな集落は、風景こそのどかで綺麗だけれど、常にどことなく寂しげな風を吹かせている。

 

(・・・・・・・・なんだか、小さな箱庭みたいだ)

 

 小さく切り取った岩に、木を植え草を植え柵を立て、宿屋に道具屋、村人の家々なんかといった必要なものを必要な分だけ置いて作った、ちょっとした作り物のオブジェのよう。
 ならば昼間に村の道端にぽつぽつと立つ住人の姿は、オブジェの上の人形だ。
 夜の帳―――物語の幕が下りている時間は、この箱庭も静かに眠っているのかもしれない。舞台の照明が再び点くまでの間は。

 

 

 
 ルカは一望できる風景をぐるりと見渡し、村の裏手にある霊園の方角を見て気がついた。
 並んだ墓の前に人影が立っているように見える。思わず目を凝らす。
 彼の金色の髪は、夜の暗がりの中でもほのかに輝いているかのようだ。一人で佇むエプロスを見つけ、ルカは階段を下りて吊り橋を渡った。静寂に響き渡る足音に気づいたのか、エプロスは首だけを回して彼を見た。映えるような白い顔が、闇に浮かび上がって見える。

 

「・・・・ルカか。」

「ええと・・・・あのー。こ、こんばんは。」

 

 とりあえず、挨拶。今の場に不釣り合いであるような気がしたが、他に言いようもない。
 ルカの挨拶にエプロスは返さず、無言でまた墓を見下ろした。

 

「・・・・エプロスさん。こんな遅くに、どうしたんですか?寝なくて大丈夫なんですか?」

「その言葉はおまえに返そう。おまえこそ、早く眠ったほうがいい。・・・・こんな場所に来る必要はない。」

「?」

 

 ルカは首をかしげたが、エプロスは何も言わない。
 ハイランドに初めて訪れた日に、ルカはひとりで村中を見て回った。新しい場所に着くたびに、新しいものを見て新しい人から話を聞くのは旅の習慣であり醍醐味だ。この霊園も、すでに何度か訪れている。しかしここはあまり居心地のよい場所ではない。特に丑三つ時に訪れる墓場ほど、気味の悪いところもない。
 またルカが感じている居心地の悪さや気味の悪さは、ここが死んだ人が眠る場所だから―――という理由だけではなかった。

 

「そのお墓が、気になるんですか?」

「・・・・いや。たいしたことではないよ。ただ少し、ここで考えごとをしていただけだ。」

 

 考えごとをするならわざわざ、お墓に来ることはないのに・・・・なぜあえてこんな不気味な場所を選んだのか。墓の前に立つ白い顔の彼こそ幽霊に見間違えられてしまっても仕方がない。それで浮いたり消えたりしたらなおさらだ。
 彼に対する尽きない疑念をよそに、今度は彼の方が、墓標を見つめたままルカに尋ねた。

 

「ルカ。おまえには、この墓に書かれたものが読めるか?」

「え・・・・」

「おまえはこの墓に刻まれた名の意味をどうとらえる?」

 

 奇妙な問いかけだった。まるでなぞなぞのような。
 ルカは、思ったことをそのままに言った。

 

「・・・・・・・・まあ・・・・変ですよねえ。なんか、ちょっと気味が悪いし。正直、ボクにはよくわかりません。」

「変、わからない・・・・か。フッ、おまえにはこれが、そう見えるんだな。」

 

 エプロスはなぜか満足したように笑った。その言葉も、ルカからしてみれば奇妙だった。ルカはおかしなことを言ったつもりはない。その墓標を見て、本当にそう思ったのだ。以前からずっと思っていたことだった。この霊園にある墓はどれも、明らかになにかおかしい。
 そのまま暫し、会話が途絶えてしまった。エプロスはそれ以上何を言おうともせず、ルカもまた何を話せばよいのかわからなかった。あたりを包む静けさに、ルカは所在なく落ち着かない気分になる。ロザリーやキスリングといった他の人間味にあふれたメンバーとは違い、彼とはなんとなく、ふつうの世間話がしづらい。それが元魔王という経歴に基づいているのみならず、もとより彼の性格は浮世離れしている。
 今の質問の意図や、この「墓場」について知っているのかどうかの疑問でも尋ねてみようか。そう思い墓石から視線を上げたルカが、なにげなくエプロスの手元を見ると、彼の手にはなぜか一枚の仮面があった。
 それを見て思わず口走る。

 

「あれ、その仮面って・・・・」

「ああ。・・・・これか。これがどうかしたか?」

 

 目に留まったものをうっかり口にしてしまい、ルカは慌てて言葉を取り繕った。

 

