ボクと魔王の存在意義
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湖のほとりにはリシェロの村がある。 「ルカ?そこで何をしておる。」 そこに、赤く美しいドレスを身に纏った長髪の少女の姿が、水面に映る少年の隣に現れた。 「魚を見ておるのか?」 「いや・・・・ちょっと・・・・」 もごもごと、はっきりしない声。元々無口で内気な性格で、あまり主張をしない彼は、人一倍影が薄い。そのため、彼自身もそれなりに苦労している。例えば幼馴染の少女に尻に敷かれそうになったり、周囲の人間によく振り回されたり、自分の影に大魔王が憑いていたり。 「・・・・ボクの姿を見てた。」 「ルカ自身の姿を、か?」 「・・・・はい。」 ルカは水面から目を逸らした。少女は水面から顔をあげ、ルカ自身を見る。 「なぜ、そのようなことをするのじゃ?」 「・・・・たまに、思うんです。・・・・いつか自分は、誰からも忘れられてしまうんじゃないかって・・・・」 「・・・・・・・・。」 少女はじっと、ルカの横顔を見つめていた。 「ボクは、分類表にも名前が書かれてないんです。何故だって何度も聞いたけど、誰にもわからないみたいで。・・・・なんでかな・・・・・・・・・・・・不安なんです・・・・。」 「・・・・ルカ・・・・?」 「ボクは・・・・王女様のように、自分自身の存在があることに意味があるようには思えません。あなたは王国の王女様でしょう?でも、ボクはふつうの村人で、ただそこらへんにいるような男なんだ。・・・・自分の存在する意味が・・・・・・・・・・・・」 わからない。 「・・・・。」 「今に、自分自身の存在自体がこの世界からいなくなってしまうんじゃないか。・・・・怖いんだ。 少女―――王女マルレインは、何を言うべきか言葉が見つからなかった。 「ルカ・・・・。わらわは・・・・」 「ふん。ずいぶんと情けない子分だな。一人の男が、こんな小娘に弱音を吐くのか?」 「・・・・!」 前触れも無く、ルカの影が伸びて異形を形作った。それには黄色いつりあがった目、口があり、意思があるかのように喋っている。ルカの薄い影にとり憑いた大魔王、スタンだ。 「何を言うか・・・・この宿主不孝者が。ルカが悩んでおるというのに、気の利いた言葉一つかけられぬのか?」 「くだらん。余が人間ごとき・・・・しかも子分のお悩み相談なぞする気ないわ。」 「別に相談しろと言ったのではないぞ、お前の耳は節穴か?わらわは言葉をひとつかけてやれと言ったのじゃ。」 「どっちも同じだろーが。そんなん時間の無駄だ。」 「ふん、どうせ暇を持て余しているのじゃろうに。」 「なんだとぅ?うるさいぞ小娘!余は常にニセ魔王どもをどう追い詰めるか計画を考えて・・・・」 「・・・・・・・・ごめんなさい2人とも。変なこと言っちゃって・・・・さっき言ったことは忘れてもいいから・・・・」 自分のせいで始まった2人の言い争いになんだか申し訳なさを感じ、ルカはスタンの言葉を遮ってすくっと立ち上がった。 「・・・・ロザリーさんに頼まれたやつ、買ってこなくちゃ。・・・・確か、木の実を12個だったっけ。」 「あ。ならば、わらわもゆくぞ。」 「・・・・いや、マルレインは宿屋で休んでいてください。申し訳ないですし。」 「いやじゃ!わらわは今退屈なのじゃ。わらわを道具屋まで連れて行け。これは命令じゃ!」 マルレインはルカに、手を差し出した。手を引いて連れて行け、という意味らしい。その手を握るか否か、ルカは戸惑う。 「さぁ、行くぞ。」 「・・・・・・・・は、はい。」 「なっ、子分!何小娘の命令を聞いておる!?キサマは余の子分だろーがっ!」 「何を言っておるか、スタンよ。ルカは7割がわらわの召使いだと決まっておるのじゃ。よって、ルカはわらわの命令を聞く義務がある!うるさい影はひっこんでおれ。これも命令じゃ。」 「何をーっ!キサマに命令される筋合いはないぞ!」 「ルカがわらわの召使いなら、お前はわらわの下僕じゃ。下僕は下僕らしく言うことを聞かぬか。」 「そんなんいつ決まった!」 「たった今じゃ。」