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     ボクと魔王と王女のクッキー








 

 「ルカ。ちょっとよいか?」

 

 ぎちりぎちりと歯車の回る音が賑やかに響いている街、マドリル。人の往来がどの場所よりも多く、どの街よりも機能的で、どの国よりも豊かな資源に恵まれていた。そしてどちらかというと貧しい人・どちらかというと裕福な人とが1階と2階に分かれて暮らしていて、やたらと変わった人間が多く住んでいる、不思議な街である。
 鉄道も含めると3つの道筋があり、旅人なら必ず通る場所でもある。機能的で便利な街で、ボクと魔王一行も何度もこの街を利用をしていた。ニセ魔王に3度も狙われているので、そうせざるを得なかったと考える方が自然かもしれない。

 その街中にあるホテルで、魔王一行―――ルカたちが身体を休めていたときだ。


 ホテル内にある小さなキッチンの前を通り過ぎたルカに、王女マルレインが声を掛けた。
 ルカは立ち止まり、もともとあまり喋らないおかげで癖になった視線で語る技を使って無言で「どうかしたの?」と聞き、そしてすぐにほのかに漂う香りに鼻を動かす。

 

「・・・・?何か甘い匂いがするけど・・・・。」

「お前の母上に教えてもらってな。お菓子を焼いてみたのじゃ。」

「へぇ、お菓子・・・・」

 

 そこに、ルカの背後―――さらに詳しく言うとルカの足元に伸びる影から、ひょいっというコミカルな音とともにスタンが現れた。ちなみに彼は、ルカの影にとり憑く自称大魔王である。
 いつものことなので、突然の会話の参加にも2人は大して驚かない。

 

 「キサマにしては似合わんことをするもんだな。他の奴らに作らせればよいものを。」

 「何を言う。母上がせっかく教えてくださった知識を無駄にするわけにはいかぬ。それにわらわとて、たまにはお菓子作りをしてみたくなるものじゃ。スタン、お前にはやらぬぞ。」

 

 ぷい、とマルレインはそっぽを向く。その言葉と態度に、スタンもぶんぶんと腕を振り上げ反論し始めた。

 

 「ふん、キサマのような温室育ちの世間知らずが作った菓子など、誰が食うか!どうせ砂糖と塩を間違えてしょっぱくなっているに違いないわ!」

 「なっ、わらわはそんなくだらないミスなどせぬ!しょっぱく感じたとしても、それはお前の味覚が恐ろしく狂っているだけの問題じゃ。」

 「なんだとっ!余の舌をバカにする気かー!?それにキサマの味覚だって恐ろしく狂っていればありえる話だ!」

 「わらわを舐めるでないわ。そこらの痴れ者魔王と一緒にするでない!ならばわらわの舌とお前の舌のどちらが正しいのか勝負してみるか?」

 「上等だ。キサマを負かしてくれるわ!」

 「いや・・・・あの、スタンは影なんだからお菓子なんて食べれないんじゃないの・・・・?というかわざわざ舌を比べなくても・・・・」

 

 ルカのささやかなツッコミは聞こえているのかいないのか(多分後者だろう)、2人の言い争いはやまない。
 自分を挟んで喧嘩はしないでほしい、というこれまたささやかな彼の願いも心の中のつぶやきとして消えた。2人の喧嘩に挟まれた彼の影の薄さはいつもよりも増している。ついでに言うと、これから始まるであろう影コンテストよりもくだらない勝負に、軽く絶望感も覚え始めていた。
 どちらの味覚が正しいか、なんてそもそも正しさの基準がないのだから、決められるはずもないことだ。それをつっこむ気力もないルカであったが、そこに今の彼にとっての救世主であり、2人を止められる勇者(実際に勇者であるが)が現れた。

 

 「何?何の話してるのよ。」

 「おお、ロザリー。よいところに来たな。これからわらわとこやつの味覚を―――」

 「あ、ロザリーさん!王女様がお菓子を作ったそうです。」

 

 マルレインの言葉で悪い意味で新たな展開が開かれぬように、普段喋らないルカもここぞとばかりに言葉を遮った。
 マルレインが軽く顔を顰めるが、自分の作った菓子の話が出たのであえて追求しないでいる。
 スタンもロザリーに目を向け、その瞬間に先ほどの喧嘩の内容を忘れてしまったようだ。都合のよい頭である。