「あ・・・・いや、ええと、なんとなく。エプロスさんって、その仮面・・・・なんか、いつも持ってますよね。戦うときとか、ときどきかぶってますし。あの、なにか、意味があったりするんですか?」

「ふむ。別段重要なものでもないが・・・・私にとっては、必要なものかな。」

 

 必要なもの?目を丸くするルカだったが、エプロスは気にした様子もない。しばらく静かに仮面を見つめていたが、ふとルカに視線を向け、急に妙なことを言い始めた。

 

「お前もこれをつけてみるか。」

「はあ?」

「気になるなら、貸そう。・・・・かぶってみればいい。この仮面越しに、君には何が見える?」

 

 そう言い、おもむろにエプロスは自らの仮面を差し出した。
 幻想的な装飾が施されたその仮面は、片目は眠るように固く閉ざされ、もう片目は何かを見据えるように大きく開かれている。その表情はシンプルだが妙にもの悲しげに見え、どこか不気味で、どこか滑稽でもあった。冷たく温度のない目、変わらぬ表情のままで息をすることを運命づけられた仮面。
 サーカスのピエロはときどき、笑いながら涙を流している。白塗りの人間味のない顔面に、華やかな模様とともに大粒の涙を描く。その理由をルカは知らない。これは、なにをモチーフにしてデザインされたのだろう。・・・・そう思いながらルカは、言われるがままそれを手に取ろうとした。

 

 

 

「そいつに触るな、子分!」

 

 ―――突如、ルカの影からスタンが飛び出した。
 長く黒い手は、差し出された面を素早くはたき飛ばす。飛ばされた仮面は、草むらに滑り込むようにして落下した。
 スタンの唐突な暴挙に、ルカはぎょっと目を見張った。

 

「スタン!?・・・・ちょ、ちょっと、なにしてんの!?」

「その面。・・・・ミョーな魔力のニオイがするぞ。なんかクサいな。キサマ・・・・今、なにをするつもりだった?」

 

 低い声で問い詰めたスタンは、注意深くエプロスを睨む。自身の面をはたき落とされたエプロスは、それでも動揺した様子を見せず、ただ深紅の瞳でルカとスタンを見るだけだった。
 湿った夜風が吹き抜け、彼らの髪を揺らす。エプロスは瞳を閉じた。

 

「別に、どうするつもりもないよ。私は、ルカやお前に危害を加える気などない。安心しろ。」

「ウソこけ。そもそも、余はまだキサマを信用しとらんからな。そのうさんくさくてよくわからん態度、余は前々から気に入っとらんのだ。いーかげん、企んどることがあるならとっとと白状しろ!」

「ウソではない。魔力の香りがするというのなら、それは私のものだからだろう。・・・・・・・・ただ、そうだな。少し興味があってね。」

 

 エプロスはこれまで動かそうとしなかった表情をほんの少し緩め、草むらに沈む仮面を眺めながら、わずかに微笑む。

 

「・・・・面を与えられぬ者が面をかぶったなら、いったいどう振る舞うのだろう、とね。」

「ワケわからんこと言うな、このうさんくさ男が!やっぱり、ソイツで何かするつもりだったのではないか!?」

「いや・・・・これはいたって普通の仮面だよ。今のは、言葉のあやというものだ。これも、たいした意味もない、ガラクタのようなもの・・・・。これをかぶったところで例えば操られるようなことも、苦しみ出すといったことも起きない。」

「だったらそーいう薄気味悪いこと言って薄気味悪いことをするな!変に警戒するだろーが!」

「不快な思いをさせたなら謝ろう。すまない。」

 

 あくまで淡々とした声で言いながら、エプロスは落ちた仮面を拾う。ただの仮面だったにしては、スタンの反応は妙に激しいものだったが・・・・。危害を加えるものではないにしても、もしかしたらなにか不思議な力を持つものなのではないかとルカは思った。よくわからないけど。
 ルカが疑う横で、スタンは彼をからかうように言う。

 

「わかっとるわ。どーせキサマなんか、深夜徘徊とヘンな仮面をつけるのが趣味のただの変人なのだろう?そんな変態趣味をついでに子分にも押し付けようという魂胆なのだな。いいか、こーいうのにはあんまり関わるんじゃないぞ、子分。」

「・・・・・・・・あのースタン。なんかそれ、すごい失礼・・・・。」

「誤解を招くような言い方はやめてもらいたいな。・・・・それに、コレはそこまで好きでつけているというわけでもない。それでも使っているのは、いわば呪いのようなもの・・・・だと、私はときどき、そう思うことがある。」

 

 エプロスの含みのある言い方を、スタンは鼻で笑った。

 

「フン、呪いだと?キザな言い回しもいいところだな。」

「私だけではなかろう。影魔王、君もそうだよ。」

「・・・・なんだと?」

 

