勇者と魔王と元通りの世界

 






 「ここはリシェロの村だよ。」

 

 いつも通り、穏やかな朝の湖の村。

 

 爽やかな水の匂いと、どこかで朝ご飯を作るおいしそうな香りが風にさらわれてゆく。
 村の中心にある市場を歩いていたら、村人から感謝の言葉とともに甘そうな果物をもらった。普通ならそこは丁寧に断って返すべきなのだったのだろうが、どうしてもと言って押しつけてきたのだ。そこまで言われるとさすがにその思いを無駄にできなかったし、せっかくなのでその言葉に甘えてさせてもらった。おかげで手には朝日にきらりと輝く山吹色がある。私の髪と同じ、光の加護を受けた太陽の色。
 私はそれを、白い羽織の懐にしまった。これは後で宿屋で食べることにしよう。または、他の何かに使えるかもしれない。私はその村人と、市場を歩いていた自分自身に感謝した。おかげでよい物が手に入ったと思う。

 穏やかな風が、湖面を滑って村中に吹き渡る。少し前までの殺伐とした空気は、先日のうちに吹き飛ばされてしまった。
 村の者みんなが、どこか安心したような表情をして今まで通りの暮らしを始めている。
 そう、今までの毎日に戻ったのだ。いつも通り。

 大きな嵐が通り過ぎて、つまらなそうにしている人もいるけれど。でも、それは彼らが生きているからこそ思えること。
 私は別にその様子に腹が立たない。今の私は気分が良い。苦労したけど、脅威から彼らを護ることができたのだから。
 穏やかな村の様子を見て、私は満足しながら村の中を見回っていた。

 

 この村にも、やっと平和が戻ってきた。

 

 こんなに優しく美しい村の平和を、あの者の自己満足のために失くすわけにはいかない。
 弱き者のために剣を振るえ。我が手に持つ白銀の剣身は、悪を断ち斬るためにある。
 そしてこの身は、世界中の正しき者と、悪に命を狙われるか弱き王女のためにあるのだ。
 私の頭がそう言っている。
 だって、それが正義というものだから。

 

 「あ、勇者様!」

 

 また、私を呼ぶ声がした。振り返ってみると、簡素な衣服を身につけたふくよかな女性が立っている。
 にこにこと笑っていた。希望に満ちた、幸せの笑顔。
 私はこの顔が大好きだ。

 

 「あなたがあの水の遺跡に現れた大魔王を追い払ってくださったんですってねぇ。まー、お若いのに強いのねぇ!」

 「いいえ、私なんてまだまだですわ。でもご安心ください。スタンは、私がきっと打ち倒してみせましょう。」

 「あらあら、あなたのような大勇者がいると世の中も安心ね!そんな勇者様には私が面白いお話を聞かせてあげるわよ。岩ガメと石コロの話!コレ、とっても笑えるのよぉ!どう?聞いてみない?」

 「ああ、今忙しいので・・・・またの機会に聞かせてください。」

 「あらそう?まあ、すごく面白いのに・・・・でも仕方ないわね。聞きたくなったら話しかけてちょうだい。」

 

 私は女性と別れ、村の見回りを続行した。
 出会う人出会う人が、私を「勇者様」と呼んで慕ってくれる。当たり前だ。この村を救ったのだから。
 皆、私に期待しているのだ。この世界で、巨大な悪に立ち向かうことができるのは私しかいない。だから私は戦う。その役目を果たすのが、私の今の目的だ。私は彼らの期待に応えねばならない。世界中の命のために、この命を捨てる覚悟を持って戦わなければならない。
 そして世界を平和にするのだ。これが正しいことなのだ。
 大いなる勇気を持って、聖なる勇者として。

 

 ―――だって、正義ってそういうものでしょう?