 

 「うむ、熟しすぎたミニトマトの割れ目女か。何をしにきた?」

 「はぁ、なにそれ?とにかくそれはこっちのセリフよ、燃やした新聞紙の灰魔王。お菓子作りをしてるの?」

 「いや、作ったのはわらわだけじゃ。ロザリーはお菓子、作れるのか?」

 「ええ、今はあまりしませんけど。あたしも昔は料理が好きだったなー。最初はときどき砂糖と塩を間違えて入れちゃったりして・・・・ちょっぴりドジだけど家庭的で理想的な女性だってんで、数々の男の人に迫られたものよ。・・・・最も今は、このピンクの影のせいで見向きもされないけどね・・・・。」

 

 ロザリーが過ぎ去ってしまった過去を切なげに顧みたかと思ったら、今度はスタンを恨めしそうに睨んでいた。そんな彼女を、スタンは鼻で笑って見下ろす。ロザリーは拳を握ってその屈辱に耐えた。拳に血管が浮いていて、彼女の怒りが目に見えて分かるようだ。
 しかしマルレインはそんなロザリーの過去話には目もくれず、砂糖と塩を、のくだりに興味を示していた。彼女はどうやら、先ほどスタンに言われたことをさり気に気しているらしい。

 

 「砂糖、塩・・・・そうなのか?」

 「え?あ、ええ、料理に慣れてない頃は誰だっておかすミスですよ。」

 「・・・・いや、普通はおかさないと思うけど・・・・。」

 

 ルカのぼそりとしたツッコミに、ロザリーは顔を赤くする。しかしマルレインは分かっておらず、首を傾げていた。

 

 「??そうなのか・・・・」

 「~~~っ!ルカ君、そういうことは口に出して言わないの!」

 

 どうやら失言をしてしまったらしいことに気付いたルカは、ロザリーの握り拳を見て思わずたじろいだ。
 そこにすかさず、スタンの高笑いが聞こえてくる。ロザリーの恥ずかしい思い出を聞いたことで、ロザリーに勝ったつもりでいるようだ。それによって、ロザリーの顔はさらに赤くなる。

 

 「クーックックック!女勇者ともあろう者が、つまらん凡ミスをするもんだな。女の癖に料理もできぬのか、ええ?」

 「な、なによ!どうせ昔の話じゃない!今は結構できるのよ!?あんただってどうせ料理とかできないんでしょ!」

 

 その言葉に、心なしか動揺した様子のスタン。

 

 「・・・・余のような大魔王がのんびり料理をしていられるか。そんなもんジェームスにさせるわ。」

 「ふむ、結局は料理はできないということじゃな。」

 「あははっ、あんただって人のこと言えないじゃない!」

 「うるさいっ!」

 

 マルレインの鋭い指摘とロザリーの笑い声に、スタンは再び手を振り上げて怒り出した。
 しかし実際、スタンの言葉も確かに納得できる。世界征服をたくらんでいる魔王が地道に自炊しているサマは、考えるといやなものだ。だがペラペラのスタンが包丁でペラペラの指を切ってしまい、包丁相手に怒るというシチュエーションを想像して、ルカは自然と笑いがこみ上げてきた。
 その笑いにルカの真後ろにいるスタンが気付かないわけも無く、すかさず反応してルカにも怒りの矛先を向けた。

 

 「なんだ子分、お前も余を笑うのか!?キっサマぁ~~~っ、余の子分のくせに余を笑う気か!」

 「そういうわけじゃなくて・・・・」

 「そうだ、笑うくらいならお前も料理できるのであろうな!?」

 

 え、とルカは一瞬戸惑った。「その話をボクに振る?」と目で言ったら、「早く言え」とスタンに急かされた。仕方なく自分の料理スキルについて考えてみる。
 ルカの母は、大家族を支えているだけあって料理も非常に上手く、その技術はスタンの執事であるジェームスをもメロメロにしたほどなのだが・・・・それに比べてルカはというと、それほど料理が得意というわけではない。だが、全くできないというわけでもない。料理に関しては、母の教えによる基礎的な知識しか頭に入っていないのだ。

 