 急に自身に話を振られ、スタンは疑い深い眼差しで彼を見た。
 美しい仮面を片手に、冷ややかな月明かりに映えた元・幻影魔王は薄い笑みを浮かべる。

 

「君も・・・・そしてこの世界の誰しもが、その手に仮面を持っている。その“役”にふさわしい仮面だよ。君たちは役者として仮面をかぶり、つくられた舞台の上でただ踊ることを、定められてきた。・・・・君たちは気づいてはいなかったがね。」

 

 死者の墓に囲まれて不吉な言葉を口にする魔術師は、まるで赤い目の死神のようだ。久しく見せたエプロスのかつての敵らしい冷笑は、スタンの癪に障ったらしい。普段ならば誰からどんなケンカを売られようと口だけのスタンだが、珍しくその声色が唸るように低くなり、ルカはぎくりと肩を強張らせた。
 ・・・・スタンが怒っている。彼が本気で怒ることは、めったにない。

 

「・・・・余が、つまらぬ仮面をかぶった、ニセモノの魔王だと・・・・。・・・・・・・・愚かなピエロだと言いたいのか、キサマ。」

「そうではない。しかし、私も君もしかるべき役割を与えられて、そうしてこの世界で生かされてきたのだよ。・・・・君の魔力が第三者によって都合よく管理されてきたこともまた、「魔王」という役の取り合いの一環にすぎなかった。吸血魔王はそれを知っていて、自らの運命に愛想をつかしてもなお・・・・切り分けられた力とともに、この村の者の生き血をエサに生きることを強いられてきたのだ。だがそれは私も他の魔王たちも・・・・そして君も似たようなものだ。そうだろう?」

「・・・・・・・・余とキサマらを一緒にするなっ!余は、生かされてなどおらん。ついでに強いられてもおらんわ!役割など知るか。余はそんなことかんけーなく、魔王だ。この世界でただひとり、ホンモノの魔王だ!ニセ魔王だった、キサマらと違ってな!」

 

 スタンは絵に描いたような歯をむき出しにして怒鳴った。

 

「言っとくがな、余の力は最初から全部余のモノだったのだぞ!で、余にそんなチョーすごい力があるのは、余が正真正銘、唯一無二の大魔王だからだ!・・・・いいか、“役”だの“面”だのというのはな、ホンモノでないからつけるのだ。魔王っぽいことを言ってみたりふるまったり演じてみたり、ウワベの運命を語ったり、嘆いたりして・・・・・・・・そーやって身のホド知らずな器に振り回されるキサマらは、しょせんその程度のただの役者。肩書きばかりで中身のない、魔王とは名ばかりの、ペラペラのニセモノにすぎんかったっつーことだ。
 ―――余は違うわ!」

 

 見た目はどう見てもスタンのほうがペラペラだけどね、と傍らでぼそりとツッコんだ瞬間、ルカはそのペラペラの拳でスパッと一発叩かれた。

 

「ちっ・・・・さっきからキサマひとりで、やたらなにもかも悟ったような顔をしおって。キサマこそつまらんヤツだ。冷めたヤツにつきあったところで、おもしろくもなんともない。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ベーロンのクソジジイもそうだが、キサマもどっかヒトを上から見ているよーなカンジがするぞ。・・・・気に食わんな。」

 

 どんな悪態をつかれても顔色一つ変えないエプロスと、自らの不機嫌を隠さないスタンの2人の間にはさまれ、張りつめた空気にさらされ、その気まずさにルカはいたたまれなくなった。いつになくシリアスな空気ではあるが、そもそもボクたちはこんな夜中に、人の墓の前でなにをしているのだろう。
 彼らのどこか一方的な言い合いに対しルカに何かを述べる余地は無かったが、ともかくどうにかして、この状況から脱出できないものか・・・・。

 

 

 

 

「・・・・あのー、なんでもいいがね、キミたち。夜中にあんまり大声出してちゃ、だいぶ近所迷惑じゃないかな?」

 

 あくびをこらえたような声が遠くから聞こえ、ルカが振り返ると、キスリング、そしてさらにはビッグブルまでもが、霊園に続く橋につながる崖沿いの階段を下りてくるところだった。
 思わぬコンビの登場に、ルカは目を見張った。どうやら彼らも起きていたらしい。助け船がきた!と先ほどから一人で焦っていたルカは、心の中で感謝の合掌をした。

 

「ふわあ・・・・こんな時間にこんなトコロでバトルッスか?バトルッスか?スタンのアニキもエプロスのダンナも、アツいッスねぇー。」

「キスリングさん、ブル・・・・2人まで起きちゃったんだ?」

「ていうか、ルカ君が着替えてたところでもう起きてたんだけどね、私は。なんかそろって人がいなくなったものだから、なーんか期待しちゃって。せっかくだからまーついでに、私も出てみようかと。」

