ボクと魔王と白のツボ

 





深き墓穴―――その深い、深い地下墓所の中。
 血塗られたヨロイや邪悪なる仮面など、いかにも呪われていそうなこのダンジョンにはお似合いの分類のオバケもいれば、クジラやエイに恐竜と、このような場所にはあまりにも不釣合いなオバケも徘徊している。しかしどちらにしても、彼らはルカたちにとって邪魔な強敵であることには変わりはない。
 なぜこのような土臭いところにいるかという理由は簡単で、ニセの魔王の一人―――幻影魔王が閉じこもっている歯車タワーのカギを探しに来たのだ。幻影魔王はご親切にも、この遺跡内にカギがあると教えてくれた。敵であるはずの彼の助言に何の意味があるのかは今のルカにはさっぱりわからないが、他に行く道もないので遺跡に乗り込んでみたわけである。これが幻影魔王の罠だという可能性は拭いきれないわけだが、それでも何故か彼が嘘を言っているようにも思えず、進みに進んで今に至る。

 

 「よし子分!あのツボを倒せばまた次の階への道が開くぞ。さあ、さっさと早く倒さんか!」

 

 これで何度目かの白のツボのオバケとの戦いだ。
 この遺跡でもツボのオバケたちが階段の封印の役割をしていて、いちいち戦わないといけない点が少々面倒くさい。
 こういったような封印のツボは、このようなオバケの巣窟にはいるのが当たり前の存在なのだ。勇者大学出身のロザリーいわく、大学の基礎講義でもダンジョン攻略に欠かせないのはツボを壊すことだとまず教わり、勇者の誰もが「ダンジョンといえば?」の質問に対し「ツボです」と答えるのが模範的なのだという。確かに自分たちがこれまで攻略してきた多くのダンジョンでも、行く先々にたいていツボが立ちはだかっていて、そのたびに割って割って割りまくってきた。なのでもはやツボの破壊にもすっかり慣れてしまったものだ。
 これらの生きているツボたちがいったいどのような存在なのか、なぜツボがこれほどまでに攻略のキーとなっているのかは、全くわからない。誰よりもオバケに関して詳しい学者のキスリングでさえ、愛しの研究対象にしたくなるレベルにわからないらしい。ツボに関してはおそらく誰もがわかっていないのだろう。よくわからない謎は深まるばかりだが、「よくわからないから面白いんじゃないか!」とキスリングは嬉しそうだった。

 同じ構造の部屋が地下の奥深くまで続いていて、そのせいでツボとの戦闘も何度も繰り返されているため、ルカたちもそろそろくたびれてきていた。
 スタンも早く鍵を取ってしまいたいようで(ついでにイライラして非常に不機嫌なようだ)、おおいばりでルカたちを急かした。

 

 「あーもう、わかってるからいちいち急かさないでくれる!?」

 「うるさい!余は早く鍵を取って、こんな場所から出たいのだ!そしてあの変人魔王をとっちめて、ヤツからとれる魔力を絞れるだけ絞って、名ばかり最強魔王とベーロンのジジイを余のカンペキな魔力で焼き捨ててやるのだ!それを急いでどこが悪い!」

 「その意気込みは別にいいんだけどね・・・・。それならアンタがツボというツボを全て壊せばいいんじゃないの?そのご自慢の魔力でさ。」

 

 そばでロザリーが、ルカの背後の影から伸びている魔王スタンと荒い口調で言い合っている。この2人が仲が悪いのはもはや3年前から続く因縁のようなもので、口をひらくたび喧嘩腰の罵り合いになるのが常なので、今さら周囲の人間が気にすることでもない。しかし今はスタンもロザリーも、普段以上にピリピリと苛立って機嫌が悪い様子が感じ取れた。やはり長時間のダンジョン攻略のせいで精神的にも疲弊してきているようだ。

それだけ、この墓穴は広すぎるし深すぎる。誰が埋葬されているのかは知らないが、このダンジョンの製作者になぜこれほどに深く深く掘る必要があったのかをそれこそ深く深く問い正したい。一体誰のための墓穴なのか。いっそ疲弊し切った自分たちをそのまま埋葬するための墓穴なのか。
  

 「余はしばらく陽の光を浴びとらんせいで気がおかしくなりそうなのだ。ということで、戦闘はお前たちの役目だ!」

 「・・・・・・・・魔王が陽の光を浴びたがるっていうのも変な話よね。」

 「う!!・・・・・・・・・・・・いや。子分が光に当たらねば、影としての存在である余は、本当の力を発揮できず・・・・」

 「・・・・にしては、さっきルカ君が言った言葉を気に入って、ゴキゲンでオバケたちを一掃してたような気がするけど。」

 「うがぁぁぁぁー!うるさいうるさーい!キサマら子分下僕したっぱどもは余の言葉だけを聞いて行動してればよいのだ!口答えしている暇があればさっさと倒せこの道端に捨てられて微妙に溶けた惨めなアメ女が!」