 「・・・・まあ、おかーさんの手伝いで、芋と人参の皮むきくらいならできるけど・・・・。あとカレーを煮たりとか・・・・」

 「ぐぐぐ・・・・いかにも「ただの少年」って感じだな。余の子分なのだから、将来は余のために料理を作る身であろう。今から鍛えておかぬといかんぞ!」

 「えー、なんでボクが・・・・」

 

 ただの少年という単語に、ルカは少し惨めな気分になった。確かにその通りなのだが、そんなストレートに言われるとルカだって傷つく。
 ルカにはスタンのご飯なんて作る気はさらさらない。あるわけがない。そんなものは自分の部下に作らせるか、自分で作れという話である。・・・・大体、魔王なのだから何も食べなくても生きていけるくらいの生命力は持っているのではないのだろうか。人類を圧倒するような魔王であろうと、ツボの中で300年飯抜きで生きてこようと、1日3食正しい食生活で栄養素をきちんと摂取する必要性がやはりあるのだろうか?

 

 「いちいち文句を言うな。決まったことは変えられぬのだ!」

 「ちょっとスタン、ルカ君をあんまり振り回すんじゃないわよ。」

 「そうじゃ。大体、ルカはわらわの召使い。将来はわらわのために毎朝味噌汁を作って飲ませることになるのじゃぞ!ルカよ、スタンのような者のために料理を作るでないぞ。これは命令じゃ!」

 「あん?何を言うか、こいつは余の子分だ!」

 

 今度はマルレインに話を振られ、ルカはいつかの自分の所有権争奪戦が始まる予感がした。
 毎朝味噌汁を作って飲ませる・・・・というのは愛の告白の王道的セリフだが、彼らが気付いている様子はまるでない。
 彼らの言い争いに口を挟むように、ぼそりとルカは呟いた。

 

 「・・・・だからボク、料理はそれほど得意じゃないんだけど・・・・」

 「う、うーん・・・・でもルカ君、料理って案外楽しいわよ。今度何か作ってみたらどう?あたしが手伝うわよ。」

 「ならあたしも手伝ってあげましょーかー?」

 

 ルカの料理技術を鍛える計画が密かに立てられようとしている中、突然アイドルのようなアニメ声の声とともに、にょき、と丈の短いエプロンドレスの少女がルカの肩口から顔を出して割り込んできた。
 元・アイドル魔王のリンダだ。慣れたとはいえロザリーもスタンも彼女の不思議なハイテンションが苦手らしく、彼女の登場に顔を顰めている。彼女だって魔王として目覚める前はおどおどした健気な少女だったのだが、仲間になってからはすっかり変わってしまい、大胆で大雑把なマイペース少女へと変貌した。それは魔王として目覚めた故の性格なのか、はたまた今までずっと猫をかぶっていたのか、それともメンバーにすっかり慣れたせいか。普段の戦闘中でも、あの気弱だった過去の彼女を連想させない戦いのダンスを披露し、ちゃんとアイドルとしてやっていけるような能力も身につけている。あれだけ下手くそだった歌も、今ではそれなりに上達したように聞こえる。その歌の魅力の半分はおそらく彼女の魔力のせいなのだろうが。

 

 「うわ、どこから現れたのよ・・・・。というかあんた、料理できるの?」

 「ん~、できなーい♪」

 「ぶるなっ!」

 「だってあたしも元だけど魔王ですし。それにどーせなに食べても生きていけるじゃないですかー。まーでも、女のコとしてお料理は手伝うべきかなぁ~って。」

 

 見た目も言うことも少女らしいのに、料理はできないという。元魔王だろうと一応かわいい女の子なのに、その口でなに食べても生きていけると言ってしまっていいのだろうか。ルカはピンクのフリルつきエプロンドレスを着た彼女が、マンモスの肉をむしゃむしゃとかぶりついている姿を想像してしまった。しかしそれではあんまりなので、あわててそのイメージを掻き消して、今度は男の集団の中に混ざって牛丼をかきこんでいる姿を想像した。
 手伝うという言葉とは裏腹の不安を煽る言葉に、ロザリーはため息をついた。

 

 「はぁ、結局できないんじゃない・・・・。仕方ないわね、あたしがまとめて面倒みてあげるわよ。」

 「うむ、ならば今度、わらわがルカにスープの作り方を教えてやろう。・・・・まだ、ちゃんと作れるってわけではないがな。一応お前よりは上手に作れるぞ?」

 「うん、ありがとう。・・・・考えておくよ。」

 

