ボクと魔王の存在意義








 

 湖のほとりにはリシェロの村がある。
 水面に家々が建てられ、その桟橋から釣り糸を吊るせば何匹もの魚たちが釣れる、魚介の恵みに溢れた村だ。
 湖の向こうから涼風が吹いてきて、干された魚や食用水草がゆらゆらと揺れている。
 日暮れが近づく午後の穏やかな村。
 そこで一人の少年が、桟橋の下を眺めていた。
 水面に、少年の緑の瞳が映っている。水は透き通っていて、水面に反射した日光が顔に当たってちょっと眩しい。
 水面に映った少年の顔は、どことなく浮かない表情をしている。

 

 「ルカ?そこで何をしておる。」

 

 そこに、赤く美しいドレスを身に纏った長髪の少女の姿が、水面に映る少年の隣に現れた。
 そして少年―――ルカと同じように、桟橋の淵にしゃがみこんで水面を覗きこむ。
 少女の意志と好奇心の強そうな赤い瞳が、水面のルカの姿を捉えた。

 

 「魚を見ておるのか?」

 「いや・・・・ちょっと・・・・」

 

 もごもごと、はっきりしない声。元々無口で内気な性格で、あまり主張をしない彼は、人一倍影が薄い。そのため、彼自身もそれなりに苦労している。例えば幼馴染の少女に尻に敷かれそうになったり、周囲の人間によく振り回されたり、自分の影に大魔王が憑いていたり。
 それ故にはっきりと喋らないわけだが、今は違う理由らしい。
 今のルカは、言葉を言うのを少々躊躇っているようだ。

 

 「・・・・ボクの姿を見てた。」

 「ルカ自身の姿を、か?」

 「・・・・はい。」

 

 ルカは水面から目を逸らした。少女は水面から顔をあげ、ルカ自身を見る。

 

 「なぜ、そのようなことをするのじゃ?」

 「・・・・たまに、思うんです。・・・・いつか自分は、誰からも忘れられてしまうんじゃないかって・・・・」

 「・・・・・・・・。」

 

 少女はじっと、ルカの横顔を見つめていた。
 印象に残りにくい、極めて普通な顔。確かに、誰かにその姿を見られてもすぐに忘れられてしまいそうな、地味な顔立ちと服装だった。少女だって、今現在ともに旅をしていなければ、こんな少年のことはすぐに忘れてしまっていただろう。
 彼の緑の瞳に影ができる。

 

 「ボクは、分類表にも名前が書かれてないんです。何故だって何度も聞いたけど、誰にもわからないみたいで。・・・・なんでかな・・・・・・・・・・・・不安なんです・・・・。」

 「・・・・ルカ・・・・?」

 「ボクは・・・・王女様のように、自分自身の存在があることに意味があるようには思えません。あなたは王国の王女様でしょう?でも、ボクはふつうの村人で、ただそこらへんにいるような男なんだ。・・・・自分の存在する意味が・・・・・・・・・・・・」

 

 わからない。
 ルカはそう言おうとしたが、言うのが怖くなってしまい、口を噤んでしまった。
 自分の存在理由が、自分でもわからないことを認めてしまうことが怖かった。言ってしまったら最後・・・・誰にも存在価値を見つけてもらえなくなる気がした。
 マルレインはその言葉の先を求めなかったが、何を言いたかったのかは何となく分かっていた。俯いて黙ってしまう。

 

 「・・・・。」

 「今に、自分自身の存在自体がこの世界からいなくなってしまうんじゃないか。・・・・怖いんだ。
  変だね・・・・。・・・・今までそんなこと、考えたこともなかったのに。」

 

 少女―――王女マルレインは、何を言うべきか言葉が見つからなかった。
 ルカの心を明るくしたい。そう思いつつも、自分の無力さに情けなさを感じていた。

 

 「ルカ・・・・。わらわは・・・・」

 「ふん。ずいぶんと情けない子分だな。一人の男が、こんな小娘に弱音を吐くのか?」

 「・・・・!」

 

 前触れも無く、ルカの影が伸びて異形を形作った。それには黄色いつりあがった目、口があり、意思があるかのように喋っている。ルカの薄い影にとり憑いた大魔王、スタンだ。
 出てくるや、彼は呆れたようにルカに言葉を吐いた。スタンの言葉に、マルレインは苛立ちをあらわにする。

 