 「元気ッスね、スタンのアニキ・・・・。」

 

 ビッグブルも素直にスタンに感心しつつもやはり元気がなかった。体力と筋肉が取り柄の彼もさすがに疲れ気味のようだ。
 手を思い切り振り回して抗議するスタンの気配を背後に感じながら、ルカは「そんなに元気なら戦ってよ」という言葉を口に出さずに心の中で呟いた。
 スタンとロザリーの2人の口喧嘩に挟まれているルカは、いつものことながら影が薄い。自分の言葉をあまり口に出さないのもその原因のひとつでもあるのだが、彼はそれに気付いていないわけではなかった。口に出したらスタンの怒りの標的が自分に切り替わるから言わないだけだ。
 自分の言葉で主張するということは、自分の存在を認めてもらうことに繋がる。それは痛いほどわかっている。いつか、自分があることがきっかけでこの世界から消えかけ、ルカは消えることを拒んで世界に向けて自分の存在を主張し続けたことがあった。それはやがて世界の秘密を知るきっかけにもなった。そして今、ここに自分がいることにも繋がっている。
 あれからというものの、ルカは前よりもがんばって喋るようになった。未だに影が薄いことにはまったく変わりがないが、少しは自己主張をおこなうようになった分、以前より少しはマシになったような気がする。ただし少々存在感が濃くなった代わりに、今度はベーロンに狙われる身になってしまったわけだが。
 そのようなことをルカがぼんやりと考えている間に、熱冷まし役のキスリングが冷静に2人を止めた。

 

 「君たちが口論している間に他のオバケちゃんたちが寄ってきたら、厄介なことになるんじゃないかい?私は別にかまわんが、みんなが疲れている以上今はあまり良いこととは言えないな。なら今のうちに倒すことのほうが先決だろう。」

 「・・・・確かにそうね。」

 「もーう、決断が遅すぎですよぉ!あたし待ちくたびれちゃった・・・・スタン様の言葉の言うとおりにすればそれでよかったのに!」

 「そうだそうだ!しょせん余の言葉に従うしか他はないのだぞ!」

 「あー2人ともうるさいわね!今からやるってば!」

 

 ロザリーは鬱陶しげに顔を思い切りしかめながら、ぶーぶー文句を垂れる子ども2人にさっさと背を向けてレイピアを抜いた。どうでもいいような理由で口論するロザリーもロザリーだが、リンダのような少女と一緒になって責めるスタンも大人げない。しかしようやくロザリーも戦う気になってくれたらしいので、ルカもため息をつきつつ剣を構える。

 

 「よし、やるわよ!」

 「は・・・・はい!」

 「おぅッス!」

 

 ルカ、ロザリー、ビッグブルが戦闘体勢になり、後方でリンダがどこでもライブを始めた。リンダの歌でできるだけ敵の動きを鈍らせ、その間にトリプルアタッカーズが敵を倒す戦法だ。ちなみにキスリングは、墓穴に入ってからずっと記録している白のツボの観察を続行している。「この役立たずがー!」とスタンの声が聞こえたような気がしないでもない。
 3人の殺気に反応し、白のツボも動き始める。

 

 『―――ドレッド

 

 真っ白に発光していたツボの中が赤く光り、赤系の技を発動することを悟った。
 その衝撃を予想してルカとビッグブルが身構えるが、それよりも早くロザリーも魔法の言葉を唱える。

 

 「凍てつく青の力よ―――ブルース!

 

 赤と青の対立する力がぶつかった。
 この世界には分類色というものがあり、おもに3種類の「色」によって分類される。それぞれ個人には必ず分類によってさだめられた色があり、それぞれがもつ属性によって振り分けられているようだ。例えばロザリーは青色の気質があるらしく、氷の魔法を得意としており、赤色の分類の敵には強いのだが黄色の分類をもつ敵の攻撃はやや苦手としている。そのように彼女が苦手とする分類を持つ敵が現れたときは、他の分類色をもつ仲間がフォローに回るのである。あらゆる個性を持つ仲間を連れて歩く必要性とは、互いの苦手なものを補うためだと言える。旅をするのにたったひとりでは、自分の弱さを乗り越えることもできない。

赤は炎。青は氷。黄は雷。赤い人は黄に強く、青い人は赤に強い。黄色の人は青に強く、雷の力は氷にも平気。冷たい氷の魔法は熱い炎を消火し、炎の根性には電器の利便性もかなわない。個性がいろいろ分類色。これが勇者大学基礎学力試験の正しい回答例である。


 ロザリーがつくった青い氷の壁が、赤い炎の爆撃の盾となる。氷の魔法は熱によって溶かされたが、そのおかげで3人はドレッドの攻撃を受けずにすんだ。分類的に青の力が赤の力を圧倒するため、咄嗟にブルースを放った彼女の判断は正しかった。

 

 「あ、ありがとうございます、ロザリーさん。」

 「こんなのへでもないわよ、いくわよルカ君!」

 