「オレも飛び交うコブシにほとばしる汗、深夜の青春劇が繰り広げられるかもって思うとワクワクして、すっかりバッチリ目が覚めちゃったッスよ。」

「キモチワルい期待をするな、このアホどもが。」

 

 妙に妙な男メンバーが集結してしまった妙な墓場という妙な現場で、エプロスは素知らぬ様子で涼しい顔をしたままだったが、スタンは面倒くさげに舌打ちして渋い顔をする。そしてルカはというと、彼よりもさらに複雑な顔をした。よくわからないこの状況をロザリーが見たら、さぞかし呆れているところだろう。
 だいたいさっきから大声を出しているのはスタン一人であって、エプロスと自分は夜中であることを配慮しているつもりだ。勝手に怒っているのもスタンだけである。もちろん、スタンを怒らせるような言動でふるまったエプロスもエプロスだが。・・・・確かに今の場面は、傍から見ればただのケンカだったのかもしれない。おそらくキスリングは一部始終を聞いていて、若い彼らを諫めにきたのだろう。
 キスリングは、ふいに真面目な顔をしてエプロスを見やり、手を広げて問いかける。

 

「これまでもずっと、キミがなにやら悩んでいるようなカンジがしてたのは気づいていたよ、エプロス君。キミはスタン君にああ言っていたが・・・・キミこそ少々、「仮面」にこだわりすぎているのでは?」

「・・・・・・・・私が悩んでいるように見えた、と?フフ・・・・おもしろいことを言うね。だが、それは違うな。誤解だよ。」

「うーん。しかしねえ、なーんかまだキミは、人との距離をもう一歩縮められずにいるような気がするんだよなぁ。キミがなにを知っていてなにを考えているのかは、我々には知るすべもないがね。しかし、それよりもどうだろう。もう少し、打ち解けてみたいと思わんかね?」

 

 諭すような学者の言葉に、エプロスは沈黙したまま答えなかった。そこで空気を読んだのか読んでいないのか、ビッグブルが無邪気に提案してきた。

 

「おお、じゃーせっかくだから、どうッスか。アレッスよ、今からみんなで遊ぶッスかぁ?」

「・・・・な、なに?」

「はぁ!?なんでそーなるのだ!」

 

 スタンとエプロスの困惑の色に気にも留めず、ビッグブルは墓場のスミから木の枝を拾ってきてぶんぶんと振り回す。

 

「よっしゃ、こーなったら相撲大会でもするぜーオラ!今からオレ、土俵描くッスから!で、負けたヤツは朝メシのおかずをひとつ、勝ったヤツに渡すってことでいいよな!?・・・・ちなみにオレは今目玉焼きが食いたいんだぜ!」

「お、おいコラ待て待て。勝手に話を進めるな!このおめでたい単細胞めが!・・・・だいたい、余は相撲なんかできんぞ。実体がまだ戻っとらんからな。」

「おっと忘れてた、そりゃーすまねえぜアニキ!・・・・・・・・あーそいじゃー、ここはおとなしく、ダンナのトランプを借りてババ抜きか神経衰弱ッスね。」

「・・・・・・・・こんな夜更けにカードゲームがしたいって?」

 

 頭まで筋肉でできたようなビッグブルのぶれないマイペースぶりに、ルカとスタンはともども呆れたが、さすがはムードメーカー。彼の場違いな明るさは、先ほどまでの無意味に重い会話を吹き飛ばしてくれた。
 ビッグブルの深夜のハイテンションに圧倒されたらしいエプロスは、ようやくその瞳に人間らしい動揺を見せた。それを見たキスリングは、彼に向かってにやりと笑いかける。

 

「そうだなぁ。・・・・過剰な知識の量、不必要な頭の回転は、ときに重く苦しいだけの枷にもなりうる。例えば、べつに知りたくもないことを知ってしまったり、ついつい考えすぎてしまったりね。私もときどきそうなるよ。いやー、能ある者はつらいね!」

「や、キサマは脳があるだけの無能だ。カン違いするな、エセ学者。」

「だからまーともかく、エプロス君。せっかくだからキミも、もっと気楽になりたまえ。あまりマジメになりすぎるのも体によくないってね。同じ元魔王なのに基本的に単純平和思考な彼みたいに、ところかまわず笑うといいよ。あはは。」

「・・・・・・・・そりゃーひどいッスよ、先生ー。」

 

 若き仮面紳士の内心を果たして本当に汲み取っているのかいないのかはわからないが、それでもキスリングは構わずに言う。ビッグブルは傷ついたような顔をしたが、キスリングは彼のその能天気な明るさを褒めているのだろう。
 キスリングの年長者らしい助言にもエプロスは何も言わず、少年ルカと「魔王」スタン、「学者」キスリング、同じ「魔王」であったビッグブルを静かに見やった。そして肩をすくめるようにして、瞳を閉じて笑う。