 

 

 「オレがさあ、聞いたところによるとさあ、悪の大魔王がこの世界をねらってるんらしいんだよね。」

 

 幼い子供に話しかけたら、一方的にこんなことを言われた。これも、私に期待しているからだ。
 大魔王、この単語を私は心に深く刻みつけ、いつでも忘れないようにしている。
 言われなくても、私は知っている。

 スタン―――この世界を闇と恐怖で覆いつくし支配しようとしている、強大な魔力を持つ存在。大魔王と呼ばれ恐れられ、忌み嫌われているオバケたちの王。私が光の力と共にしているように、あの者は闇―――影を司っている、いわば対になる者だ。
 鬼のように村を破壊し尽くし、悪魔のような笑い声をあげる。水の遺跡で戦ったときもそうだった。遺跡の中で彼が世界を焼き尽くす儀式をしようとしていたところを、私が止めたのだ。
 何とか彼の計画は打ち砕くことができたが、彼は天の声の導きを知ることができる聖なる神子―――王女マルレイン様の持つ力を使って、再び儀式をすることをを企んでいる。そのために、スタンは彼女を殺すつもりなのだ。
 幸い、その遺跡で新たなる光の加護の力を手に入れた。それはきっと、私に宿る最後の力だ。この力と、今手にある伝説の勇者の剣があれば、かの大魔王スタンにも対抗することができる。
 いや、勝つのだ。全世界と―――マルレイン様のために。

 

 私は勇者。勇者の立場だから、私は正義の味方なのだ。

 

 マルレイン様を全力で護ってみせるのが、私の役目。

 たとえ、この身が滅んでも。

 この大勇者ロザリー、我が命はマルレイン様に捧げ奉らん。

 

 

 「ところでさあ。」

 

 その声に、私ははっとした。
 目の前にいた子供が、私を見上げていた。

 

 「大魔王と戦った勇者様ってさあ、もしかしてさあ、おねーさんのことなんだよね?」

 

 大きな赤いリボンと空色の髪が風に揺れる。
 この村の子供なのだろう。
 ・・・・初対面だ。この口調にデジャヴなんて感じない。

 

 「そうよ。どうしてわかったの?」

 「服がさあ、なんかボロボロなんだよね。あとさあ、なんか服がカッコいいんだよね。あとさあ、なんか顔がさあ、美人なんだよね。」

 

 勇者としてこんな考えを持つのはどうかと思うが、その言葉に不覚にも嬉しくなってしまった。
 私は美人でカッコいいらしい。うん、とても嬉しい。でも、服がボロボロだという。
 ・・・・・・・・後で服を繕わないと。外見で強さを判断する剣士だっているんだし。勇者は私だけだけど、勇者として見た目のカッコよさも気にしないと駄目よね。じゃないとスタンも私を見下すかもしれない。

 

 「それとさあ。」

 

 立ち去ろうとしたら、子どもが再び呼び止めてきた。まだ用があるらしい。
 そろそろ薬草や毒消し草を買い足さないと、これからの戦いに支障が出るかもしれないのだが。
 あとまだこの村の家の中を全部調べていない。もしかしたら役に立つアイテムもあるかもしれないし、お金になるものもあるかもしれないのに。あとスタンについて重要な情報も聞き出したいのだが・・・・。
 そのため今は村人にあまりかまっている暇はない。
 だが、ここで会話を遮ると勇者としてどうだろう。勇者のイメージダウンに繋がるかもしれない。
 なので、とりあえず話は聞いておこう。

 

 「・・・・何なの?」

 「オレが知りたいんだけどさあ、勇者様が戦った大魔王スタンってさあ、結局さあ、どんなやつだったのさ?」

 

 そう言われて私は簡単に答えようとした。
 しかし、肝心のスタンの姿がいまいち思い出せない。
 ・・・・あれ?

 

 「・・・・?」

 

 あんなに苦労したのに、あんなに傷つけ合ったのに。
 私はスタンの姿をはっきり見ていなかったのだろうか。あの遺跡、暗かったしな・・・・。
 なんか鬼のような姿だったかしら。でも、人間っぽい姿だった気もする。それとも、もっと大きくて黒くて・・・・毛深くて、角があって・・・・みたいな、厳かな感じだっけ?いや、あの魔王、角ってあっただろうか・・・・?耳は?口は?服は?
 それとも・・・・影のような真っ黒な感じだったっけ?
 そこにそいつが存在していたかさえも記憶が曖昧だ。
 とにかく、これだけは覚えている。記憶の中にある、ぎらぎらとした鋭い黄色の目。
 でも、これだけを言うのもなんだか変だ。容姿はあえて言わなくてもいいか。