 その呼びかけをドウジに攻撃をする合図として、ロザリーとルカはそれぞれの武器を手に一斉に走る。それを追うように、慌ててビッグブルも走った。

もう一度攻撃される前に、全員で飛びかかって一気にツボを叩き壊す。いつもの作戦だ。今までもずっとそんな調子で倒してきたため、お互いに発する言葉の意味がすっかりわかるようになっていた。そして本人たちは気づいていないが、こういった作戦を言葉がなくともできるのは、互いの仲間に対しての信頼と協力性があるからこそだ。それができるほどに、このパーティーは実は成長していた。スタンはそういうものにほとんど関心はないが、その一方で彼らの成長に大きな満足感を感じ、自分自身も仲間を信頼し始めていた。しかしおそらく、スタンがそれに気づく時はないのだろう。

 

 「やぁっ!」

「おりゃあああー!」

 

 3人が同時にツボへと武器、ビッグブルの場合は素手を振り下ろす。ロザリーとビッグブルは気合いの一声とともに、ルカは無言でそれでも力強く。
 いつもならここで、ツボの硬い手ごたえを感じるはずだった。
 しかし、目の前にあるのは何もない空間のみ。

 

 「・・・・えっ!?」

 「あれっ、ツボはどこ行ったッスか?」

 

 ルカは反射的に上を見上げた。

 

 「上に跳んだんだ・・・・!」

 「・・・・まさか、オレの渾身のパンチを避けたってかぁ?やれやれ、敵ながらアッパレだぜ。」

 「ってなにのんきに眺めてんのよ!?」

 「コラ、お前ら何をしておるっ!」

 「きゃーっ、3人とも逃げてー!」

 

 楽しそうに慌てたリンダの声に、ビッグブルとロザリーは横に、ルカは後ろに跳ねるようにして逃げた。
 そこにツボが勢いよく落ちてきて、命中から逃れたことを知る。
 しかしその落ちた反動か、ツボはバウンドして再び跳んだ。そして再度、今度は大きな口を下にして落下してきた。
 そしてそれは、バックステップで攻撃を避けたつもりになっていたルカの頭上に落ちてくる。

 

 「・・・・はい?」

 「子分避けろ!!」

 

 スタンの声が響くが、一度避けたときに気を抜いてしまい、もう一度避けるほどの回避運動反射精神がルカにはもはやなかった。
 まさかの展開にぽかんとしている間に、上から降ってきたツボがそのままルカを呑み込む。
 それによって、スタンも消えざるを得なくなった。

 

 「うわっ!」

 「ルカ君!?」

 

 ロザリーの驚いた声が聞こえ、そのまま視界は遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白のツボの中・・・・と思われるその空間は、真っ白だった。
 これが夢か現かは、ルカにはわからない。なぜなら、自分が上を見上げても下を見下ろしても、自分を呑み込んだはずのツボの口は見当たらず、ただ透明な白色の中にルカはいた。
 時間を感じない。自分がいつから、どれだけの間ここにいるのかもわからない。いつの間にかずっとここに浮いていたように思う。

 ルカはぼうっとしながら目の前を眺めていたが、その中に3つの色の輝きを見つけた。

 

 「・・・・赤、青、黄・・・・・・・・」

 

 しばらくして、ルカは見覚えのあるその色ががなんだったのかがわかった。
 分類色だ。ロザリーにも、キスリングにも、ビッグブルにもリンダにもある、世界の住人を分類するための色。
 その色によって自身の特性が分類され、それによって使う特技も変わる。あるいは自分が使える特技や能力に応じて、色を決められているのかもしれない。分類というのだから、きっとこれはベーロンが決めたことなのだろう。自分の能力が他人によって観察され都合よく分類されているということに、ルカは不愉快な気持ちになった。
 しかし、ルカには分類色はない。なぜなら彼は、分類の力に縛られない―――正確に言うと分類から外れてしまった存在だからだ。その理由が何故なのかはルカにはわからない。外れてしまった自覚さえないからだ。そんな衝撃の事実は、定義者ベーロンによって初めて知らされた真実だった。

 分類が無いので、彼の分類色も当然のように無かった。そのせいかはよくわからないが、彼は分類色に関係した魔法を使えない分、分類色に関係のない方面の技がいつの間にか身についていた。ケロリやリバースなどの回復系統の魔法や、他人や自分の能力を強化するオーバードライブ。どれもたまたま自分に合っているような気がして、たまたま学んで覚えることになって、たまたま使えるようになっただけだ。・・・・しかし少し思い返してみればそれらの技はどれも、控えめながら誰かを助けるもので、味方に有利でベーロンにとって不利な力だった。定義者にとっての目の上のたんこぶであるルカ自身や、彼が影響を与えてしまった多くの分類を持つ者たちを、その姿のままに生かそうとするものだから。