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ魔王と王女に挟まれ、「あわわ」と困った顔をして無力に立ち尽くしているルカ。 「あ、おかえりルカ君。ごめんね、頼んじゃって。」 「いえ、平気です。」 宿屋に戻ってきたルカの手には、木の実が入った小さな布袋が提げられていた。 「王女様も一緒に行っていらしたんですか?」 「うむ。ルカの助けになろうと思うてな。」 「そんな、宿屋でお休みになればよかったのに・・・・」 「わらわとてたまには、体を動かさねばなるまい。それに、お前たちに全て任せるわけにはいかぬしな。」 マルレインの殊勝な台詞に、ロザリーは心打たれたように「さすがは王女様ですね」と呟いた。 「横断トンネルの先はどうなっているかわからないからね。もしかしたらこっちとは気候が違うかもしれないし、一応持っておくといいよ。あと、これ君の魔王マップね?」 「あ、はい・・・・ありがとうこざいます・・・・。」 ルカはマントとマップを受け取り、マントを目の前で広げてみた。 「次のニセ魔王は、どこか“死せる土地”にいるみたいだよ。なんか熱気に溢れた魔王らしいね。どんなオバケなのかなぁ・・・・」 「ふん、熱気があっても悪意がなければ魔王とは言わん!どいつもこいつも・・・・くそっ、余が封印されている間にこんなにもたくさんニセの魔王が現れていたとは・・・・余も不覚をとったものだな。」 ルカの背後の影から、慣れたようにスタンが身を出してくる。 「それにしても、死せる土地、ねぇ・・・・今まで来た道のりに、そんな死んだような場所なんてなかったわよね・・・・?」 「ならば答えは簡単じゃな。横断トンネルを通過した先の土地にいるのじゃろう。」 「あー、イヤだなぁそれ。トンネルの先がどうなっているのか気になってたけど、希望はなんかあまり無さそうだね。」 荷物の整理が終わって、のんびり足の爪を切っているキスリングが縁起の悪い内容のわりには爽やかに笑って言った。その言葉に、ロザリーとルカは少し苦い表情になる。スタンはさもどうでもよさそうにしているが。 「王女様、どうかしましたか?」 「いや・・・・なんでもないぞ。どんな敵が現れても、わらわとわらわの召使いたちが成敗すればよいこと。」 「全くだな。余も早く全ての力を取り戻さねば気がすまん・・・・相手がどんな者であれ、余の邪魔をする者は全員ひねり潰してくれるわ!そして皆、余の配下として服従させてくれる!」 「おお、さすがですスタン坊ちゃま!その威厳ある魔王っぷり、ジェームスは感激でございますぞ!」 「・・・・・・・・ジェームスさんいつの間に。」 「クックック。この世界にニセモノが何人いようが、本当の大魔王は余であるのだからな。しょせんどいつも余に比べれば虫けらも同然。余の恐ろしさを全世界に轟かせてやろうぞ!」 「ひゅーひゅー、カッコいいですぞ坊ちゃま!じゃ、わたくしはこれで。」 スタンはテンションが急上昇し、低く濁った声で気分よく笑った。 「・・・・わらわから見れば、その計画はどうあがいても無理に思えるがな。」 「あ、あたしも同感です。」 「なんだとキサマら!そろってその白い目はなんだ、余をナめとるのか?ああ?この無礼者がー!」 「無礼者はお前のほうじゃ!わらわにどのような口を利いておるのかわかっておるのか!」 マルレインとロザリーは、ルカの背後のスタンの正面に立って睨んだ。スタンも睨み返す。再び挟まれる形となったルカの頭上を、火花が華麗に散った。 「はん、どーせあんたは力が戻ったところで、その場であたしに倒されて終わるのよ!きっと世界征服どころか町ひとつにさえ知られることなく平和に片付けられるんじゃない?」 「もし運良く生き残ってルカの影に憑いていれば、サーカス入団も夢じゃないじゃろうな。」 「キサマら・・・・。聞いていればなんなのだ、このブジョクの嵐は!よく聞け、身の程を知らぬ安物赤白ワイングラスども!余はもー怒ったぞ。表へ出ろ、今こそ決着をつけてくれる!さあ子分、外へ出るぞ!」 「はいはいはい、なんとでも言いなさいよ昆布巻き魔王。あたし食堂行って夕食予約してくるから。」 