 

 「手強かったわ。強力な魔法を使ってきて・・・・たくさんのオバケを引き連れていたわ。でも、私は勇者だもの。あんなヤツに負けはしないわ。」

 「わお、勇者様ってすごいんだよね。オレさあ、ちょっとそんけーしちゃうんだよね。」

 「ありがとう。それじゃおねーさん、忙しいから・・・・じゃあ。」

 

 そう言って私は、逃げるように彼女を後にした。
 私は曖昧なことはキライだ。全部「はい」か「いいえ」で答えられるような・・・・そんなはっきりとした判断で物事を考えたい。善悪もきちんと分類しないと、誰を斬ってよくて誰を斬らなくていいのかがわからないし。
 そしてそんな私から見ると、あの子どもの喋り方はなんかはっきりしなくて聞き取りづらかったりする。

 

 さてと、宿屋に戻る前にもう一度市場に行っておこう。何かこなしてないこと、手に入れてないものがあるかもしれない。
 そう思い、私は村の中央広場を横切った。
 そこで井戸端会議をしている人たちや、掲示板を見ている人が私をちらちらと見ている。私が大勇者であることに、興味を持っているのだろうか。それとも、この日傘のせいだろうか。でもこの日傘は私を優雅に美しく魅せる演出をしてくれる。
 ・・・・いや実際は、私は何故自分が日傘を差しているのかいまいちわかっていない。ただ自分の中に本能的に、この日傘を閉じたくないという思いが強く残っているのだ。過去に嫌なこと・・・・トラウマでもあったのだろうか。

 

 広場では四方に道が分かれている。そのうち私は、市場に繋がる道を選んだ。
 この村は湖の湖面に建物が建てられている。木で作られた桟橋を私が踏むたびに、ぎしりぎしりと軋む音がした。目を水面に移すと、その透き通る水の中に泳いでいる魚がちらちらと見えた。そういえば、先ほど話した女性の家の近くに、仕掛けたまま放置されて餌も食べられてしまった釣竿があった気がする。この村は魚介類の恵みが豊富なようだ。
 そして水面から顔を上げた私の目に、市場に降りかかる日光を遮るための屋根と同じくらいの高さにぶら下げられた、巨大な魚の日干しが映った。あまりの大きさに思わず凝視する。中々おいしそうだ。実はというと、私は魚が好きだ。もしかして、こんな大きな魚がこの湖で釣れるのだろうか。なら、私も少しは釣りをしてみたい気もする。勇者が釣った魚は、商人が高値で買い取ってくれると聞いたし。

 

 「あのー・・・・」

 

 そんな風に考えていたとき、私の右隣から声がかかった。
 村人が今度はサインでも求めに来たのだろうか。生憎私はそんなガラじゃないのだが・・・・。だって勇者だもの。
 そう思いながら振り返ってみると、ひとりの男の子が立っていた。

 

 「・・・・・・・・?」

 

 普通の男の子だ。が、しかし、突然その男の子の背後―――いや、その子の影から、「ひょい」という音と共に漆黒の異形の影が現れた。
 ・・・・見覚えがある。
 黄色い目と口の影、なんか地味な顔立ちの少年。
 誰だか思い出そうと、今度はその2人を暫し凝視した。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 男の子が、少し動揺したように私を見つめた。
 後ろの怪しげな影も物珍しそうに私を見る。なんだか久しぶりだな、という感じで。
 ・・・・・・・・久しぶり?

 

 「あら!」

 

 うわ、なんかすごく久しぶり!
 何日ぶりだっけ!?