 

 

「フッ。君たちもまた、不幸にして幸福だな。」

 

 エプロスは、ふわりと浮き上がる。

 

「夜も更けた。私は、先に戻るよ。」

「ええ、ゲームはしねぇんスか!?」

「ではな。・・・・・・・・おやすみ。」

 

 ビッグブルのショックを受けた声を流したエプロスは一人、宙を舞うようにして宿屋のほうへ飛んでいってしまった。あとに残されたルカとスタン、キスリング、ビッグブルは置いてけぼりになった。ビッグブルは悲しげに肩を落とし、逆にスタンは清々したとでも言いたげに、鼻を鳴らして腕を組んだ。
 エプロスの去っていく後ろ姿を見送ってから、キスリングは残った面子に向き直る。

 

「・・・・そうだね、では我々も、そろそろ戻って寝ようか。私もいいかげん眠くてねえ。」

「眠いんだったら最初からおとなしく寝とればよかったのだ。さわがしいのが増えたのはキサマのせいだぞ、エセ学者。」

「まあまあ。私たちが止めなかったらキミたちだって、ここで夜通し言い合ってただろう?ケンカするほど仲がいいわけだから、悪いことだとは言わんがね。」

「ケンカとかゆーな。余はあの物知った風な顔したヤツに、言っておきたいコトを言ってやったまで。余が本物の魔王だっつーことを、あらためて知らしめてやっただけだ。」

「それって、ケンカって言うんじゃないんスか?」

 

 物事を上から見ているかようなエプロスと、物事を上から見たいスタン、この2人が打ち解ける日はいつか来るのだろうか・・・・そう心配したルカだったが、考えてみればスタンは仲間の誰に対してもケンカ腰だ。案外これからもなんだかんだと言いつつ、こんな調子で付き合っていくのかもしれない。
 まあ、少なくともロザリーとの仲に比べれば、まだマシな関係ではあるだろう。たぶん。そう納得したルカは、ぞろぞろと宿に帰ろうとする男連中の背中を追って、歩き出そうとした。

 

 去り際にルカはもう一度、自分たちのの周囲に立ち並んでいる、物言わぬ墓たちをちらりと見やった。
 ルカから見れば、おかしな墓。奇妙なことが書かれている墓標。

 そのときはじめて、不幸にして幸福、というエプロスの言葉の真意をルカは考えた。彼は以前にも、ハイランドの村人に同じ言葉を口にしたことがある。
 ではそう言う彼は、幸福にして不幸なのだろうか。

 

「ねえ。スタン・・・・ブル、キスリングさん。」

 

ルカは不意に、2人の後ろ姿と背中の魔王を呼び止めた。きょとんとした顔で振り返るキスリングとビッグブルと、自分の影に引っ込むのをやめたスタンに尋ねた。

 

「ああ?」

「このお墓には、なんて書いてある?」

 

 ルカは先ほどエプロスがずっと見つめていた、その古ぼけたような墓石を示した。
 少年の奇妙な問いかけに、3人は、さも当たり前のように見えるものを口にする。

 

「なんてって・・・・なにを言っとるのだお前。フツーに、ヒトの名前が刻まれとるではないか。」

「誰かは知らないけど、きっとこの村に住んでる人のうち、どなたかの御先祖さまが眠っているのだろうね。スタン君もブル君もわかってるだろうが、こういうお墓にはあまりイタズラしてはいけないよ。」

「余は魔王だから関係ないわ。誰が入ってようと、余の知ったことか。」

「おやおや。そんなことじゃあ、この墓の主がオバケになってキミの夢に化けて出てくるかもしれんよ?私は別にいいんだけどね。ふふふふ。」

 

 彼こそオバケのように見える気味の悪い笑みを浮かべて脅かすキスリングに、ビッグブルは少々引いた様子で顔を青くした。

 

「・・・・いくらオレでもそれはイヤッス。とりあえず、テキトーにお参りしとくッスか。」

「いやいや、こういうお墓の場合、まずきれいな水で洗って磨いてきれいにして、掃除して花を手向けて線香とローソク焚いて経とか聖書とか読んでそれはもー必死にお祈りするものさ!なにしろ、御先祖さまのお墓だから。」

「めんどくさいわ。」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 言い合う3人のとりとめもない会話を聞いていたルカは、そうだったのか、とやがて得心した。
 ―――そうか。あの人・・・・そして自分が、これまでずっと何を見ていたのかが、ようやくわかった。
 彼らは疑わなかった。この墓の中に誰かが眠っているのだということを。それが本当かどうかもわからないのに、彼らは墓に刻まれた名前を信じ、それを誰かの御先祖様のものだと信じ、祈るかどうかの言葉を口にする。それは当たり前の反応だというように。3人は何も気づいていない。
 ルカは彼らから、そして傍らの墓から目をそらした。