 「何を言うか・・・・この宿主不孝者が。ルカが悩んでおるというのに、気の利いた言葉一つかけられぬのか?」

 「くだらん。余が人間ごとき・・・・しかも子分のお悩み相談なぞする気ないわ。」

 「別に相談しろと言ったのではないぞ、お前の耳は節穴か?わらわは言葉をひとつかけてやれと言ったのじゃ。」

 「どっちも同じだろーが。そんなん時間の無駄だ。」

 「ふん、どうせ暇を持て余しているのじゃろうに。」

 「なんだとぅ?うるさいぞ小娘!余は常にニセ魔王どもをどう追い詰めるか計画を考えて・・・・」

 「・・・・・・・・ごめんなさい2人とも。変なこと言っちゃって・・・・さっき言ったことは忘れてもいいから・・・・」

 

 自分のせいで始まった2人の言い争いになんだか申し訳なさを感じ、ルカはスタンの言葉を遮ってすくっと立ち上がった。
 それを追うように、マルレインも立ち上がる。

 

 「・・・・ロザリーさんに頼まれたやつ、買ってこなくちゃ。・・・・確か、木の実を12個だったっけ。」

 「あ。ならば、わらわもゆくぞ。」

 「・・・・いや、マルレインは宿屋で休んでいてください。申し訳ないですし。」

 「いやじゃ!わらわは今退屈なのじゃ。わらわを道具屋まで連れて行け。これは命令じゃ!」

 

 マルレインはルカに、手を差し出した。手を引いて連れて行け、という意味らしい。その手を握るか否か、ルカは戸惑う。
 だがマルレインが「早く」と気を急かすので、仕方なく手を握った。
 それにより、王女様に対しこのようなことをしても良いのかという責任感や罪悪感と、異性と手を握るという年頃故の恥ずかしさから、彼の顔は青くなったり赤くなったりしている。しかし手を握る以前に、既に初対面で王女である彼女に抱きついてしまったという事実があるのだから、今更手を握るくらいのことで戸惑う理由もないはずなのだが。

 

 「さぁ、行くぞ。」

 「・・・・・・・・は、はい。」

 「なっ、子分!何小娘の命令を聞いておる!?キサマは余の子分だろーがっ!」

 「何を言っておるか、スタンよ。ルカは7割がわらわの召使いだと決まっておるのじゃ。よって、ルカはわらわの命令を聞く義務がある!うるさい影はひっこんでおれ。これも命令じゃ。」

 「何をーっ!キサマに命令される筋合いはないぞ!」

 「ルカがわらわの召使いなら、お前はわらわの下僕じゃ。下僕は下僕らしく言うことを聞かぬか。」

 「そんなんいつ決まった!」

 「たった今じゃ。」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ魔王と王女に挟まれ、「あわわ」と困った顔をして無力に立ち尽くしているルカ。
 このようなことは全て、日常茶飯事だった。

 ルカのその手に、少女の小さく温かい、まるで陶器のようになめらかな手が握られている、ということを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、おかえりルカ君。ごめんね、頼んじゃって。」

 「いえ、平気です。」

 

 宿屋に戻ってきたルカの手には、木の実が入った小さな布袋が提げられていた。
 もう片方の手には、マルレインの手が握られている。
 それには特に気に留めず、ルカに使いを頼んだ張本人―――女勇者ロザリーはルカの持っている袋を受け取った。そして中に入っている木の実を取り出し、4等分に分けて別の小袋に詰める作業を始める。

 

 「王女様も一緒に行っていらしたんですか?」

 「うむ。ルカの助けになろうと思うてな。」

 「そんな、宿屋でお休みになればよかったのに・・・・」

 「わらわとてたまには、体を動かさねばなるまい。それに、お前たちに全て任せるわけにはいかぬしな。」

 

 マルレインの殊勝な台詞に、ロザリーは心打たれたように「さすがは王女様ですね」と呟いた。
 実際はマルレインは何もしていないのだが、それを言葉に出して言うと怒られそうなのでルカはあえて黙っている。
 そんな黙っているルカに、ベッドの上に腰掛けているヨレヨレの白衣の男―――キスリングが、大き目の古いマントを差し出した。

 

 「横断トンネルの先はどうなっているかわからないからね。もしかしたらこっちとは気候が違うかもしれないし、一応持っておくといいよ。あと、これ君の魔王マップね?」

 「あ、はい・・・・ありがとうこざいます・・・・。」

 

 ルカはマントとマップを受け取り、マントを目の前で広げてみた。
 温かそうではあるが、着てしまうと戦闘では動きにくそうに思える。なんとなく裾を踏んでしまいそうな気がした。今は見ているだけで暑いので、畳んで自分の旅行鞄に詰め込む。
 そして魔王マップも腰のポーチにしまった。