 

 「あらあら!」

 

 何故だか知らないけど、なんか暫く会っていなかった気がする・・・・。
 何でだったかしら?
 口調がついオバサン口調になるのも気にしない。驚きでつい出てきた言葉だし。

 

 「あらあらあらあらあらあらあらあら!」

 

 この子は、

 

 「ルカ君じゃないのー!」

 

 何か影が薄いけど、確実に一緒に旅した仲間である―――ルカ君。
 ルカ君は安心したように、ほっと胸を撫で下ろしていた。何故そんなに安心してるんだろう。
 あたしも彼とやっと会えたことに、たまらなく安堵する。
 ・・・・やっと会えた?

 

 「もー、勝手にどこ行ってたの!?・・・・ってあれ?あたしがどっか行ってたんだっけ?」

 「そうですよ。」

 「たしかあたしたち、討伐の旅を・・・・?あ、そうだ!大魔王スタン!」

 

 すっかり忘れかけていた、魔王のことも思い出した。
 これからあたしが倒す魔王。どこにいたっけ、知っているんだけど。
 あ、そうだ。

 

 「・・・・は・・・・そこにいるわよねぇ。」

 

 そうそう、ルカ君の後ろにいるのが自称魔王スタン。通称ペラペラ魔王。
 あれ、でもなんであたしはスタンのことを探してたんだっけ?影だから倒せない、だからこいつの姿を戻して改めて倒すことになってたはずだけど・・・・。あたし、こんなことも忘れてたの?
 ・・・・どうして?
 忘れてたからこんな村で右往左往していたということ?その前にルカ君はどこに行ってたのかしら。・・・・いや、というか、今まであたしは一体何を?ここで魚見て何してたんだっけ?
 あれ。あれあれ??

 

 「????????????」

 「何を言ってるんですか?・・・・まあ、いいじゃないですか、どうでも。ほら、他のみんなも探さなきゃ」

 

 訳が分かんなくなって混乱するあたしに、ルカ君は思考を一旦停止させるように言った。ルカ君もあたしのことを不思議そうに見ている。

 

 「あ?え、ええ。まぁそうね。・・・・よく見れば、ほかのみんなもいないのね。バラバラになっちゃったの?なんでかしら?」

 

 なんかまだ納得いかないけど、分からない・思い出せないことは考えても仕方がない。あとで今の状況の詳細をルカ君に教えてもらおう。まだ頭の中が整理できてないし。
 それよりも、よくよく見ればルカ君とスタン以外に誰もいない。いつもならいるはずなのだが。
 誰がいたっけ、えーとそうだ、キスリングさんとリンダとビッグブル。あとマルレイン王女様。
 確か今の記憶の最後は、下水道の奥でおかしな魔法陣を調べていたときまでだ。ルカくんがそれに乗ったはずだけど、その後何があったのか覚えていないのだ。あたしは別に乗ってないから、あたし自身に何かあったとは思えないんだけど・・・・。
 リンダやブルはともかく、キスリングさんならその後を知っているかもしれない。今のあたしについてや今の旅の状況を。

 

 「じゃあとにかくキスリングさんは探しましょ。あとの2人は・・・・やっぱ探すの?」

 「いや、探しましょうよ・・・・」

 「ふん、役立たずでも余が拾ってやらねば奴らも暇だろう。あいつらにも余の子分と同じくたっぷり働いてもらわんとな!さ、さっさと迎えに行くぞ。余は早くニセ魔王退治に戻りたいのだからな。」

 

 スタンの威張ったようなセリフにさえ懐かしさを感じつつ、あたしは適当に言い返しておいた。
 とりあえず混乱することは置いといて、あたしはルカ君とリシェロを出ることにした。この村の中には4人ともいないみたいだし、いるとしたらマドリルやテネルの方だろう。
 それにしても今まで、なんか勇者があたしだけだったり、スタンがなんかスタンができなさそうな魔王らしいことをしていたような気がする。なんか世がすごく荒れてて、大魔王とかいろいろ騒いでて・・・・。確かマルレイン王女様と似たような人と会ってたような気がするけど、その人はたぶん別人だった。と思う。あと光の力が何やら、伝説の剣が何やら・・・・そういうものを持ってた記憶もある。でもあたしはそんな物持っていないのだ。今持っているのは、いつもの使い慣れたレイピアだけ。
 あの時、あたしは確かに「勇者」だった。なんかすごい勇者だった。・・・・でも、勇者だということは、今だって変わらない。