ロザリーは宿の扉に手をかけた。予想していたよりも短かった展開に、ルカとスタンは一瞬呆けた。 「おろっ?・・・・こ、こらっ勇者!逃げる気か!」 「えーだって、お腹空いたし、戦う前に腹ごしらえかなって・・・・じゃっ。」 「余は腹など減らん!よって却下・・・・ちょ、おま!待て小娘!」 「ルカ、キスリング。わらわは夕暮れの散歩に出るぞ。夕食前には戻る。」 「はいはーい、いってらっしゃーい!」 部屋から2人が出て行く。そして、パタン、と扉は閉められた。 「うぐぐぐぐ・・・・余が・・・・余がこんな影じゃなければ・・・・あんなクソナマイキな女どもを一掃してやれるというのに・・・・!」 「・・・・まあ、そういうこともあるよ。」 「くそっ!子分に慰められるほど余は堕ちてはいない!」 「・・・・まあ、そういうことで。」 「どういうことだっ!さっきから適当に答えるな子分!あーもう疲れたー。やる気なくしたー。余は休む!」 一方的に言った後、スネたスタンはルカの影に引っ込んだ。ルカの影も普通の薄く黒い影に戻る。 「・・・・まあ、とりあえず・・・・明日のために鞄の荷物確認でもしたらどうだい?ははは・・・・」 「・・・・・・・・そうします。」 ルカは旅行鞄をベッドの端に乗せ、自らもベッドに腰掛ける。そしてふと、窓の外を見やった。 同時刻、散歩をしているマルレインもその輝きを見ていた。 眠れない―――わけではなかった。どちらかといえば、ぐっすりと眠れていた。 「起きろ、ルカ・・・・」 「んー・・・・う・・・・なに・・・・?」 普段それほど主張しないルカでも、無理矢理起こされればさすがに異議を立てた。 「これから外へ出るぞ。ルカよ、お前もつきあうのじゃ。」 少女の声に、だんだん意識が覚醒してくる。瞬きをすると、目の前の人物の姿がはっきり見えた。 「な、なんで?」 「理由はどうでもいいじゃろう。早くしろ。ただの散歩じゃ。」 ルカは自分の服を見る。上着は衣装棚にかけてあって、今は薄着(寝間着)で寝ていたところだった。ルカの顔が、これ以上はないというくらいに真っ赤に染まる。恥ずかしさと情けなさで、耳まで赤くなった。 「・・・・・・・・・・・・今着替えますから。・・・・マルレインは外で待ってて。」 「そうか?ならば、外におるからな。わらわをあまり待たせるでないぞ。」 パタン、と扉が静かに閉められた。 ルカとマルレインは、宿屋の外に出た。 「・・・・眠そうじゃな、ルカ?」 「・・・・そりゃ・・・・まあ・・・・」 「わらわは今日は、何故か妙に目が冴えてしまったのじゃ。そして、主人の散歩につきあうのは召使いの立派な役目。わらわと散歩できることを、誇りに思うがよい。」 「はぁ・・・・」 そんな理不尽な理由によって、自分は外に出されてしまったのか。 「え・・・・外に行くの?」 「わらわの召使いならば文句を言わずさっさとついて来るものじゃ。」 「外は危ないよ。」 マルレインの言葉に圧倒されることなく、事実を警告するルカ。 「そこらの敵ならば、お前一人でも倒せるじゃろう?」 「でも、たくさん出てくるって・・・・」 「大丈夫じゃ。そんな遠くには行かぬ。」 一体彼女は、何処に行く気なのだろう。 「それにもしもルカの命に危機が近づけば、身の危険を感じた魔王が飛び出してくるじゃろう。」 「キサマっ、余を利用する気か!」 今まで会話を聞いていたのか、マルレインの謀っているかのような言葉に瞬間的にスタンが飛び出してきた。 「宿り主は大切に扱わねば、あとでお前自身が後悔することになるからな。お前がルカを子分として使っているのならば、ちゃんとルカの身の安全くらいいつでも保障するべきじゃ。」 「なぜ余のような者がそのようなことを・・・・つか、それはキサマにも言えることだろーが。」 「こっちは王女と召使いという立場じゃ。召使いが王女を守るのは当たり前のことじゃろう?」 「・・・・なんだ、このビミョーに負けたような心持ちは・・・・」 静かな村に、スタンの複雑そうな声が響く。そしてやっぱり子分と召使いの両方を掛け持ちしているルカは、スタン以上に複雑そうな顔をしていた。 |