 

 「次のニセ魔王は、どこか“死せる土地”にいるみたいだよ。なんか熱気に溢れた魔王らしいね。どんなオバケなのかなぁ・・・・」

 「ふん、熱気があっても悪意がなければ魔王とは言わん!どいつもこいつも・・・・くそっ、余が封印されている間にこんなにもたくさんニセの魔王が現れていたとは・・・・余も不覚をとったものだな。」

 

 ルカの背後の影から、慣れたようにスタンが身を出してくる。
 彼は、自身の力を使って大魔王を名乗る輩を倒し、力を取り戻すために旅をしていた。そのため、影の薄い少年ルカの影を借りて存在している身なのだ。それに振り回されるルカもルカで哀れな少年である。
 そして、そのルカとスタンとともに旅をしている仲間たちも、それぞれ個人的な理由を持って同行していた。

 

 「それにしても、死せる土地、ねぇ・・・・今まで来た道のりに、そんな死んだような場所なんてなかったわよね・・・・?」

 「ならば答えは簡単じゃな。横断トンネルを通過した先の土地にいるのじゃろう。」

 「あー、イヤだなぁそれ。トンネルの先がどうなっているのか気になってたけど、希望はなんかあまり無さそうだね。」

 

 荷物の整理が終わって、のんびり足の爪を切っているキスリングが縁起の悪い内容のわりには爽やかに笑って言った。その言葉に、ロザリーとルカは少し苦い表情になる。スタンはさもどうでもよさそうにしているが。
 マルレインだけは、その言葉に関わらずどこか好奇心に満ちた瞳をしていた。
 その瞳を隠すかのようにマルレインは目を瞑り、暫し考え事をする。

 

 「王女様、どうかしましたか?」

 「いや・・・・なんでもないぞ。どんな敵が現れても、わらわとわらわの召使いたちが成敗すればよいこと。」

 「全くだな。余も早く全ての力を取り戻さねば気がすまん・・・・相手がどんな者であれ、余の邪魔をする者は全員ひねり潰してくれるわ!そして皆、余の配下として服従させてくれる!」

 「おお、さすがですスタン坊ちゃま!その威厳ある魔王っぷり、ジェームスは感激でございますぞ!」

 「・・・・・・・・ジェームスさんいつの間に。」

 「クックック。この世界にニセモノが何人いようが、本当の大魔王は余であるのだからな。しょせんどいつも余に比べれば虫けらも同然。余の恐ろしさを全世界に轟かせてやろうぞ!」

 「ひゅーひゅー、カッコいいですぞ坊ちゃま!じゃ、わたくしはこれで。」

 

 スタンはテンションが急上昇し、低く濁った声で気分よく笑った。
 どこからか唐突に現れた魔王の執事は、スタンを褒めて褒めた後、風のように去っていった。相変わらず登場の仕方のくだらなさに定評のある執事である。しかしいつもは派手に登場する分、今回のさり気ない会話の加わり方は少し新鮮だった。
 そんなくだらないコントに、皆はただ呆れるだけだった。

 

 「・・・・わらわから見れば、その計画はどうあがいても無理に思えるがな。」

 「あ、あたしも同感です。」

 「なんだとキサマら!そろってその白い目はなんだ、余をナめとるのか?ああ?この無礼者がー!」

 「無礼者はお前のほうじゃ!わらわにどのような口を利いておるのかわかっておるのか!」

 

 マルレインとロザリーは、ルカの背後のスタンの正面に立って睨んだ。スタンも睨み返す。再び挟まれる形となったルカの頭上を、火花が華麗に散った。
 こうなると、今に喧嘩が始まるのは容易に予測可能だ。ルカはうんざりした様子で、キスリングに視線で助けを求めた。しかし、キスリングは足の爪切りに夢中で、このバカ騒ぎに気を止めることはないようだ。
 ルカもその平和な世界に逃げたくなったが、火種のスタンがルカの影にいる以上逃げることも叶わない。

 

 「はん、どーせあんたは力が戻ったところで、その場であたしに倒されて終わるのよ!きっと世界征服どころか町ひとつにさえ知られることなく平和に片付けられるんじゃない?」

 「もし運良く生き残ってルカの影に憑いていれば、サーカス入団も夢じゃないじゃろうな。」

 「キサマら・・・・。聞いていればなんなのだ、このブジョクの嵐は!よく聞け、身の程を知らぬ安物赤白ワイングラスども!余はもー怒ったぞ。表へ出ろ、今こそ決着をつけてくれる!さあ子分、外へ出るぞ!」