 

 ・・・・彼らには見えないのだろうか?
 墓石の表面に確かに書かれている、「だれかの御先祖のものとして反応せよ」という、ト書きのような言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまり遅くまで起きていると、翌日の冒険にも支障が出てしまう。そろって宿屋に戻ったルカたちは、互いにとりとめのない会話を交わしたのち、早々とベッドにもぐりこんだ。部屋に戻ったとき、先に戻ったエプロスはすでに横になっていた。ただし彼は眠るときにも必ず仮面をつけるので、ルカはこれまで一度も彼の寝顔を見たことがない。彼は自らの隙となる側面を、決して他者には見せないスタンスらしい。
 明かりが消され、毛布の中に入ったあとも、ルカの目はずっと冴えたままだった。

 

 夜中にたったひとりで、誰もいない墓場に訪れていたエプロス。彼はきっと、あのト書きを読んでいたのだろう。素直に「反応」した3人とは違って、「反応」しなかった彼には、おそらくあれが読めていた。だから彼は自分に関心を持ったのか?「反応せよ」と指示されても従うことがなく、「よくわからない」と言い捨ててしまった、他の人間とは異なる目を持つ人間がいたのだから。
 彼は知っていたのではないか。あの「墓場」が、本当は―――何の意味も持たない、ただの退屈しのぎの、ちょっとした飾りのようなものかもしれない場所であることを。
 そしてこのハイランドという、魔王を育てるためだけにある村もまた・・・・きっと、似たようなものだ。
 劇から外れる、ということはきっとこういう感じだ・・・・と、ルカは思った。わずかな隙間から見たくもない裏事情が見え、うすら寒いメッセージが望まぬままに読めてしまう。これまで自分の目の前で正しい意味を成していたものから、信じていた必然性がことごとく消えていく。この世界が舞台の上にあることを、認識せざるを得なくなくなる。あのお墓がそこに立っていることさえ、本当は理由なんて、無いのかもしれない。
 あの「お墓」も―――結局は、「だれかの御先祖」っぽい人の名前が刻まれただけの、ただの石の板で。

あるいは、このちっぽけな世界、それ自体も。

 

 この世界に冒険の一部、飾りとしてただ散りばめられた、分類されるままの小道具たち。
 分類されるままに仮面をかぶり、ト書き通りに反応し、筋書き通りに喋る役者たち。
 自分も含めた、この世界のなにもかもすべてが、急に―――切り張りのボール紙でつくられた景色のように、まったく意味のないようなモノに、見えてしまうこと。

 

―――これは、幸せなことなんだろうか?

 

 

 周囲のベッドから再び寝息が聞こえ始めてからも、ルカは眠れずにいた。他の面々はやはり眠かったのだろう、数分も経たずにさっさと夢の世界へ行ってしまったようだ。エプロスもきっと、今は眠っている。
 暗闇の中、ルカはスタンに呼びかけた。

 

「・・・・・・・・スタン。」

「なんだおまえ、まだ寝とらんのか?」

 

 スタンは姿は現さなかったが(そもそもルカが寝そべっている間は影ができないので姿を現すにも現わせないし、その上照明を消した室内も暗すぎる)、ルカの体に接した影から声だけで応えた。そのことにルカはほっと安堵した。・・・・彼が自分の声に応えてくれるこの安心感は、これまで何度も感じてきたものだ。このシチュエーションも、どことなく懐かしい

 

「・・・・・・・・。あのさあ、スタンは・・・・さっきエプロスさんに言われたことって、気にしてる?」

「はぁ?なんで余が気にせねばならんのだ。あんなどーでもよいことを。」

 

 だよね、とルカは布団の中でため息をついた。実のところスタンはこう見えて、他人の言葉で傷ついたりウジウジと落ち込んだりする程度には情けなく繊細な心がある。先ほども口ではあのように強がっていたが、内では何を考えているのかわからない。ただし彼は傷つきはすれど決して自分を卑下することはせず、自信を失くしはすれど速攻で回復させる雑草根性も持つ。

 

「・・・・じゃあさ、スタンは・・・・自分がホンモノの魔王だって、本当に信じているんだね。」

「・・・・・・・・おいコラ。自分でもわかっとるだろうがキサマ、余にその質問は、「ぜひわたくしめを燃やしてくださいませ魔王様」と言っとるようなものだぞ。実行してほしいんかおまえ。」

「うん、わかってるってば。・・・・スタンは正真正銘の、この世界でただひとりの魔王だよ。」

 