 そしてなにより、彼には色がないからこそ、色による影響を彼は受けることも与えることもなかった。相手の色が赤だろうと青だろうと黄だろうとルカには関係がない。どんなオバケに対しても、誰に対しても、彼らとルカの関係は常に対等だった。どちらが不利で、どちらが有利になるということもなかった。ルカが敵との戦いにおいて手こずるときは、その原因は分類の相性などではなく、いつだってルカ自身にのみあった。敵もまたルカを相手にするときは、ただ自分の力だけで戦った。

 そんな事情をルカは知らない。彼がただ気になるのは、なぜ自分に分類が、「色」がないかということだけだった。自分の色が自分だけないということが、ルカはずっと不安で、どこか孤独だった。世界から仲間はずれ、置いてきぼりにされたかのような、どうしようもない浮遊感。しっかりと立つための地面を自分だけ持っていないかのような不安定さ。それこそ自分が今、この色の無い世界の中でたったひとり、誰にも気づかれず浮いているのと同じに。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 なんだか寂しくなってきて、ルカはその分類色の光を悲しげに見つめた。そう、自分には、これらのどの色も無い。しょせん、無色透明なのだ―――以前必死に主張して自分の色を取り戻した強さが、ルカの中で今、次第に弱くなり始めた。

 その分類色が、なぜこのような場所で浮かぶように彩られているのだろう?
 それを考えて、すぐにその答えが思いついた。このツボの分類色自体は青だが、実際は赤や黄の魔法を繰り出してくることもあり、キスリングは興味深そうに疑問と考察を口にしていた。つまり青に限らず全ての分類色の力、魔法がおそらくこのオバケは使えるのだ。これらの光はもしかしたら、それらの魔力の源だったりするのではないか。このような自分の分類の色の輝きは、案外誰にでも身の内にあるのかもしれない。・・・・自分以外の誰にでも。
 そのように考えると、ここはあの白のツボの中なのだ、とルカは自覚できた。やっぱり自分は食べられてしまったらしい。そう自覚してもまるで他人事のように冷静でいる自分に少し呆れつつ、何をするわけでもなく、ルカはその3つの輝きを眺めていた。
 そのうち、その中の赤い光がふっと強くなる。赤系の魔法でも使っているのだろうか。


 その時、ルカの心にとある少女の姿が浮かんだ。その少女の持つ紅い瞳、鮮やかな緋色のドレス。
 彼女には赤色がよく似合う。何故かふと思った。

 

 「・・・・あれ、なんでマルレインのことを考えたんだろう・・・・?」

 

 マルレイン。彼女はルカの仲間の王女さまで、この世界の支配者ベーロンの娘だった。
 理由はよくわからないが、スタンとルカの所持権を争ったり、リンダと大喧嘩していたこともあった。そして、そんなことがありつつもいつも楽しそうにしていた。いつもワガママで偉そうでルカはひたすらに彼女にこきつかわれていたが、そんな調子で一緒に冒険をした仲間だった。
 そして、ルカたちの目の前で破壊されてしまった人形だった。

 壊れた人形。

 今も、ルカの家の地下で眠っている。

 

 「・・・・・・・・なんで・・・・」

 

 マルレインの姿を思い出したとたん、涙が溢れてきた。
 零れる涙を両手の甲で拭いながら、ルカはどうして今ごろになってこんなに泣いているのか、自分でもわからなかった。ただ、彼女のことを思い出すと胸が痛くなった。そしてどうしようもなくさびしかった。彼女はもう、いないのだ。

 彼女がいなくなったときも、それ以来もずっと、ルカは泣かなかった。ただ呆然と、何も言わずにすべてを受け止めた。いつもと同じように。しかしそれは自分の中で重しをのせて眠らせていただけだったのかもしれない。誰にも自分の涙が見えない場所に迷い込んで、ついにルカはさびしい気持ちを抑え込むことができなくなった。
 なんだか今の自分は、いつもと違う。自分はこんなに弱い人間だったのか。自分だけ仲間はずれであることも、自分だけ置いていかれゆくことも、失った温もりも、ただ苦しかった。自分は本当はこんなに、さびしがりやだったのだろうか・・・・。

 
目の前の分類色の赤い輝きと、マルレインの紅くきれいな瞳と衣装が重なる。
 面影が蘇り、彼女がその場にいるような錯覚を覚えた。

 

 「・・・・マルレイン?」

 

 目の前であのマルレインがちょっと怒ったように、でも嬉しそうに笑っている。

 きれいにつりあがった形のよい赤い瞳。唇を動かして何かを言いながら、ルカに手を伸ばしている。
 ルカの緑色の瞳に、少女が映った。
 目の前のマルレインの瞳の色は、赤。
 血のように赤く濁った色。
 マルレインは笑っている。
 これは、幻だろうか―――?