 ルカの言葉に、マルレインは微笑んだ。

 

 「うむ!・・・・さて、あまり話しているとわらわの作った菓子が冷めてしまうな。」

 「そうだ、一体何を作ったんですか?」

 「クッキーじゃ。まだ修行中の身じゃからな、こんな簡単なものしか焼けぬが・・・・」

 

 そう言いながらマルレインは熱を消したオーブンの中の鉄板を鍋つかみで取り出し、そのままテーブルに敷かれたふきんの上に置いて、焼きたてのクッキーを皆に見せた。香ばしい香りがルカの鼻をくすぐる。
 白い皿の上には、こんがりキツネ色の円形の焼き菓子が並べられている。端の方が少し焦げているが、それでも綺麗に焼けていた。

 

 「あ、でもおいしそう。」

 「え・・・・そ、そうか?」

 

 素直に口からもれたルカの言葉に、マルレインは少しだけたじろいだ様子だった。そしてうっすらと頬が桃色に染まる。
 一人で初めて作ったため、心の底ではスタンの罵倒の言葉が響いていて、彼女は少々不安になっていたのである。自分が砂糖と塩を間違えているはずはない、とは確信してはいるのだが。
 ルカの背後からスタンやロザリー、リンダも鉄板の上をのぞいた。

 

 「む。・・・・見た目はまあまあだな。味はどうかはわからんが。子分、余の代わりに毒見を頼んだぞ。」

 「毒見って何よ。王女様に失礼よ?」

 「ふん、スタンが影でなければわらわが味見させたものを・・・。」

 「却 下 だ っ !」

 

 全力で否定するスタン。どうやら、マルレインに対して意地を張っているらしい。
 そんなスタンの様子に、リンダはまるで気付いてはいない。純粋にスタンを気遣い、そして自分の欲に従ってスタンの分のクッキーを手に取った。

 

 「あたしは甘いものは好きよ。せっかくだからスタン様の分も食べてあげますね!」

 「・・・・なんだ、今ムショーに腹が立ったのだが。」

 「・・・・きっと気のせいだよ。」

 

 実際、ものを消化する肉体がないスタンは今のところ本当に食べられないので、その分誰かが食べることになっていた。しかし、その事実に意地を通り越して一気に虚しくなったスタンに、ただ同情するしかないルカだった。
 ほぼクッキー試食会になりつつあるその場所に、オバケ学者のキスリングと元・巨牛魔王ビッグブルもやってくる。

 

 「おやおや、どうかしたのかいみんな?なんだか台所に勢ぞろいじゃないか。」

 「んー、なんかすっごくいい匂いがするッスよ。食いモンっスか?」

 「ふむ、私の鋭い考察と推察によると、これはクッキーを焼いてるんだね?」

 

 匂いだけでよくクッキーだとわかったな、とルカは感心した。ほぼキスリングの勘だろうが。

 

 「お前たちも来たか。そのとおり、わらわが菓子を焼いたのじゃ。お前たちも試食してくれぬか?」

 「いいねぇ、頭を使った後に甘いものは最高だね!ありがたくいただくよ。」

 「食いモンならバトルと同じ、オレの専門ッスよ!いっぱい食べてやるぜ!」

 「ちょっとブル!バカね、1人1個よ!」

 

 体格のよい人物はよく食べる、という定義でもあるのだろうか。その場にあるクッキーを全部食べてしまいそうなビッグブルの勢いに、ロザリーは慌てて注意した。
 クッキーはパーティーの人数分―――7個しか焼いていないらしい。

 

 「すまぬな。まだ試作だから、数が少ないのじゃ。」

 「そうッスか・・・・まあいいッス。食べられればそれで十分ッス。」

 「どうでもいいからとにかくさっさと毒見をしろお前ら。」

 

 ビッグブルは横に置き、スタンは味見を急かした。
 流石に本当に冷めてしまいそうなクッキーを放っておけず、ルカはクッキーに手を伸ばした。
 皆もそれに習い、次々と取っていく。焼きたての香ばしく甘い香りが、辺りを包んだ。
 キスリングはクッキーをよく眺め、完成度を観察している。
 マルレインは少し恥ずかしくなった。

 