 ルカの一言に、スタンは珍しく言葉を詰まらせたようだった。いつもは子分にさえ小馬鹿にされているぶん、どうやら少し驚いたらしい。
 ルカは仰向けになって天井を見上げる。

 

「もし・・・・ボクたちの世界が本当はすごくちっぽけで、うそっぱちで、実はまったく意味なんかないようなものだったとしてもさぁ・・・・。・・・・スタンはそれでも、「魔王だ」って、ずっと言い続けるんだよね。」

「・・・・。当然だろーが。余はそのために、そうしたいから生まれてきた。魔王として生きるために生まれ変わり、こうしてお前にとりついて、わざわざニセ魔王どもを退治してきたのだからな。それは本物で、これこそが余の誇りだ。世界がどうこうあろーと、今さら何を迷う必要がある。」

「・・・・たとえこの世界の誰もが、きみを「魔王だ」って、認めなくても?」

「認めなかったら、認めさせるまでだ。そのとき認めなかったことを、あとで思いっきり後悔させてやる。余の実力でな。」

 

 変わらないスタンの自信たっぷりな言葉に、ルカは笑った。魔王スタンの傲慢な性格や粗暴なふるまいは、ときには妙に頼もしくさえ感じてしまう。

 

「・・・・・・・・スタンは、なんていうか、すごいね。・・・・根っから魔王なんだねぇ。」

「フン、ようやくおまえも認めたか。後悔するぞ、おまえ。」

 

 スタンは、ツボから生まれ変わって出てきた自分の身に、「これを見る者は魔王として反応せよ」という分類が印されていなかったことを、今はもうわかっているのだろう。・・・・そう、そもそも最初から彼は、「魔王」などではなかったのだ。誰もスタンを魔王だと認めなかったし、今だってあんまり認められてはいない。力も身体も威厳も・・・・その身になにひとつ持っていなかった彼は、「魔王」役として、本当の意味で選ばれてなんかいなかった。かつてのある一時期を除いて。
 だけど、それでもいいとルカは思った。スタンにはずっと、「魔王」役に選ばれないままで―――このまま変わらないままでいてほしい。「―――として反応せよ」なんていうちっぽけなラクガキを勝手に書かれ、分類表に従って魔王という仮面をかぶらされた彼が、いつか、ただ演じるだけの存在になってしまいませんように。
 分類されない彼こそが、「魔王」という枠にはまらない今のスタンこそが――― 一番魔王らしいと、ルカは思う。
 彼がこれからも彼らしくある限り。この世界の物語が演劇でもニセモノでもない、確かな実体と意味を持つ現実なのだと信じられる。あんな“ト書き”を見てしまっても。
 ルカはようやく安心して、瞳を閉じる。

 

「・・・・おやすみ、スタン。また明日ね。」

 

 スタンは答えなかった。しかし闇の中の温もりも、確かにそこにあったまま、消えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。
 朝食の場にそろった男たちの顔の目元の黒いクマを見て、ロザリーはものすごく呆れかえり顔をしかめた。

 

「・・・・え、ちょっと、なにアンタたち。なんで全員そんなに眠そうなのよ!?」

 

「やー、ちょっと昨日は夜も遅くてねぇ。みんなでついつい夜遊びをしてしちゃったんだよねー。」

「やー、夜中に5人で枕投げ3時間、めっちゃ白熱したッスよねぇー。」

「・・・・そ、そうだね。」

「けっ。」

「・・・・・・・・。」

 
 口から出まかせを言いながらトーストをかじるキスリングと、眠たげに目玉焼きを頬張るビッグブルを横目に、ルカもスープをすすりつつ目を逸らした。「夜中に外に出て人んちの墓の前でケンカしてた」なんて言ったら、ロザリーには怒られること必至だ。おそらく4人そろってこの場に正座させられて説教されるに違いない(そしてスタンだけは影の中に逃げるに違いない)。それでもロザリーは「修学旅行中の男子中学生かアンタたちは!」とつっこみを入れたが。
 ルカの背後ではスタンは朝から不機嫌だと言うように顔をしかめており、向かいの席のエプロスはというと、もはや最初から何事もなかったかのような様子でコーヒーを口にしている。・・・・しかし彼だけは、昨日よりもどこか柔らかな印象を受けた。加えてなぜか彼だけ目元にクマもない。さすがカッコいい人は違う。
 5人で遊んでいたと聞いたリンダは、なぜかキラキラと目を輝かせる。

 

「えーっ、エプロス様も枕投げしてたんですかー?やーん、リンダも混ざりたかったー!」

「なんでコイツがいたら混ざりたがるのだお前は!」

「だってぇ、意外じゃないですかー。こんなクールな人が枕投げちゃうんですよー?そのギャップがたまんないわー!」

「私は枕投げなどしていない。お願いだから誤解はやめてくれ。」

 