 

 「・・・・ボクを呼んでいるの?」

 

 突然胸に湧き上がった寂しさからか、懐かしさからか、恋しさからか。ルカはマルレインのそばへ寄ろうとした。
 どこにもいなくなった彼女は、今はどこにいるのだろう。もしかしたらこんな誰にも気づかれないさびしい場所に、連れていかれてしまったのかもしれない。迷い込んでしまったのかもしれない。壊れたあの子は、暗い夢の中を彷徨っている。今もきっと、助けを呼んでいるのだ。・・・・こんな風に、待っているのだ。

 ルカは頬を伝う涙を拭う。このままもう一度彼女といっしょに旅ができるなら、本当はそれでよかった。君をこんな何もない、さびしい場所から連れ出して、どこかへ行ってしまいたい。この世界の虹色の中に、どうせ自分はいないのだから。スタンも、ロザリーも、キスリングも、ブルもリンダも・・・・鮮やかな色を持った彼らは、なんにも持っていない落ちこぼれの自分とは違う。
 ボクは、何色でもない。魂のない彼女がからっぽの人形だというのなら、影も色もないボクこそ、からっぽの人間だ。きっと自分にはみんなのようなキレイな色がついていないから、誰も自分を見ようとしないのだろう。・・・・何も持っていないから、こんなに影が薄いんだ。
 ―――そうだよ。どうせ置いていかれるなら、同じ透明になってしまった君の手をとろう。
 君が一緒ならボクも、きっとなにか色を持てる。君の瞳と同じ、キレイな赤色にもなれる。
 君の父親が何を言ったって、これから幻影魔王のもとへ行かなくたって、彼女と会えるならもうそれでいい。ボクたちを仲間はずれにする世界なんか、捨ててしまって。


 きみをひとりにしないから、ボクをひとりにしないでよ・・・・。

 

 しかし、彼女に手を伸ばそうととした途端、不意に真っ白だった世界が、一気に真っ黒に変色していく。何もない世界が、なにもかも黒に染まっていく。まるで闇に深く堕ちていくように―――
 消えていくマルレインの面影にルカはすがろうとしたが、彼女さえも黒に塗り潰されていった。
 ルカはひどく動揺した。

 

 「・・・・!?マルレイン!」

 

 しかし夜にも似たその漆黒の闇は、ルカにとって馴染みのある色で、悲しみの中に何故かほっとした気持ちもあった。赤でも青でも黄でもない、あらゆる全ての色を混ぜた黒い色が、何の色をも持たない虚な空白を暗く、あたたかく満たしていった。
 その闇の色は、魔王の色のそれにも似ていた。

 

 

 その瞬間、意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

 ・・・・ろ・・・・。

 

 ルカの意識に、誰かの声が入り込んでくる。

 

 ・・・・きろ、おきろ・・・・。

 

 ・・・ルカくん・・・、・・・・・・?

 

 聞き覚えのある声だ。
 誰かが自分を呼んでいる。
 懐かしさは無い。いつも聞いているから。

 

 ・・・・・・・・起きろ、子分!・・・・」

 

 ああ、スタンの声だ。
 なんでそんなに一生懸命呼んでいるんだろう?

 

 「・・・・起きろコラ!さっさと早く起きろって言ってるだろうが、子分!」

 「いった!!・・・・・・・・あ。す、スタン?」

 

 頭をげんこつで思い切り殴られて、やっとルカは目を開けた。
 スタンの黄色い瞳と口のある顔のどアップ。ぎょっとしてルカは慌てて顔を上げた。スタンの顔の後ろには、遺跡内の薄暗闇の中に並んだ他の仲間たちの顔も見えた。

 

 「あ、起きた起きたー♪」

 「ルカ君!大丈夫!?」

 「心配したッスよ!」

 

 ロザリーとビッグブルがほっとしたような、嬉しそうな表情をしている。リンダもいつもと変わらず、にこにこと笑っていた。
 キスリングとスタンは顔を顰め、訝しげにルカを覗き込んでいる。

 

 「・・・・・・・・??」

 「忘れたか、お前?お前はあのツボに呑まれたのだぞ!余までも巻き込むとは、キサマはどこまで鈍感なのだっ!このバカバカバカバカマヌケ子分!」

 「・・・・あれ。・・・・あー、そうだったっけ・・・・」

 

 スタンはかなり怒っている。そのペラペラの手で、さらにベチンとルカの額をはたいた。それでようやくルカの意識も覚醒してくる。
 ルカは今、遺跡の壁に寄りかかって座った状態にさせられていた。わざわざ壁に寄りかからせたのはおそらく、自分が仰向けだとうまく影ができず、スタンが出てこられないからだろう。さっき俯いていた状態のときにスタンの顔のアップが見えたのは、スタンが自分の顔を覗き込んでいたからだとわかった。
 白のツボはもうどこにもいなかった。辺りにはぶ厚い土器の破片が散らばっている。

 

 「白のツボは・・・・?」

 「あたしが一刀両断にしてやったわ。そしたらルカ君が中から出てきたから・・・・無事でよかった。」

 「すごかったですよー!ロザリーさんのど根性!」

 「ちょ・・・・ど根性なんて言うな!」

 