 「・・・・えーと、じゃあ、食べようか?・・・・。・・・・・・・・。・・・・・・・・せーの。」

 「(なんででクッキーひとつを食べるのに緊張するのかしら・・・・)・・・・はむ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 ロザリーを見て習い、ルカも一口、口に含んだ。

 

 「どうじゃ?ルカ。」

 「・・・・ん、・・・・・・・・おいしい。」

 「本当か!?」

 

 ちょうどよい甘さと香ばしさが美味だった。初めて作ったとは思えない。
 まるで、何度も何度も傍で作っている様子を見て作ったかのような、手馴れた感じさえも感じるほどだ。

 そしてルカは何故か、懐かしい気持ちになった。この味を味わったことがあるかのような。
 それが、いつか母に作ってもらったクッキーの味であることに気付いたのは、しばらくしてからだった。

 

 「なんだと?子分よ、塩とか毒とか入ってはいないのか?」

 「うん、とってもおいしいよ。」

 「・・・・よかった。」

 

 マルレインは心底安堵したようだった。ルカに対して、困ったように、緊張の糸が解れた様に微笑んだ。
 リンダやビッグブルも感想を述べ始める。

 

 「もぐ・・・・んー。可もなく不可もなく?いたってふつーのクッキーの味って感じぃー。」

 「でもうまいッス!あと20個はいけるッス!」

 「・・・・それってブルがお腹空いてるだけじゃないの?」

 

 ルカのツッコミに、ビッグブルは苦く笑った。「当たりッス」と言って頭をかく。
 ロザリーとキスリングも、意見を交えて感想を述べている。

 

 「よく焼けてますね。はじめてにしては、すごく丁寧にできてますし・・・・」

 「ああ、ルカの母上が、お菓子は見た目と味がダイジなの、と言っていたのでな。きれいに丸くかたどったのじゃ。」

 「あー、それなら、もっとクッキーに飾りをつけるといいと思いますよ。私が豊富な経験上の中で食べてきたものでは、砂糖をまぶすとか、色をつけるとか、木の実を入れてみるとか・・・・うんうん、やり方次第でいろいろできるよね。チョコの粉を混ぜてマーブルクッキーとかもできるし。」

 「ほほう、そうなのか?なるほど。勉強になるな。」

 「あと、もっといろんな形にしてみてもいいんじゃなーい?ほら、リンダクッキーとか♪」

 「・・・・お前の考えを認めるのは惜しいが、確かにそのとおりじゃな。」

 

 リンダの意見も聞きつつ、マルレインは自分の足りない部分が何かを考えている。
 マルレインは王女らしく女王気質だが、真面目に物事を考えるタイプだ。ルカの母に対して尊敬や家族のような信頼を抱き、その母にちゃんと感謝を述べることができる。お菓子作りだって、本気になると自分が満足いくまでやり遂げようとする。
 その、「王女」としての彼女と、「少女」としての彼女の性格のギャップに、時々ルカは違和感を感じるときもあった。ルカの中のイメージの「王女」とは違うように思える。ルカの中の王女のイメージは、マルレインに初めて会った時の第一印象―――高圧的で短気でワガママな女王王女―――と全く同じだが、少なくとも今現在の彼女は、「少女」としての優しさが目立ってワガママさを感じない。それは、自分たちとの出会いが彼女を変えたのか、それとも、彼女の本質がその少女なのか・・・・とふと考えた。
 マルレインの作ったクッキーの味に懐かしさを感じながら。

 

 「でも、本当においしい。・・・・おかーさんの作るクッキーと同じ味・・・・」

 「もちろん、母上伝授だからな。・・・・お前の母上には本当に感謝している。わらわに、いろいろなことを教えてくれた。まるで、実の娘のように接してくださった。・・・・また遊びに行ってもよいか?」

 

 少なくとも、今の彼女は「王女」ではない。「仲間」でもあり、母の「娘」でもあるのだろう。
 きっと、マルレインは「娘」だからこそ、母と同じ味のクッキーを作れたのかもしれない・・・・とか、自分でもよくわからない想像をしながら、ルカは答えた。

 

 「うん・・・・もちろん。おかーさんもきっと喜ぶよ。」

 「ふふっ。わらわは嬉しいぞ。約束じゃ。」

 

 そして珍しく和やかに笑い合う2人の間に、突然スタンが割り込んできた。
 なぜかプンスカと怒っている。

 