 しかしリンダの言葉にルカは思わず、彼がふだん魔法を使うときのようなカッコいいポーズで枕を投げる姿を脳裏に浮かべてしまい、つい顔を背けて吹き出した。その様子をエプロスに見られてしまったらしく、じろりと睨まれた。
 そんなことはお構いなしに、ロザリーはまるでここにいる人々全員の母親であるかのような口ぶりで、隣室で繰り広げられたと信じている深夜の奇行を叱った。

 

「あたしたちも今じゃ大所帯なんだから、夜中にあんまり騒いだりするんじゃないの!リンダ、アンタもよ。宿の人に迷惑でしょーが。」

「はーい。・・・・でもでもー、エプロス様も加わってくれて、旅もすっごく楽しくなりましたよねー!カッコいいエプロス様がついてきてくれるって言ってくれたときはアタシ、もーうれしかったんですから。ねー、ロザリーさん?」

「それはまあ・・・・そうね。だいぶにぎやかになったし。それに、あたしとしても心強いわ。・・・・・・・・最初はまわりが魔王と元魔王ばっかになって、あたしの人生これからどうなるのかと思ったけど。」

「まあまあロザリー君。誰にしたってどうせ一度魔王から外れてしまえば、もうみんな同じ穴のムジナのようなものだろ?」

「・・・・同じってなによ、同じって。」

「いやー、ダンナはオレと同じくらいつえーッスから、バトルのベンキョーになるッス!いずれ一度、オレと手合わせしてほしいッスよー。」

「ですよねー!あたしもエプロス様に負かされたいわー!カベにドンって追いつめられて・・・・。いやーん!」

「え、なんで負ける前提なんスか。」

 

 リンダにロザリー、キスリングにビッグブルがそろって口々に言い合う。そんな会話を聞きながらエプロスはほんの少し首をかしげ、彼もおかしそうに笑い、まったく飾り気のない彼らを見やった。

 

「そう思うのか?・・・・・・・・フッ、物好きだな。君たちは。」

「ったく、どいつも調子に乗りおって。余はこんなヤツ知らんっつーの・・・・。こんなかっこつけのヅカ男など、しもべとしてさっさと捨て駒にしてくれる。」

「あーん!もースタン様ったら、ヤキモチはみっともないわー!」

「だから、なんでそーなる。」

 

 相変わらず勘違いをしたままのリンダを、スタンはもはや諦め気味にジト目でにらんだ。そんな「勇者のパーティー」とも「魔王の軍」とも言えないおかしな集団のおかしな会話の光景を、エプロスはわりとまんざらでもないような様子で眺めていた。
 そんな彼の優しげな笑顔を、ルカもまたどこかホッとした気持ちで見ていた。

 

 こののんきで誰もがマイペースを貫くパーティーの中で、かつての敵だった謎めいた「幻影魔王」は、今は彼自身の本当の素顔を見せ始めているような気がした。少なくとも以前ポスポス雪原やトリステで出会ったときに比べて、少しその身にまとう空気が変わったように感じる。彼は本当は・・・・案外根は穏やかで優しい人物なのではないか、とルカは思う。
 その素顔がこれまで、冷たくも美しい、動かぬ仮面によって隠されていたのなら?感情など求めてもいない機械的な指示にただ従い、冷徹な魔王として動かざるを得なかったのなら?
 ならばこれからはきっと、彼は新しい素顔を見せてくれるだろう。筋書き通りではない、魔王でもない、ひとりの人間としての彼の本当の本音が聞けるだろう。そのときこそきっと、今よりもっと親しくなれるように思う。

 

 そうしたらいずれ、本気でともに枕投げで遊ぶことになるのだろうか?
 ・・・・それはそれでなんだか、良いような気がする。

 

 

 

 

 

 でも。
 誰よりもマイペースにふるまう彼らが、素顔を見せるようになったエプロスが・・・・・・・・そして、あれほど強い意志を持つ魔王スタンがいつか―――再び、定められた演劇に飲み込まれ、誰かの手で「仮面」をつけられてしまったとき。巨大で複雑な舞台装置、その中にただの歯車として配置され、回り続ける大きな流れの中に組み込まれてしまうとき。
 舞台の上だけの存在となった彼らが、あらゆる筋書きやト書きに従って、ただ反応するしかできなくなってしまった、そのときは・・・・

 

 このおかしな仲間たちの姿ものんきな会話の光景も、仲間として一度結ばれた絆も、全て失われてしまうのではないか。

 

 

 過去の記憶をふと思い出したルカは、スープをすくう匙を止め、やかましく騒ぎ合う仲間たちをぼんやりと見つめていた。

 














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