 その言葉に、なにが恥ずかしかったのかロザリーは顔を真っ赤にして怒った。彼女はその手でリンダを捕まえようとしたが、リンダは笑って踊りながらひらりひらりと避けている。ロザリーが一体何をしたのかはあえて聞かないことにした。
 そんな2人を横目で見つつ、ビッグブルも「オレも頑張ったッスよ」とさり気なく主張している。
 ツボの中で意識が途切れたのは、ロザリーが原因のツボをぶった切ったからか?とルカは想定してみた。

 

 「わかってるだろうけどね。君は気を失っていたんだよ。」

 

 傍に立っているキスリングが、訝しげな表情を変えずに言った。
 なぜか珍しく真剣な様子の彼の目を見て、ルカは戸惑う。大抵のことにも動じず基本的に笑いっぱなしの彼が笑わないときはいつだって、その場の状況が絶対に笑えないときだ。

 

 「君は涙を流していた。・・・・ツボの中で何を見たんだい?」

 

 その言葉に、ルカは慌てて自分の目に触れた。指先に水がついた。確かに頬は濡れていて、今度はルカが恥ずかしさに顔を真っ赤にして、すぐさまごしごしと顔全体を手袋で拭う。人前で泣いたなんてずいぶん久しぶりだ。そしてそんな顔を見られるのは、ひとりの男としても恥ずかしかった。
 ひざを抱えて顔を隠したくなる衝動を押さえながら、ルカはキスリングの問いかけから、先ほどの光景を思い浮かべた。

 

 「・・・・・・・・。王女様に会ったんです。」

 「えー、王女様、ツボの中にいたの?ニンゲンを2人もつっこめちゃうくらい、ツボの中って広かったんですねー。そんなギャグみたいなトコロでなにしてたんでしょうねー、王女様。・・・・・・・・ってアレ。王女様って、2人もいましたっけ?」

 「いやーそりゃねーッスよ。びびって失神してる間にユメでも見たんじゃねーんスか?」

 「・・・・あの、君たち。すまないが、今はちょっと静かにしてもらえるかな。」

 

 普段と変わらず好き勝手にあーだこーだと言い合うツノコンビに、今はシリアスモードらしいキスリングが呆れたように止めた。
 ルカは思い出す。なにもない真っ白な空間。その中で見つけた3色の光と、血のように暗く赤い瞳をしたマルレインの面影。
 今はあの光景を思い出してみても、何も感じない。苦く虚しい、それどころか自暴自棄になっていたあの薄暗く危うい考えは、今はもう胸の内にはなかった。ただ深い悲しみはずっと残っている。彼女の笑顔を思い出すとまた泣き出しそうになって、ルカは今だけは忘れようと、ぐっと堪えてあの顔を脳裏から振り払った。

 見たものをそのままに言葉にして言うと、それを聞いたキスリングは、手に持つ色とりどりの付箋やら文字が読めないほどに細かく書かれた紙のはしっこやらがたくさん覗いているぶ厚い研究ノートの、とあるページを見ながら呟いた。

 

 「やっぱり・・・・そうだったのだね。うん、たぶん君は、あのツボに取り込まれかけたんだ。たぶん。」

 「・・・・あのう。意味がわからないです。」

 「赤、青、黄、黒・・・・これまでもあらゆる色に関する分類名を与えられたツボに出会ってきたけれど。私がこれまでの観察記録を比較してみた結果、この白い種類のツボはどうやら、他のツボのオバケよりも知能が高くてね。そして他の封印よりもより強い封印を施す役割を持っている。おそらく歯車タワーのカギを守るためだろうね。この墓穴はずいぶん深く深くつくられている、こんな場所にカギを隠したのもきっと、同じ理由だろう。もとからこの場所に置かれていたか、あるいはベーロンの手によるものかもしれない。その「歯車タワー」がどれほど重要な場所で、いったいどんな重大な意味を持つのかは、まだわからないが・・・・。
 ともかくその大事なカギを守るために、強く賢い、今の我々にとって強敵になりうるオバケによって我々の道を阻もうという魂胆があるのではないかな。我々はいまやカラフルな大所帯だし、それに以前に比べてずいぶん強くなっただろう。あらゆる分類色をもつ敵とも戦う術を身につけてきた。・・・・だからこそここのツボは、どのような色にも対応できる強い力と色とりどりな戦闘手段を持っているのではないかと、私はそれはもー自由に分析しているのだが・・・・。


 それで、ルカ君。分類表に基づくなら、表記がない君には分類がない・・・・いうなれば「透明」の分類だ。その、君の色・・・・君の「分類色」の力が欲しくて、あのツボは君を取り込もうと思った・・・・のではないかな。」

 

 「・・・・・・・・ボクの色?」

 

 思わぬ言葉に、ルカはぽかんと目を丸くした。信じられないといった調子でつい聞き返してしまった彼に、キスリングは歯を見せてにこやかに笑う。

 