 「はいはいはい、なんとでも言いなさいよ昆布巻き魔王。あたし食堂行って夕食予約してくるから。」

 

 ロザリーは宿の扉に手をかけた。予想していたよりも短かった展開に、ルカとスタンは一瞬呆けた。

 

 「おろっ?・・・・こ、こらっ勇者!逃げる気か!」

 「えーだって、お腹空いたし、戦う前に腹ごしらえかなって・・・・じゃっ。」

 「余は腹など減らん!よって却下・・・・ちょ、おま!待て小娘!」

 「ルカ、キスリング。わらわは夕暮れの散歩に出るぞ。夕食前には戻る。」

 「はいはーい、いってらっしゃーい!」

 

 部屋から2人が出て行く。そして、パタン、と扉は閉められた。
 一気に静まり返る室内。
 ルカは、ほっと胸を撫で下ろした。それとは逆に、スタンは怒りでぶるぶると震える。

 

 「うぐぐぐぐ・・・・余が・・・・余がこんな影じゃなければ・・・・あんなクソナマイキな女どもを一掃してやれるというのに・・・・!」

 「・・・・まあ、そういうこともあるよ。」

 「くそっ!子分に慰められるほど余は堕ちてはいない!」

 「・・・・まあ、そういうことで。」

 「どういうことだっ!さっきから適当に答えるな子分!あーもう疲れたー。やる気なくしたー。余は休む!」

 

 一方的に言った後、スネたスタンはルカの影に引っ込んだ。ルカの影も普通の薄く黒い影に戻る。
 その場には、ルカとキスリングだけになった。

 

 「・・・・まあ、とりあえず・・・・明日のために鞄の荷物確認でもしたらどうだい?ははは・・・・」

 「・・・・・・・・そうします。」

 

 ルカは旅行鞄をベッドの端に乗せ、自らもベッドに腰掛ける。そしてふと、窓の外を見やった。
 空の青と夕日の赤が混ざって、日暮れの時刻を知らせていた。そして、ぽつんとひとつ輝く白い点を、ルカは見つけた。その輝きは、これから現れる無数の星空を予兆している。

 

 同時刻、散歩をしているマルレインもその輝きを見ていた。
 そしてその視線は水面に移り、リシェロが浮かぶ湖面のずっと先を辿っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠れない―――わけではなかった。どちらかといえば、ぐっすりと眠れていた。
 しかし、真夜中に目を覚ましてしまう破目になったのは、マルレイン王女のせいだった。
 突然、寝ているルカをマルレインが起こしてきたのだ。
 隣で寝ているキスリングを起こさないように―――キスリング自身のいびきが地味にうるさいので、それほど気を遣わなくてもよさそうだが―――、彼女は静かに声をかける。

 

 「起きろ、ルカ・・・・」

 「んー・・・・う・・・・なに・・・・?」

 

 普段それほど主張しないルカでも、無理矢理起こされればさすがに異議を立てた。
 しかし、マルレインの声と揺さぶりは止まない。
 仕方がなく、ルカは目を擦って布団から体を無理矢理起こした。
 半開きの眼で目の前の人物を見る。窓からの月明かりに、整った顔立ちと赤い瞳がぼんやりと照らされて、まるで夢の中で出会っているかのように幻想的に見えた。

 

 「これから外へ出るぞ。ルカよ、お前もつきあうのじゃ。」

 

 少女の声に、だんだん意識が覚醒してくる。瞬きをすると、目の前の人物の姿がはっきり見えた。
 途端に、ルカは顔を一気に赤面させる。
 夜に男女が同じ部屋で会うということに、変にルカは意識してしまったのだ。心臓がドギマギして、ルカは慌てて俯いた。
 年頃の少年で、しかも内気なルカのことだ。旅の中で普段常に行動を共にしていたとしても、まだ異性に対して慣れていないことはたくさんある。幼馴染のジュリアとさえ、共に行動していると恥ずかしかったりしたものだった。


 その相手が、美しい顔立ちをしたマルレインだったら尚更だ。

 別に今まで夜にマルレインに会ったり、真っ暗な部屋に2人きりでロザリーと話したこともあったが、大して意識したことは無かったというのに(ロザリーに対しては大きな勘違いを犯したことはあったが)。しかし、今唐突に湧き出てきた感情に、ルカは戸惑った。
 しかしマルレインがルカの気持ちに気づくこともなく。ついでに言うと、マルレインはルカに対して変な意識をしている様子はほとんど無い。

 

 「な、なんで?」

 「理由はどうでもいいじゃろう。早くしろ。ただの散歩じゃ。」

 