 

 あたしは勇者。正義の味方になるための勇者なのだ。

 

 勇者として倒すべき相手は今、目の前にいる。魔王スタン。でも、そんな物語に沿って急いで倒すような相手ではない。大体、倒すのはスタンの実体が戻ってからだ。あたしは肩書きで勇者をしているのではない、自分の意思で勇者をやっているのだから。いつ倒そうとあたしの勝手なのだ。それにヤツは、性格は邪悪だがやることは所詮偽悪者だ。これを言ったら本人は絶対怒るけど、大魔王だからってそんなに気を使う必要はない気がする。
 勇者として、絶対にスタンを倒すという信念だけは変わることはないけどね。

 

 3人で広場を横切ったとき、この村の子どもであるオレがオレがって言う女の子と話した。今日も相変わらず変わった口調をしている。
 ルカ君の影を乗っ取るスタンに興味を持ったらしい。

 

 「あ、これってさあ、金持ちの子が言いふらしてたさあ、ヘンな影なんだよね?」

 「そうだけど・・・・」

 「ヘンな影って言うなこの小娘!余は魔王だ!」

 「オレがさあ、思ってたよりもさあ、案外薄っぺらくて小さいんだよね。」

 「キサマ・・・・薄っぺらいとか言うなコラ。余だって気にしておるのだ・・・・」

 

 幼い子供相手にしょぼんと落ち込むスタンを見て、思わず吹き出してしまった。スタンのほうがよっぽど子どもだ。薄っぺらくて小さい魔王。うん、今度喧嘩になったときはこの単語を使ってみよう。やはり子どもから見てもこいつはただのペラいペーパー魔王なのだ。
 ルカ君も苦笑して背後のスタンを見上げていた。その目は、今までにないくらいに嬉しそう。何かあったのだろうか?
 まあ、別になんでもいいか。きっとなにか嬉しいことでもあったのだろう。
 そんなとき、懐に何かごろっと固い感触を感じた。
 ごそごそまさぐって取り出してみると、それは山吹色の小さめの果物だった。
 あたし、いつ手に入れたんだろう?どうして持っているんだっけ。
 でも、どうでもいっか。
 考えるのが面倒なので、あたしはこれを目の前の女の子にあげちゃうことにした。なんかじっと見てるし、あたしもお姉さんらしくあげてもいいかな。

 

 「ねえ、これいる?おねーさん今別にいらないから。」

 「・・・・オレさあ、こういう甘いものってさあ、実は大好きなんだよね。ありがとーおねーさん!」

 

 彼女は喜んで受け取り、そして走ってどこかへ行ってしまった。
 見返りがあるわけじゃないけど、あたしは別にそんなの期待していない。あたしはただ、こういう人の喜ぶ顔が好きなのだ。
 背後ではスタンは笑っているけど。

 

 「ククク、キサマがガキ相手に物を無駄にするとはな。どういう風の吹き回しだ?」

 「あのねえ、こういうことはいつもやってるわよあたしは!勇者として一日一善を心がけてるし!」

 「ふん、どーだか。」

 

 その言葉にあたしは言い返そうとしたけど、視界の隅で困ったように笑っているルカ君を見つけ、あたしは仕方なく言い返すのをやめた。
 とりあえず今は、このバカ魔王と喧嘩している暇はない。キスリングさんとマルレイン王女様を探さないと。あとついでにリンダとビッグブルも。あんなんでも一応重要な戦力だしね。
 ここに姿が見えない限り、これから探すしかないのだが。何故か彼らとは必ず再会できるだろう・・・・という、不思議な安心感があった。何故だろう?世界は広いから、皆バラバラになったからもう会えないかもしれないのに。

 

 ポケットからわんさか出てくるただの雑草(一体なんでこんなものを持ってるんだろう、あたし・・・・)を後で道端に捨てることを決めつつ、あたしはルカ君とともにリシェロの出口を目指して歩いていった。

 

 この日、世界が再び狂いだしたこと―――正確には「元通りの世界」に戻ったことに、あたしが気づいているわけもなく。













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