「そう。君の色だよ。分類に色分けされない、見えない色・・・・「透明」はね。だからあのツボは、君が欲しくなっちゃったんじゃないかな?君だけの力をね。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

オバケは一見可愛い顔をしているが、その生態も考えていることも、詳しくはわかっていない。どんな意思を持って何をしてくるかはわからない、だからいくら可愛くても油断は禁物だとキスリングは続けて言った。ルカはオバケを可愛いと思ったことはないものの、その言葉は本当に本物だろうと思った。オバケ好きのこの学者は、それでも決してオバケに心をすべて許しているわけではない。どんなツメを隠しているかわからない、得体の知れない危険も、語られぬ強さも決してあなどってはいない。

 しかしルカは、白のツボのオバケの分析を通じて、自分にも自分の色があるのだということを彼に諭され、どこか胸の奥が軽くなるような思いがした。白のツボがもしかしたら求めたかもしれない、自分だけの力―――地味で影が薄くて何の色もない、透明なルカだけがもつ強さ。人の目には見えない強さ。世界のルールに則った分類による色と対等な、同じくらいの大きな個性として、世界と自分とのつながりとして・・・・認めてもらえたような気がした。
 キスリングはそんなルカの内心を察しているのかいないのか優しく笑っていたが、しかしすぐにまた真面目な考察顔に正した。

 

「ま、これはただの憶測だ。もしかしたらあの男が人知れずこのツボの設定をいじくって、君や我々をできるだけ都合よく排除しようとした、なーんてことも考えられるわけだし。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「しかし・・・・つまり何が言いたいかっていうとね。君が見たマルレイン王女の面影は、君を惑わすための幻覚だったのではないか、と私は思うんだ。ただの夢なんかじゃなくて。そのように仮説を立てると、君はホントのところは、危ないところだったのかもしれない。・・・・君がちゃんと戻ってきてくれて、私は嬉しいよ。」

 

 キスリングにそう言われて、ルカははっと顔を上げた。自分がこの場所に戻らなかった選択が、・・・・あの少女の手をとる選択肢を選んだ自分が、もしかしたらいたのかもしれなかった。いや、実際に自分はあの手をとることを選んだ。選びたかった。もし自分が彼女の手を取る直前に意識を手放さなかったら、ロザリーがツボを一刀両断しても、中からは誰も出てこなかったのかもしれない。もしそうなっていたら、果たして自分はどうなっていて、彼らはどうしていたのだろう。
 キスリングの真っ直ぐな言葉に、ロザリーも頷いて同意する。そして少しだけ切なげに、彼女こそ泣き出しそうに瞳を細めてルカに笑いかけた。

 

「そうねー。・・・・ルカ君がいなくちゃ、あたしも寂しいもの。スタンのバカは死んでもらっても特にかまわないけど、あなたまで失うのは、あたしは絶対にイヤよ。」

 「んだとコラ。」

 

ルカは大人の2人から目を逸らしたまま、何も言えなかった。自分がいないと寂しいと言われてルカは嬉しかったが、それよりも強く恥ずかしさと、申し訳なさを感じた。彼らにそのように言わせたのは自分なのだ。
 いったいなぜ自分が泣いたのか、この涙のわけをロザリーもキスリングも薄々気づいているのだろう。なぜ自分が、ツボの中でわざわざマルレインの面影を見たのか。それは自身の弱さそのものであることも、その弱さが何の感情に基づくものなのかも、もうわかっている。この苦しみは、孤独はきっと二度と消えることはない。
 失われた居場所。失われた色。失われた存在意義。・・・・そして失った存在。言葉の無い場所でルカが無意識に耐え続けた、その胸が潰れるような寂しさから、彼が一瞬でも迷い揺らいで危険な選択を選びかけたことを、あるいは彼らは察しているのかもしれかった。
 ロザリーは膝をついて、ルカに視線を合わせる。

 

「だからさ、もう泣かないで。・・・・いや泣いたって別にいいんだけど。でも、お願いだから・・・・ここにあたしたちもいるってことを、忘れないでよ。ルカ君。・・・・もー、あなたが食べられてあたし、本当にヒヤッとしたんだから。」

「・・・・・・・・ごめんなさい。」

「え、なによ、なんで謝るの?ゴメンゴメン、あたし、あなたを責めたつもりじゃなかったんだけど。いいのよいいのよ、あなたは謝んなくていいのっ。」

 

明るく笑いながらロザリーが、申し訳なさそうに縮こまるルカの頭に両腕を回して、軽く抱きしめた。そしてぽんぽんと温かく、その手で頭を叩いた。まるで自分の実の姉のように彼女は励ましてくれる。みんなの前で自分の涙を見せたのはほとんど初めてのようなものだから、彼女も自分に気を遣ってくれているのがわかった。しかしルカは、さらに口の中で彼らに謝らずにはいられなかった。