 ルカは自分の服を見る。上着は衣装棚にかけてあって、今は薄着(寝間着)で寝ていたところだった。ルカの顔が、これ以上はないというくらいに真っ赤に染まる。恥ずかしさと情けなさで、耳まで赤くなった。
 ちなみにマルレインは、その様子にさえ気付いていない。

 

 「・・・・・・・・・・・・今着替えますから。・・・・マルレインは外で待ってて。」

 「そうか?ならば、外におるからな。わらわをあまり待たせるでないぞ。」

 

 パタン、と扉が静かに閉められた。
 その瞬間、体内に溜まった二酸化炭素と体温が大きなため息によって外に吐き出される。
 キスリングの大きくも小さくもないいびきが、部屋の中に響いていた。

 

 

 

 

 

 ルカとマルレインは、宿屋の外に出た。
 湖に星と月の光が反射して、村全体がきらきらと宝石のように輝いている。しかし、このように美しく幻想的な景色だというのに、人は誰もいない。それがまた、夜のリシェロの儚さを強調していた。
 桟橋の上を、2人で歩く。
 ぎしり、ぎしりという桟橋が軋む音と、波を打つ湖の水面の音が夜の闇に吸い込まれて消えた。
 永遠に感じそうな静けさが、ルカとマルレインのいる世界を支配している。
 まるで、この世界が誰にも支配されることなく、自由であるかのように。

 

 「・・・・眠そうじゃな、ルカ?」

 「・・・・そりゃ・・・・まあ・・・・」

 「わらわは今日は、何故か妙に目が冴えてしまったのじゃ。そして、主人の散歩につきあうのは召使いの立派な役目。わらわと散歩できることを、誇りに思うがよい。」

 「はぁ・・・・」

 

 そんな理不尽な理由によって、自分は外に出されてしまったのか。
 出かかったあくびを飲み込む。うとうとしながらルカは、自分の一歩前を歩くマルレインの後ろを、足取り重くついていった。
 日中の暑いくらいの気温とは打って変わって、涼しい夜の空気が辺りを包んでいる。夕暮れ時とは違う風が湖面を撫で、さざなみが起きた。その風は2人の元まで届き、優しく髪を揺らされる。風の感触に水の音、頭上に煌く星空。まるで村全体が子供の部屋となって、子守唄が歌われているように感じる。
 そんな様子の村を、今2人は出ようとしていた。

 

 「え・・・・外に行くの?」

 「わらわの召使いならば文句を言わずさっさとついて来るものじゃ。」

 「外は危ないよ。」

 

 マルレインの言葉に圧倒されることなく、事実を警告するルカ。
 オバケに会うことを心配しているらしい。ウィルクの森付近のオバケたちなら一人でも軽く倒せるルカだが、ルーミル平原は仲間たちと共にやってきたので、一人で行くのが不安なのだ。それでもルカは、少し前よりも大分強くなっている。彼が怖いのは、大量の敵に囲まれることだ。
 オバケたちはその名のとおり夜行性らしく、夜は日中よりもたくさん出没するという。だからこそ一行は、普段夜は出歩かないことにしているのだ。

 

 「そこらの敵ならば、お前一人でも倒せるじゃろう?」

 「でも、たくさん出てくるって・・・・」

 「大丈夫じゃ。そんな遠くには行かぬ。」

 

 一体彼女は、何処に行く気なのだろう。
 行くあてが決まっているのだろうか?

 

 「それにもしもルカの命に危機が近づけば、身の危険を感じた魔王が飛び出してくるじゃろう。」

 「キサマっ、余を利用する気か!」

 

 今まで会話を聞いていたのか、マルレインの謀っているかのような言葉に瞬間的にスタンが飛び出してきた。
 マルレインはそれに動じることも無く、軽く言ってのける。

 

 「宿り主は大切に扱わねば、あとでお前自身が後悔することになるからな。お前がルカを子分として使っているのならば、ちゃんとルカの身の安全くらいいつでも保障するべきじゃ。」

 「なぜ余のような者がそのようなことを・・・・つか、それはキサマにも言えることだろーが。」

 「こっちは王女と召使いという立場じゃ。召使いが王女を守るのは当たり前のことじゃろう?」

 「・・・・なんだ、このビミョーに負けたような心持ちは・・・・」

 

 静かな村に、スタンの複雑そうな声が響く。そしてやっぱり子分と召使いの両方を掛け持ちしているルカは、スタン以上に複雑そうな顔をしていた。
 そんなこんなで、ルカとマルレインは村を出て行った。













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