 「キサマー!子分の家に遊びに行くのもいいが、ニセ魔王退治も忘れてないだろうな!?」

 「なんじゃスタン。いたのか?」

 「いたのか?も何も、余はずっと子分の後ろにいただろーが!」

 

 クッキーも食べれず、その分話すことがなくなり、自分の影も薄くなったせいでスタンは不機嫌になっているらしい。
 そんなことにはすっかり慣れているルカとは違い、自分を主張したいタイプのスタンだからこそ、マルレインやロザリーとも喧嘩をするのだろう。そのせいでルカの影の薄さも磨きがかかってしまっていることには彼は気づいてはいないのであるが。
 そんなスタンの言葉もさらりと受け流して、マルレインはクッキーの材料を片づけ始めた。

 

 「さて、もっとおいしい菓子を作れるように日々精進せねばな。わらわもいつか、母上のように料理ができるようになりたいのう。」

 「コラー!無視するな!」

 「まあまあスタン君。いいじゃないかハハハ。なんにしろクッキーはおいしかったのだしね!」

 「よくない!大体余は食っておらんわ!全く、このバカ王女には菓子よりも余のすごさを教育せねばならん!」

 「あれっ、王女様ったら超ゴキゲンー!一体どうしちゃったのー?」

 「きっと、クッキーが上手に焼けたから嬉しいのよ。」

 

 リンダの言うとおり、マルレインはにこにこと笑いながら片づけをしている。
 ロザリーの言葉が本当かどうかは定かではない。しかしその本心は、彼女にしかわからない幸福に満ちていた。
 もちろんそれは、ルカにもわからない。

 

 「あー、それにしても腹減ったッス・・・・さすがにクッキー1個じゃ足りないッスよ!」

 「・・・・じゃあボク、晩ご飯の買出しに行こうかな。王女様も行きますか?」

 「ちょ、待て!小娘には余の話を聞かせねば・・・・」

 「そうじゃな!もっとお菓子のの材料を買わねばならぬ。」

 

 スタンの声をやっぱり無視して、マルレインはルカの誘いに乗った。
 そしてロザリーたちも後ろからついてくる。
 スタンはルカの足もとにひきずられるようにして、誰も聞く耳を持たない叫び声をあげている。

 

 「コラァァァー!!聞けーっ!」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・また、泣いているのですか?」

 

 小さく暗い、暗い部屋。そして小さすぎる窓から吹きぬける風に、大きすぎる白いカーテンがふわりと浮いた。
 その部屋の壁によりかかってうずくまるワンピース姿の少女に、全身黒ずくめの服の女性―――K・Tが話しかけた。 暗い部屋の中、少女の肌は驚くほどに白く、冷たかった。
 その街は雪国と砂漠に挟まれ、ちょうど暖かい街のはずなのに、少女はひどく寒そうに身を縮めている。
 いや、寒くて身を縮めているのではない。悲しみと寂しさに泣いているのだ。
 少女の泣き声だけが、部屋に響く。

 

 「・・・・・・・・・見えなくなっちゃった・・・・あんなに楽しかったのに。一緒に旅をしていたとき、クッキーを焼いたの。そしたらルカは、喜んで食べてくれた。そして、一緒にまたルカの家に遊びに行こうって約束したの・・・・だから、ルカを思い出したとき、真っ先にルカの家に行ったの。ルカともう一度会って、それでまた旅ができると思って・・・・ルカのお母さんにも会いたくて・・・・。
 ・・・・なのに。パパは許してくれなかった・・・・・・・・」

 

 K・Tは少女を見つめている。表情の無い顔で、少女の悲しみを聞いている。
 外からの光に舞う埃がきらきらと輝いて、少女を慰めようとするも、少女は見向きもしない。顔さえあげることはない。

 

 「会いたいよ・・・・ルカはどこへ行ったの?家族の・・・・あのぬくもりにまた触れたい。スタンにも、ロザリーにも、キスリングさんにもリンダにもビックブルにも・・・・会いたい。また笑って、ケンカして・・・・・・・・ねぇ、どこへ消えてしまったのかな?それとも、わたしが消えてしまったのかな?」

 「また会えます。きっと・・・・そのときには、クッキーも今まで以上においしく焼けるでしょう。」

 

 

 窓の外は、薄暗い灰色をしていた。雲間から青空が覗く様子は、まだ無い。












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