 あのときツボの中で、消えたマルレインとともに自分もどこかへ行ってしまおうとした自分は、そのときこの場にいる彼らのことを、少しでも忘れようとした。生き生きとした色彩をもつ彼らと何もないと思っていた自分との間に勝手に引け目を覚えて、世界に属する彼らに対する仲間はずれの孤独を勝手に感じ、自ら突き放そうとしたのだと、今になってわかった。あるいは妬んでさえいたのかもしれない。こんなにも彼らは、自分のことを見ていてくれたのに。彼らという虹の中で一緒にいるボクもまた、そのきれいな虹色の一部だと、彼らはこうして教えてくれる。
 ボクはまた、今度は自らの意志で、町から消えようとしたのだろうか?せっかく自分の存在を取り戻して・・・・もう一度彼らに出会えたのに、そんなことすらも自分は忘れてしまったのだ。彼らは自分がいないと寂しいと言ってくれるほど優しいのに、その優しさを裏切って、自分自身の影の薄さ、からっぽな中身にただヒクツになっていた。

 ・・・・ボクがどれほど影が薄くても、スタンもみんなもずっと、ボクの傍にいてくれたのに。

 

 ルカから腕を離し、ロザリーは立ち上がる。しかしうずくまったままのルカが、今度は別の理由で少し泣き出しそうになって俯いたところを、不意に近寄ってきたビッグブルがひょいと座りっぱなしのルカを抱き上げ、ともにその場に立ち上がらせた。

 

「わっ。」

「ほら、オレもいるッスよ、ルカ。おめーはアニキに比べてあんまり頼りにはなんねーけど、それでもオレの大事なバトル仲間だからな!」

「・・・・うん。ありがとう。」

「で、なんで泣いてたんだぁ?そのしょっぱい涙のワケはなんだぁ?オトコの悩みがあんなら先輩のオレが聞いてやるぜ!さーエンリョなく言ってくれブラザー!」

「・・・・・・・・いや、だからそこを聞くのはやめたげなさいっての、ブル。」

 

大人組が空気を読んで尋ねなかった点を、無邪気に問い詰めてその空気を破壊したビッグブルに、ロザリーは呆れた目でつっこんだ。彼が何の先輩なのかわからないし、いつそう決まったのかも謎だが(年齢は彼の方がルカよりも上なのかもしれない)。ルカは顔を赤くして緑の目を逸らすだけで答え、やっぱり何も言わないことにした。
 そんな微笑ましい2人を見てキスリングも肩をすくめて笑う。

 

 「まあまあ。正直それはもう、今は聞く必要のないことさ。なんにしろルカ君は生きてここにいるのだからね。
 ・・・・それよりも大事なのは、あのツボのオバケの中身を知ることができたことだ!ずっと気になってたんだよー、あの中!何でもいい、いろいろ聞かせてくれるかな!?」

 

 ガバッと、表情を一変させてキスリングが飛びついてきた。
 さすがはオバケ学者。手にはノートと鉛筆を持ち、目をギラギラと光らせて顔を近づけてくる。彼もすっかり通常運転に切り替わってしまった。冷や汗をかきつつ、ルカは「また後で・・・・」と迫りくるキスリングを押さえて質問をかわした。例の3つの光以外文字通り何にも無かったあのツボの中について、この何かいろいろと期待している彼に、どう説明したらよいものだろうか。
 そんなマッドサイエンティストに対し「そんなに中が見たいなら自分から飛びこめばいいのにー。」とリンダは何のためらいもなく呟いた。他の面々に比べて自分のペースを貫くリンダはルカに対しては一切何も口にしなかったが、その普段と変わらぬ振る舞いいも、遠慮のない沈黙も今のルカには嬉しいような気がした。彼女はおそらく何も考えてはいないだろうが。
 やがて気を取り直すように、ロザリーはいつも通りの勝気な笑顔で、片手にいつもの日傘、もう片手は腰に当ててルカを見やる。

 

 「大丈夫、ルカ君?歩ける?」

 「・・・・はい。もう大丈夫です。」

 「そっ、よかったわ。じゃ、そろそろ先に進みましょ!次の階への階段の封印も解けたことだし。でもルカ君、無理はしないでね?痛いところあったら言ってよ。」

 「・・・・・・・・はーい。」

 

 まだ少しぼうっとしたままルカは曖昧に頷いて、放置されたままの自分の剣を拾う。
 そして先を歩いていくロザリーとビッグブル、リンダを追いかけた。
 その後ろを、キスリングがついていく。

 彼はルカには聞こえない程度の声で、ルカの背後のスタンに話しかけた。

 

 「スタン君。君がルカ君とともにいるべき存在なら、さっきツボに呑み込まれたときも、ずっとルカ君とともにいたのだろう?どうだったかい、ツボの中は?話してくれるかな?
 ・・・・もしかすると、ツボの幻惑にルカ君が騙されなかったのは、君が何かしたからかい?」

 「キサマに話すことなど何も無いわ!」

 

 何故かそう言い放って、スタンはルカの影に潜った。

 

 

 それから数十分後、彼らは歯車タワーのカギを手に入れることになる。














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